二人が走っている間はフラガと一誠の間には無言の沈黙が流れる。これは決して会話が出来ないのではなく、相手の挙動一つ一つを読み取り有利に戦おうと集中しているために起こっている。
そして、二人の後ろ姿が建物の角を曲がって消えた所で、どちらが合図をした訳でもなくその場から姿が掻き消える。
瞬間二人の離れていた丁度中間地点で互いの剣が激突し火花が飛び散る。
細身の剣身に太さのある巨大な剣。旗から見れば釣り合うことのない剣同士がぶつかり合って勝利したのは、まさかのフラガの方だった。
「ヒッ!」
「くそ!」
弾かれる後方に倒れようとしている『デュランダル』を全身の力を使って強引に引き戻して振り下ろす。
さすがにこれを受けるのはマズいと思ったのか剣で受け止める事を諦め後方に飛んで回避する。
標的が居なくなり空気を切り裂いた『デュランダル』は地面に叩きつけられ土煙を巻き上げる。
「な!」
巻き上げられた土煙により一誠の姿はフラガの視界から完全に消え失せる。
そも一誠には剣の師範代は居らず自己流だ。そのため基礎となっているのは喧嘩技術。
近場にある物を卑怯と言われても勝ち、最後に立っていれば勝者。
先程の大ぶりは確実に避けられる。そんな事は振り下ろし初めた瞬間に何となく分かった。
だがそれを生かさない手はなく、避けられるならば次の手に繋げばいい。その布石として土煙を巻き上げた。
土煙によって姿を隠すと魔力の球体をフラガの四方を囲むように配置する。
「チッ!やるな視界を奪って撹乱か!!」
土煙を払うように剣を振るうが、細身の剣では少しだけ土煙を退かすだけで劇的な効果はない。
(どれを殺る...外せば殺られる。クソ、下手に手が出せねぇな)
今下手に攻撃に移り外した場合当てやすい的の出来上がり。屠られるのは必然。なのでセオリーはここを動かない。と普通ならば思うわけだが
「俺にそれは効かねぇよ!」
細身の剣に魔力を纏わせ斬撃を飛ばすように円状に魔力を飛ばす。
飛ばされた魔力は土煙を退かすと共に魔力の反応を
「それこそ分かってたよぉぉ!」
「上か!」
一誠は作を
魔力の反応を全て身代わりとする事で上への注意を逸らし不意をつくことに成功する。
だが、それをも考慮していたのがフラガで不敵な笑みを浮かべる。
「残念だな読んでたぜ!」
聖剣フラガラッハには他の聖剣とは違い自我が備わっていた。自身の担い手を選ぶため肉体を魔力で作り上げ、そこに自我を押し込め今のフラガが完成した。
兵藤一新から離されて以来ずっと担い手を探すために数々の強者に勝負を挑み、いつしか勝てる者は居なくなっていった。
このままでいれば自我の剣にとって地獄の錆び付く未来が待っている。それだけは嫌だ、どうにか回避する方法を探していた時に兵藤一誠を見つけた。
ガルドとのギフトゲームを目撃し、ペルセウスとの戦いで確信した。最後の挑戦者はこの男しかいないと。
その時この魔王達の話を聞き、一誠と戦う事を条件に協力する事にした。
それがこれだ。あんまりにもおつむのなっていない作戦。さっさと殺してもう錆び付く未来しかないなと諦めた時ある違和感に気づく。
空から振り下ろされるデュランダルの刃に剣を当てることで逸らし、首を切ろうとしていたのだが剣が軽いのだ。
いや『デュランダル』が軽いのではなく。剣に力がこもっていない。
土煙で隠れていた姿が見えた瞬間驚愕に頬が引き攣る。
(誰もいないだと)
『デュランダル』の持ち手の部分には本来いるべきはずの一誠の姿が見えず、代わりに視界の端から赤い拳が見えた。
顎に直撃した一撃は骨の砕ける音を鳴らした後宙へと上げ飛ばし、建物を数軒なぎ倒して瓦礫に囲まれながら停止する。
「ガはッ」
口からは血が垂れ人間体になって以来久方ぶりの出血をする。
