【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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第四十九話 抜錨(めざめ)

 ――深海棲艦の大艦隊が出現し、俄かに騒然とする南方特別泊地。

 

 その対応に追われる佐官たちが基地内を走り回る中、副官であるまるゆを伴い整然と歩く憲兵が一人。

 

「……ここか」

 

 彼女が向かったのは泊地の中央にある司令室。彼女は軽くノックをすると、返事も聞かぬままその扉を開けた。

 

「お久しぶりです。三笠元帥閣下」

「――君か」

 

 そこにいたのは、南方戦線の英雄と呼ばれた男――この泊地の責任者でもある三笠海軍元帥。

 長年使い込まれたパイプで煙を燻らせながら、彼は窓の外の光景を眺めていた。

 

「貴重な二式大艇まで使って、わざわざ()()に来るとは……君も運が無いな」

「いえいえ。こちらも心強い()()は連れてきましたので」

「援軍……か」

 

 そう言って三笠が目線を少し下にずらすと、埠頭――南方特別泊地のそれは深海棲艦から見つからないように隠蔽されているが――から海原へ出撃していく数隻(すうにん)の“艦娘”達が見えた。

 埠頭では他にも国防海軍所属の哨戒艇が出撃の準備に取り掛かっている。

 ここは秘匿されている場所である為大型船舶は配備されておらず、哨戒艇も数は少ない。

 迫りくる深海棲艦の大艦隊の前では、どれだけ抵抗できるかは不明だが……。

 

 

 

 ――何故こうなったのか。

 

 “英雄”と呼ばれ、慢心があったのだろうか。

 本土の総司令部からは更なる戦果を、と急かされていた。

 長く続く戦争で、国民の戦意高揚の為にも景気の良いニュースが望まれていた。

 南方への戦線を広げることに躍起になり、戦線が急激に広がった結果、シーレーンは脆くなり敵の群狼部隊(ぐんろうぶたい)による攻撃は少なからず作戦に影響を与えた。

 群狼部隊の対処に追われ、他海域に潜む深海棲艦の拠点の調査は遅れに遅れた。

 

 “超弩級戦艦水鬼(てき)”は、西方海域から現れたと聞く。

 もっと早い段階で各海域に威力偵察を兼ねた水雷戦隊を送り込んでいれば、まだ状況は違っていたであろうか。

 

 ――全ては間に合わなかった。

 

 自らが招いた今の状況を憂い、彼は皮肉めいて呟いた。

 

「現状我々の抱える戦力は、まさに蟷螂(とうろう)の斧か」

「……それは死地に向かう彼女らに対する侮辱でもありますよ、()()()

 

 そう言って自らの伯父の発言を嗜める若宮も、三笠の横に並び窓の外を眺める。

 ――確かに、今から行われるのは絶望的な戦いだ。だが彼女らもこうなる可能性がある事は――到着して早々襲撃が行われるとは思わなかったかもしれないが――覚悟を決めて此処に来た。

 

「お前に伯父と呼ばれるのも久々だな……だが、確かにそうだ。すまん」

 

 姪に素直に頭を下げて謝罪する伯父の姿を見て、若宮は思わず微笑んだ。

 

 ――そうだ、元々こういう人なのだ。今は“英雄”と呼ばれていても、幼い頃から若宮にとって彼は会うたびにいつも頭を撫でてくれる優しい伯父さんだった。

 

 逃げた萩野を今まで泊地に呼び戻さなかったのも、彼の優しさだろう。例え萩野が望んで第七近海監視所(ナナカン)に行ったとはいえ、三笠が強権を振るえば多少強引であっても、いつでもここに連れ戻す事は出来たのだ。

 この状況を招いたのも、遠因は艦娘や部下に無理をさせたくない彼の思いではないかと若宮は推測する。

 彼女は再び外の光景を見つめながら、伯父を勇気づけるように語る。

 

「――第七近海監視所(ナナカン)の他の援軍も、続々とここに向かっております。それに――」

 

 

 

 

 

「――戦いとは、最後まで分からない物であります故に」

 

 若宮は不安げな様子の副官を頭を撫でながら、不敵な笑みを浮かべて呟いた。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「……ハジメロ」

 

 ――超弩級戦艦水鬼の呟きの後、深海棲艦による泊地への攻撃が始まった。

 

 戦艦棲鬼率いるル級・タ級で構成される打撃艦隊は、横一列に居並んだ後一斉に砲撃を開始する。

 

 

 ――ドドォオオオオオオンッッ!!!!

