特異点の調査、修正。そして聖杯の調査。
以降、俺がグランドオーダーにおいて時代を跨いで行うべき仕事は大きくこの2つだ。大体特異点の原因になっているのは聖杯なため、要はそれを手に入れられることが出来たら万事解決である。
まあなんて分かりやすいのかしら。やっぱりドラゴンボールじゃないか。
問題と言えば、これらを一年以内に片付けなくてはならないところだろうか。タイムリミットは2016年中らしい。それよりも時間がかかると本格的にSEKAIはOWARUそうだ。
じゃあ急がなきゃやべーじゃん早く次行こうよ、とは思うのだが、一応俺は3日も寝たきりだった重傷者である。傷が完治するまではカルデアで休むように、他でもないロマンさんからドクターストップがかかっている。
ライコーさんが言ってた魔性の血うんぬんは一応ロマンさんも把握しているらしいが、何分過去に類を見ない事態であるらしく、彼の手を持ってしても持て余す力のようだ。
俺としては確かにまだ傷は痛むものの、一晩休めばなんとかなるのではないかと考えているのだが、やはりここは専門家の意見に従うべきなのだろう。
で、魔性がどうたらで思い出したのだが、これ、なんだ。この右手の甲の赤い入れ墨みたいなの。確かライコーさんと魔性の血について話している時ぐらいにはもうあったはず。見た当初は覚醒の証かとも思ったのだが、白黒の剣出せてないし、それとは関係のない物だと思って放置していた。
こう……なんと表現すれば良いのだろう。盾? それとも兜? そんな感じの物々しい武具を想像させる複雑な形だ。何にせよかっこいい。3画で描けるし、刻まれた位置的にもトライフォースみたい。
さっそくロマンさんに相談することにした。
「ロマンさん、この入れ墨ってなんですか? ライコーさんの魔性の血と何か関係あるんですか?」
「ん? ああ、それは令呪だよ。魔力リソースの塊さ。サーヴァントの力を一時的にブーストすることができる。後はそうだね、用途としては、言うことを聞いてくれないサーヴァントに呪いをかけるとか……君には必要のないものかもしれないけれどね」
いつも忙しそうなロマンさんに時間を割いてもらうのは申し訳ないが、俺はカルデアに知り合いが少ないのだ。彼とライコーさんとダ・ヴィンチちゃんくらいしか話し相手居ないぜ。もしこの入れ墨が魔性の血による作用だったらライコーさんには聞きにくい……絶対気にするからな。ダ・ヴィンチちゃんはダ・ヴィンチちゃんで普段どこにいるのかさっぱりわからん。マシュもこちらが一方的に知っている存在ではあるが、彼女は未だに寝たきりだ。結局ロマンさんしか頼れないときた。うそ、俺の交友関係、狭すぎ?
「呪いですか? なんだか物騒ですね」
「うーん、まあ呪いというにはちょっと語弊があるんだけれども……命令権と言ったほうが正しいかな? サーヴァントの意思に反する、というか予期していない行動を取らせることができるんだよ」
「と、いうと?」
「例えば『こっちに来い!』と令呪を使って命じると、サーヴァントは歩いたり走ったりしてこっちに来るんじゃなくて、文字通り飛んで来るんだよ。ぴょーんとワープするみたいに」
ふーん。つまり通常ではありえない動きや行動を、令呪を使えばできるってわけだ。自分の背中を舌で舐めろ! とか。不毛だな、やってみる価値もない。
「基本は魔力リソースだからね。魔力を使ってできることなら大概のことはできるよ。これは想定していない使い方だけれども、令呪の魔力を直接破壊力に変換して攻撃することも可能だ。でも、サーヴァントの為に使ったほうがよっぽど効率がいい。ストックできるのは3画まで。時間をかければカルデアスの魔力が充填されるから、ケチケチしないで使うと良い。もちろん、無計画に使って必要な時に足りないなんてことは無いようにね?」
最後に念押しをされてから、彼のもとを去った。
相変わらず真っ白いカルデアの廊下を歩く。手持ち無沙汰だ、部屋に戻って横にでもなるか。
しっかし、令呪ね……俺の想定しているものとは違ったが、どうやら必殺技のポジションみたいだ。要は三発ポッキリの弾丸、どういう風に使うのがいいんだろう。ロマンさんはサーヴァントのために使うのが一番と言ったが。
「マスター。探していたのですよ」
と、ここでライコーさんが廊下の向かいからこちらにずんずん歩んできた。すっげえ足速い。多分本気でカルデアの隅々まで俺を探していたに違いない。
