俺のために鬼になってくれる女   作:鈴鹿鈴香

3 / 11
特異点F 02

 気絶って結構レアな体験だよね。少なくとも俺は今日以外でそんな体験をしたことがない。一回だけキッツイ立ちくらみにあったことがあるくらいだ。

 背中や腰は相変わらず痛むのだが、頭だけはなんだか柔らかい。やけにもちもちとした、あたたかい枕のような感触。

 薄っすらと瞼を開けば、目の前に広がるデカ山ふたつ。全身タイツのお陰でその形がはっきりと分かる。視線を少し下にやれば、体に巻かれた包帯。彼女が治療してくれたのだろうか。

 あ、これ膝枕じゃない? おっぱいと膝でサンドとかラッキースケベって感じなんじゃない? やっぱ俺主人公だもんなー。これくらいの役得あってしかるべきじゃん。

 

 身を起こすふりをして、ぽよんとおっぱいに額をぶつける。最高の気分じゃ。

 

「あ、ごめんさい。俺、眠ってたみたいで……」

「あら、お目覚めになりましたか? 具合の悪いようでしたら、もう少し横になっていても結構ですよ」

 

 美人のねーちゃん、ライコーさんがこちらの顔を覗き込んでにっこりと微笑みかけてきた。

 最近のアニメとか漫画って歳上キャラ不人気だけど、俺は絶対人気投票この人に入れるよ。優しくて美人で巨乳ってだけでハットトリックだから。エースストライカーだから。

 いつまでも甘えていたいのが本音だが、ここは主人公らしく立ち上がる。周囲を見れば、気絶する前と状況は変わっていないらしい。散乱する人骨と倒れる所長、それからマッシュ。

 

「いえ、そうも言っていられませんよ、緊急事態です。ロマンさん、何が起こっているんです? 現状について教えてください」

 

 聞いてみると、彼は随分長々と説明してくれた。お陰で全部の理解が追いつかない。

 ざっくりと纏めてみると、俺がここ、2004年の冬木市に来てすぐ、骸骨マンとイチャイチャしている間に所長とマシュ達は合流、今俺達がいる地点でベースキャンプを作っていたらしい。ところがそこにサーヴァントが現れたという。どうにもソイツが敵対的で、所長とマシュを見るなり襲いかかったと。

 マシュはデミサーヴァントとかいうハンバーグにかけたら美味しそうな名前の英雄になったらしく、なんとか良いところまで戦えたらしいが敢え無く破れ、所長ともども重症を負い、次の瞬間には死んでもおかしくないくらいに追いつめられた。

 しかしそこで現れたのがフードを被ったキャスターのサーヴァント。ソイツが襲い掛かってきたサーヴァントに攻撃し、そのまま彼等は戦闘を続けながらここを去っていったという。

 で、寒空の下でにっちもさっちもいかなくなった所長たちのもとに俺参上。みんなのピンチを救ったヒーローというわけである。

 

 う~む、タイミング的に出来過ぎだよなぁ。これが世界の選択というやつか。どうやら俺はどれだけ適当に何も考えず行動したとしても、死なないし世界は助かるというチート存在らしい。うむ、これでもっと気楽になったな。その内登場するヒロインたちに胸を躍らせながら、ついでに世界も救うとしよう。

 

『おそらくこの特異点では聖杯戦争が行われているんだろう。所長もまだ意識を取り戻さないし、君たちは襲来するサーヴァントにだけ気をつけて待機していてくれないか。今はまだレイシフトの修理が終わっていないが、必ず助けに行く。それまでなんとか持ちこたえていてくれ』

 

 説明を終えたロマンさんは、慌ただしそうに通信を切った。

 そう言えば、カルデアの爆発で怪我人いっぱい出てるんだったよな。医療部門のトップらしいし、今一番忙しいんじゃないだろうかあの人。

 

