【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

52 / 55
第五十話 機械仕掛けの女神(デウス・エクス・マキナ)

 ――超大型航空母艦「信濃(しなの)」の姿は、艦娘(かんむす)としては異様であった。

 

 身に(まと)うは一点の染みも穢れも無い白い袴。

 白い長髪と赤く光る瞳。そして額から生える巨大な一本の角。

 背面に背負うのは、巨大な黒い分厚い“甲板”――それは遠くから見れば、まるで信濃が“棺桶”を背負っているかの様であっただろう。

 両手に構えるは二つの弩弓(ボウガン)。黒く輝く重厚なそれらは、信濃の主武装(メインウェポン)

 

「――第一航空隊『紫電改四(シデン・カイシ)』」

 

 信濃が紡ぐ言葉と共に、右手の弩弓に(みどり)の光が装填(やど)る。

 

「――第二航空隊『流星改(リュウセイ)』」

 

 続いて左手の弩弓に(あお)の光が装填(やど)り。

 彼女は敵艦隊に向けて、弩弓の発射口を向ける。

 そして――

 

 

 

「航空隊、発艦!! 目標は前方、敵主力艦隊!! ()()せよ!!」

 

 

 

 彼女の発令と共に、幾条もの閃光が弩弓(ボウガン)の発射口から放たれる。

 その閃光は洋上の深海棲艦の大艦隊に吸い込まれるように飛び込んでいき――

 

 ――ある(みどり)の閃光は、上空の深海棲艦艦載機の編隊を喰い破り、続けざまに駆逐級に襲い掛かると、瞬く間に装甲を蜂の巣にした。

 

 ――またある(あお)の閃光は、海面を這う様に敵艦隊に接近し魚雷を放つ。集中雷撃をもろに受けた哀れな重巡棲姫は為すすべなく轟沈し、海の底へと沈んでいく。

 

 ――そしてまた一隻。航空隊の攻撃により装甲を破砕された戦艦棲姫が絶叫を上げ倒れていく。

 

 これぞ正に“鎧袖一触(がいしゅういっしょく)”。

 最前線の敵部隊は壊滅するが、信濃の攻撃は尚も止まらない。

 

「――第三航空隊『彗星二二甲型(スイセイ)』発艦準備。第二次攻撃開始」

 

 (あか)い光が両手の弩弓(ボウガン)に装填され、陣形が崩れ混乱する深海棲艦に向けて続けざまに放たれる。

 瞬く間に敵の直上に飛来したその閃光――艦上爆撃機の編隊は、空母棲姫を基幹とする機動部隊に向けて、唸りを上げながら急降下。

 

「――爆撃開始」

 

 護衛していた駆逐級や軽巡級の機銃掃射による抵抗も空しく、彗星二二甲型(スイセイ)によって放たれた徹甲爆弾は次々に命中して棲姫の甲板を破砕し――機動部隊は炎上し無力化されていった。

 

「――次っ!!」

 

 攻撃を終えた閃光(かんさいき)は、一旦信濃に舞い戻り背中の甲板に収容される。

 そして数刻後に再び弩弓(ボウガン)に光が灯り、信濃の発令と共に閃光(かんさいき)が発進。

 紅・蒼・翠の閃光は新たなる獲物を探し、敵に殺到し粉砕していく。

 

「――凄い……」

 

 護られるように信濃の傍らにいる神風たちは、その圧倒的な戦いを見て、彼女の活躍に羨望や畏敬の念すら感じつつあるのであった。

 

(だけど……)

 

 神風は、戦うたびに彼女の艤装から黒い小さな破片(かけら)()()()()()()()()()()()()様に、一抹の不安を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「なんてことだ……」

 

 思わず声を上げたのは、書類を抱えたまま立ち尽くす若き佐官の一人であった。

 此処(ここ)は南方特別泊地の戦略指令室。声を上げた佐官だけではなく、他の士官や兵士からも感嘆や動揺の感情が籠った呟きやため息が漏れている。

 彼らが見ているのは、出撃した哨戒艇からリアルタイムで送られてくる映像である。

 哨戒艇に乗り込む観測班のビデオカメラが撮影した映像が、無線電信により泊地に送られ、薄暗い指令室に垂れ下がる白い布のスクリーンに映写機(プロジェクター)で映されていた。

 

 スクリーンの中では、信濃が軽やかに(おど)っていた。

 彼女の両手の弩弓(ボウガン)からは次々と閃光(かんさいき)が放たれ、接近戦に持ち込もうと突撃してくる駆逐級や軽巡級の深海棲艦を苦も無く迎撃している。

 

