俺のために鬼になってくれる女   作:鈴鹿鈴香

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特異点F 03

『二人の仲が深まったようで何よりだ。カルデアの召喚システムではサーヴァントの心までは従えられないからね』

 

 少しやつれた様子のロマンさんの通信に耳を傾ける。きっと向こうでは怪我人だらけで地獄のような様相を呈しているに違いない。彼もまた、俺達とはまた異なる戦場に立っているんだ。

 

「う……ん……」

 

 突然聞こえてきた、俺でもライコーさんでも、はたまたロマンさんのものでもない声。

 どうやら彼女が目を覚ましたようだ。

 

『所長! 無事ですか!』

「ええ……どうにか、と言ったところかしら」

 

 所長。オルガマリーさんだったかな。とにかくマッシュじゃない方の女性が顔をしかめながら身を起こした。その気持わかるよ。瓦礫で寝ると体の節々が痛いよな。

 

「サーヴァントが襲ってきて……ちょっとロマニ、あれからどうなったの……」

『ええ、その後に彼がやってきて助けてくれたんですよ。一般公募のマスター、藤丸立香です』

 

 所長が顔を巡らせてこちらを見た。頬のガーゼや頭に巻かれた包帯が痛々しい。

 

「藤丸立香……あなた、説明会に居たかしら? あなたの顔は記憶に無いわよ」

『ええと、彼はその……』

「……いえ、そんなことを追及している場合じゃないわね。サーヴァントも無事召喚できたようだし、これは重畳ね。今はそれよりも……」

 

 ごめん所長。俺説明会出てないわ。あとでいっぱい謝るので許してください。

 渋面の所長の目線は自身の隣へと映る。そこに横たわるのは未だに目覚めないマッシュ。

 

「ドクター、彼女の容態は」

『……非常に危険です。デミサーヴァント化したことでなんとか持ちこたえているものの、このままでは……』

「レイシフトの修復はまだなの?」

『残念ながら……人員が不足しています。現状ではカルデアの機能を維持するだけでも精一杯で……』

 

 なにやら不穏な雰囲気である。どうやらマッシュが死んでしまうかもしれないらしい。

 これはあれだな。主人公がナイスな機転を利かせてヒロインを助け、彼女は俺に惚れるという黄金パターンなんじゃないでしょうか。

 

「ロマンさん、なんとかして彼女を助けられないんですか? 応急処置とは言え治療は十分に行いました。彼女が目覚めないのは何故でしょう?」

『彼女は人間と英霊の融合体であるデミサーヴァント……サーヴァントに追随する力を有すると同時に、本来人間にはない枷がはめられている状態なんだ』

「枷ですか?」

『生存にはマスターの存在と魔力が不可欠なのさ。そして今、彼女にはマスターが居ない……。中央管制室での爆発の際、英霊との強引な融合でなんとかその場の命は繋いだようだが……マスター不在のままでは彼女の体を維持するための魔力的なパスが構築できないんだ。せめてカルデアの中なら処置を施すこともできるかもしれないが』

 

 ふーむ、よくわからん。でもマッシュが人間やめかけてるってことはわかった。俺も一緒だ一緒。

 

「何とかしてここからカルデアには帰られないんですか?」

『帰還のために必要なレイシフト機能は現在復旧中だ……。そうだね、あとはこの時代を特異点としている原因を排除すればあるいは……何かが起こるかもしれない』

 

 どうやら帰還は絶望的らしい。

 ならここでキャンプするか。レイシフトとやらが直れば万事解決みたいだし。マッシュの魔力? さえなんとかなれば良いんじゃないだろうか。

 

「そうですか。ではマシュに必要な魔力さえ現地でどうにかすれば、後は救援を待つだけで助かるんですね?」

『そうだね。現状で生き残ることを考えれば、それが妥当な選択だろう』

 

 ロマンさんのお墨付きも貰ったことだし、じゃあその魔力をなんとかするとしよう。

 でもそんなもんどうすりゃいいんだよ。魔力って何やねん。そんなもん舐めたことも齧ったこともないぞ。ここはプロに頼むしか無いな。

 