 待機ね。つまり暇な時間ってわけだ。ここはヒロインのライコーさんと交流でもするか。マッシュも所長も寝たきりだし。

 

「どうにか一段落ですね、ライコーさん。怪我の治療、ありがとうございます」

「あなたは私のマスターなのですから、当然のことですよ……それよりも……」

 

 朗らかに笑う彼女を見ているだけで俺はテンション上がるのだが、突然その眉がしゅんと八の字になった。

 

「その……お体の調子に何かお障りはありませんか? 気分が優れない、とか」

 

 心配してくれるのだろうか。そんなに申し訳無さそうな顔しなくていいのに。

 それにしても、体の具合か……あ、そうだ。さっきの気絶が覚醒フラグかもしれないんだっけ。

 慌てて手のひらを見つめる。そして念じる。

 

 出ろ! ノワールソード! ホワイトエッジ!

 クソ! 出ないぞ!

 

「いえ、特に異常は……無いみたいですね」

 

 異常あってくれよ。何時になったら俺は覚醒するんだオイ。レンガじゃなくて剣で戦いたいんだよ。あの白黒の剣でズバズバ切ったりブンブン投げたりしたいんだよ。

 

「そう、ですか……」

 

 胸の前でギュッと手を握る仕草がセクシーだ。それにしても、何か困る、というよりは迷っているのだろうか、彼女は。初見の頃と比べてどうにも落ち着きが無いように見える。

 

「あの、どうかなさいましたかライコーさん」

「……マスター、私はあなたに謝らなければなりません」

 

 ライコーさんがその場で膝をついて頭を下げた。

 女の子に土下座をされるのは初めてなり。普通に困るわこれ。寝てる間に俺に性的なイタズラでもしましたか? むしろバッチコイなんでこれから毎晩よろしくお願いします。

 

 なんてアホな事を考える傍ら彼女は語りだす。どうやらさっきまで俺は血の流し過ぎで死にかけだったらしく、予断を許さない状態だったそうな。

 輸血のための血液もそれを行うための機材もなく、あわや俺の物語が終わってしまうと思われた矢先、ライコーさんが俺に血を分けたそうな。

 輸血の道具もないって言ってたのにどうやったんだよ、と思わないでもないが、どうやらこのライコーさん人間じゃないっぽく、魔性だか鬼だかわからないが、そんな血を持っているそうで。その血と俺の人間の血を混ぜて窮地を脱したっぽい。人間なら死ぬレベルの出血だったから、体を人間以上の強度にすることでなんとかしたってことかな。

 

 ふむふむ、つまりそれ……やっぱ覚醒フラグなんじゃね!?

 なるほどな! つまり本当の物語の始まりはここからなんだ! そうかそうか、なるほどな~。

 剣はまだ出せないが、どうやら俺はパワーアップしたらしい。

 それにしても鬼の血か……ぬ~べ~を思い出すな。あれは手だけど。俺も鬼の手欲しいなあ……デビルブリンガーと名付けて俺の必殺技にするわ。

 

「あなたに魔性の血を混ぜた罪、決して許されることとは思っておりません、ですが……」

「ああ、別に構いませんよライコーさん。これからあなたと一緒に戦っていくんですから、俺だって足手まといにはなりたくない。渡りに船というやつですよ」

「しかし、これは忌むべき力なのですよ! 本来ならば、決してあなたのような優しい男の子には───」

 

 闇に堕ちる俺……か、カッケーぇぇええ! 俺、デーモンになっちゃったよー! これからは俺の中の闇と戦わなきゃやばいやばい。

 何時現れるんだもう一人の僕。速くぶっ倒してパラディンになりてえな。

 俺的には最高に気分がいいんだが、ライコーさんはそうじゃないっぽい。なんだか謝らせてばかりでかわいそうである。ここはなんとかしてイケメンムーブかまして空気を変えよう。

 

