【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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第五話 工廠のおじ様

――艦娘艤装――

 

 艦娘が装備する、艦の艤装を模した兵装。

 駆逐艦や巡洋艦、戦艦といった砲撃担当艦であれば、それは艦砲や魚雷発射管または機銃であり、航空母艦や水上機母艦といった航空機の母艦であれば、それは飛行甲板や発艦用カタパルト、そして操縦士妖精が乗り込む艦載機となる。

 艤装の運用は艦の母体である艦娘及びその艤装を担当する妖精さんが共同で行っており、各種艤装の調整については、整備担当の妖精と艦娘専用の工廠に勤める人間の工員によって行われるのが慣例となっている。

 

 

 

「――こいつぁ、良い出来だぜ」

「ほほぉ…」

 

 時刻は14時(ヒトフタマルマル)。寂れた工廠に男が二人。あと妖精さん少々。

 

 一人はここ第七近海監視所(ナナカン)の司令官、萩野宗一。

 もう一人の白髪頭の男の名は、大山源次郎(おおやまげんじろう)

 この第七近海監視所(ナナカン)で働く数少ない人間の人員の一人、春風には“工廠のおじ様”と呼ばれる――もっとも本人はそう呼ばれるのを嫌がっているらしいが――職人かたぎの老人である。

 現在の彼の立場は第七近海監視所(ナナカン)工廠の唯一の人間の工員にして、整備担当の妖精さんとの調整役を請け負っている。

 

 

 彼に“妖精さん”の姿が見える事が分かったのは、41年初頭――本土に設立されたばかりの艦娘専用工廠に勤めていた頃の話である。

 当時は提督の絶対数が不足しており、国防海軍は海軍だけでなく他の二軍――“国防陸軍”と“国家憲兵隊”――更には、総司令部や海軍関連施設に勤める民間人にも半強制的に適性検査を行い、将来の提督となるべき人物を見出していた。かなり強引な手段ではあったが、それだけ当時の提督不足が深刻であったことは想像に難くない。

 そんなわけで、民間人でありながら提督適性検査を受けることになった源次郎は、“妖精さんと意思疎通が交わせる”として、提督の資格を得た。担当した検査官は喜び、早速“提督”専門に設立されたばかりの特別士官学校への入学を盛んに薦めたのだが、当時60代後半であった彼はそれを固辞した。

 

「艦隊の采配なんぞさっぱり分からん俺が戦場に出る?冗談じゃない」

「そして何よりあの検査官の言い草が気に喰わん!」

 

 検査官の言動が余程癪に来たのか、源次郎は憤慨し一時期は工廠を辞める決意をした程であったが、周りの説得もあり仕事は続けることになった。その後も紆余曲折あり、故郷であるこの漁火島に戻ってきたのが第七近海監視所(ナナカン)設立直後のことである。

 

 

――さて、話はこの寂れた工廠へと戻る。

 

 かつては所属していた工作船明石が直々に買い付けたと噂の最新鋭作業機械と、本土から持ち込まれた改修用の資材や部品に溢れ、数多くの艤装の製造及び修理の任務を担っていた神護(じんご)鎮守府が誇る艤装工廠。

 今は作業機械の殆どを最前線の南方戦線やあるいは北方戦線、またあるいは本土開発工廠に移管され…現在は最低限の開発と修復しか行えない、()()()()()の建物だけが残った。

 とはいえ、掃除そのものは源次郎の手によって隅々まで行き届いており、荒廃した雰囲気は無い。それが余計に侘しさをつのらせるのだが――

 

 さて、そんな工廠内にて彼らが見ていたのは、妖精さんが何処からか探し出してきた……おそらくは鎮守府時代に作成され、そのまま廃棄もされず放置されたと思われる“25mm連装機銃”であった。

……何の事はない、機銃としては平凡な部類の兵器であるが、妖精さんや明石といった工作技術を持つ艦娘の手によって、一品ずつ丁寧に作られるそれは一種の()()()()である……

……心に浪漫という名の大海原が広がっている(おとこ)曰くであるが。

 

「台座に刻まれているサイン……あの名工“夕張”の手による逸品だな」

「ほう、あの艦娘(かんむす)国宝“明石”にも劣らぬという噂の幻の……」

「おう、その通りだ」

「この天をも撃ち抜かんとする(たくま)しき銃口、そこから撃ち出される無数の黒鉄(くろがね)の弾丸――正に艦隊を守る最後の傘――」

「――良いだろう?」

「――良い」

 

 二人はニンマリと口角を上げて笑う。

 そんな二人を見る妖精さんの反応は様々で――飽きて別の作業をする者、目を輝かせて二人の話を聞く者、枕を持ち出してスヤスヤと眠りにつく者――いや実に様々であった。

 

 

 

「――で、大の大人が二人揃って、何()()()してるのよ」

「……いや、強いて言うなら鑑定ごっこ?」

「ごっこじゃねえ、至極真面目な装備品の鑑定だ」

「ふーん……よく分からないわね」

 

……と、ここにそんな男たちの浪漫がいまいち分からない和装の少女が一人――それは神風である。

 

「まあ長月ちゃんあたりなら、この浪漫分かってくれそうだけどなあ……」と萩野。

「…艦娘なんて“浪漫の塊”みたいな存在なのに、なんで神風はその浪漫が分からないかねえ」と如何にも残念そうに呟く源次郎。

 

「……なによ、もう。ところで源さん、お願いしていた装備の調整は…」

「…おう、出来てるぞ。ちょっと待ってろ」

 

