山吹ベーカリーに着くと、少し大人っぽい私服で待っている沙綾ちゃんがいた。
いつもバイトの制服しか見てないのでなんだか新鮮だ…
とても可愛い…
香水か何かつけてるのか、いい匂いもする。
走ってきたのもあってか、物凄くドキドキしている。
「お、きたきた!髪濡れてるけど…乾かして来なかったの?」
「う、うん…待たせちゃまずいと思って…」
「こーら、ちゃんと乾かさないと風邪ひいちゃうよ?」
「ごめんなさい…」
「別に怒ってないから〜!じゃ、さっそく行こうか?」
俺と沙綾ちゃんは目的地に向かって歩き出した。
「きょ、今日はよろしくお願いします…!」
「そんはかしこまんないでよ〜!本当に女子苦手なんだね?」
「なんか、ちゃんと話すの難しい…」
「じゃあ、私が手伝うから克服しよう!」
「そんな!俺…じゃなくて僕なんかのために…」
「ススム君は常連さんだし、なんか仲良くなれそうな気がするんだよね〜。ていうか仲良くしたい!だから克服させちゃいます!」
そんな真っ直ぐに俺を見つめないでくれ!!
キュン死にしてしまうよ!?
「あ、また顔真っ赤にしてる〜!」
「うぅ…だ、だって…山吹さんがぁ…」
「うーん…山吹さん…ってやめようか?なんか距離感あって寂しいよ…。沙綾でいいよ?」
「さ、沙綾…さん?」
「さん付けも禁止!沙綾!呼び捨て!わかった?」
えぇ!?呼び捨て!?
そんなのカップルだけだと思ってたから、女子苦手な俺からしたら難易度高すぎるよ!?
「わかったよ…沙綾」
「それでよし!これからはこれでよろしくね、ススム!」
わぁ…なんか本当にカップルみたいだ…
もう彼女なんていらないや…
沙綾がいてくれればそれで…
なんて思っちゃう俺がいる…
「あ、ここ!着いたよ!」
そんな会話をしているうちにSPACEに到着したみたいだ。
「なんか…小さい…」
率直な感想だった。
ライブする場所は、もっと大きい場所なんだという先入観にとらわれていたせいか。
それでも、やっぱり中は気になる。
感じるんだ、何か凄い鼓動を。
上手く言葉には表せないけど、とにかく凄いものを。
中に入ろうと思い沙綾の方を見ると、何か様子がおかしかった。
「……私…やっぱり…」
「あ、あの…沙綾…?」
「!ごめんごめん…ぼーっとしちゃって…」
「大丈夫…?なんか辛そうな表情だったけど…」
「気にしないで?ちょっと中に入るの…怖くなっちゃって…」
「え、大丈夫!?無理そうならやめておこう?」
「…うん、私は入るのやめておくね…?ここまで一緒に来たのに…なんかごめんね?楽しんで来てね!」
こんなに辛そうな沙綾を放っておけるはずがなかった。
「ごめん…それはできない。何かあったのかわからないけど…こんなに辛そうな人を放っておいて1人だけ楽しむなんてできないよ…」
「いいのいいの!気にしないで!私ただの案内役だったってことで!」
「多分…ライブだって今日限りじゃないんだし…場所だけわかったから今日はもう満足だよ?でも…せっかく仲良くしてくれた沙綾が…そんなに辛そうなの…放っておけないから…」
「ススム…もしかして、気をつかってるの?」
「そういうわけじゃ…」
「私、気をつかわれるの…好きじゃないの」
「…え?」
「また私のせいで…バンドを楽しみたい人が…」
「どうしたの…?」
「…なんでもない。ごめん、もう帰るね」
そう言うと沙綾は俺に背を向け早足で歩いていった。
「ちょっ…えっ!?沙綾!?」
突然の出来事に足を動かせなかった俺。
沙綾の背中が遠くなっていく。
初めてできた女友達。
これからもっともっと仲良くなれると思ったのに、こんな形で友情って崩れるの?
でも…バイト先に行けばいつでも会えるし…
またその時に軽く話せればいいのかな?