「忌むべき力……ライコーさん、きっとあなたはこの力と生涯向き合い続けてきたのでしょう。その苦しみが理解されず、辛い思いをしたことも一度や二度じゃないはずだ。ですが、これからはそうじゃない。俺だけはあなたと同じ立場に立つことができる。あなたの隣に並ぶことができる」

 

 はっと、ライコーさんが地面に擦りつけていた顔を上げた。目も口も丸く開かれ、驚きとも喜びとも付かない、それでいて何かに期待をしているような、そんな表情を浮かべている。

 

「あなたが俺に血を混ぜた時、もしかして、あなたは俺に期待したのではないですか? 自分のことを、体に流れる血も含めて受け入れてくれる男だと。だったらこんなにうれしいことはありませんよ。あなたのいた時代ではどうかは知れませんが、現代ではライコーさんのような美人にそれだけ想われることは、男冥利に尽きると言うんですよ」

 

 俺はめっちゃ君のこと分かってるよ感をこれでもかと出す。ライコーさんが俺に期待してたかどうかは知らんけど、小指の先くらいはそういう気持ちあったんじゃないでしょうか。ていうかあってくれ。間違ってたらバツが悪い。産まれにコンプレックス持ってる系キャラは共感者に飢えてる印象あるし、良い線行ってると思うんだが。

 

「嬉しいですよ、あなたと分かり合えることが。あなたが俺に期待してくれたことが。だって、ひと目見たときから俺はあなたに惹かれていた」

 

 決まったぁぁぁああ! 伊達に漫画やアニメを見ていない。くっさい口説き文句なんて星の数ほど浮かんでくるわ。あなたに跪かせていただきたいにしようかと一瞬迷ったが、この告白文句は失敗に終わってるし縁起悪いから止めた。

 リアルならどうかは知らんが、俺ってば今主人公だから。恥ずかしさなんて微塵も感じない。

 どや、このイケメンムーブ、惚れたやろねーちゃん!? 仕上げとばかりに、膝をつく彼女に向かって手を差し出す。

 

「自己紹介、まだでしたね。俺は藤丸立香。俺と一緒に戦ってくれませんか?」

「藤丸……立香……よい、名前です」

 

 ほっそりとしていて、それでいながら力強い手で握り返される。表情もなんだか上気しているようでほのかに赤い。これはもう落としただろ。やったよばっちゃん。俺ってば女の人口説き落とすなんて初めての経験だぁ。やればできるもんだな。

 

「あなたの言葉は心に響きました。あなたと出会えて、私はとても幸福に思います」

 

 確かな手応え、ライコーさんも満更でもない感じじゃないか。いずれはもっとヒロインが増えてハーレムが完成するんだろうが、滑り出しは非常に好調じゃないか。いやぁ重畳重畳。

 

「ところでマスター。私、独占欲の強い女ですので……私以外にこのようなことを言ってしまっては……私、何をしてしまうか……分かりません」

 

 一瞬、彼女の目に光が見えなくなった様な気がした。

 ごめん、気のせいでもなければ一瞬でもなかったわ。目、やばいわ。なんか、そう、黄昏よりも暗きもの……。

 

 もしかしたらこれ、チキンレースだったんだろうか。ブレーキの踏みどころ間違えたかな。間違えたっていうかノンブレーキで海に突っ込んじゃったんじゃないかな。

 

 

 

 あかんわ。この女あかん。

 出会って一日経たないうちにこのベタつき加減、身体的接触。

 なんぼなんでも急すぎるだろこれ。チョロインとかそういうんじゃなくて怖いんだよなんか。確固たる信念というか、執念染みた感情が波濤のように襲い掛かってくるんだよ。逃がすまじという殺気にも似た、鬼気迫る生の情緒が見えない鎖と化して俺の体を締め付けてくるんだよ。