身体全体に響いた一撃は全身を一時的に痺れさせ身動きを完全に封じた。その状態のフラガに一誠が近づき『デュランダル』の先を向ける。
「もうお前の負けだ諦めろ。お前が開始したゲームだろ?ならお前なら止められ」
「無理だな。俺を殺す以外ありえない...さっさと殺せ」
「殺せるわけないだろ」
一誠は今までの戦いで敵の命を奪う事を自身の手で奪う事を考えた事が無かった。間接的に手を貸した事もあったが全ては後の祭り。どうする事も出来ない。
しかし、今回は話が違う。自身でも分かっていた通り殺さなければ終わらない。
そんな彼には生きるために他者を殺す事が出来ない。それも平和な日本の地で生きていた彼には仕方がないのかもしれない。
だがそんな言い分はフラガには通用しない。
「ふざけるなよ...殺せないだと」
「殺せないよ俺には...」
「ふざけるなぁァ!!」
まだ動けるはずのないフラガが突然起き上がった事に驚愕し、防御が間に合わず『デュランダル』の付け根を狙われ吹き飛ばされ、腹部を全力で蹴られる。
口から飛び出たのが唾ではなく血だと気づくのにそう時間は要さない。
蹴り飛ばされ一誠ほゴムボールのように地面を弾み続け 、鎧の重みから地面に軽く沈むようにした弾みを辞めた。
鎧に頭を振られ続ければ最悪脳震盪も起きておかしくなかったが、幸い何も起こらず全身にある痛みだけだ。
頭を振りながら姿勢を上げると
『相棒!!』
「な、」
ドライグの声によりフラガの急接近に気づき咄嗟に右手を前に出す事で振り下ろされる剣を防ごうとする。
この鎧の強度は凄まじく並の物であればダメージすら受け付けない。先程の地面バウンドでも土埃が付いている程度で、何も欠けていない。
フラガは瞬きの間に間合いを詰め『フラガラッハ』を振り下ろす。
本来であれば『
鎧に当たった『フラガラッハ』は速度を止める事はなく、そのまま切断した。右手の肘から先の部分が宙に飛び上がり鮮血が舞う。
「あ゛ぁ゛ぁ゛!!」
手を切られたショックにより『禁手化』が解け、悲鳴を上げるまもなく顎を突然の強打が襲う。
無防備だった一誠の顎の骨は砕け散り口が開かなくなる。
こればっかりは相手が悪かったとしか言えなかった。『フラガラッハ』にはいくつかの特殊能力が付いていて、その内の一つは今は使用出来ないが他は使える。
その内の一つが『
『フラガラッハ』はマナナン・マクリルよりルーに与えられたとされている剣で、その一撃は鎧で受け止める事が出来ないとされている。
結局のところ『赤龍帝の鎧』も『鎧』には変わりなく『フラガラッハ』で断ち切れないわけが無い。
後は骨に当たらないように肘を狙う事で刃を傷つけずに切断した。
「死ね...」
興味を失った。失望した。色々な思想が入り交じっているが全てに共通しているのが『マイナス的な感情』だった。
振り下ろすなんて非効率な真似はせずに、剣を持っている肘を曲げその状態のまま後ろに引いて、レイピアの特性を存分に生かした突きを放つ。
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ジンに抱えられ遠ざかっている春日部は先程の事が気になっていた。
このまま離れ続ければ一誠に一生会えなくなる。そんな考えが未だに頭から離れない。
一誠の実力はこの一体でも十六夜と同じで頭一つ以上飛び抜けている。とてもではないが負ける姿が見えないし、負けるはずが無いとも思っている。
だが頭からこの事が離れる事は無い。
自分の手を見ると多少震えてはいるが握る事が出来たので、戦闘は無理だが戻る事は出来るはずだ。
「ごめんね」
「え?うわぁぁ!!」
そう思えば後先考えずにすぐに戻る。抱きかかえられていた状態で、足に風を纏わせジンを軽く飛ばす。
自由になった事で空に飛び上がり飛んで戻る。足も震えているので走るより飛んだ方が早かった。
