【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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間もなくこの物語も終わりを迎えます。
次話投稿の予定や今後については、活動報告にて。


第五十一話 二隻(ふたり) 或いは一隻(ひとり)の闘い

「――これは……?」

 

 信濃の全ての艦載機が攻撃を終え、甲板に収容された直後。

 甲板内で補給を終えた艦載機を用いて、信濃は再び深海棲艦に攻撃を仕掛けるべく、弩弓(ボウガン)を構えた時である。

 

 ――突如、深海棲艦の大艦隊が二つに割れた。

 

 深海棲艦が整然と左右に移動を始め、海面が分かたれたのである。

 まるでそれは大昔の伝説――預言者が海を割り、己に従う民を新たな土地へと導いた――神話のような光景であった。

 

「……皆さん、此処(ここ)を離れて」

 

 信濃は、神風たちを気遣う様に告げた。

 割れた水面(みなも)から、巨大な艤装と爪を持つ深海棲艦――“超弩級戦艦水鬼”が此方(こちら)にゆっくりと向かってくるのを見据えながら。

 

 やがて、その水鬼は深海棲艦の開いた海の道を抜けた。

 

「あれが……“超弩級戦艦水鬼”。でも、神風さん。これは……?」

 

 国後が水鬼の“顔”を見て、何かに気付いたかのように神風に疑問を発する。

 

「――ええ、クナ。()()()()()()()()()()()

 

 信濃の近くへと辿り着いた水鬼の顔は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 違いがあるとすれば、信濃の髪は透き通るような白色である一方で、水鬼は深淵の闇の如くの黒髪。

 また額の右側から角が生えている信濃に対し、水鬼は額の左側から禍々しい角を生やしていた。

 

 

 

「――キタワ」

 

「――そうね」

 

 

 

 見つめ合い、睨み合った二隻(ふたり)は、たったそれだけの短い会話を交わし――すぐさま壮絶な闘いが始まった。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 ほんの少しだけ……むかし、むかしのお話です。

 

 

 ある所に、心やさしい一人の少女がおりました。

 

 少女は、さらにむかしの戦いで沈んでしまった、とても大きな(ふね)の生まれ変わり。

 その(ふね)は、はじめは()()として造られ……のちに()()()()へと急いで造り替えられました。

 ところがいざ大海原へ旅立とうとした時に、敵の潜水艦によってあっという間に沈められてしまった、かわいそうな(ふね)でした。

 

 そのため、少女は生まれながらに、()()()()を持っていました。

 

 少女は、戦いを好みませんでした。

 生まれ変わる前の悲しい思い出が、少女の心に残っていたからです。

 

 

 

 ――なぜ、ちゃんと建造()んでくれなかったの。

 

 ――なぜ、そんなわたしを海に送り出したの。

 

 ――わたしは、一体何のために生まれたの?

 

 

 

 少女の疑問は、ぐるぐると心の中を渦巻くように回ります。

 

 彼女の下を訪れた偉い人たちは、彼女に戦え、戦えと毎日のように訴えますが彼女は戦う気にはなれませんでした。

 何人もの偉い人たちが入れ替わるように彼女を説得しますが、やがて説得を諦めたのか、彼女を暗くて寒い地下室に置き去りにするようになりました。

 彼女はほっとしていました。

 

 

 

 そんな少女の下に、ある日一人の青年がやってきました。

 彼女にとっては初めて出会う、優しい笑顔の青年。彼は毎日のように地下室へと訪れ、彼女の下で過ごしました。

 彼も彼女に外の海に出て戦う様に言ったものの、彼女がそれを拒んでいるとやがて無理強いをすることはせず、彼女と別の話を語らうようになっていきました。

 

 外の世界がどんな場所であるのか、その素晴らしさについて。

 ある時は南方や西方の海の美しさについて。またある時は青年が生まれて過ごした町の話や、そこで行われる楽しいお祭りについて。

 少女は興味津々でその話を聞きます。今まで来た人は戦いの話ばかりで、青年が聞かせてくれる話はとても新鮮だったのです。

 青年は、今までの人とは違い、毎日のように少女の下を訪れました。

 少女は青年に会えるのが毎日とても楽しくて、嬉しくてたまりませんでした。

 

 

 

 ――やがて少女は、青年に恋をしました。それは淡く(はかな)い恋心。

 

 少女は幸せでした。

 

 

 

 しかし、その幸せも長くは続きませんでした。

 とある事件がきっかけで、少女は青年を――そして青年も少女を傷つけてしまったのです。

 

 

 

 

