「十分な休息が取れたとは思えないけど、ボクたちに残された時間は少ない。これから君には特異点の調査に当たってもらう」
冬木からカルデアに戻って数日、俺達はいよいよ次の特異点の調査に向かうことになった。
ようやくって感じだな。少しばかり長いプロローグだったが、本当の冒険はここからだ。体調も悪くない。
前回は事故みたいなレイシフトをしてしまったが、今回はコフィンという縦置きの酸素カプセルみたいな機械を使ってタイムスリップするみたいだ。しかも、カルデア戦闘服なるピチピチスーツまで着用しての出撃だ。戦術機のパイロットスーツみたいでエロイと思う。あれ全裸となんも変わらねえよなぁ。不意に勃起してしまった時はどうすれば良いんだろう。
「さて、もう一つ大事なことだ。立香君、これを持っていってくれ」
台車に乗せられた例のアレが運ばれてくる。デカくて重い十字型の盾だ。俺がアーチャーの攻撃やアーサー王の攻撃を防ぐために使ったものだな。
たしかこれはマシュのものだったと思うが、彼女は未だに目を覚ましていない。俺に貸してくれるということで良いのだろうか。
「カルデアの召喚システムは、この盾を触媒とすることで初めて十全に使えるようになるんだ。念話程度ならこれがなくても何とかなるが、補給物資の転送やサーヴァントの召喚には召喚サークルが必要になる。レイシフトして現地に着いたら、まずは霊脈を探してベースキャンプを構築してくれ」
はえ~。そんなに多機能な盾だったのか。確かにそれは大事だな。
さて、それじゃあぼちぼち始めようか。ライコーさんとともにコフィンに乗り込む。
すみませんライコーさん、多分このコフィン定員一人だと思うんで別々に乗りませんか。いや、別に意地悪してるわけじゃないんで泣かないでくださいよ。可愛くわんわん言っても駄目なもんは駄目ですから。味を占めないでください。ただでさえ盾も一緒に入っててぎゅうぎゅう詰めなんですから。抱っこしても駄目ですって。少しの間離れるだけじゃないですか。
「で、では健闘を祈る、立香君……」
『アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します』
明らかに引いてたロマンさんに見送られてようやく出発だ。さらっとわんわんプレイが白日の下に晒されてしまったよライコーさん。どうしてくれるんコレ。
視界の中で蒼い波動が円を描く。よっしゃ、ミッション開始だ。将来俺の伝記を書いてくれる人のためにいっぱいカッコイイところ見せるとしよう。世界を救った英雄とか一生語り継がれるだろ。そしたら俺も英霊になれるんじゃないかな。頑張ろう。ビッグになろう。
レイシフトのスパークが収まると、視界がはっきりとしてくる。
なんかすっごい……ファンタジーな光景だぁ。どこまでも続くなだらかな丘と青々とした草。地平線が容易に見通せる平坦な大地だ。山だらけの上、四方を海に囲まれた日本じゃあそうおいそれと見られない風景だな。
魔術礼装の機能を使って時間軸座標の特定を行う。こいつの使い方を覚えるのにどえらい苦労をした。お陰で俺もすっかりインテリの仲間入りだぜ。ふっ、俺の男にも更に磨きがかかっちまったな。
現在の時代は1431年。転移先はフランスだとロマンさんから告げられているが……。
「1431年って何があった時代なんだろう。ライコーさんわかります?」
「そうですね……ここが本当にフランスなのだとしたら、百年戦争の最中なのではないでしょうか。更に詳しく言えば、今年はジャンヌ・ダルクがルーアンで処刑された年ですね」
ダメ元で聞いてみたら思った以上に詳しい説明をしてくれた。平安時代の日本人に世界史の知識で負けてるってどうなのよ俺。ジャンヌ・ダルクくらいは俺だって知ってるが、百年戦争とか言われてもピンとこないくらいにはバカだったようだ。
「ライコーさん平安生まれでしたよね? 随分詳しいですけれども、どこで知ったんですか?」
「私のような英霊は死後に座と呼ばれる場所に招かれます。この時点で座にいる他の英雄たちについての知識が与えられのですよ。あとは、現代の一般的な知識なども召喚の際に知ることができます。道路を走る車を見て、いちいち鉄の馬が走っているなどと驚いていたらキリがないでしょう?」
