【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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第五十二話 またね。

 ――信濃の最後の艦載機攻撃の少し前、南方特別泊地の埠頭にて――

 

「――では、“しらかば”と人員をお借りします」

「うむ。……大破した護衛船の救援も任せる」

「了解しました。……あの、薩摩大佐。やはり怒っていらっしゃいますか」

「……ん? 貴様が我々の命令を無視して、シナノを地下室から出す気が無かった事か?」

「はい。私は如何様な処罰もお受けします。ただ『第七近海監視所』は……」

 

「不問だ」

「……は?」

「三笠元帥が『今回の一件は一切合切、不問に付す』とした」

「一切合切、ですか」

「ああ、あの元帥の姪……若宮憲兵大尉の入れ知恵だ。そもそも貴様の強制的な召還自体が我々の越権行為に当たる。根回しもせずに強行した事が、戦後に総司令部(うえ)だけでなく他の二軍――憲兵隊や陸軍に突かれるのは、よろしくないのでな」

「そうですね。やはりそうだと思っていました」

「……すまんな。それでだ。元帥と若宮大尉で今回の経緯を“口裏合わせ”するそうだ。貴様が我々に強制召還されたのではなく、自主的に『第七近海監視所』の部隊と共にこの泊地を訪れ、()()()()この会戦に巻き込まれた……とな」

「……なるほど。その方が()()()()()()()()()()()()

 

「そういう訳だ。あの女史は個人的には気に食わんが、元帥の為にも提案を受けるのが賢明と私も判断した。……しかし、本当に前線に行くのか? 別にこの泊地で待っていても良いとは思うがな」

 

「いえ――私は、彼女と()()をしましたから。だから――」

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 ――――――

 

 

 

 ――耐え切った。

 

 超弩級戦艦水鬼――いや、戦艦“シナノ”は、確信した。

 彼女が両眼を開けて初めて見たのは、己を守る為に船体(からだ)の前で交叉させた両腕――それを覆う巨大な爪が、完全にひしゃげて折れている姿だ。

 

 空母“信濃”の放った最後の攻撃――“紫電改四(シデン・カイシ)”隊による渾身の突貫攻撃(チャージアタック)

 並みの戦艦級や姫級ですらその突撃には抗う事が出来ずに、装甲を撃ち抜かれ爆散していた。

 

(ダガ……我が装甲ハ撃チ抜けナかったヨうだナ……)

 

 水鬼が己の傍らの海面に浮かぶ“物体”を霞んだ(まなこ)で見る。

 そこには(みどり)色の光を失った戦闘機「紫電改四」の一機が、主翼も無残に折れた状態でぷかりと海面を漂っていた。

 

 ――そう、自分は賭けに勝ったのだ。

 

 後は能力(ちから)を出し尽くしたであろう信濃を屠り、残りの敵も全て排除するだけだ。

 

「コレデ……ハギノ少佐に……」

 

 ――逢いに行ける。

 

 そう水鬼――戦艦“シナノ”が思い、顔を上げたその瞬間。

 

「……ッ!!?? ガハッ!!」

 

 黒く光る刃――いや、禍々しき()が、水鬼の船体(からだ)の急所を深く貫いていた。

 

「ガ……ガフ……ッ……」

「ここまでよ。()()()

 

 水鬼の目の前には、生気を失った顔の信濃が立っていた。

 その信濃の額に聳えていた黒い角は、ほぼ根元から折れている。

 そう。彼女は額の角を自らの膂力をもってへし折り、それを力任せに水鬼へと突き刺したのだ。

 

「艦載機は使い果たしたけど……戦える手段を失ったなんて、言っていないわ」

「カヒュッ……ハぁ……ソンな……わたしは……」

 

 ――私は、ハギノ少佐に逢いたかっただけなのに。

 

 水鬼の船体(からだ)が崩壊していく。信濃が付けた傷を中心に、ひびが広がっていく。

 

「ア……あ……アァぁア……ァ……」

「……ごめんね、()()()

 

 信濃は、ゆっくりと崩れていく彼女の船体(からだ)の欠片を掴んだ。

 

(あなたは、私の()()()だから。どんなに萩野少佐に逢おうと思っていても)

 

(どんなに彼を求めていても)

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 信濃が右手に握りしめた水鬼の船体(からだ)の欠片は、ほんの少し。手のひらに収まる程度の砂となった。

 

「――だから。あなたの欠片(おもい)だけでも。私が彼の下へと連れていく」

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 ――巡視艇“しらかば”が前線に辿り着いたのは、それからすぐの事だった。

 

「……信濃」

 

 萩野は絶句していた。

 

 既に信濃の船体(からだ)と艤装の崩壊は止められない状態(フェーズ)に移行していた。

 艦娘には過ぎたる能力(ちから)を得てしまった代償である。

 

 水鬼との戦いが終わった直後に、彼女が背負っていた甲板は完全に砕け散った。

 分厚い甲板が破砕した衝撃で信濃はその場に(ひざまず)いてしまい、この時点で彼女は満足に歩くことすらできなくなった。

 