 

 

 天が張り裂けるかのような轟音と共に、幾百、幾千もの砲弾が泊地を襲う。

 小さな島の浜が、崖が、岩が、木が……砲弾が直撃して吹き飛ばされていく。

 如何に防御が固められた陣地であっても、圧倒的な攻撃の前には風前の灯であった。

 

 一連の砲撃を終えた後、空母棲姫を中核とする機動部隊は島の上空で旋回する航空隊に攻撃命令を下す。

 目標は砲撃を受けても残っている施設。全てを討ち滅ぼさんと(イナゴ)の群れが島へと向かう。

 

「――烈風隊、突撃でありますっ!!」

 

 と、数十機――深海棲艦側からすればほんのわずかな数――艦上戦闘機“烈風”が蝗の群れに吶喊した。

 突撃力と最高速度に優れる烈風は、敵航空隊の編隊に突入し――その脇腹を散々に食い破った後、反撃を受ける前に離脱。

 態勢を整え、再び敵航空隊に突入を掛ける。

 この烈風隊を指揮するは、揚陸艦型艦娘「あきつ丸」。

 

「そらそらあー! 次、行くでありますよ。突撃っ!!」

 

 彼女の率いる精鋭、たった二十四機の烈風隊は決死の覚悟を持って高空を駆ける。

 

「さあ、さっさと行くでありますよっ!」

「わかってる、ここは任せるわ。春風!占守!国後(クナ)!!」

 

 あきつ丸を見据えた神風は、残る三隻(さんにん)に号令を掛ける。

 

全隻(ぜんいん)、突入準備!!」

 

 ――ブオオオオオオオオオンッ!!!

 

 号令と共に、彼女らが背負う機関(タービン)が唸りを上げる。

 機関を司る妖精たちにより限界まで出力は上がる。それはどこか獣の怒りの咆哮にも似て。

 

「――泊地司令部へ通達。『これより我ら突撃を敢行す。援護を求む』っ!!」

 

 ――これは更なる援軍が来るまでの間の、僅かな時間稼ぎ。

 敵部隊に突入して混乱を引き起こし、少しでも敵の侵攻を遅らせ、萩野(しれいかん)のいる泊地を守り抜く。

 

 その思いを胸に秘め、神風を先頭に単縦陣を組んだ四隻(よにん)は、敵の前衛部隊目掛けて突撃を敢行した。

 

「敵に接近して一斉射後、煙幕展開っ! さあ、やるわよっ!!」

「「「おぉっ!!」」」

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 ――地下室を震わせていた轟音が止んだ。

 

 

 大規模な砲撃は一旦止んだようだが、それでも爆弾らしき物が落ちる音や、タタタンと機銃の音が小さく聞こえる。

 ――戦いは終わっていない。むしろここからが本番なのであろう。

 

(……神風)

 

 うっすらと髭の生えた右の頬を撫でながら、彼は部下の名前を呟く。

 

(…春風)

 

(占守、国後、あきつ丸……)

 

(――()では戦いが起こっている。皆、無事なのか…?)

 

 急に不安が首をもたげる。神風は敵の大部隊が迫っていると言っていた。

 地下室すら震わせるほどの砲撃だ。詳細は伝えられていなくとも、戦艦級や空母級を含む大規模の打撃部隊である事は、彼にも予想がつく。

 

「神風……」

 

 先程この部屋を訪れ、己に告白をして去っていた部下の名を、萩野は再び口にした。

 

 ――情けない。

 

 どんな理由を取り(つくろ)うが、結局は自分は()()逃げたのだ。

 シナノへの贖罪を言い訳に、己を慕い愛してくれた部下達に何も話さずに。

 何も成せなかった、情けない男がこの俺だ。

 苦渋の表情を浮かべるそんな萩野を見て、彼の腕の中でずっと黙っていた少女は呟く。

 その眼を赤く輝かせながら。

 