と、気を取り直した源次郎が工廠の奥から持ち出してきたのは、神風型駆逐艦の標準装備――“53cm連装魚雷発射管”である。

 

 神風型駆逐艦の次級である、睦月型駆逐艦以降が装備する三連装や四連装の61cm魚雷発射管…それらよりも旧式の兵器であり、搭載する魚雷も小さく通常魚雷は当然だが、最新型の酸素魚雷には到底威力性能ともに敵わない。

 

 前線ではそれらより更に性能を上げた五連装や六連装、果ては同盟国の技術を取り入れた最新鋭の魚雷が開発されているらしいが――

 

――閑話休題。まあそんなわけでそれほど評価は高くない装備ではあるが、神風型の二隻は取り回しの良さを重視してこれを装備していた。

 

「よっこらせっと……。とりあえずこないだ言ってた『発射体制に展開した時に発射管の先端がふらつく』って件だが……やっぱ重心バランスが良くねえな」

「ふむふむ」

「……んなわけで、重心を後ろに……要は発射管後部に(おもり)を入れてみた。これでちったあマシになるはずだ」

「ほうほう」

「他にもまあ気になる所はあったが……一度バラして点検しといたから大丈夫だろ」

「ありがとう、源さん! 早速使ってみるね!」

「お……おう、待ってろ……すぐに艤装に装着してやる。よし手伝え妖精さん――」

 

 笑顔を見せた神風のお礼の言葉を聞き、少し嬉しそうに源次郎は魚雷発射管を神風の艤装に搭載する準備を始めた。

 

 

 

 艤装を装備して海上に移動した神風は、早速艤装のテストを開始する。

 

「よしっ…雷撃戦用意!」

 

 掛け声と共に、53cm連装魚雷発射管が発射体制にセットされ――

 

「ぶれが大分少なくなったみたい…いいわね、これっ」

 

 神風がその結果に満足そうな声を上げる。

 

「だろう?」

「うん、これでどんな敵もイチコロね!」

「イチコロねぇ…」

「ふふっ…よしっ、ちょっと湾内を走ってみるね!すぐ戻るから!」

 

と、神風は整備されたばかりの艤装の機関(タービン)を回すと、煙突から黒い煙を上げながら海面を疾走し、二人のいる工廠前の埠頭から遠ざかっていった。

 

 

「――俺ぁ、本当はあいつらには戦場になんざ出てほしくないんだけどな」

 

 白い波を上げながら気持ちよさそうに湾内を走る神風を眺めながら、源次郎は隣の萩野に呟く。

 

「それは……難しいですね」

「……いや、分かってるさ。あいつらは“(ふね)”だからな。深海棲艦と戦うのがあいつらの“使命”って奴なんだろ?」

「そうですね……」

「俺ぁあいつらみたく戦えねえ。提督の資格は得たが、俺ぁ提督にはならなかった」

「………」

 

 萩野は押し黙り、源次郎の話を聞く。

 

「いや、なれなかったのかもな。検査官の言い草……『別嬪(べっぴん)さん揃いの艦娘を率いる提督として戦えますよ』なんてのにも腹が立ったのは事実だが、俺の手であいつらの命を預かるなんて大層な立場になりたくなかったのが一番の理由だ……臆病なんだよな、こう見えてよ」

「そんな事ないと思いますけどね。源次郎さんは優しい人だ」

「へっ、言うねい」

 

――萩野は知っている。源次郎にはかつて娘がいたことを、そしてその一人娘が幼い頃に病で亡くなっている事を。

 その亡くなった娘に面影を重ねているのか、神風と春風に対して今のような優しい目を向けているのも萩野は知っている。

 

 いつの間にか神風の横には春風が並走していた。おそらくちょうど日課の島の巡察から戻ってきたのであろう、神風と春風は何かを話しながら――おそらく調整した艤装の調子について――気持ちよさそうに狭い湾内を疾走する。

 

「……まあ、艤装の整備はしっかりやらせて貰うさ。あいつらの命綱だからな……」

 

そこまで話した後、源次郎は萩野へとゆっくりと向き直り

 

「……だから頼むぜ。提督殿。あいつらを率いて戦う時が来たら…無謀な戦いだけはさせてくれるな」

 

そう言って一人の老人は、一人の若者の胸を叩いた。

 

「……はい」

 

 

――がらんどうの工廠を守るただ一人の男は、今日も二隻の駆逐艦を見守る。

 




 この世界の“提督”には大きく分けて3種類います。
 一つが海軍出身者の叩き上げで適性検査をクリアし提督になった者。
もう一つが他の国防二軍からの軍人。最後が源次郎のように民間人が適性検査を受けて提督になった者。
 41年は国防海軍による各地への鎮守府設立が盛んであり、上記のような民間出身の提督適性者が多く見つかっていますが、源次郎のように提督になるのを断る人も少なくなかったようです。(そういう人も妖精さんとの橋渡し役として重宝されますが)


――“提督”専門特別士官学校――

 海軍以外の軍人、または民間から見出した “提督”適性者を一端の海軍提督にする為に作られた学校。年齢制限は基本的に無し。
 とにかく早く提督に育て上げる事を信条としており、1期生は入学から約3ヶ月で卒業、各地の鎮守府にさっさと送り出されたという(提督にとっての)ブラック士官学校。
 現在の在学期間は1年間だが、少ない時間でカリキュラムを詰め込まれる“促成栽培”なのは変わらない。

2017/7/17 “軍艦(ふね)”を“(ふね)”に変更。正式には駆逐艦は軍艦では無いので…

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