場所は箱庭二一〇五三八〇外門。ぺリベット通り・噴水広場前。歩き続ける事五分、目の前には大きな壁が現れそれはある一定の区画を囲うように円状に広がっていた。
ひとまず黒ウサギの言っていた通りジンと言う人物を探す。丁度外と中を繋ぐ階段の前で蹲っているダボダボの服を着ている少年に聞く。
「ジン坊ちゃんって人はいるかしら?」
声をかけられ顔を上げる。
「その呼び方。もしかして黒ウサギの言っていた人達ですね」
「貴方がジン坊ちゃん?」
「そうですよ。あれ?それじゃあ黒ウサギは何処に?」
「まぁそれはおいおい話すわ。今はその...後ろをどうにかして欲しいわね」
ジンが飛鳥の後ろを見るとそこは極寒地獄だった。
いや実際には冷気で凍るなどは起きていないが、一緒に並んで歩いていた一誠と春日部の目は死んでいて、そっぽを向き合い口を開こうともしていなかった。
何があったらこうなると若干頬を釣りながら壁の中へと入っていく。
外から見ると中の様子など見えず、小さな建物でもあるのかな?と思っていると、太陽に届こうと高くそびえ立つ建物、地面を焼き尽くさんと輝いている太陽があった。
「中に入ったのに太陽があるの?」
「この場所は太陽が苦手な種族のために作られた物で、この中であれば太陽の光を浴びても大丈夫です」
太陽の苦手な種族。
飛鳥はあまり俗世に関わりが無く、パッと思いつくの一つだけだった。
「吸血鬼でもいるの?」
「いますよ」
ジンの即答に驚く。
飛鳥の知っている吸血鬼とは自分の赴くままに他者の血を吸い、干からびるまで血を抜くというある意味人にとっては敵的存在だ。
見た限り所々に人間もいるようなので、普通はそんな敵を生かすような真似はしないはずだ。
だがここは箱庭だった。飛鳥達の居た世界とはまるで違う世界。この世界であれば吸血鬼は悪い者ではないのかもしれないと納得した。それに今は後ろにいる冷戦状態の2人をどうにかしなくちゃいけないと、ジンにアイコンタクトをとる。
そのアイコンタクトの意味を一瞬で理解したジンは、テーブルを囲んでお茶をすれば多少は良くなるだろうと喫茶店へと案内する。
丁度目に付いた『六本傷』の旗を掲げているカフェテラスに座る。
「いらっしゃいませーご注文はどうしますか?」
入ってすぐ猫耳を付けた女性が、短いスカート可愛く揺らして注文を聞いてくる。入ってすとは随分と気が早いものだと思ったが、特にめぼしい物は無いので注文はジンに任せた。
「えっと紅茶2つと緑茶を2つ...あと軽食にコレとコレと」
『ネコマンマを!』
「はいはーい。ティーセット三つにネコマンマですね」
ん?と春日部以外が固まる。
それは誰もネコマンマなど頼んでいないからだ。
春日部はさっきまでの不機嫌が嘘のように目を輝かせる。
「もしかして三毛猫の言葉分かるの?」
「そりゃ分かりますよ。なんたって私は猫族ですよ」
頭部に付いている二つの猫耳をピクピクっとさせる。
「あなたもしかして動物と会話できるの?」
「うん生きているなら誰とでも」
「それは...素敵ね。じゃああそこにいる鳥とも?」
「出来るよ...呼ぶ?」
「今はいいわ」
よし来たいい流れ。2人は心の中でガッツポーズをとる。
春日部の表情は穏やかになり優しい笑顔を浮かべている。
機嫌が良くなった
『お嬢、お嬢。いい加減仲直りした方がいいちゃうか?』
「仲直り...あの変態と?」
『そなこと言ったて...悪気は無いと思うで。落下してる時もあいつが庇ったから大丈夫やったんや、結果としてあいつは溺れたようやけどな』
春日部は意外な事を聞き目を丸くする。
あの時は突然触られ男と言われ頭にきたからといって少しやりすぎたかもしれないと思う。が、その一方であっちも悪いと思っていた。
対して一誠は
(やべぇ...謝りたいけどタイミング掴めねぇ...よしここは腹を括って)
タイミングが掴めずにいた。
「「あの」」
2人は丁度同じタイミングで声を掛け合ってしまう。
「先に貴方が」
「いや、そっちが先に」
「貴方が」
「そっちが」
ピシ
2人の間の空気がまた凍りつく。
一体どんだけ仲が悪いんだと言いたくなってきていた。犬猿の仲とはこの事なのだろう。
凍った空気が分からない程馬鹿なのか、それとも知った上でやって来たが分からないが、ピチピチのスーツを着た大柄な男が空いていた席に音を立て座る。