「……そんなの嫌だよっ…!」
俺は沙綾を追いかけた。
沙綾も全力で走っていたわけではないのですぐに追いついた。
「なんで追いかけてきたの!?バンドが好きなんでしょ!?楽しみだったんでしょ!?私なんか放っておいて見に行けばいいじゃん!」
「…ごめん…俺、沙綾と一緒がいいの…」
「…なんでよ…」
「わからない、わからないけど…俺、女子とこうやって仲良くなれたの初めてだったから嬉しくて…それにバンドも興味あるって知って…もっともっと、沙綾を知りたいなって思い始めてて…」
「別に…気をつかってるわけじゃないの…?」
「うん…ただ…俺がしたいようにしてるだけ…」
「…ススムには、話しておくね」
「え?いきなり何を…?」
沙綾はいきなり深刻そうな顔で話を始めた。
体調がよろしくない母親の代わりに家事を手伝っていること。
少し前、バンドをやっていたこと。
ライブ直前に母親が倒れ、メンバーに迷惑をかけたこと。
メンバーが沙綾に気をつかい、楽しく活動できてないんじゃないか不安になりバンドを抜けたこと。
でもやっぱり音楽を嫌いになれずに、今日は久々にライブを見に行こうと思ったけれど
SPACEの目の前に来てメンバーの顔が頭をよぎり、自分がまだ音楽に関わってることを申し訳なく感じて入れなかったこと。
そして…また俺に気をつかわせてるんじゃないかと思い逃げ出してしまったということ。
沙綾は1から全て話してくれた。
まだ、知り合って間もない俺に…。
「そんな過去があったんだね…」
「私もこんなこと、ススムに話すべきではなかったよね…ごめん」
「俺は嬉しかったよ…?知り合って間もないのに、こんなに話してくれるなんて…」
「なんか…ススムは一緒にいて安心できるって言うのかな…?今日初めて話して、そんな気がしたんだ」
「そうなの?」
「うん…なんか私、危ない人に騙されてついて行っちゃうタイプかもね…(笑)」
「そ、そーだよ!気をつけなきゃダメだよ!?沙綾は可愛いんだから、狙われやすいと思うよ?」
「え?私が…可愛い…?」
しまった!思わず言ってしまった…
これはドン引きされたか…?
「なんか…面と向かって言われると照れちゃうね…///」
沙綾は顔を赤らめていた。
いや、可愛すぎか!?
この反応…マジ天使すぎるだろ!?
「なんか…その…ごめん…///」
「また顔真っ赤だよ〜?もう私よりススムの方が可愛いんじゃないかな?(笑)」
「や、やめてよ〜!そんな冗談言わないで!」
「…今日は…ごめんね?」
「大丈夫だよ?沙綾とお話しできて楽しかった!」
「なんか普通に話せるようになってきたんじゃない?」
「確かに…沙綾とならちゃんと話せそう!」
「また…こうやって2人で話そうね?」
「うん!これ以上外で話すのもあれだし…今日は帰ろうか!家まで送っていくよ?」
特にやることも無くなったので俺は沙綾を家まで送ってから帰宅することにした。
沙綾の家まで歩いている時も、ずっと話をしていた。
まだ知り合ったばかりのお互いのことを。
この時間が…ずっと続けばいいのに…
「そろそろ…着いちゃうね…?」
「着いちゃう、って…帰るの嫌なの?」
「そんなわけじゃないけど…弟も妹も待ってるだろうし…」
「じゃあなんで…?」
「私だけなの?この時間、終わってほしくないって思ってるのは…」
沙綾も…同じ事を思っていてくれたなんて…
まさかの言葉に俺の胸の鼓動は、沙綾に聞こえてしまうのではないかと思うほどに大きく鳴っていた。
「お、俺も…嫌だ…けど…」
「絶対!」
「絶対?」
「絶対に!またこうして遊ぼ?絶対にだからね!?」
沙綾の目には少し涙が溜まっていた。
なぜだろう…女の人は泣かせてはいけないのに
この涙を見た俺は…喜んでいた。
こんなになるまで…俺を求めていてくれるなんて…
素直に…嬉しかった。
「うん、絶対ね!」
そう言って俺と沙綾は渋々お別れをした。
今日はとても楽しかった。
特に山吹沙綾、彼女との距離がかなり急接近した。
昨日まではただの店員と客だったのに…。
今では、大切な友達だ。
でも…今日は俺はそんな大切な友達に嘘をついてしまった。
別に気をつかってるわけではない。
そんなの嘘だ。
沙綾の反応が怖くて、話せてないことがたくさんあった。
だから今度は、ちゃんと話したいな。
俺は君の話を聞いて知ったから。
君にもこの事を知ってほしい。
そうしたら、もっと仲良くなれるかもしれないね。
同じ楽器なんだね。
この普通の人なら普通に言える言葉が
今の俺には
とても重い言葉だった。
いやぁ…急接近しすぎじゃないですかね!?
羨ましい…羨ましいよぉ!!
きっとこういう風になった背景には
ススムが沙綾の友達、りみりんに似てるということがあったからでしょうね!
さぁ…お互いがこの気持ちを恋と気づくのはいつになるのでしょうか…
はたまた…もう気づいているのでしょうか…?