ロマンさんに令呪の話を聞くため、彼女を撒くのには大変な苦労をした。トイレや風呂のような女人禁制地帯でもお構いなしに侵入してくる彼女から隠れるのは至難の業だ。結局俺は行く人行く人に偽の行き先を告げてライコーさんに伝えてくれるよう説得し、彼女を誘導して何とか一人でロマンさんと話す時間を稼いだ。実際には違ったが、彼女には聞かせたくない類の話と思ってたしな。
「急に居なくなってしまっては困ります。私、あなたが隣に居ないと心配で心配でどうにかなってしまいそうなのです。本当でしたら、おそろいの首輪を互いに鎖で繋いで、朝から晩まで一緒にいたいくらいです。房で繋がったさくらんぼのようで素敵だと思いませんか?」
斬新な口説き文句だな。チェーンデスマッチをさくらんぼみたいと言ってのけたヒロインはあなたで初めてではないでしょうか。ホントこの人から離れるのめちゃくちゃ苦労したわ。
あなたの顔をもっとよく見たいのですが、見つめられたままだと恥ずかしくてできません、なので目を瞑っていてくださいませんか。と告げて、素直に従ってくれた彼女からすり足で遠ざかり、なんとか逃げ出すことが出来た。多分もう二度と使えないだろうな。もともとスキの多い人じゃないし。
ん? あ、そうだ。令呪だ。その場で待機だとか後ろを向いて前進だとか、こいつがあれば何の苦労もなく一人になれる。コレで安心だな。
いやいや待て待て。令呪があれば大体の言うことは聞いてくれるんだぞ。そんなしょぼいことに使ってらんないわ。おっぱい揉ませろとか、この場でストリップしろとか、俺の目の前で自慰しろとか……。
「どうかなさいましたかマスター? あ、もしかして先程の続きですか? どうぞ、好きなだけ私を見つめてください。恥ずかしがらなくても結構ですよ、あなたの女ですもの、うふふふ」
どこからでもかかってこいと言わんばかりの雰囲気を放つ彼女は、目だけが爛々と光っていた。獲物を逃すまいとする鷹の目だ。
いや、令呪なんて使わなくてもいいな。多分そういうエッチなお願いだったら何でも聞いてくれるわこの人。自分から俺の女宣言するくらいなんだから割りと簡単に超えちゃいけないライン飛び越すだろう。
あ、そうだ。この際だし限界ギリギリまで攻めてみるか。抵抗したら最後のひと押しに令呪を使おう。呆れるほどに有効な戦術だな、うん。
「時にライコーさん、俺、犬好きなんですよね」
「まあ、犬ですか? 私のいた時代でも、犬は人気でしたよ。猟犬としてはもとより、貴族の間では愛玩動物としても飼われておりました。今で言うペットですね」
「そうですか。じゃあライコーさん、今日一日俺の犬になってよ」
「はい?」
結構マジなトーンで聞き返された。先に超えちゃいけないラインを飛び越したのは俺の方であったようだ。エロ漫画の読み過ぎで、俺の倫理観は知らないうちに常人の理解の及ばぬ域にまで達していたようである。自分では割りとソフト目な要求だと思っていたのだが。だって全裸のまま四足で獣のように徘徊して電柱にションベンしろとか言ってるわけじゃないんだぜ?
俺はライコーさんにちょっと恥ずかしい思いをしてもらいたいだけなのである。決して彼女に度し難い変態だと思われたいわけではない。
すまし顔で冗談です、なんて言おうとした刹那のこと、ライコーさんが清々しいまでの笑みを浮かべてその場で四つん這いになった。
「忠犬頼光です。ご主人様、可愛がってくださいましね? わん♪」
やったぜ。
言ってみるもんである。
おいおい、まじかよライコーさん、もといライ公。アンタが乗り気だってんなら俺も遠慮しないよ? 獣を愛でるようにアンタを可愛がるよ? 君は鬼退治が得意なフレンズなんだね? えろーい!
「よしよしライ公。今日はご主人様と一緒に遊ぼうか」
「わんわん♪」
こんなん鼻の下伸びるわ。絶世の美女が地面に這いつくばって媚びた声でわんわん鳴いてるんだぞ。心臓が早鐘を打ってえらい状態だ。
あああああああ! あの重力に従ってでろんと垂れ下がる大きな胸! 下からぼよぼよと手で支えながら彼女の背に跨りたい!
ぷりぷりのケツを思う存分平手で叩きたい! アレがやりてえんだよアレ! AVでバックの最中に女優のケツをペチペチ叩くやつ! なんで女の尻ってやつはああも叩きたくなる形状をしてるんだろうな!?
むちむちのふとももも思い切り手で鷲掴みにしたい! あるいはフライドチキンを貪るがごとく噛みつきたい! その脂肪と筋肉を余すことなく味わいたい!