「おや?これはこれは、誰かと思えば東区画最弱のコミュニティ、名無しの権兵衛のリーダージン君では無いですか」
その男が席につくと、睨み合っていた2人も流石に男の方を向いた。
その男の登場にジンは下を向く。
これは喧嘩している場合ではないと、一旦さっきの事などを忘れ男の話に耳を傾ける。
「ノーネームですよ。フォレス・ガロのガルド=ガスパー」
ジンの声には怒気が混ざっていた。それから察するに何かしら因縁があるのだろう。
すると、ガルドは机を叩き身体を乗り出して大声をだす。
「黙れ名無しめ。聞いた話では新しい人材を異世界から呼び出したそうじゃないか。コミュニティの誇りである名と旗印を奪われてよくも未練がましくコミュニティを存続させている物だ。そうは思いませんか?御三方」
話を突然振ってこられてもイマイチ現状を説明されていないので、何が?としか答える事が出来ない。
「普通なら、同席を求めるならば氏名を名乗った後に、一言添えるのが礼儀ではないかしら?」
「おっと、失礼。私は箱庭上層に陣取るコミュニティ「烏合の衆の」コミュニティのリーダーをしている、って待てやゴラァ!誰が烏合の衆だ!誰が!」
ジンに横槍を入れられ馬鹿にされ激怒し姿が変化する。
口は大きく開き、その歯は獰猛な肉食獣のように鋭利に尖り、爪も肉を切り裂くように鋭くなる。
「口を慎め小僧...紳士で通ってる俺でも我慢出来ねえ事はある」
「森の守護者だったころの貴方なら尊敬と礼儀をしっかりしていました。しかし、今の貴方はただ手に入れた力を振り回す子供です。そんなあなたに何をすればいいのですか?」
「それなら貴様はなんだ?確かにお前らは過去は強かった。だが結局は魔王に負け廃れた。それなのにいつまでもそのコミュニティを残して何がしてぇ?」
「少し待ちなさい」
このまま口喧嘩をしているいつ飛びかかるか分からない2人に、飛鳥が両手を広げて割って入る。
「何を言ってるのかよく分からないけど、とりあえずジン君、説明をしてもらっていいかしら?」
「そ、それは...」
ジンは言い淀み口を開こうとしない。
それもそうだろ。誰が好き好んで自分のコミュニティは壊滅したんだと言えるだろうか。
そうしているとこれは好奇と思ったガルドが代わりに説明を始める。
まずコミュニティの説明から始め、コミュニティの重要性を語った後、自分の力の強さを示した。
彼らのコミュニティはここら辺にある程の店の権利を持っていて、証拠として『六本傷』の旗が証明していると語った。
ご自分の自慢が終わると、遂に本題であるジンのコミュニティへと話が移る。
「さて、ここからが貴方達のコミュニティの問題。実は貴方のいるコミュニティは数年前までは、この東区画最大手のコミュニティでした」
「あら、意外ね」
「まぁリーダーはそこにいるジン君とは比べ物にならないぐらい優秀な別の人物でしたがね。ギフトゲームにおける戦績で人類最高の記録を持っていたようですしね」
ガルドは他人の武勇伝を語るのは嫌なのか、つまらなそうな口調で語る。
所詮は過去の話。今の最大手のコミュニティは『六本傷』と言っても過言ではない。
「そのコミュニティはとある日、絶対に敵に回してはいけない存在『魔王』に滅ぼされてしまいました」
「「「魔王?」」」
彼らの中の魔王だと、基本城の中でふんぞり返り勇者に滅ぼされる存在だ。しかしここ箱庭では別の意味として使われている。
「魔王とは自由にギフトゲームを開催でき、挑まれれば最後絶対に断ることが出来ない。そして、貴方達のコミュニティは魔王に負け全てを失った」
ジンは下を俯き、3人の間に静寂が起こる。
飛鳥が紅茶を優雅に喉を潤すために含むと、音を立てないようにカップを机に置く。
「なるほどね。大体理解出来たわ。つまり魔王とはこの世界で特権階級を振り回す神などで、ジン君のコミュニティは彼らの玩具として遊び壊された。そういうこと?」
「そうですとも。そんなコミュニティをジン君は未だに残しています。全てを絞り尽くされ、名も旗も主力人員も失った彼らに何ができますか?この世界ではそんな彼らに誰も信用せず仲間も集まらない」
ガルドは手を大きく振り豪快な笑顔で嘲笑う。その屈辱にジンは膝の上に置いていた両手を強く握りしめる。
「私はそんなコミュニティを支えている黒ウサギが不憫でなりません。ウサギと言えば箱庭の貴族とされ何処のコミュニティでも、破格の待遇で愛でられるはず。なのに彼女は糞ガキ共のために身を粉にして走り回り、僅かな路銀で弱小コミュニティをやりくりしている」
