【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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第四十四話 その名は……

――第一次南洋海戦――

 

 45年7月に行われた大海戦。再占領した西方泊地に集結し、本土侵攻のために進撃する深海棲艦の大艦隊と、それを阻止すべく集結した国防海軍の主力艦隊が激突。

 大和と武蔵を擁する第二戦隊が奮戦するも、深海棲艦の怒涛の攻勢の前に惜しくも敗れ、大打撃を受けた国防海軍は南方第二鎮守府の放棄を決定。北方に向けて()()を開始する。

 

 事実上の国防海軍の大敗北であった。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「――ここは?」

 

 大和が目を覚ましたのは、白い壁と床で覆われた部屋の中、そのベッドの上であった。超大型艦用に特別にカスタマイズされた集中治療室と修復材浴室を備えたそこは、国防海軍の技術の全てを集めた場所――大型艦専用の入渠ドックである。

 大和が横を見ると、隣のベッドには武蔵が眠りについていた。身体の各所は傷つき包帯を巻かれている。(痛かったでしょうに)と、大和は己の包帯の巻かれた腕を握った。大和は武蔵が己が傷つくのも恐れず、敵本隊の攻勢を押し止めていた姿を思い出していた。

 

 “南洋海戦”における被害は甚大であった。艦娘は主力級の多くが大破し、大和と同じように入渠ドック送りとなっている。撤退戦で殿(しんがり)を務めた艦娘の何隻かが行方不明の状況だ。

 支援部隊である護衛船の被害も大きい。ある船は奇襲攻撃により沈没し、またある船は深海棲艦の艦載機に群がれて襤褸(ぼろ)切れと化し、そしてまたある船は艦娘を庇い大破した。

 国防海軍の虎の子であった決戦艦隊は完全に崩壊したと言ってよい。

 

「控えめに言って、“最悪”の状況ね――」

 

 大和はそう吐き捨てるように呟いた。己の力の至らなさを責めるかのように。

 あの時、もう一撃加えていれば。あの時、あの魚雷を避けてさえいれば。あの時、判断を間違えなければ……先の海戦での後悔が浮かんでは消えていく。

 

「いたっ……」

 

 唇をぐっと噛み締めた大和の口からは一筋の血が流れ出ていた。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「――起きたかね、大和」

「司令官……」

 

 治療室の扉が開かれ、彼女の上司である三笠元帥が部下を伴って入ってきた。

 

「ここは、本土の“特別治療室”だ。被害の激しかった君たちを修復するには、南方では間に合わなかったのでね」

 

 大和が質問するよりも先に三笠が口を開く。

 

「君たちは治療と修復に専念してくれたまえ。来たるべき()()に備えてな」

「しかし、このままでは敵の攻勢は防ぎきれません。どうするおつもりですか?」

 

 これまでの戦いで損耗しつつもまだ辛うじて残されていた高速修復材は、大破した大和と武蔵の艤装修復や他の主力艦の修復に全力投入されてはいるが、それでも艤装の修復には時間が掛かる。それに大和と武蔵の怪我が治ったとしても、コンディションはまだ万全ではない。

 三笠は心配そうな大和を見る。

 

「分かっているとも。君たちを中核とする反攻部隊の体裁を整えるためにも()()()()は必要だ」

「では……しかし殿(しんがり)を務められる(ふね)などもう」

 

 重雷装巡洋艦による重雷装戦隊も、精鋭を集めた特編駆逐隊も、戦艦による打撃部隊も壊滅し今や戦線を支えられる部隊も(ふね)もいない。

 

「いや。我々には最後の切り札(ジョーカー)がいる」

「ジョーカー……?」

「そうだ。()()()()()()()()()()()、な」

「それは……」

 

 ――妹がかつて萩野と触れ合った際に感じたという“懐かしくも遠い同族の『残り香』”。

 海軍がその成果をひた隠しにする計画――“Y-3号計画”。

 

 ここに至って大和はある真実に気づき、己の司令官である三笠元帥をぐっと睨み付けた。

 

「やはり……“建造”には成功していたんですね。()()()()()()――」

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「……懐かしいな」

 

 ここは南方海域、国防海軍特別巡視艇“しらかば”の船上。カモメが飛ぶ空を眺めながら、萩野はふと呟いた。

 

「懐かしい、か。その君の言葉は、私には全くもって感慨深く聞こえないな」

 

 萩野の背で薩摩大佐は冷たく言い放つ。

 

「そうですかね」

「そうだろう? 君はこの泊地に二度と来たくない余りに、()()()()()()()()()()()()()()()

「………」

「わざわざ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。君が起こしたとされる傷害事件など()()()()()。まったく、病床の()の力を借りてまで、わざわざ左遷されるというのは可笑しな事だな。普通は自分が出世する為のコネだろうに、君は逆の事をしたのだから」

「………」

「そのくせ、己が軍を辞めるという決断までには至らなかった。全く、君は実に中途半端だ」

 

 萩野に対する薩摩の罵詈雑言は止まらない。

 

「あの娘の事も忘れ、僻地で役に立たない娘共と暮らす日々は楽しかったか?」

「……俺の悪口はいくら言ってもいい」

「ん?」

「でも、あいつ等の事を悪く言うのは止めてくれ」

「……ああ、そうだな。彼女たちも最近ではそこそこ活躍しているし――」

 

 

「――それに、無知に罪は無い。お前が卑怯者だという事を知らんのだからな」

「………ああ、そうだな」

 

 

 それから15分後、彼らの乗った船は小さな港に入港した。

 萩野は二年ぶりにこの地――“南方特別泊地”へと上陸したのだった。

 

「さあ、“姫様”がお待ちかねだ」

 

 薩摩大佐と彼の部下に先導され、萩野は進む。

 

 彼を待つ姫――“シナノ”の元へと。

 


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