 ――そしてまた、スクリーンの中で一隻の戦艦級が(あか)の光に呑まれて轟沈した。

 

 目の前で繰り広げられる戦闘に見惚れたまま、本来の業務をこなさずその手が止まっている者すらいる。

 若宮憲兵大尉は、その様子を冷ややかな目で見ていたが、同時に無理もない事であると理解もしていた。

 

(こんな光景を見せられてはな)

 

 あれほど苦戦した深海棲艦の大艦隊が、信濃の()()()()()()()()()で半壊したのだ。相手は深海棲艦の最上位種――鬼級や姫級を複数含む艦隊なのである。

 誰もが思わず呆気に取られてしまっても仕方がない事だ。

 この泊地における最上位の司令官である三笠元帥と薩摩大佐だけは、映写機(プロジェクター)が投射する戦闘の映像を、真剣な表情でただ黙って見つめていたが。

 

「あれが……『信濃(しなの)』。艦娘にも深海棲艦にもなりきれず、二つの能力(ちから)を手にしてしまった(ふね)か」

 

 我々国防海軍の身勝手かつ性急な建造計画で生み出されたものの、今まで戦う事の無かった(ふね)

 それが今、海軍…いや本土の絶体絶命の危機に立ち上がり、強大な敵と戦っている。

 先日海軍の総力を結集した艦隊すら打ち破った、深海棲艦の大艦隊。その大艦隊による猛攻撃を躱し、跳ね返し、そして逆に蹂躙していく。

 

 ……なんと神々しく、禍々しい力であろうか。

 

「あの力があれば……深海棲艦など」

「一捻りとでも言うつもりですかな。薩摩大佐殿」

 

 信濃の力に魅せられ、少なからず高揚する薩摩大佐の心に、若宮が冷ややかな視線と言葉の矢で水を差す。

 

「なっ……!?」

「あなたの横にいらっしゃる元帥閣下も、お分かりになっているはずです。国防海軍は――いや人類は、()()()()は制御出来ないと」

「いや、しかし……」

「そうだな、分かっている。……たった今、観測班からの報告も届いた」

 

 言い淀む薩摩大佐の傍らで、三笠元帥は映像の中で戦う信濃と観測班からの“報告書”を見比べながら語る。

 

「既に()()()()()()()()()()()()()()()そうだ……恐らく、彼女は早ければ一時間後には()()()()、とな」

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 ――ナンダ、アレハ。

 

 ――ナゼ、ワタシタチノ…ワタシノジャマヲスル。

 

 ――ワタシタチハ……スベテヲコワシテ……

 

 ――わタしハ、()()()()()()()にあいたいダケなノに。

 

 

 

 

 

 ――……イヤ、ワカっていル。

 

 ――()()()()()()()()()

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ――ナラバ。ヤルベキコトハ……()()()()()()

 

 

 

 

 其処(そこ)は、泊地を襲撃する深海棲艦艦隊の最後方――中枢に当たる基幹部隊。

 突如現れた超大型空母型艦娘(シナノ)によって、瞬く間に前衛部隊が壊滅し、動揺していたのは此方(こちら)も同じであり。

 被害だけが増えていくこの戦況で、如何すべきか全隻(ぜんいん)が戸惑っていたのだ――唯一隻(ひとり)を除いては。

 

「――ミンナ、オチツイテ」

 

 静かな声――妙齢の女性にも、いやまだ幼き少女にも聴こえる不思議な声――に、彼女に随伴していた戦艦棲姫や空母棲姫が振り向く。

 声を発したのは、巨大かつ凶暴な三連装砲を備えた艤装に(もた)れ掛かる、白いドレスを纏い禍々しい角を持つ黒髪の美女。

 

「ブタイヲ、サイヘンスル。キドウブタイはイッタン、サガラセテ。ヨビタイヲ、シュツゲキサセル」

 

 信濃(てき)の攻勢を、暫くの間静観していたその“水鬼”は、冷徹に指示を下していく。

 

「……テキシンガタクウボノ、ゲイゲキハ、ドウナサイマスカ」

 

 一隻の戦艦棲姫がその“水鬼”に進言をすると、彼女は艤装に(もた)れ掛かっていた船体(からだ)を起こし、静かに告げた。

 

 

 

「――ワタシガ、デルワ」

 

 

 

 こうして、最奥に控えていた深海棲艦の()()――“超弩級戦艦水鬼”が、遂に動き出した。




――“超大型空母”と“超弩級戦艦”の闘いが始まる。

――その戦いの傍らで、神風には何が出来るのか。



次回、第五十一話「二隻(ふたり) 或いは一隻(ひとり)の闘い」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。