「……やだな」

 

 

 ――ハギノ少佐に再会した時に……そして地下室で数日過ごして分かっていた。

 

 

 ――わたしと一緒に過ごしてくれると言ってくれた彼の顔が、わずかに曇っていたことを。

 

 ――そして先ほど……否が応でも、気付いてしまった。

 

 

 ――ハギノ少佐の心は、今はもう半分あの(ひと)のものだという事を。

 

 

 ――嫌だな。自分が知らない間に、愛しい人の心が他に移ってしまったのは。

 

 

 ――負けたくない。

 

 

「……シナノ?」

()()()()()()()()()()()()()……()()()()()()

 

 

 次の瞬間、シナノは優しく萩野の左頬に口づけをする。

 

 

「な……!?」

「戦うのは嫌だけど……でも、それ以上に…負けたくないの」

 

 そう言って彼女は戸惑う萩野から離れて立ち上がり――大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

 ――それは幻想的な光景であったと、萩野は後に語った。

 

 彼女の船体(からだ)に、淡い光が立ち込める。

 光は薄暗い地下室を照らし出し、余計にその神秘性を際立たせる。

 

 やがて彼女の船体(からだ)が変質を始める。

 肉体が成長を始め、透き通るように白い彼女の手足がすらりと伸びていく。

 顔も幼い少女の様相から、精悍な女性の顔立ち――まるで“大和”や“武蔵”のように。

 衣装もその姿に合わせた物に変化し、彼女の船体(からだ)を包み込む。

 

 そして何も無い虚空から、()()()()らしき物体が現れ彼女の背中や腕に接続されていく。

 艦娘の艤装のような清廉さと、深海棲艦の艤装のような禍々しさの両方を備えた艤装は、彼女を一隻(ひとり)の“艦娘(かんむす)”へと完成させた。

 

「……綺麗だ……」

 

 萩野はその光景に呆気に取られながらも、思わず呟いていた。

 

「……うん、ありがと」

 

 成長した彼女――シナノは少し恥ずかしそうに返す。

 

「私……行くね」

「……そうか」

「本当は分かってたんだ。私は艦娘……深海棲艦と戦わなきゃいけないんだって」

「…ああ」

「でもね、ずっと萩野少佐に甘えてた。あなたは優しかったから」

「違う、それは……」

「違わないよ」

 

 反論しようとした萩野をシナノは止める。

 萩野は何も言えなかった。その眼はまるで何かの()()に気付いてしまったような眼差しだったから。

 

「この姿になったから、分かるんだ。恐らくだけど、()()()()()()()()()()()()()()()()

「始まり……そうか」

「うん。だから私が決着をつけてくる」

「シナノ……」

「大丈夫だよ。私はあなたの下へ()()()()()()

 

 

 

 

「……分かった。必ず帰って来い」

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「くっ……」

 

 傷ついた片腕を押さえながら神風は前を見据えた。

 背中の機関(タービン)は焼け付き、熱せられた(オイル)と煙が混じり合い嫌な匂いを発している。

 

「ここまで……ですかね」

 

 彼女の横で(ひざまず)く妹の春風も満身創痍だ。

 魚雷発射管は大破し、艤装に備え付けられた機銃も全損している。残っているのは半壊した右手の主砲のみ。

 

「まあ、よくやった方じゃないすか? ここで沈んでも……後悔は……あるっすけど。にひひ」

「姉さん……まったくもう」

 

 そう言って何か吹っ切れたように笑う占守に、国後は少し呆れ顔で嗜める。どちらも艤装は半壊しており、海面に浮いていられるのが奇跡というほか無い。

 彼女らは深海棲艦の部隊に囲まれていた。

 敵の前衛部隊に向けて突入後、作戦通り煙幕を張り敵をかく乱しつつ、手持ちのありったけの砲弾と魚雷を放って、敵を十数隻撃破する事に成功したのだが……。

 多勢に無勢、春風が敵の直撃弾を受けた事で陣形が瓦解し、こうして追い詰められることになった。

 