ごもっとも。他にもテレビを見て、人が箱に閉じ込められているぞ! とかやって欲しかったなぁ。少しだけ残念である。
ていうか一般的な知識ってライコーさん言った? フランス百年戦争って一般知識? つまりそれって俺の知識がチンパンレベルってこと? うっそだぁ。1431年にフランスで何が起こりましたかって言って一発でわかるやつなんて普通は居ないだろ。世界史選択の高校生くらいのもんだ。
「なるほど。時代背景はわかりましたし、まずは拠点を構えましょうか。まずは霊脈を見つけなければいけませんね」
ライコーさんを引き連れて歩き出す。
いやあ、それにしても長閑なものだ。戦争中なんて言われても信じられない。100年も戦争してたらもっと悲惨なことになってそうな気もするけどなぁ。末期には味方の基地を強襲する不可解な作戦とか起こりそう。
入道雲も綺麗なもんである。なんだか日本の夏を思いだす───。
「あれ?」
なんだろう、あの空の……光の輪? とんでもない大きさだ。飛行機雲ともまた違う、ただ輪としか例えられない奇妙な代物。
「どうかなさいましたか、マスター?」
「あの輪っか、ライコーさんにはなにかわかる?」
試しに聞いてみるも、今回はライコーさんにもわからないらしい。ロマンさんに通信して聞いてみるも、どうやら彼にもお手上げのようだ。わかっているのは衛星軌道上に展開している魔術式ということ、そして北米大陸と同サイズの大きさということ、1431年にこのような現象が起きた記録はないということ。
そちらの方の調査についてはロマンさんが進めてくれるそうだ。ま、専門家でもなんでもない俺が考えたところでわかるはずもなし。どうせ脳筋なんだから当面は聖杯の探索にだけ集中しよう。
「マスター、人影が見えます。フランスの兵士でしょうか……武装しているようです」
レイシフト地点のドンレミ村だかファソラシ村だかよくわからんが、とにかくそこから西へ……つまりパリの方に向けて進んでいる最中、ライコーさんがそう言って足を止めた。
なんでパリかって? フランスと言えばパリでしょ! ていうかパリしか知らないし! 聖杯はなくても絶対なんか見つかるって! エッフェル塔は……まだ無いよな流石に。凱旋門……はナポレオンが作ったんだっけ。じゃあこれも無いか。あ、ヴェルサイユ宮殿はどうよ!? 何時できたかは知らないけど、たぶんそれぐらいならギリギリあるんじゃないかな!? 貴族とか住んでそうだし、権力者が聖杯を手にして色々悪事を働いてるんじゃないのこの時代?
という、俺の冴え渡る推理を根拠に目指していたのだが……どうやら第一村人発見のようである。
斥候隊……だろうか。比較的軽装で、幾人かの集団で歩いている。
「とりあえず接触してみますか。有益な話が聞けるかもしれません」
やっほー、侍の国からやってきました。こんなナリの僕達ですが、片方は本物のYOUKAIバスターです。どうぞよろしこ。
そんな具合に極めてフレンドリーな挨拶を決める。
「敵襲! 敵襲ー!」
あっという間に周りを囲まれましたとさ。
でも大丈夫。彼等も同じ人間さ。誠意を持って接すればきっと分かってくれるさ。
「私たちは見ての通り怪しいものではありません。武器を下ろしてくださいませんか」
「そんなに怪しい格好をしておいて何を言う! そちらこそ武器を収めて投降しろ!」
そういえば俺たち、二人揃って全身ピチピチタイツの変態コンビでしたね。俺はカルデアの戦闘服だしライコーさんも紫タイツに前掛け装備。お笑い芸人かな? なんだろう、あまりの正論に一気に頭が冷えた。格好からして誠意が伝わる筈もなかったわ。
「ここは大人しく従いますか。現地人を傷つけるのは極力避けることにしましょう」
既に刀を抜いて臨戦態勢に入っているライコーさんを止める。ロマンさん曰く、この世界は隔離された状態にあるため、何をしようともタイムパラドックスは発生しないらしいが……だからと言って好き放題ジェノサイドしていいかと言われたらそうじゃないでしょ。胸くそ悪いわ。
それに、ライコーさんって妖怪退治はベテランだけれども、人殺しってあまり好きじゃないんじゃないかと思うんだよね。妖怪退治の話は俺によく語ってくれるのだが、蝦夷との戦いとかは話したがらないしね。なんか平安時代ってそういう攘夷活動みたいなことしてたらしいじゃん?
