【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

47 / 55
第四十五話 微睡み(まどろみ)の姫の物語

――南方特別泊地――

 

 それは、“Y-3号計画”の始まりにして終焉の地。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 俺が、その泊地にやってきたのは、「南方進出作戦」の成功から3ヶ月が過ぎた日の事だ。

 “Y(ヤマト)計画”――“南方棲戦姫”の遺した深海艤装を触媒として“大和”と“武蔵”を建造する一大プロジェクト――は見事成功に終わった。この計画が成功したのも、事前に行われた“姫”の研究結果が功を奏したからだ。

 

 「深海棲艦と艦娘は『表裏一体』の存在である」

 

 その仮説を元に、倒した深海棲艦の()()()()()()()()、こちらの意図した艦娘を建造する。

 その第一の成功例が“大和”と“武蔵”。

 第二の成功例は――()()()()()()()()だったと、後に知る。

 伊号潜水艦も同じ手順――回収した潜水級の艤装を用いて建造されていたらしい、通りで(まるゆを除けば)こちらの潜水艦は数が少ないわけだ。

 

 大和と武蔵は何といってもかつてこの国が誇った最強の戦艦である。この二隻が本格的に戦線に投入されれば、国防海軍の勝利は約束され、海域の奪回作戦は大きく前進するであろう。

 それに気を良くした総司令部は、南方進出作戦を成功させ、今も南方にて指揮を執る“元帥”――三笠晴彦元帥に“Y-3号計画”の遂行命令を下す。

 Y(ヤマト)-3号……すなわちそれは()()()()()()。幻の軍艦「信濃(シナノ)」の建造計画であった。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 信濃は“悲劇の(ふね)”であった。

 機動部隊の喪失による、戦艦から航空母艦への建造計画の変更。

 搭載する艦載機すら揃わず、運用方法すら碌に決まっていないという()()()()()()のまま海上へと送り出され、不幸にもすぐさま敵潜水艦による攻撃を受け、進水から僅か10日間余りでその生涯を終えた。

 

 その信濃を“建造”しようというのだ。建造に携わる妖精たちも、計画当初は「それは難しい」と渋っていたと聞く。

 そもそも大和と武蔵がほぼ同時期に建造に成功したのにもかかわらず、何故か信濃だけが建造に成功しなかった時点で何かあると考えて良かった。後の話になるが、“天城”や“葛城”といった戦闘経験の無かった後輩の空母すら建造に成功したのだ。

 こうして建造計画は開始された。――が、それから三笠元帥からは(かんば)しい成果も報告されぬまま、数ヶ月が過ぎた。

 

 建造に失敗したのではないか――という噂も途絶えようとしていたその日、俺は南方への異動を明示されたのだ……しかも、三笠元帥の肝いりで、である。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 “南方特別泊地”に建造された“工廠”は、地下深くに存在した。深海棲艦……どころか、友軍にすらそれを知らせないようにするが如く。

 地底へと下る階段をこつこつと下りていくと、ひんやりとした空気が肌を刺す。

 

「ここが『工廠』です。……それでは()()()を」

 

 工廠入り口となる扉の前に案内してくれた海兵は、そう告げて元来た道をそそくさと引き返していった。恐らくは近くの衛兵室で待機するのだろう。

 その海兵が去り際にふと見せた暗い表情と態度に一抹の不安を感じたが、ここまで来て怖気づいて逃げるのは提督の名折れである。俺は意を決し扉を開けた。

 

「――ああ、これは」

 

 扉の向こうには、薄暗い工廠が広がっていた。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「むにゃ……」

 

 その工廠の真ん中に置かれたベッド。場違いにしか見えないそのゴシック調のベッドの上には、()()()()微睡(まどろ)んでいた。服装は赤城や翔鶴のような白い和装の上着と赤い袴を着けている。

 何も言えず立ち尽くしていると、少女はやがて目を覚ます。

 

「……うーん……。よくねたあ……ふぅん?」

 

 そのどこか妖しげに輝く()()()がこちらをじっと見つめ、

 

「こんにちは! ……ところで、あなたはだあれ? あたらしい()()()()()()かしら?」

 

 透き通るような白い長髪と、同じく不気味な程に白い肌。そして額からちょこんと小さな“黒い角”が(そび)える少女は、俺に向けてにこやかに挨拶をした。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「元帥殿……あの()は一体、何なんです?」

 

 地下から戻った俺は、執務室へと向かい上司である三笠元帥に詰め寄った。

 俺をこの地に呼び出したのは彼である。俺には事情を聞く権利があるはずだ。

 

「“信濃”だ。艤装の一部に“信濃”の特徴が存在する。艦載機も所有している。……間違いない、はずだ」

「彼女の額に生えていた()()は……“角”ですよね」

「………」

 

 それっきり三笠元帥は押し黙ってしまった。

 

 おかしいのは皆分かっているはずなのだ。信濃は大型艦。姉妹の大和も武蔵も“成人女性の姿”として建造された。それなのに……何故彼女は“幼い少女の姿”をしているんだ?

 

 後に俺が“第七近海監視所(ナナカン)に赴任してから調べ上げた過去の資料――それにも戦艦は大型艦らしい女性の姿だったし、駆逐艦といった小型艦の鬼や姫はその多くが少女の姿である。

 大型艦が少女の姿の艦娘として生まれる、というのは明らかに異常事態であった。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「一言で言えば、建造方法が異なる」

 

 三笠元帥の副官である薩摩大佐は、黒縁の眼鏡を弄りながら俺にそう語った。

 

「大和と武蔵……そして神風型の神風と春風だったか。彼女らはあくまで深海棲艦――南方棲戦姫と駆逐古姫の“艤装”を触媒にして、建造された。だが、信濃建造はそれでは成功しなかった。研究班はより不確実で危険な方法を試すしかなかった」

「では、シナノは――」

「そうだ、南方棲戦姫の“船体(からだ)”も使った。そして出来上がったのが()()だ」

「………」

 

 真実を知り、俺は押し黙った。深海棲艦の身体から生み出された彼女は、つまりは深海棲艦に近い存在ではないか……。

 そんな様子の俺を横目に薩摩大佐は話を続ける。

 

「建造には三度(みたび)失敗した。その度に莫大な資材と資金は無駄になる。そして四度目だ。元帥閣下も立場上これ以上の資材の浪費は避けたかった」

 

「……無事建造は成功したかに見えた。だが我々の前に現れたのはあの少女だ」

 

「調査の結果、彼女の半分はやはり深海棲艦らしい事が分かった。そのせいなのか、人間が彼女の近くに居過ぎると精神が侵されるようだ」

 

「君の前にも何人か優秀な提督が彼女に就いてね。……数日でギブアップしてしまったよ」

 

「今では人員が交代で彼女の世話と教育を続けているが……君もその一人になる」

 

 ――全てを聞かされた時に、俺は一体どんな顔をしていたのだろう。

 

 こうして、俺は“艦娘”にも“深海棲艦”にも()()()()()()()()――

 

 ――彼女の新たなる“世話係”となった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。