 この時、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 青年に傷つけられた悲しみの心は、()()()()と共に。

 

 そして青年を傷つけてしまった哀しみの心は、()()()()()()と共に。

 

 

 

 

 やがて一方は、“深海棲艦”となりました。

 

 そして一方は、“艦娘(かんむす)”となったのです。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 “超大型空母”と“超弩級戦艦”の闘いが始まった。

 

 信濃が持つ両手の弩弓(ボウガン)から放たれる幾条もの閃光――(あお)い“流星改(リュウセイ)”隊と(あか)い“彗星二二甲型(スイセイ)”隊が水鬼の船体(からだ)に魚雷と徹甲爆弾を放ち、爆散させる。

 負けじと水鬼の背中の巨砲から放たれた砲弾が、信濃の至近距離で炸裂。直撃はせずとも、爆発により発生した高熱は、信濃の白い肌を焼いていく。

 

「ぐぁあっ!! はっ……」

「カヒッ……ヒッ…!!」

 

 互いの全力を出し尽くす戦闘を繰り広げる内に、闘いはやがて接近戦となった。

 至近距離(クロスレンジ)で交わされる生死を賭けた攻防。

 大型砲の発する爆熱で自らの船体が損傷しようと、艦載機の誤爆で自らの艤装が損傷しようと、最早二隻は気にも留めなかった。

 そんな些細な事を気にしていたら、次の瞬間に斃れているのは自分自身だからだ。

 

(それに、このままでは(まず)いわね……)

 

 ――信濃は、次第に己の能力(ちから)が衰えつつあるのを感じていた。

 彼女の艤装は攻撃を受けていない箇所にもひびが入り、激しく動くたびにその破損が広がっていく――

 

 ――“限界”は、近い。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「――動いたわね。……痺れを切らしたのかしら?」

 

 信濃に言われた通り、後方へと離れて二隻(ふたり)の戦いを見守っていた神風たちは、すぐに()()に気付いた。

 超弩級戦艦水鬼の後方に控えていた、深海棲艦の艦隊が動き出したのだ。

 前衛の艦隊は二隻の周囲を迂回し、陣形を整えながら泊地に向けてゆっくりと進軍を開始する。

 崩壊していた陣容が整ったのかそれとも控えていた予備隊か。前衛の後ろからも続々と新手の深海棲艦が現れつつあった。

 

「――来るわ」

 

 神風はそう言って、戦いで損傷した主砲を構え砲弾を装填する。

 泊地に向かってくる敵を迎撃すべく――

 

「みんなはあきつ丸の所まで下がって。此処は私が殿(しんがり)に……」

「お姉さま……そんな事おっしゃらないでください」

「占守もまだいけるっす!」

「どれだけお役に立てるかは分りませんが……神風さんが行くのなら」

 

 残る三隻(さんにん)にも、もはや逃げる選択肢は無かった。

 壊れかけの主砲を構え、迫る敵を待ち受ける。

 

第七近海監視所(ナナカン)部隊へ――我々も援護する。全艦、砲撃準備!』

 

 埠頭が砲撃を受けた為、出撃が遅れていた泊地の哨戒艇部隊からも連絡が入る。

 なけなしの哨戒艇と護衛船は、防御の陣形を整えつつ敵の迎撃に入る。

 そして……

 

 ――グロォアアアアアアッッッ!!!

 

 雄叫びを上げながら、深海棲艦の前衛が泊地を目指して突撃を開始する。

 駆逐級から軽巡級、重巡級までもが入り乱れる雑多な部隊が神風たちに向けて迫る。

 

「砲戦開始! てぇーっ!!」

 

 神風の号令と共に、四隻(よにん)が構える主砲が轟音を発し砲弾が放たれる。哨戒艇部隊からも同時に砲撃が始まり、深海棲艦に向けて攻撃が集中する。

 最前列にいた深海棲艦の何隻かは、運悪く直撃を喰らい、装甲を大破させて海面に倒れていくが……

 ()()()()()()()はそれをものともせず、更に速度を上げて神風へと果敢に突撃する。

 

(―ーっ! 速いっ!?)

 

 今までの駆逐級とは違う――()()()()()()強固な正面装甲と、その形状からは想定できない凄まじい速度で迫る小型の深海棲艦。

 

『――まずい、あれは新型の“駆逐ナ級”だ! 逃げろっ!!』

 

 大口を開けて神風に飛び掛かる新型駆逐級に向けて、彼女が主砲の引き金を引こうとしたその時――

 

 ――ドォオオオオオオオン!!