だから、彼女のためだなんて恩着せがましいことは言わないけど、ライコーさんには出来る限り気持ちのよい戦いをしてもらたい。ここで無理に暴れることもないだろう。
「ええ……そうですね。無駄に血を見る必要はありません」
素直に刀を収めてくれたライコーさんとともに、フランス兵の指示に従い歩き出す。ううむ、今回の旅路もすんなりとは進みそうにない。早くパリ観光に行きてえなあ。
兵士に連れられ、西へとひた歩く。やがて見えてきたのは、ボロボロの砦だった。外壁までは何とか修復の手が回っているようだが、内側は悲惨なものだ。兵士たちの様子も覇気がなく、疲れ切っている。
「そっか……そりゃあ百年も戦争続ければこんなにもなるのかな……」
『いや、立香君。それはないはずだ。1431年にはシャルル七世がイギリスと休戦条約を結んでいる。今は小康状態にあるはずなんだ。だというのに砦の被害が大きすぎる。まるで火砲でも持ち出したかのようだ。……特異点の原因と関係がありそうだね』
そうなんだ。なるほどね。ロマンさんの手にかかれば砦の状況ひとつでこれだけの事がわかるのか。
と、なれば聖杯を持っているのは、もしかして、フランスと戦争しているイギリスなのか……? 技術レベルを無視した兵器の開発を、聖杯の力で無理やり実現させているのだろうか。パンジャンドラムとかこの時代にあったら完全にモンスター扱いされるんじゃないかな。
「なんだ? その声はどこから聞こえてくる? 本当に妙な連中だな。それに、今のフランスがどんな状態にあるのかもわかっていないと来た。いったいどこから来たんだお前たちは」
砦の中を歩きながらも、フランス兵の人が呆れたようにこちらに話しかけてきた。なにやらこの人は色々事情を知っているみたいである。
「ええ、仰る通り、俺たちはずっと東の国からこちらまで来たもので」
「東? 神聖ローマ? それともハンガリー? ポーランドか? まあ何にせよ、あんたらは来る時期が悪かったな。今は竜の魔女が国中で暴れまわっている。この砦だっていつまで持つのか……」
「竜の魔女?」
「ジャンヌ・ダルクだよ。処刑から蘇った彼女が、魔女の炎でシャルル王を焼いたんだ。今では彼女がフランス中を襲っている。イングランドですらも、とうにここから去ったさ。しかし俺達はどこに逃げればいい? 俺達の故郷はここだ、どうすることも出来ないんだよ……」
はあ? ジャンヌ・ダルク? 何でジャンヌ・ダルクが竜の魔女なんだよ。
魔女の炎云々はなんとなくわかるよ? 火刑で苦しんだ彼女が人々を呪って復讐の炎の力を手に入れたとかそういうやつでしょ? ドリフターズで見たわそんなもん。でもなんでそこで竜? ジャンヌとドラゴン関係ある?
これあれだわ。ジャンヌがボスだと見せかけるフェイクやろ。絶対黒幕居るわ。ドラゴンテイマーの英雄が聖杯の力で全てを操っているに違いない。
「さあ、牢に入れ。武器は預からせてもらう」
兵士に連れられた先で、俺とライコーさんは同じ牢に入れられた。他の牢屋はほとんど空いている。きっとジャンヌ・ダルクと戦うために、使える戦力は全て出しきっている状態なのだろう。捕虜や罪人の一人に至るまで駆り出さなければならないほど余裕が無いのだろうか。
兵士は俺の持つ盾と、ライコーさんから刀や弓を受け取ると、牢のすぐ傍らに立てかけた。こんなもの、少し手を伸ばせばすぐに回収できちまうぞ俺たち。
「まるで罪人の扱いですね。有無を言わせずに牢に入れるなど」
「捕虜として丁重にもてなされたいか? そうなれば、身分も出自も知れんお前たちには兵舎で労働……竜どもと戦ってもらうことになるかもしれんな」
ライコーさんのやや不満げな言葉に、兵士は困り顔で応えた。
まるでと言うか、全身タイツの二人組を見かけたら俺でも犯罪者扱いすると思うぞ。どこからどう見ても変質者でんがな俺たち。
「……この砦ももう持たないと思ったら逃げろ。ここは地下にあるし、外の騒ぎは聞こえないとは思うが……仮に聞こえるようなら、危機は目の前に迫っていると思っていい。こんなところに長居せず、自分の国に帰るんだな」
兵士はそう告げて、牢にカギをかけることもなくこの場を後にした。
なんやこの人……めっちゃカッコイイやん……。牢に入れたのも俺たちを竜と戦わせないためっていうツンデレ系イケメンムーブでしょ?