「所長、何かいい考えは無いでしょうか。申し訳ないですけど、俺は魔術に関しては素人で……」

「ちょっと、さっきからあなた、仕切らないでちょうだい。この場での最高責任者は私です。以降私の指示に従うこと。よくもまあ、魔術のまの字も知らないこんな素人がここまで生き残れたものね。運だけは一丁前なのかしら」

 

 おっしゃる通りでございます。運だけなら俺、世界に愛されてるレベルって胸を張って自慢できるよ。

 あと所長、俺は大丈夫だけど、俺の隣りにいる大きなお姉さんが殺気立つからあまり俺を貶さないでくれ。その言葉は彼女に効く。

 

「そうね、この付近にある霊地に向かいましょう。マナの豊富な環境なら、彼女も幾らか持ち直すはずよ。後はどこに霊地があるかだけれども……」

 

 マナくらいなら俺も知ってる。一応俺もプレインズウォーカーだった時期あるから、割りと馴染みあるわ。

 霊地って言うと、心霊スポットみたいなところか? じゃあ寺とか墓地じゃん。でもドヤ顔で言って間違ってたら嫌だな……ていうか所長も専門家ならバシッと霊地くらい特定してくれよ。もしかして日本出身じゃないから、そのへんのお約束わからないのかな。

 じゃあ日本出身の人に聞けばいいや。

 

「ライコーさん、良さそうな霊地って心当たりあります?」

「はい、勿論。寺社仏閣は古来より霊地の上に建てられ、その土地を鎮める役割を持ったものが多いです。ですので大きな寺院や神社を探してみるのがよろしいでしょう」

 

 話を振られたのが嬉しいのか、ライコーさん得意げである。かわいいぜ……。

 

「頼光? 源氏の? それって鬼退治の大英雄じゃない! どうしてこんな素人が……。いえ、今は置いておきましょう。ロマニ聞いてた!? 冬木市の地図データから付近の寺社仏閣を割り出してちょうだい!」

『了解! 神社、寺院……あった、ここから西、円蔵山中腹に建つ柳洞寺だ!』

 

 やっぱり寺だったのか。何の捻りもない。

 だが、どうやら当面の行動は決まったようだ。早速そこに向かうとしよう。

 

 

 

 所長は未だ意識を失ったままのマシュをおぶさり、俺は彼女の武器である盾を担ぎ、ライコーさんは周囲の警戒と骸骨共の掃除である。所長曰く、俺のような野郎に彼女は任せられないらしい。他の女にちょっかいかけて欲しくないのか、これにはライコーさんもにっこりの采配である。

 それにしてもクッソ重いぞこの盾。何を考えてこんなデカさにしたんだ。

 でも、息切れしたり腕がプルプル震えるような事はなかった。やっぱりこれ覚醒のおかげかな。

 ライコーさん曰く、まだ魔性の血は俺の体に馴染んでいないらしいが、それでも一般人を超越する程度のパワーなら今の俺でも振るえるらしい。馴染むって何、俺これ以上強くなるの? いやーまいっちゃうぜ~。よーしパパ人間止めちゃうぞー。

 

 道中は実に平和なものだった。遠くの骸骨はライコーさんがマシンガンみたいな弓でハリネズミにしてしまうし、近くの敵は言わずもがな鎧袖一触である。

 影に覆われた槍を携えるサーヴァントとも途中で接敵したが、ライコーさんにかかればこれこの通り。瞬く間に槍は折れ、四肢は吹き飛び、雷撃を纏った太刀筋によって灰燼に帰した。

 強い。圧倒的じゃないか俺のヒロインは。なんかかっこよく指示を飛ばそうと思ったけれども、そんなことするまでもなかった。

 

「なによ、比べ物にならないじゃない……これがマスターを伴ったサーヴァントの本当の力なのね……」

 

 所長も感心したように何度も頷く。俺も少しは強くなったなあと今しがた思っていたのだが、彼女の強さときたら段違いである。

 あ、これ嫁TUEEEEモノだったのか。嫁があんまりにも強すぎると相対的に主人公のお荷物感が強くなって今ひとつファンからの評価がバラけるんだよな。闘神都市で見たわ。ランスを見習え。

 

「この程度、手遊びのようなものですが……お役に立てましたか? うふふ、それは何よりです」

 