早く早く。何よりも早く。速度はみるみる上がり自身の最速を越えかなり離れていたはずなのだがあとは角を曲がるだけになった。
近づいてる途中にも建物が崩壊する音が聞こえたりしていたのでかなり心配していた。そして、丁度角に差し掛かった時一誠の右腕が宙を舞った時だった。
「あ...あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
一誠の飛び散る血を見た春日部は何を思ったか戦えないのに戦場のど真ん中に飛ぶ。
すでに思考は身体に追いついておらず、無自覚で行っている事だろう。
足元付近にある地面を風で砕き、突き出していた剣の前に自身を置く。いつぞやの時と同じように守るために。春日部のこの行動はフラガに取っては致命傷だった。
ギフトゲームの敗北条件の一つに、《b》一誠以外に致命傷を与えるまたは殺した場合は敗北となる《b》と書かれているため、心臓に吸い込まれている剣を止めるしか無かった。
戦闘にて負け下されるのはいい。だがルール違反をして負けるのだけは死んでも納得が出来ない。まさにルールを縦にした最強の盾だった。
「チッ。めんどくせぇ事してくれたな女!」
「一誠は傷つけさせない。もう絶対にあんな姿見たくない!」
「そうかそうか。なら退く気は無いんだな」
「ない」
戦闘出来れば良かったのだが今はそれが出来ない。一誠を守るように両手を広げているがただの見掛け倒しだ。
ルールを知らない春日部は倒されたら終わり絶対に攻撃は避けなくちゃと思っているが、ルール上最強の盾が出来上がっている事を知らない。
フラガはため息を吐いて髪を掻き毟り
その身体は魔力で出来上がっているので人間にはありえない芸当が出来ても何ら不思議ではない。
先に紹介した通り魔力で身体が出来ているならば一体誰の魔力を使っているのか、それは自分自身の限り少ない魔力だ。
普通に考えて剣に宿る魔力など高が知れている。それなのに何故作れたのか。答えは『契約書類』に書かれていた。
勝者には倒したプレイヤーの全てを得る。そう全てを得たのだ。魔力、力、生命力、潜在能力。それの全てを吸収し自身の糧としてきた。
殺した人間の数は百を超えた辺りから数えるのをやめたので具体的な数は分からないが、それでも沢山殺したのは覚えている。
その殺しの中にはこのように肉の壁を用意した物もいた。その場合は肉の壁を躱し殺していたが、春日部はそんなヤツらとは格が違うのは対面して分かった。
なので奥の手として貰っていた切り札を解放する。
口内の唾液まみれの小さな小瓶の蓋替わりに付いている木のコルクを指で弾き飛ばして、中に封印されたいた黒い風を解き放つ。
この黒い風は白夜叉を封印した物とは別物で、心臓を持っている者に等しく死を届ける
現在の彼らの目的上すぐに死ぬ事はないが、それでも身体の自由を多少奪う事が出来るはずだ。
自由になった黒い風は一直線に飛び一誠のため避ける動作取らなかった春日部に直撃し、その場で踞せる事に成功する。
「どうだペストの味は...興味も無いんだがな」
「ま、て」
「黙れよ俺は今イラついてんだよ」
ルールでは再起不能や殺すのがご法度なだけで小突く程度は問題がない。身動きの取れない春日部を足先で軽く蹴り、肘を抑え蹲った一誠の前に立つ。
春日部は必死に手を伸ばすがその手が届く事は無い。一誠に近づく死。剣が心臓を突き穿つ前に雷鳴が轟く。
「
「月の兎の耳は誤魔化せねぇか。しかないな、次会った時は殺してやるよ
突き出していた剣を納刀し忌々しそうに雷鳴を鳴らした黒ウサギを睨みながら、ペスト達の元へと戻る。
ジンは全てが終わったタイミングでこの場に到着し、
「黒ウサギ!一誠さんと耀さんが!!!」
支援を要求した声を発し、それに気づいた黒ウサギとその仲間がすぐに二人を救助し治療を始めた。