俺たちが何かを言う暇もない。去り際までクールだなオイ……こいつは一本取られたぜ。俺の負けだ……。今度真似させてもらおう。
『竜の魔女……ジャンヌ・ダルク……この時代では何が起こっているんだ? あの兵士の言葉が正しければ、彼女が特異点の原因に多少なりとも関わっているのは確かなようだが……』
首をひねるロマンさんに、俺は先程の推理を話してみせた。ジャンヌ・ダルクには黒幕がついているのではないかということ。そしてそいつは竜を従える力を持った英雄で、それが聖杯のサポートを受け、ジャンヌと手を組みながらフランスを襲っているのだということ。
『なるほど……フランスでドラゴンというと、メリュジーヌか? 伝承が残された時期も大体今くらいの時代と重なる。それにメリュジーヌは多くの息子を残し、そのいずれもが人ならざる力を宿していたという……その逸話が変化し、竜を産むという力を持っていたとしてもおかしな話ではない。何故ジャンヌ・ダルクと組んでフランスと敵対しているのかは定かでないが、十分にありえる可能性だと思う。あるいは怪物タラスクを手懐けた聖女マルタか……?』
どうやら俺の推理もそう的外れなものではなかったようだ。
と、なれば相手はドラゴン軍団+ジャンヌ・ダルクということになる。どうせ言って退くような連中ではあるまい。ジャンヌ・ダルクとか自分を裏切ったフランスに激おこに決まってる。奴らから聖杯を奪い返すには、力に訴える必要があるだろう。
「多分ドラゴンと戦うことになると思うんですけど、ライコーさん竜退治ってしたことあります?」
「そうですね……鬼退治はお手の物ですが、直接竜を相手取ったことは……」
申し訳なさそうに大きな体を縮こめるライコーさん。でっかいお姉さんがこういうことするとめちゃんこ可愛いよな。二の腕とか脇下をツンツンしたくなる。そんでもってめっ、てされたい。
ま、鬼も妖怪も、それに加えて竜すらも屠れと言うのは贅沢が過ぎよう。それに、竜退治の専門家が居ないならば、こちらで都合を付けてしまえばいい。そのために必要な手段を、既にカルデアは備えている。
「と、なれば竜殺しの英雄が欲しくなりますね。早いところ拠点を設けて召喚をしましょう」
『うん、それに異議なしだ。戦力は多いほど良い。……とは言え、竜種は幻想種の頂点とも称されるほど強大な存在だ。それを打ち破った英雄は、歴史を辿ってもそう多くはいない。カルデア式の英霊召喚で期待通りのサーヴァントを引き当てるのは難しいかもしれないね……』
ほーん。ドラゴンってファンタジーだと定番な存在だけど、そんなに強いのか。転生主人公の俺TUEEEEの為にサクッと殺される踏み台役なイメージしか無いわ。それとドラゴンは幼女に変身するのもお約束だな! そんで主人公をあるじ~♪ とか舌っ足らずな調子で呼んでくるぅゎょぅじょっょぃ系ヒロインとして俺のハーレムに加わってくれ。
んん!? そう言えばロマンさんさっき、メリュなんたらが竜を産むとかどうとか言ってたよな。もしかしてメリュなんとかさんって女の英雄なんじゃない?
つまりこれってこいうことじゃない!? 今回の特異点で倒したラスボスがなんだかんだあって俺に絆されてハーレムに加わるアレなパターンの展開なんじゃないコレ!?
うおおおお!! 待っていろフランスよ! 今こそ救いのヒーロー藤丸立香が参上した! ジャンヌ・ダルクも、その裏で糸を引くメリュさんも、俺がまとめて粉砕して見せよう! この国の未来は明るいぞ!! 俺はやるぞおおおお!!