 腕を組む、太腿を擦る、腹をくすぐる、頬に触れる、頭を撫でる、後ろから抱きつく、前から抱きつく、膝枕、腕枕もう大別できん。この小一時間でコンプリートしたぞ。本番に入るのも時間の問題じゃないでしょうか。抜きゲー並みのペースだ。

 でも俺こんな燃え盛る街中での青姦が初めてとか絶対に嫌だぞ。前やったエロゲで主人公がC4で学校爆破して、その直後ヒロインと野外でおっぱじめたやつを見たことあるが、それとどっこいだぞ。あれにはさすがの俺もたまげたわ。

 

 もしかしてこの人、生前は喪女だったんかな。俺が初めて告白した人だったから舞い上がっちゃってんじゃないかな。他の女にちょっかいかけようものなら、エッチまでしたのにふざけんなよ! と俺はバラバラに解体されてしまうわけだ。

 

「マスター、私はこのような生まれですが、愛を知らないわけではありませんでした。四天王はひとりひとりが私にとって息子も同然。愛する者とそれに応えてくれる人は、私にだっていたのですよ。ですが、あなたに抱くこの愛は、少し勝手が違うような気がしています。あなたを想うと狂おしいほどに滾ってくるのですよ。身も心も炎に包まれているかのようです。隣に並ぶと、あなたは言いましたね。そんなことを言われたのは初めてで。隣に……ああ、それはつまり伴侶のことでしょうか。あら、嫌ですね私ったら、年甲斐もなく舞い上がってしまって。でもこんなに強く殿方から求められたのは私も初めてでして……あら、この話は先程もしていたでしょうか……?」

 

 もうなんか止まらないな、どうなってるんだこれ。

 ライコーさんの気持ちは高まるばかりのようで、彼女がいつ強引におっぱじめようとしてくるか気が気でない。知的な話にシフトすれば彼女の頭も冷えるだろうか。でも知的な話って何すれば良いんだよ、政治か。現在はともかく昔話の日本の政治体勢なんかわかるかよ。

 ていうかこの人いつの時代の人なんだろう。ああ、そうだ。このあたり聞いてみればいいじゃん。

 

「ところでライコーさんって日本人ですよね。いつ頃の時代の人なんですか? それと漢字でなんて書くんですか?」

 

 俺が質問するなり彼女はシュババババと反応して、どこからともなく紙と硯を取り出した。分身しているように見えたのは私の気のせいでしょうか。

 

「はい、この頼光、生まれは平安、名をこのように書きます」

 

 さらさらと紙に描かれる文字。ちょっと達筆すぎますね。この頼光という漢字はかろうじて判別できるのだが、おそらく横に書かれたふりがなと思われる文字が解読不能である。いや、多分らいこうと書いていると思うのだが、えげつねえ崩れ方だ。

 

「これ、よりみつって読むんじゃないんですね。俺も日本人ですけど、ちょっと不思議な感じがします」

「よりみつでも問題ありませんよ。むしろそちらが正しい読み方です。ですが、私のいた時代では本名は諱と呼ばれ、口にすることが憚られていたのです」

 

 マジかよ。恋姫の真名みたいなものですかね。本人の許可無く呼んだら殺されても文句言えないとか初見殺し過ぎんよ。その癖に人前でも構わず呼びまくるのはどうなのよと俺は言いたい。

 結局、彼女のことは今までどうりライコーさんと呼ぶことにした。伝説のポケモンみたいでカッコイイと思う。

 

「マスターのお名前はなんとお書きなるのですか?」

 

 筆を渡され、自分の名前も書く。改めて考えると、俺の名前も人のこと言えないくらい変だよな。立香て。スマホで一発変換できないから地味に不便だ。

 俺とライコーさんの会話はロマンさんの通信に遮られるまで続いた。彼女の病み病みっぽい雰囲気に一時はどうなることかと思ったが、美人にそれだけ想われてると考えればそう満更でもない。むしろ勝ち組なんじゃないかな俺。ちょっとバイブス上がってきた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。