落ち着け、落ち着けよ俺。クールになれ。天下の往来だぞここは。カルデアの廊下だぞ。誰と鉢合わせになるかわかったものではない。
つーか間違っても犬と遊ぶ時にする行動じゃないぞコレ。イーナムクローの業深い彼なら馬相手にしていたかもしれないが、俺はあそこまでの上級者じゃないぜ。そう、そうさ、彼女は犬。人間様のパートナー。互いに情愛を抱き合ったとしても、そこに肉欲が介在してはならないのだ。
ふう、そうだ、落ち着いたな俺。うん、まずは部屋に戻ろう。ご主人様と一緒に、邪魔の入らない所に行こうねライ公……。
「俺達の部屋に戻ろうか、ライ公。おいでおいで」
「わんっ」
手招きすると、四つん這いにも関わらず機敏な動きでライコーさんは駆け寄ってきた。ネコのように勢い良く飛びついてくる彼女を受け止める。
重く……はない。俺も魔性の血のおかげか明らかに力は増している。女の一人や二人、軽く抱えてやることができる。
だけどね彼女、デカイんだわ。何がって身長だよ。175センチって相当でかいぞ。抱きかかえようとしているのに、彼女の足が地面についてしまう。コレかっこ悪いなオイ。抱っこというよりも土俵際で争う関取みたいになってるんだけど。
「わふっ♥」
あああああああああ! 彼女が突然、俺の背に足を回して体をガッチリと固定した。いわゆるだいしゅきホールド。死ぬ前に一度でいいから女にやってもらいたかった。彼女の全身が俺の体に密着している。大きな胸が遠慮なく押し付けられ、彼女の太腿が俺の脇腹にがっちりと噛みつき、お互いの腰が容赦なくぶつかり合う。
そして彼女の格好ときたらいつもの全身タイツ。裸と何の違いがあろうか。すべすべとした薄い生地からは、容易に彼女の体温と女体特有のやわっこさが伝わる。
いかん、おチンチンが破裂してしまう!! この密着状態では無理もない話であるが、いかんぞこれは。誤魔化す術がない。
「待てライ公! ステイ! ステイだ! 抱っこは止め! 俺から降りるんだ!」
「わんわんわん!!」
ええい、なぜ反抗するライ公!? 俺の言うことが聞けないのか!
「ハウス! ハウスライ公! 部屋に戻れ!」
「わんわんわんわん!!」
やめろォ! 何が気に食わんライ公!? 何がしたいんだライ公!?
彼女のホールドは強さを増すばかり。なんて迫力だ……死んでも離さんとする執念のオーラが迸っているかのようだ。
しかも更に悪いことに、俺とライコーさんのやり取りを聞きつけた人たちがこちらを見ているような気がする。そりゃ廊下でいきなり大声でワンワンやり始めたら気が付かないはずがない。どうしてヒソヒソ声ってこんなに響くんだろうな。俺をそんな目で見ないでくれ。噂話もしないでくれ。お願いだ。
「そうだ、部屋まで競争しよう! ほらヨーイドン! 優勝者には豪華景品!」
「わんわんわんわんわん!!」
くそっ! 狂っているのかライ公!? こんなときだけバーサーカーっぽくならなくて良いんだよ!
チョコだ! チョコあげるからライ公! 平安時代の人間なんて食べたことないだろチョコ! それも一個や二個ではない、三個だ! 三個あげるって言ってるんだぞこのいやしんぼめ!
そんな、ここまでなのか。俺はこのままカルデア職員たちに、所構わず自分のサーヴァントと盛り合うようなHENTAIジャップとしての烙印を押されてしまうのか。
日本はエロに偉大な国だ。OMORASHIもFUTANARIもAHEGAOも海外で通用する日本原産のエロワードだ。ライコーさん共々HENTAIの国からやってきたやらしいコンビだと思われては、いよいよカルデアに俺たちの居場所はない。唯一の知り合いであるロマンさんやダ・ヴィンチちゃんにもちょっと引いた目で見られてしまうだろう。
俺はそんな針の筵で世界を救いとうない。なんとかならないのか、この状況を乗り切る神の一手───。
「……令呪を持って命ずる」
「わん!?」
許せライ公。お前の狂おしいまでの愛、俺も満更じゃないぜ。だけどな、時間と場所をわきまえなって英国産まれの帰国子女も言ってるからさ。
「部屋に戻れ、頼光!」
「そんな、ご無体なマスター! 私はあなたとこの場でっ」
「重ねて命じる、部屋に戻れ頼光!!」
「マスター! 私は、私は諦めません! 必ずやあなたと───」
ライコーさんは僅かな光を残してこの場から消えた。
なるほど、すごいな令呪。あのライコーさんを一瞬で。圧倒的な効果だ。
ところで使った後のアフターケアは保証外なんですかね? 部屋に戻ったら俺はいったいどうなるんでしょう。