 

 神風を狙っていたナ級が、横からの砲撃を受けて吹き飛ばされていった。

 

「一体何が……って……あれはっ…!!」

 

 突然の事に慌てた神風が見たその先には、()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()、現着!! 待たせたなっ!!」

「久しぶりだな、神風っ!」

「旗艦『由良』より泊地司令部へ。これより、砲雷撃戦始めますっ!!」

 

 現れたのは由良に率いられた“第十七遊撃部隊”。長月・三日月・皐月・磯風・浜風・谷風。

 

「甲標的、全機展開!!」

 

 由良は左舷部の艤装を展開し特殊潜水艇――甲標的を発進させる。

 仁号作戦――伊号潜水艦「伊19(イク)」「伊26(ニム)」の救出作戦完了後、基地で補充を受けて手に入れた、最新型の甲標的“丁型改”。

 由良から発進した甲標的は海中を速やかに進み、一斉に魚雷を放ち敵の行く手を阻む。

 半ば勢い任せで突っ込んできた事もあり、これで敵の気勢はだいぶ削がれることになるが……。

 

「くっ、こっちは勢いが止まらないっす!?」

 

 倒されたナ級とは別の個体が甲標的の雷撃にも怯まずに尚も突撃する。

 占守と国後の砲撃はその正面装甲に弾かれ、ナ級は魚雷の発射体制に入るが……

 

 ――ズドォオオオオオオオン!!

 

 またしても側面からの砲撃を受け、発射しようとした魚雷が誘爆したナ級は爆散し、一瞬で海の藻屑と化した。

 占守と国後がぽかんとする中、その砲撃を行ったのは――

 

()()()()()()、参りました。各自、小隊に分かれて突撃開始――」

 

 歴戦の軽巡洋艦“神通”に率いられた“第二水雷戦隊(にすいせん)”。

 

「――んちゃ。行くよ……!!」

「あれは……(あられ)さん……!?」

 

 国防海軍が誇る精鋭部隊の先陣を切ったのは、“第二改装(かいに)”の制服に身を包んだ(あられ)

 迫る敵前衛部隊に向けて、姉妹の(かすみ)と共に果敢に突撃を行うのであった――

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 深海棲艦の残存部隊と、援軍の艦娘艦隊の戦いが始まる中で――

 ――永遠に続くかと思われた攻防にも、やがて終わりの時が来る。

 

(“流星改(リュウセイ)”隊……()()。“彗星二二甲型(スイセイ)”隊も……)

 

 信濃は歯噛みした。激しい戦闘で殆どの艦載機は壊滅した。最後に空を飛んでいた“彗星二二甲型(スイセイ)”が甲板に帰還するも、ほぼ大破した状態であり再出撃は不可能。他の機体も同様である。

 そして甲板を始めとする各部の艤装も度重なる砲撃と時間経過による損耗で、原型を留めているのがやっとと言える程に損傷していた。もう一撃でも食らえば、いとも簡単にばらばらになるであろう程に。

 対する水鬼も船体(からだ)と艤装の大部分を損傷していた。背部の三連装砲も信濃の艦載機の爆撃により大破し、黒い煙を上げている。

 

 ――信濃と水鬼、どちらも既に限界は近い。

 

(残るは……“あの子”たちね)

 

 これが()()()()()()()()になる――そう確信した信濃は、()()()弩弓(ボウガン)に装填する。

 

「“紫電改四(シデン・カイシ)”隊……最終攻撃、開始っ!!」

 

 壊れかけの弩弓(ボウガン)から、眩い(みどり)の光が放たれた。

 信濃の死力を振り絞った、これが最後となる艦載機攻撃。

 それに答えるかのように、水鬼の艤装が備える対空機銃の掃射を華麗に躱しながら、幾条もの(みどり)の閃光は水鬼の周りを旋回し、やがて水鬼の懐へと導かれるように飛び込んでいく――

 

 この瞬間、“紫電改四(シデン・カイシ)”の突貫が避けられない事を悟った水鬼は、機銃掃射を止めた。そして両腕を船体(からだ)の前で交差させて()()()()を取る。

 

 そう、彼女は信濃の最後の攻撃を()()()()事を選択したのだ。

 

 ――あらゆる攻撃を耐えてこそ“戦艦”。果たして彼女の選択は吉と出るか凶と出るか。

 

 

 

 

「――ワタシハ“超弩級戦艦水鬼”……いえ――」

 

 

「――私ハ戦艦“()()()”……受けて立つ!!」

 




長く続いた戦いは、間もなく終わりを告げて。

そして、逃れようのない別れもやって来る。



次回 第五十二話「またね。」

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