 何でもない風に装いながら実はちょっとだけドヤってる。君にそんな萌属性を垣間見たぞ俺は。俺でなきゃ見逃しちゃうね。

 そんなこんなで、やってきました柳洞寺。登る気の削がれる長い階段は様式美、左右に並び立つ木々が風流ですね。

 えっちらおっちら盾を担いで階段を踏みしめる。

 

「すごく濃いマナ……一等地ねここは。ここならきっと、マシュも回復するわ」

 

 すごく濃いってそこはかとなくエッチなワードだよね。所長もご満悦である。

 街中で起こっていた火災も、ここはその被害を免れたようだ。炎の明るさに目が慣れてしまったせいか、やけに暗く感じる。

 山門をくぐり境内にたどり着くも、不思議なことに人っ子一人居ない。こちらとしては都合がいいが、どことなく不気味だ。

 

 本堂にお邪魔して、ようやく腰を落ち着けられた。

 所長は額に汗をかきながらも、今はマシュのために魔法陣を書いているようだ。この人もついさっきまで意識を失っていたと言うのに、女の子を一人抱えてここまで来たんだ。大した根性である。

 

『お疲れ様、立香君。この寺院、強力な結界が張られているようだ。いかにサーヴァントと言えども山門以外からの侵入は不可能だ。警戒は頼光さんに任せて休んだ方がいい』

 

 そいつはありがたい。魔性の血が混じったとは言え、実は本調子じゃなかったのだ。ちょっと貧血っぽい。

 

『君も所長もバイタルは危険域だ。所長は怪我人だし、君も今まで使っていなかった魔術回路のフル稼働で脳に負担がかかっている。補給物資を転送するから、まずはここで一夜を明かすと良い』

 

 送られてきた増血剤を胃薬と一緒に流し込む。気休めらしいが、それでも気持ち分楽になった。

 満身創痍だな。主人公らしくボロボロのクタクタだ。肩口の包帯からは血が滲んできているし、こいつも交換する必要があるだろう。

 程なくしてマシュへの処置を終えた所長もこちらにやってきた。ロマンさんから送られた携帯コンロで沸かした温かいお茶を差し出す。

 

「頭の包帯、俺が交換しますよ。すこしここらで休みましょう」

「……ええ、お願いするわ」

 

 ライコーさんが本堂を出て警戒しているのをこれ幸いと、所長にコンタクトを取る。この人もヒロインなのかな。結構キャラ濃そうだし、所長なんて重大なポジションに居る彼女がモブな訳がない。優しくしてあげよう。

 お茶を啜る彼女の後ろに回って治療をする。慣れない作業である上、髪の毛の量も相まって非常にやりにくい。こういうのって普通は髪の毛ズバッと切っちゃうものじゃないんだろうか。

 

「……藤丸立香、ここまでの働き、及第点です。カルデア所長として、あなたの功績を認めるわ」

 

 なんぞこの人。急にデレだしたぞ。

 

「あなたが居なけれ、きっと私たちは全滅だったわ。それは事実だもの。素人だとしても、十分に一人前と言える働きよ。よくやったわ」

 

 女にこうも言われれば、当然満更でもない気分である。

 四苦八苦しながら彼女の包帯の交換を終え、今度は自分の分に取り掛かる。

 

「貸してちょうだい、私がやってあげるわ。服を脱いで」

 

 おいおいおい。美味しいシチュエーションだなあコレ。

 お言葉に甘えて上半身裸になり、彼女に背を向けた。

 包帯を手繰る彼女の手が時折体に触れ、火照った体にひんやりとした感触が気持ち良い。

 これだよこれこれ。なーんか甘酸っぱい感じのこの雰囲気。このまったり感が最高だ。ライコーさんはちょっと鮮烈すぎるわ。超ハードタイプだ。

 

「……ありがとう」

 

 静まり返った本堂に、か細く響く彼女の声。ああ、俺、最高に主人公してるわ。

 伝家の宝刀、え? 何か言った? をすかさず決めようと彼女の方を向くも、何かの袋を押し付け、俺より先に捲し立てた。

 

「包帯の交換はお終い! あとそれから、これ! たまたま持っていたから!」

 

