【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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新展開です。


第六話 ささやかな遠征

――遠征任務――

 

 艦娘による遠征が鎮守府の“正式な任務”として扱われるのは、二隻以上の艦娘によって構成される艦隊が行ったものと決められている。

 例えば艦隊の最小の単位である二隻の小隊であれば、“練習航海”が唯一正式に行える任務であるし、三隻であればそれに“警備任務”や“対潜哨戒任務”等が加わる。

 任務を数多く効率的にこなすことは鎮守府と艦娘の評価にも繋がり、鎮守府と艦隊の運営において重要な位置にあるのは間違いない。

 

(国防海軍発行「国防海軍提督心得」より抜粋)

 

 

 

「……え? “正式な”護衛任務の依頼が()()に?」

「ああ、そうだが。」

「……本当に?」

「いや……疑うなよ」

「だ、だって……」

「……いやまあ俺が一番信じられないというか、まさかと思ってるけど」

「わかるわ」

「……おう。」

 

――とある夏の昼下がりの執務室における、萩野提督と神風のやり取りであった。

 

 萩野の手元に置かれているのは、本土の総司令部から送られたばかりの命令書の電文である。

 それを見ながら、萩野は任務の話を進める。

 

「まあ、あれだ。以前に……ほら、近々“大規模な作戦”が行われるって話を聞いただろ?」

「あ、羽黒さんからの手紙に書いてあった……」

「それで前線への輸送任務やら船団護衛任務やらで、本土の鎮守府の連中もそれに駆り出されてる。海軍挙げての総動員体制ってことだ」

「……それで私たちにも()()()()お鉢が回ってきたと。でも今まではそんなことなかったんだけどねぇ…」

 

 神風が首をかしげる。確かに、この僻地である第七近海監視所(ナナカン)で行われる遠征と言えば、練習航海や漁火島周辺海域の警備任務といった小規模なものばかり。総司令部から直々の仕事が回ってきたことは、神風が着任した頃から既にまずありえ無いことだったからだ。

 

「昔と違って戦線がどんどん広がってるからな。本土で“建造”が進んでるとはいえ、艦娘の数が足りないってわけさ」

 

 そう呟きながら、萩野は執務室の窓の外を眺め、遠い目をする。

 

 現在は前線から遠い拠点間の輸送護衛任務には、海軍の軍人による支援部隊である護衛艦――と言っても、大型の護衛艦は深海棲艦との緒戦で沈むか本土で温存され、現在はクルーザーや漁船といった小型船に武装を施した船が主力である――が付くのだが、深海棲艦と遭遇する可能性の高い前線に向かう輸送護衛任務であれば、艦娘がいた方が心強い。

 

「現行兵器では、深海棲艦の駆逐級や軽巡級相手ならば辛うじて戦える」

「重巡級以上には、まともにぶつかり合うのは愚策。極力被害を避ける前提であっても、無傷で撤退するのは困難を極める」

「戦艦級、空母級は見付け次第全力で撤退。即時艦娘の出動を要請する」

 

――残念ながら、これが国防海軍の軍人が所属する支援部隊の実情であるからだ。

 

 

「――というわけで、駆逐艦神風」

 

 普段の少々抜けた雰囲気とは打って変わり、萩野は背筋を正し神風に命令を下す。

 

「は、はい!」

「君と春風は第六近海監視所方面に向かい、その途中で旗艦由良及び随伴艦と合流。第六近海監視所司令と旗艦の指示に従い、護衛任務にあたるように。以上だ」

「了解しました!」

 

 神風はそれに答えて一端の軍人らしく、気を引き締めて敬礼を返す。

 

(これが……私の()()()()護衛任務……!)

「……いや、あまり気負うなよ?」

 

 萩野の心配をよそに、神風は初めての長距離遠征任務の事で頭がいっぱいになっていた――

 

「……おーい神風さーん……大丈夫かな」

 

 

 

――それから、5日後。

 

 神風と春風は今、第六近海監視所(ロッカン)所属の艦娘及び護衛対象との合流を無事に終え、一路南方へと舵を取り航海を続けている。

 第六近海監視所(ロッカン)から派遣された艦娘は長良型軽巡洋艦四番艦の「由良」と、睦月型駆逐艦八番艦の「長月」。それに神風と春風を加えた軽巡1、駆逐艦3の海上護衛部隊としては最小の編成である。

 護衛対象は小型の輸送船。前線の鎮守府に菓子や酒や煙草といった嗜好品、支援部隊の人員への家族の手紙や贈り物の配達の為の輸送船であった。

 燃料や弾薬といった軍需品では無いとはいえ、それが前線で戦う者にとっては重要な、大切な物資であることには変わらない。

 神風と春風にも自然と気合いが入るというものだった。

 青々と晴れ渡る大空の下、四隻と一隻は穏やかな海原を進む――

 