 島の近くには、あきつ丸が擱座(かくざ)しているのが見える。片膝をつき(うつむ)いている様ではあるが、彼女に今意識があるのかは神風の見た限りは分からない。艤装は砲撃を受けたのかひしゃげて煙を上げ、上空で戦う烈風隊も残り数機という絶望的な状況だ。

 

「ここまで……かあ」

 

 神風は空を仰いだ。

 この船体(からだ)になって数年。思い返せば色々とあった。

 艦娘として建造され、配属された漁火(いさりび)島の人達はみんな良い人だった。

 初めての司令官とのいざこざ等、悪い思い出も少なからずあるが、今となっては経験に過ぎない。彼らに学んだこともある。

 前世では先に沈んでしまった春風(いもうと)とも再会できた。可愛い後輩や頼れる仲間もいる。

 誰かを愛する気持ちになれたのも、この船体(からだ)を持てたおかげである。

 

 欲を言えば、もっと好きな人たちと共に長い時を過ごしたい――

 

「……ま、それは贅沢か」

 

 神風はそこで言葉を切った。

 周りを囲う深海棲艦――戦艦級や重巡級が腕を上げ、彼女らに一斉に砲門を向けたのだ。

 

(まともに喰らったら……粉々かな)

 

 ――怖い。差し迫った轟沈()の感覚に、膝も震え出す。

 

 ――でも、後悔はしていない。

 

 神風は覚悟を決め、目を(つぶ)った。

 そして――

 

 

 

 

 

 

 ――処刑は始まらなかった。

 

 突如島の方角から、一条の(みどり)色の“閃光”が飛来したのだ。

 神風たちを撃とうとしていたある一隻の戦艦タ級は、抵抗する間もなくその閃光に主砲を撃ち抜かれ爆散した。

 ある一隻の重巡級は、タ級が爆散した事に憤りを感じてその閃光に向けて砲口を向けるが、主砲を撃つ前に彼女の船体(からだ)を閃光が貫き、彼女は斃れた。

 

「な、何が……?」

 

 神風たちの誰もが唖然としていた。島の方角から飛来する閃光の数はいつの間にか四本に増え、その光は次々と深海棲艦を撃破していく。

 ……気付けばたった数分で、神風たちの周りにいた数十隻の深海棲艦は完全に無力化されていた。

 

 やがてその光が神風たちを守るかのように、彼女たちの周りをくるくると回り始めた時、光の中にいる物が何なのか神風もやがて気付いた。

 

()()()……?」

 

 そう、謎の(みどり)色の“閃光”の正体は、()()()()()――“()()()()”。

 

「……間に合ったわね」

 

 そう言って瓦解した包囲網を抜けて現れたのは、一隻(ひとり)の艦娘。

 颯爽たる長身と、透き通るような白い肌。身を包む白の袴と、黒々とした艤装。

 額の片側からは禍々しくも神々しい角が生え、爛々と輝く赤い瞳。

 その姿に、神風は先ほど地下室で見た幼い少女の姿を重ねてしまう。

 

「あなたはまさか……シナノ?」

 

 神風の疑問に答えるかのように、彼女は優しく微笑む。

 そして“シナノ”は息を大きく吸い込み――そして、目の前の深海棲艦の大艦隊に対して叫んだ。

 

 ――それは泊地にいる“司令官”にも届けと言わんばかりに。

 

 

 

 

 

「我こそは――大和型三番艦にして、航空母艦『()()』!!」

 

 深海棲艦の怪しく光る眼が信濃に集中し、その口上を聞いた深海棲艦に動揺が走る。

 ――空気がひりつく様に変わった。

 

 

 

 

 

「私の船体(からだ)に宿りし力を持って――萩野少佐(しれいかん)(まも)り抜く!!」




遂に、少女は目覚めた。

愛しい人を護るべく。

迫りくる敵を撃ち砕くべく。

――しかしそれは己の滅びの道でもあった。



次回、第五十話「機械仕掛けの女神(デウス・エクス・マキナ)

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