【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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第八話 家に帰るまでが遠征です

――数年前――

 

――神風型駆逐艦一番艦「神風」、建造完了です。

 

――残念ですが……睦月型より旧型では、性能にそれ程期待は……

 

――ふむ……あの“姫”の手強さからして、もしかしたらと思ったが当てが外れたな。

 

――建造用の資材と資金は消費しているんだ。他の二軍……陸軍と憲兵隊への体面もある。置き物にするわけにもいくまい。

 

――ならば、神風の北方での訓練期間が終わり次第、“第七近海監視所(あれ)”に配置しましょう。ちょうど司令部で手をこまねいている提督……あの大佐も“厄介払い”することになっていますし……

 

 

 

――俺が第七近海監視所(ここ)に着任した提督…階級は大佐だ。これから宜しく頼むぞ。

 

――漁火(いさりび)島は鎮守府が廃止されて、すっかり静かになったが……我々にも必ず出撃の機会はある。神風、君も訓練と演習はしっかりとこなすように。

 

――はじめまして、とおひさしぶりです。神風型駆逐艦の三番艦「春風」と申します。司令官様にお姉様、これからよろしくお願いしますね。

 

――過去の書類と資料の整理? ふん、そんなもの適当にやれば良いのだ……いや、別にやらなくて良い。提督の本分は深海棲艦と戦うことだぞ。

 

――出撃要請が来ないな……。まあ小競り合い程度では仕方ないか……。

 

――馬鹿な、“本土防衛戦”だぞ!! なぜここに出撃要請が来ない!?

 

――俺が()()()()()()……? ふざけるなっ!!

 

――俺は総司令部から見捨てられてなんていない! ……そうだ、お前たち神風型が弱いから……弱いから俺に出撃要請が来ないんだ!!

 

――お前たちのせいだ!!

 

 

 

――えっと、今度この第七近海監視所(ナナカン)の司令に着任した萩野少佐だ。これからよろしく。

 

――ここの業務? ……ああ、書類と資料の整理ね、知ってるよ。ま、ぼちぼちやっていこうか……

 

――“いつも通り”やればいいさ。

 

――だから、無事に帰ってこい。

 

 

 

――そっか、私……帰らなきゃ――

 

 

 

「――お姉様! お姉様っ! しっかりしてください!」

 

「……はっ」

 

 イ級の突貫から春風を庇った神風は――ほんの数分ではあったが、気を失っていた。

 春風の呼び声で覚醒した彼女は、泣きそうな春風の顔を優しくなでる。

 

「大丈夫よ……春風。ごめんね心配させて」

「お姉様……」

 

 神風は春風に助けられながら立ち上がり、破損した艤装の確認を行う。

 艤装は特に外装が損傷しているが、内部への被害はそれ程でもなく機関(タービン)は一応動く。とりあえずの航行には問題無さそうだ。

 

「ところで……あのイ級はどうなったの?」

「それは……」

 

 神風が突貫してきたイ級の所在について春風に尋ねると、彼女はさっと神風の後方を指で示す。

 

「あ……」

 

 神風が振り向くと、そこには神風の艤装の一部を(かじ)り取ったイ級がもがきながら沈むことも出来ずに横転していた――

 

 

「――危ないところだったわね。(もっと)も、砲弾も魚雷も使い切っていたようだから、そのイ級も体当たりしか出来なかったんでしょうけど……」

 

 そう神風姉妹に声を掛けながら、由良が近づいてくる。

 よく見ると、イ級の左舷側の装甲が撃ち抜かれている。神風への体当たりの直前に、こちらにぎりぎりで戻っていた由良がイ級の側面装甲を撃つことで、神風への直撃を逸らしたのだ。

 とはいえそれで完全に衝突を避ける事は出来ず、神風の艤装は一部が(かじ)られ中破してしまったが。

 

 風雨は収まったものの日はすっかり沈み、間もなく辺りは夜になろうとしている。軽巡級は二隻共に沈み、駆逐級は既に五隻が沈んだ。残るのは神風に突貫してきたこの一隻のイ級だけだ。

 重要防御区画(バイタルパート)がやられていないのか、沈むことも出来ずに苦しそうにもがいているイ級を見て、由良と同じくこちらに戻ってきていた長月が哀れむ顔を見せる。

 

「神風、そのイ級に(とど)めを……私がやろうか?」

「……いえ、大丈夫よ。長月」

 

 長月によるその提案を断り、神風は春風に冷静に命令を下す。

 

「……雷撃戦、用意」

 

 二隻は53cm魚雷発射管を発射体制に移行。イ級に狙いを定める。

 

「グルゥ……」

 

 イ級が苦しそうに一鳴きする。

――“深海棲艦”については未だに謎が多く、彼女らに人間や艦娘と同じ感情がある……という説は軍の中でも仮説の域を出ないでいる。しかし、今の神風には彼女らの気持ちの一部が伝わったような気がした。

 

 

――カエリタイ――

 

 

「……ごめんね」

 

 神風の呟きと共に放たれた魚雷はイ級に(とど)めを刺し、イ級は深い海の底へと沈んでいった――

 

 

 

――海上護衛中の遭遇戦の結果は、深海棲艦の駆逐級六隻撃沈、軽巡級二隻撃沈。

 こちらの被害は、由良の艤装が小破および魚雷を投棄により喪失。神風が艤装の中破。輸送船に至近弾はあったものの、目立った被害は無し。

 こちらへの被害を考えれば完全勝利ではないが、戦果報告書には“S”の文字が輝く勝利と言って差し支えは無いだろう。

 