 一方的に言い放って、所長はどすどすと足音も荒く俺を離れていった。

 そのままマシュの隣まで歩くと、衣服の上着を枕にして横になった。ロマンさんから救援物資の毛布は送られていたのだが、それはマシュの枕にしてあげているようだ。なんだかんだいって優しい人なんだろうな。

 

 所長から渡された包みを見る。中身はドライフルーツのようだ。ここに来て甘いものが貰えるのはありがたい。

 なんだ、素晴らしいヒロインだらけじゃないかfate。前世で遊ばなかったことを今更後悔してしまったぜ。

 

 さて、あと俺はどうするか、なんて決まっている。主人公がヒロインを放ったらかしにするなんてありえない所業だ。

 上着を羽織り直し、お茶と所長から貰ったドライフルーツを抱えて立ち上がる。今頃山門では彼女が一人で警戒にあたっているのだろう。労ってやらないとな。

 

 

 

「お疲れ様です、ライコーさん」

「あら、マスター。どうかなさいましたか?」

 

 山門の影に背中を預け、彼女は眼下に広がる冬木の街を眺めていた。月も黒煙に覆われたこの夜であるが、街から未だに立ち上る火の手が俺たちを照らしている。

 戦鬼。炎に照らされた彼女の姿は、凛々しくも恐ろしい。悪鬼も大蜘蛛も牛鬼も、平安時代の怪異を片っ端から討滅した稀代の武人。その血と栄華に彩られた生涯が、街を焼き尽くす炎によって彼女から炙り出されたかのように感じる。

 

「戦とは、やはり荒々しいものなのですね。人の営み、命の輝きが、道端に萌える草花のごとく踏みにじられる……」

 

 かつて修羅道を歩んだ彼女だからこそなのだろうか。その瞳に、平穏で愛に満ちた世の中への憧憬が見えた。

 湯気を上げるカップを彼女に渡し、その隣に腰掛ける。石畳の地面が尻に冷たい。

 

「悲しいですね」

「ええ」

 

 彼女も同じように、その場で腰を下ろす。

 この人、こんな顔をもできたんだな。いや、むしろこっちが本物の彼女なのかもしれない。恋愛に狂うばかりの人間が、英雄なんて呼ばれるはずもない。

 

「俺、あなたの隣に立ちたいです」

「え?」

「あなたのような英雄と肩を並べたい。もっと強く、もっとでかくなって、あなたと同じ目線で、あなたと一緒に同じものを守りたい」

 

 嘘から出た実とでも言うべきか。一度は彼女へ告げた口説き文句を、今一度本心から繰り返す。俺も男だ、英雄に憧れないわけがない。

 彼女は魅力的な女性であるが、それと同時に、全ての男子が一度は見る夢のカタチなのだ。

 強く、そして優しい正義の英雄(ヒーロー)。その理想が今、目の前にいる。お手本にしないのはあまりに勿体ないではないか。

 

「飾らない言葉も素敵ですよ、マスター……いいえ、立香。あなたが望むのなら、私が手解きいたしましょう。ふふ、金時に稽古をつけてあげた頃を思い出しますね」

 

 素敵、こちらの台詞だ。美しい微笑みである。もっと強くなってこの人に背中を預けさせてもらえたら、俺はどんなに───。

 

「っ! マスター!」

 

 ライコーさんが抜き放つ刀が、暗闇で火花を散らした。

 これは、いったい。

 

「お下がりくださいマスター。恐らく……アーチャーのサーヴァントです」

 

 つまり敵か。先程彼女と並び立ちたいなんて啖呵を切った手前情けない話であるが、今の俺は骸骨一匹ろくに相手取れ無いのだ。サーヴァントなんてなおさら無理である。

 素直に退き、ライコーさんのお尻に隠れる。

 

「ええ、今はそれで良いのですよ。良い子です、立香」

 

 ママー!

 アーチャーということは敵は弓を使って攻撃しているのだろう。目には目をということか、彼女もまた弓に矢をつがえる。

 先程までの慈愛に満ちた眼差しは影もない。針のように鋭い、戦人(いくさびと)の眼光だ。

 

「誅伐、執行。やりすぎないように注意しますね」


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