「......そう。それで貴方は何でそんな事を親切に話してくれたのかしら?」
「単刀直入に言います。黒ウサギ共々私のコミュニティに来ませんか?」
「な!何を言って」
ジンはガルドの突然の発言に我慢していた怒りを爆発させ席を立つ。
ジン達とて何も無償で飛鳥達を呼び出したのではない。最後の希望。全てを立て直すためにと少ないお金を払って召喚していた。
そして今まで自身のコミュニティを語らなかったのもそのため。せっかく呼び出したのに他のコミュニティに行く。最も最悪なパターンだ。だからこそ細心の注意を払ってきたのに、その全てを目の前の男は無駄にした。
「黙れ!ジン=ラッセル。てめぇが名と旗印を変えていれば最低限の人材は集まったはずだ。それを貴様の我が儘でコミュニティを追い込んでおいて、どの顔で異世界から人材を呼び出した?」
ジンは正論を言われ黙ることしか出来なかった。黙ったのを確認すると飛鳥立ちに向き直る。
「それでいかがですかこのお話は?」
「結構よ。ジン君の所で間に合ってるもの」
ガルドは鳩が豆鉄砲を食らったように唖然とする。
飛鳥はさも当たり前のように言い放ち、紅茶を三度含むと耀に話しかける。
「春日部さんは今の話どう?」
「どっちでもいい。私は友達を作りにきたから」
「そうなら私が友達第一号に立候補していいかしら?」
「久遠さんは」
「飛鳥でいいわよ」
「うん。飛鳥なら私の知ってる女の子と違うから大丈夫かも」
2人は見合うと笑い合う。こちらの2人は仲がいいようだ。
ガルドは焦り気味に残っているもう1人の男に目線を向ける。
「俺はうーーん。ジンの所でいいかな。特に目的があって来たわけじゃないし」
「な...理解しているのですか!それは」
「黙りなさい」
ガルドの口は自身の意志とは関係なしに口を強制的に閉じた。
本人は何が起きたか理解出来ず、口をどうにか開こうとするも何か別の力がかかっているのか一向に開こうとしない。
「さて、今度は私の質問の番ね。貴方はそこに座って、私の質問に真実のみで答えなさい」
今度は椅子にヒビが入る勢いで座る。
やはり動こうと手を足を動かそうとしてもピクリとも動かない。
「お、お客さん当店で揉め事は」
「丁度いいわ、第三者として聞いて言って欲しいの。ねぇジン君。コミュニティそのものをチップとしてかけてギフトゲームを行うのは、そうありえる事なの?」
「い、いえやむ得ない状況なら稀に。しかしコミュニティをかけるのはかなりレアなケースです」
そうと呟くとガルドの方を向き質問をする。
「そうよね。来たばかりの私たちでもわかるわ。そのレアケースが貴方にばかり頻繁に起こる...なぜかしら?答えてくださる?」
さっきまでの拘束力が嘘のように口が開き、ガルドの意志とは関係なく語り出す。
「強制させる方法は簡単だ。子供女を人質にとって強制した」
「まぁ随分と野蛮ね。それでその人質はどこに幽閉しているのかしら?」
飛鳥は酷く当たり前の事を聞いた。だが、ガルドからは驚きの一言が語られる。
「もう殺した」
その一言に当たりの空気は凍りつく。
その空気の中ガルドは語り続ける。
「初めてガキ共連れてきた日、泣き声が頭にきた殺した。流石にその後は自重しようとしたが、また泣きわめいたうるさいから殺した。その日以降連れてきたガキはすぐ殺した。けど、身内のコミュニティの人間を殺せば組織に亀裂が入る。だから始末したガキは遺体の証拠が残らないように腹心の」
「黙」
飛鳥の能力は相手に命令しなくては力が発揮されない。だからこそ唖然としすぎて『黙れ』の命令が遅れる。
飛鳥は慌てて言おうとしたが、その言葉が完成する前にガルドの巨体は宙に浮かびカフェテラスから外に吹っ飛ぶ。
ガルドのいた席には拳を前に突き出している少年がいた。
「おい、黙れよ。それ以上その汚ねぇ口を開くな!!」
一誠は変態と呼ばれていても、非人道的な行動をしようとは思った事がない。しかし、目の前の男はそれをまるで武勇伝のように自慢げにしていた。
全く持って許せない。だからこそ自然と拳が伸びた。
いつもの一誠ならばガルドの巨体を吹き飛ばす事など出来ないが、今の一誠は違った。
殴った右手には二の腕まで伸びる赤い篭手が付いていて、手の甲の部分にある緑色の水晶からは『Boost』と音が流れていた。