 ――だが、それでも。

 

 神風に左半身を、神通に右半身を支えられながら、それでも信濃はゆっくりと泊地へと向かっていた。

 “約束”を守るために。己が愛して求めた、萩野との約束の為に。

 

 あの言葉を言う為に。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「――ただいま。萩野少佐」

 

 神風たちの助けを借りて、しらかばの甲板へと昇った信濃が最初に発した言葉は帰還の挨拶だった。

 赤い(まなこ)は既に霞んでいて前がよく見えない。それでも、彼女の愛する人が目の前にいる事は分かっている。

 

「おかえり」

 

 すっかり大きくなり、そして小さくなった彼女を、萩野はしっかりと抱きしめる。

 

「……ちゃんと、帰ってきたよ」

「ああ。よくやった、信濃。敵は撤退を始めている。……これで戦いは終わりだ」

「うん。良かった」

「……ごめんな、信濃」

 

 萩野の口から信濃に対する謝罪と後悔の言葉が漏れた。

 彼女は本当は戦いたくなかった。それを強行させてしまった事に対する悔やみ。そして彼女は代償として……。

 そんな彼に、信濃は優しく声を掛ける。

 

「うん、でもね。私はこれで良かったと思ってる」

 

 そう言って微笑む信濃の船体(からだ)から、艤装からぽろぽろと細やかな欠片が零れ落ちていく。

 

「このままじゃいけなかったんだ。この姿になってわたしもようやく分かった」

 

 ――さらさらと。さらさらと。

 

「――水鬼(かのじょ)はね、()()()だったんだ。だからね、わたしが何とかしなきゃいけなかった」

 

 ――信濃の船体(からだ)が海に吹く風と共に少しずつ崩れていく。

 

水鬼(かのじょ)をわたしが倒して、ようやくわたしは一つになれた」

 

 信濃が右手を開き、水鬼の欠片(かけら)を萩野に見せる。欠片は仄かに輝いてすぐに風に飛ばされていった。

 

「わたしこそ、ごめんね。迷惑かけたのは、わたし」

「違う! 俺こそお前に……」

「じゃあ、お互いさまってことで、ね? きっとどっちも悪かったんだよ、ふふ」

 

 そう言って、信濃は笑った。萩野もそれにつられるように笑ったが、その顔は少し泣いていた。

 そして、ひとしきり笑った後、静かに信濃は別れを告げる。

 

「……じゃあ、もう行くね」

「……そうか」

「でも。きっとまた会えるよ。いつか――」

 

 信濃の船体(からだ)から力が抜けていき、萩野の身体にしな垂れる。息も途絶え始めた彼女を、萩野はより優しく、強く抱きしめた。

 

「――また会おう。信濃(シナノ)

 

「……うん。ありがとう、萩野少佐」

 

 

 

 

 

 ――またね。

 

 

 

 

 

 信濃は最期にそう言って目を閉じ、動かなくなった。

 やがてさらさらと信濃の船体(からだ)は崩壊し、その命を完全に終えた。

 

 崩れていく信濃を抱きながら、萩野は、いつまでも、いつまでも泣いていた。

 神風も、第七近海監視所(ナナカン)の仲間も、皆知らないうちに目から涙がこぼれ落ちていた。

 

 

 

 

 

 ――また、会おう。

 

 ――いつか、静かな海で。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 ――時は、七月二十八日。

 

 ――こうして、南方特別泊地で行われた“第二次南方海戦”の幕は下りる。

 

 後に提出された戦闘詳報によると、戦闘の経過は以下の通り。

 南方に新設された泊地に配備された“秘匿艦娘”を狙い、深海棲艦の主力艦隊が来襲。

 秘匿艦娘は偶然泊地を訪れていた第七近海監視所の部隊と共に迎撃を行い、更には支援要請を受けて急行した近隣の援軍の力もあり、見事に敵艦隊を壊滅させる事に成功するが、秘匿艦娘は敵旗艦と相討ちとなり轟沈する。

 

 

 ――なおその轟沈した秘匿艦娘の詳細については、現在は“軍事機密”として公開されてはいない。

 

 ――いずれ明かされる時が来るかもしれないが、それはまだ当分先の事だろう。

 

 

 旗艦である“超弩級戦艦水鬼”を(うしな)った深海棲艦は、一隻の姫級が残存していた艦隊をまとめ上げ、速やかに泊地周辺海域から撤収。

 各地に散っていた幾つかの部隊と合流しながら、そのまま西方海域の奥地へと消えていった事が確認されている。

 

 

 

 

 ――それから約半月後の八月十五日。

 

 三笠海軍元帥は、侵攻中であった深海棲艦の殆どが壊滅または撤退し、本土侵攻の危機は当面去ったという事実を伝え、国防海軍の事実上の勝利宣言を行う。

 

 

 

 こうして仮初(かりそ)めながらも、この日を境に世界に平和が訪れる事になる――

 




明日はエピローグの投稿となります。

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