 

「――ところで以前から気になっていたのだが……第七近海監視所(ナナカン)が今まで正式に行っている遠征は……“練習航海”だけか?艦娘が二隻しかいないのでは……」

 

 第六近海監視所(ロッカン)所属の長月の質問に対し、春風が答える。

 

「いえ、漁火(いさりび)島周辺の巡回については“警備任務”扱いになっていますね」

「そうなのか? 神風と春風……確か二隻の艦隊の遠征では、正式な警備任務扱いにはならなかったはずだが……」

「一応、“特例”という扱いになっています」

「特例?」

「ええ、そもそも監視所に二隻しか駆逐艦が配属されていないのに、海軍にとって重要な業務である“警備任務”が行えない…正式な任務扱いにならないというのはおかしいと――前の司令官様が上に提言してくださいまして。」

「ああ、あのお爺ちゃんか……確かコーヒー好きの。そうか、もうあれから4カ月か……」

「ええ。ちゃんとした任務として認められたのは今の司令官である萩野様になってからですが……ああそうだ、今の司令官様もコーヒーがお好きで……」

「いいな。今度お邪魔してぜひ飲ませて貰おう」

「あらあら、勝手に第六監視所(ロッカン)を抜け出すのはやめてくださいね。また憲兵さんに心配されますよ」

「……むう。そんなことは……むう」

 

 

長月と春風の会話が弾む一方で、由良と神風は今後のルートについて話し合っていた。

 

「――そうね、このまま順調にいけば明日の夕方には目的地に到着するわ」

「……敵の気配はどうです?」

「索敵機にも電探にも反応は無し。……今のところはね」

 

 妖精さんの乗った零式水上偵察機――索敵機が飛ぶ上空を見上げながら、由良が呟く。

 

「そ、そうですか……ふぅ……」

 

 それを聞いて秘かに顔が強ばり、憂わしげな表情になる神風。

 

「あら、緊張してるの?」

「それは……その、えっとその……」

「――神風ちゃんって……“建造”されてから、実戦はまだ経験してないんだっけ?」

「えっと……はい。少なくとも()()()()()()()()()()は……」

 

 由良の疑問に、神風が気を落としてうつむく。

 

 5日前――任務を萩野から受領した直後はすっかり舞い上がっており気付かなかったが、これは深海棲艦との戦いの前線に向かう任務。当然ながら深海棲艦と遭遇する可能性があるわけで…第七近海監視所(ナナカン)でずっと演習の日々だった神風にとっては、それが()()()()()()になるかもしれないのだ。

 

……いや、正確には神風にも過去に一度だけ“戦闘の経験”はある――が、その際は神風が第七近海監視所(ナナカン)配属前、北方戦線での連合艦隊による敵掃討戦であり、彼女は殆ど何もしないまま僚艦の一斉攻撃により敵はあっという間に沈んでしまい――

 それを戦闘経験とはとても言えなかったし、その時の彼女の頭の中からもすっかり抜け落ちていた。

 

 

 航海はおおむね順調であったが、神風の不安は募る一方である。萩野が出撃前に「まあ緊張しないで頑張ってこいよ」と声を掛けてくれてはいたが、それでも攻撃する相手が演習での的でなく、実際の深海棲艦となれば話は変わってくる……

 

「……私、敵が来てもちゃんと撃てるでしょうか」

 

 神風がそう不安を口にするが――

 

「さあ?」

「さあって、そんな!」

 

 由良の意外な返答に、神風は焦る。

 

「それこそ、『やってみなければ分からない』わよ」

「……それは、そうですけど」

「まあ、この由良に任せなさい!敵が来るとしてもここはまだまだ後方……前線が撃ち漏らしたはぐれの駆逐……せいぜい旧型の軽巡クラスが1,2隻だからね」

「そうなんですか?」

「そうよ。だから敵が来ても落ち着いて対処しましょ。私もサポートしてあげるから、ね」

「は、はい! がんばります!」

 

 そんな由良の励ましに、神風にもようやく若干の安堵の表情が浮かんできたのだった。

 

(とは言ったものの……あとは、今後の天候次第だけど――)

 

 

――季節は、既に夏の盛り。

 

――夏という季節は、天候が突然に変わるのだ。

 




というわけでフラグを立てつつ次回へ続く。

なお今回の遠征は、神風春風が第六近海監視所(ロッカン)の艦隊に派遣という形式の為、萩野少佐には指揮権がありません。

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