 この後は何事もなく航海は進んだ。予定より少々遅れたものの、次の日の夜には目的地に到着。無事任務を終えた護衛部隊は、応急修理と補給を終えた後、それぞれ第六近海監視所(ロッカン)第七近海監視所(ナナカン)に帰還することになる――

 

 

 

「艤装、壊れちまったな……」

「ごめんなさい、源さん……」

 

 時刻は13時半(ヒトサンサンマル)第七近海監視所(ナナカン)に帰還した神風は、工廠にて源次郎に艤装を壊してしまったことを謝っていた。遠征の目的地であった泊地にて応急処置はしてもらっていたが、あくまでも応急処置。仮の装甲を外せば、外装には痛ましい穴が空き、内部の機関も一度メンテナンスの必要性がありそうだった。

 

「気にすんな、しっかり直してやるさ」

 

 そう言って、妖精さんを呼び作業を開始しようとする源次郎。だったが……

 

「……本当にごめんなさい」

「だ、だから気にすんなって! 今度はもっと頑丈にしてやるからよお!」

 

 源次郎は今にも泣きそうな神風の頭をげしげしと撫でる。

 

「い、痛いよ、源さん」

「お、おう悪かったな。すまねえ、ははは…」

 

 そんな神風と源次郎のやり取りを見て、春風がさも面白そうにほほ笑む。

 

「……ふふ、やっぱりおじ様はお姉様には弱いですね」

「だーかーら、“おじ様”って言うんじゃねえ! 背中が痒くなるんだよ!」

「分かりました、おじ様」

「……わざとやってやがんな、春風……まったく」

 

 春風の様に対して、源次郎は悩まし気に頭をぽりぽりとかいた。その様子を見て妖精さんもけらけらと笑う。

 

「あーもう、お前らも笑うんじゃねえ! ……ってそんな事より、早く“司令官様”に遠征の報告に行ってやんな。あいつ心配してたぞ」

「ええ、この後すぐに……。けっこう私たちの事を心配してるみたいだったし、てっきり港に出迎えに来てるかと思ったんだけど……」

 

 そう言って神風が首をかしげる。

 護衛中に深海棲艦との遭遇戦があったことや、神風が艤装を破損した事については電信にて逐次連絡を入れている。それに対する第七近海監視所(ナナカン)の返信は、平静を保っているようではあったが、そこかしこに彼女らを心から案じる萩野の意思が見て取れた……とは第六近海監視所(ロッカン)司令の談である。

 

「いやあ、護衛中に遭遇戦があったって事を聞いた時に一番動揺したのが()()()だったしな」

 

 その時の萩野の様子を思い出したのか、源次郎が苦笑する。

 

「『神風が損傷した!』なんて聞いた時は大慌てで入渠ドックの準備を……そんなに急いだところで意味ねえのにな」

「あらあら、それはちょっと慌て過ぎですね」

「……確かに」

 

 春風がその状況を思い浮かべてほほ笑み、神風がもっともだとばかりに呆れつつうんうんと頷いた。

 

「まあそれであいつが港に出てこないのは……あいつの()()って奴がある。どんなにお前らが心配でも、執務室で()()と構えて、艦隊の報告を執務室で出迎えるのが提督って職業だからな」

「そういうものなのね」

「そういうものなのですね」

「そういうもんだ。めんどくせえだろ?」

「ちょっとねぇ……うん」

「だから今のあいつの様子を見ても……あまりからかってやるなよ」

「……?」

 

 

 

「――司令官様、ご報告申し上げます。艦隊、帰投致しました」

「や……やあ、おかえり」

 

 監視所に帰投した二隻が執務室に入ると、いつもの白い士官服を着た萩野少佐が、笑顔を見せて二隻を出迎えた。

 

「神風に春風、お疲れ様。ともに元気そうでなによりだ。さて……お疲れの所申し訳ないが、さっそく今回の遠征の報告を……」

 

 と、遠征の報告をうながす萩野を、神風はじっと観察する。

 

(……ずいぶんと()()()()かしら)

 

 一見して普段と変わりないように見える萩野の姿だが、顔には疲れた様子が隠しきれていない。その白い士官服は微妙によれやしわ、僅かにだが汚れが見てとれるし――おそらくは一日以上は着っ放しである――机の上にはうっかりこぼしたのであろう、コーヒー豆の粉が散らばり、急いで片づけたと思われる箇所がある。

 書類も萩野らしくきっちり整理されているようで、恐らくは一度崩してしまったのだろう、ところどころ乱雑に積み上がっているし――何より昼飯と思われるお茶碗とサンマの缶詰の空き缶が出しっぱなしである。

 源次郎の言うとおり、色々と複雑な思いで私たちの帰りを待っていたのだろうな、と神風は思った。

 

――まったく、しばらくいない間にこれなんだから……やっぱり私たちがいないと駄目ね。

 

 そう心の中で神風が苦笑すると、それが彼女の表情にも表れていたのか萩野が怪訝な顔をする。

 

「……えっと、神風? どうかした?」

 

 

「いいえ――ただいま帰りました。司令官」

 

 そう言って、神風は萩野に優しくほほ笑んだ。

 




遠征編終了。次回より日常話に戻ります。

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