【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~ 作:山の漁り火
「――まあ、そういうわけで、奴は“シナノ”に会いに行ったのさ」
萩野のいなくなった病室。
春風に淹れて貰ったコーヒーを片手にそう語るのは若宮憲兵大尉であった。
「シナノ……ですか。建造計画については噂には聞いていましたが……」
「どこでそんな機密情報を知ったっすか?」
「なあに、事情を知る元南方鎮守府勤めの者を突き止めてな。
「なんとまあ……」
憲兵隊の諜報能力と
いや、この強かさは若宮特有のものか。
「それでだ、
と、飲み終えたコーヒーカップを置いた若宮は、目の前の
「え……」
「こんな事実も告げずに黙って出て行ったのだ。萩野に文句の一つも言いたいのだろう?」
問いかけは
神風はしばし俯き、考えを巡らせた後答えを出す。
「……ええ。できれば、ですけど」
「そうだろう。ならば、一発乗り込んでぶん殴ってやれば良いのだ」
――ブロロロロ……
と、部屋の外からけたたましい音がする。
神風たちが窓から外を覗くと、その上空には――
――“二式大艇”。
世界最大級の軍事用飛行艇であり、国防海軍が所有する数少ない航空戦力。
船状の胴体から生えた大きな翼の力により、その巨体に相応しい
その怪物が今、上空から
「今では数少ない動かせる機体だ。さあ、空の旅へとしゃれこもうじゃあないか」
そう言ってにやりと笑う若宮大尉。
そして神風が決意を固めるまでには少しの時間が必要であった。
*
「……もう、ずっと離れないよね?」
昼でも薄暗い地下の工廠で、彼女はじっと萩野の目を見つめていた。
「ああ、もう離れないさ。俺はシナノと一緒にいるよ」
萩野はしっかりとシナノを抱き寄せる。
かつて恐慌に駆られてシナノを撃ってしまった罪。
そのままシナノに会わないと決め、シナノのいる泊地から逃れた罪。
シナノから逃げ、
その罪を抱えて、萩野はここにいる。
ここでシナノと共に日々を過ごし、やがて戦争が終わるまで――それが勝つにせよ負けるにせよ――ここに一人と
それが萩野の
シナノと共に生き、シナノと共に死ぬ決意であった。
それが上層部の意に反しようとも。
*
――時刻は
海域に間もなく朝日が射そうとしていた明け方の頃。
ごぷり、と一隻の潜水級の“深海棲艦”が海面下から姿を現した。
辺りをぐるりと見回した後で彼女が軽く手を振ると、続けてごぷりごぷりと潜水級が次々と浮上する。
初めに海面に姿を現した潜水級――潜水ソ級が見つめる遥かその先には、小さな孤島がある。
その孤島には十数隻の船が停泊しており、数少なくない
「………」
ソ級は無言で電信を行う。『ワレ テキハクチ ハッケンセリ』の電信である。
主要航路から外れている上、海流の影響もあり近寄られることも気付かれる事も無かったその泊地。
遂にその泊地が深海棲艦により発見され、大艦隊が迫ろうとしていた。
*
明け方にソ級からの電信を受けた“超弩級戦艦水鬼”はゆっくりと目を開けた。
「ソウ……イクノネ……」
目覚めた水鬼は、艦隊の主要艦に電信を行い、艦隊の出撃を通告する。
ゴゴゴと音を立てて艦隊が動き出す。戦艦棲鬼が、空母棲姫が、駆逐棲姫が。
整然と隊列を組み、百隻にならんとする大艦隊が、超弩級戦艦水鬼を先頭にゆっくりと動き出す。
――全てを滅ぼす為に。
*
夕暮れが迫る漁火島。その港に停泊していた“二式大艇”は、再び大空へと飛び立とうとしていた。
意気揚々と乗り込んだのは、若宮憲兵大尉と、神風を筆頭とする
目的地は、南方特別泊地。
――全てに決着を付ける為に。