【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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エピローグ

 ――国防海軍「第七近海監視所」、通称ナナカン。

 

 本土の南の外れにある漁火(いさりび)島。そこにかつて存在した鎮守府の施設を再利用した監視所は、今は平和そのものの監視所であった。

 他所(よそ)からは“平和ボケ”とも称される程に何も起こらない。

 

 監視所に所属する艦娘(かんむす)は、旧型駆逐艦である神風型駆逐艦の姉妹、神風と春風。

 占守型海防艦の姉妹、占守と国後。

 そして揚陸艦のあきつ丸。

 

 以上の五隻(ごにん)の艦娘と、他の人員は司令官と工廠整備員の一人ずつ。そして少数の艤装・工廠妖精のみと、実にこじんまりとした監視所。

 

 時たま、隣の第六近海監視所(ロッカン)所属の艦娘が訪れる事があるし、別の基地に配属された占守たちの妹や、神風たちの妹が訪れる事もある。

 

 特に最近建造されたばかりの神風と春風の妹――“旗風(はたかぜ)”は、輸送任務中の燃料補給だとか警備任務のついでだとか、何かと理由を付けては頻繁に第七近海監視所(ナナカン)を訪れる。彼女の目的は前世で同じ駆逐隊に所属していた春風で、彼女も妹の積極的なスキンシップに困った顔はするが、決して嫌がってはいないようだ。

 

 彼女たちは日々近海の警備任務や哨戒、時には護衛任務に駆り出されたりもしていたが最前線に比べれば大人しい――その最前線に身を投じた者曰く“退屈な”日々を過ごしていた。

 

 そんな彼女達の下に、本日新しい艦娘が着任する。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「ふわぁあ……一体いつ来るんすかね? もうそろそろお昼っすけど」

 

 今日で数えて三十回目になる欠伸(あくび)をしながら、飽き飽きした様子で占守は神風に尋ねる。

 当初伝えられていた新人の到着時刻は、10時(ヒトマルマルマル)。今が11時過ぎであるから、かれこれ一時間ほどの待ちぼうけである。

 此処は監視所の前にある埠頭。暑い日が続いているが、今日は爽やかな潮風が吹いている。

 

「うーん……。さっきの司令官からの連絡だと、やっぱり長距離航行にはまだ慣れてないらしくて、ね」

 

 第七近海監視所(ナナカン)の司令官である萩野少佐は、着任する彼女の為に数日前に本土の総司令部へと向かっていた。

 彼女の建造と着任には()()()()()()()()があった為、萩野が直々に総司令部へ赴く必要があった為だ。

 今は着任の諸々の手続きと交渉を済ませた後、彼女と同行でこちらに戻ってきている。

 

「まだ建造されて、それほど間も経っていないみたいですしね」

「まったく……もう少し自分の船体(からだ)に慣れてから来てほしいっす。こっちにも予定というものが」

 

 そう言ってぷりぷりと怒る占守であったが。

 

「今日の予定なんて、夕方の警備任務以外は無いじゃない。それに昨日も今日も寝坊した姉さんには言われたくはないわね」

 

 と、妹の国後がぴしゃりと突っ込みを。

 

「うぬぬ……それは言いっこ無しっしゅよ、クナぁ……」

「寝坊しすぎて、最近は八丈さん達にも呆れられてますからなあ。ははは」

「はぅう……占守型の姉としての威厳があ……」

 

 とあきつ丸にも追撃を喰らい、落ち込む占守。

 占守の最近のもっぱらの悩みは、妹に対する威厳の無さ。

 妹だけでなく、最近は択捉型や御蔵型などの後輩の海防艦娘にも、いまいち尊敬されていないような気がする……というのは彼女の談である。

 

「うぬぬ……これはピンチっす。何とかしないとまずいっしゅ……」

「まずいと思うなら、まずはクナに起こされる前に早起きしないとね」

「いやあ、それは難関っすね……」

 

 ――海防艦娘の最古参としての占守の威厳の復活の日は、遠い。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「――姉様。司令官様からの連絡です」

 

 それから更に一時間後。

 萩野からの通信が漸く春風の下に届き、姉である神風にその事を伝える。

 

「間もなく漁火島に到着とのことです」

「あら、連絡遅かったわね。何かあったのかしら?」

「ええ。どうやら“らいちょう”の無線機が不調のようで、島への通信が出来ずに連絡が遅れたと」

「そう、それならしょうがないけど。……そろそろ機材の更新もして欲しいけどね」

 

 そう言って神風がはあ、とため息をつく。あの巡視艇も元々は中古の漁船だ。

 船体の痛みはもちろん、船体内部の機材も幾つかを軍事用の備品に置き換えただけで、その備品すら型落ち品。

 無線機はここ数ヶ月でだいぶガタが来ていたわねと、神風は思い返す。

 

「……まあ、難しいでありますな。今の総司令部(うえ)は、南方海域(みなみ)西方海域(にし)の前線基地の復旧と新設が最優先であります故に」

「そうなのよね……ま、壊れたらその時に考えましょ。若宮さんにでも上手く頼んで……あれ?」

 

 と、ここで神風は沖合に見える小さな()に気付いた。

 

「……ようやくの到着みたいね」

 

 そう言って微笑む神風の目線の先には、晴れ渡る海面を軽やかに進み島に向かってくる一隻(ひとり)艦娘(かんむす)の姿が。

 彼女の横には、第七近海監視所(ナナカン)所属の巡視艇“らいちょう”の姿も見える。

 その船上では、甲板の上で萩野少佐が手を振っているのが見えた。

 

「さ、源さんも呼んできて。皆で新人さんのお出迎えよ――」

 

 早速神風はみんなを急かし、歓迎の準備を始める。今日の夜は新人の歓迎会で盛り上がるだろう。

 あと十数分もすれば埠頭に辿り着くであろう彼女に向けて、神風が告げる挨拶はもう決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 ――ひさしぶり。会いたかったわ――

 

 

 

 

 

 

 

 ――本日は天気晴朗、そして海は穏やか。

 

 ――漁火(いさりび)島周辺に異常無し。

 

 ――第七近海監視所(ナナカン)は、今日も平和である。

 

 

(了)




これにて第七近海監視所(ナナカン)の物語は終わりです。
六隻の艦隊となった第七近海監視所(ナナカン)は、これからも萩野少佐たちと共に、穏やかな日々を過ごしていくことでしょう。

最終章の途中で二年ほど停滞してしまいましたが、何とか完結させる事が出来ました。
語れなかった設定や後書きについては、活動報告にて記載したいと思います。

読者の皆様、長きに渡る連載に今までお付き合い頂きましてありがとうございました。

2021年8月16日 山の漁り火

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