【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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第四十三話 動き出す歯車

 ――決戦艦隊、敗北。

 

 南方第二鎮守府から出撃した精鋭艦隊は、“超弩級戦艦水鬼”を中核とする深海棲艦本隊と接触――四時間余りの戦闘の末、敗北を喫する――

 

 その凶報は、絶望をもって各地に伝えられた。

 その日のうちに南方第二鎮守府及び前線基地からの撤退が決まり、本土に向けて部隊が移動中である。

 

 深海棲艦の大艦隊は逆に完全に勢いづいた。転進する部隊の追撃が行われる一方で、各地の基地を執拗に破壊し占領していく。

 壊滅した南方の戦力を補うべく、北方戦線からの部隊抽出と艦娘の転属も開始されている。決戦で大破・中破した艦娘の収容も行われ、次々と入渠ドックへと放り込まれる。

 この国の終わりが始まろうとしていた。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「――そうか。何もかも派手にやられたな」

「おう。お前もだがな」

 

 漁火(いさりび)島に一件だけある小さな診療所。その病室で話すのは、第七近海監視所(ナナカン)の長である萩野少佐と、当工廠担当の源次郎である。

 第七近海監視所(ナナカン)は、深海棲艦――駆逐古姫“野風”の襲撃により炎上し、その建物の多くが破壊された。

 敷地が広いだけあり無事な箇所も多いが、重要区画である工廠や入渠ドックの一部や提督室が破壊され、監視所としての業務が立ち行かなくなっている。

 監視所付属の診療室も炎上し喪失しており、おかげで負傷した萩野はここに放り込まれることになった。

 負傷箇所は、脚の負傷と右腕の骨折および各部の軽傷。深海棲艦と対峙してこれだけで済んだのが奇跡とも言える。

 負傷して満足に動けない萩野は、源次郎の現況報告を受けていた。

 

「……そうだな、情けない事に俺が一番の重傷だ」

「おいおい、そう自分を卑下しなさんな。嬢ちゃんを守れたのはあんたのおかげだろ」

「まあ、そうだけどな……はは」

 

 右腕の骨折は、人間の身体で艦娘の艤装――12cm単装砲を無理に使用しようとした()()である。艤装という代物は、ただの人間が扱うには手に余るのだ。

 我ながら無茶をしたものだと萩野は苦笑する。

 そんな話をした後、源次郎が真剣な顔つきへと変わった。

 

「……で、これからどうなるんだ、俺達は。大本営様は何と言ってる」

「本土への疎開は決定済み。鎮守府撤退による混乱で避難用の船はまだ工面できないが、住民は各自避難の準備を開始するように、とのことだ」

「やっぱりそうなるかね……仕方ない。ウチのもんにも伝えとかなきゃな……」

 

 そう言って源次郎は悩ましげにぽりぽりと頭をかいた。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 島は俄かに慌しくなっていた。

 昨日までの平和が脅かされつつあることに、島の住人は肌で感じていた。

 数年前の深海棲艦の襲撃に際し、本土へと疎開を行っていたあの頃の空気を感じていたのだ。

 

 慌ただしく今日の獲物を抱えて漁師が走る。最近の主婦の井戸端会議の話題は、もう荷物をまとめて始めているだとか、再び迫る疎開生活への不安だとか、そういったものだ。

 子供たちも大人たちの様子を見てか、どこか不安気に遊んでいる。

 

「さて。今日も哨戒は任せるでありますよ」

 

 あきつ丸の艤装は駆逐古姫との戦闘で大破し、哨戒機を飛ばすことが出来ない。占守と国後の艤装も大破してしまった。

 漁火島の警備体制は、艤装の機能がまだ無事である神風と春風のみという、一年前の状況に戻っていた。

 

「ええ、分かったわ。あきつ丸も、島の巡回よろしくね」

 

 そう言って、艤装を装備した神風は水面へと降り立った。

 艤装の整備状態は万全とは言い難い。駆逐古姫との白兵戦により、盾として使った12cm単装砲も、53cm連装魚雷発射管もボロボロだ。一度分解修理(オーバーホール)を行うのが一番なのだが、工廠が半壊し再建中の今、それもなかなか難しい。

 

「まあ、ある物で何とかしないとね」

 

 ギィギィと響く異音に悩まされながら、艤装の簡単な稼動試験を終えた神風は春風を連れ立って湾の外へと進みだした。

 

「姉様。それで今日の哨戒は」

「ん、そうね。折角だから久々に遠出をしましょう。このまま南西方面に向かった後、南方B航路の哨戒よ」

「了解いたしました」

 

 今日の哨戒予定を伝えた後、神風は空を見上げる。空は海の上で行われる戦争などお構いなしといった様子で、青々と晴れ渡っていた。

 

「それにしても、(まず)い事になったわね……」

「ええ、これからどうなるのでしょう」

 

 神風と春風の話題も、自然と最近の戦況についてになる。

 

(この島から撤退したらどうなるんだろう)

 

 神風は一隻(ひとり)考える。

 島からの撤退が行われ神風たちが本土へと移動すれば、部隊の再編が行われるのは間違いない。こうなった以上、旧型駆逐艦である神風たちであっても、遊ばせておく余裕や理由など無いのだろう。

 問題は、部隊再編後の萩野の処遇だ。

 本土には萩野より階級の上の士官が大勢いる。また萩野は前線で戦って戦果のある提督というわけでも無い。

 従って萩野が神風たちの所属する部隊を引き受ける可能性は低い。

 つまりは、神風たちは萩野と別れる事になるだろう。

 

(嫌だ、私は司令官と別れたくない)

 

 神風は心の内で思う。この一年余り、第七近海監視所(ナナカン)で萩野と共に過ごしてきたのだ。

 神風たちが今ここにあるのも、萩野との日々があってこそだと思っている。そんな彼と今更離れろなどと……。

 

 それに――

 

「私は……司令官のことが」

 

 ――きっと、好きなのであろうと神風は己の気持ちに気付いていた。

 

 悩ましい思いを抱えながら、神風は哨戒任務に向かい、あきつ丸はそれを見送った。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「おや……あの船は――」

 

 一隻の船が漁火島にやってきたのは、それから小一時間後の事だった。

 神風たち哨戒部隊とは入れ違いとなったという事になる。

 

「随分新しい船でありますなあ」

 

 その真新しい外面から、新造船である事が分った。かつての海戦で多くの船を失った今、新造船を持てる組織と言うのは限られている。

 そう、つまりは海軍上層部のような。

 船から降り立った人間はすなわちそういう身分の人間であった。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「――迎えに来たぞ、萩野少佐」

 

 診療所の病室に入ってきたのは、黒縁眼鏡を掛けた男――南方鎮守府の薩摩海軍大佐と、彼の部下たちであった。

 如何にも神経質そうな薩摩の姿を見て、萩野は大きく溜め息をつく。

 

()()()、ですか」

「その通りだ、戦況は既に逼迫(ひっぱく)している。()()()()が必要なのだ」

 

 薩摩は、露骨に目を逸らす萩野をじろりと睨みつける。

 

「……俺が行ったところで何もできませんよ。『眠り姫』はまだ眠っているんでしょう?」

「阿呆が。貴様をわざわざ呼びに来た理由が分からんのか」

 

 その薩摩の言葉にぴくりと、萩野の眉が動いた。

 

「『眠り姫』は一週間前に目覚めた。寂しくて貴様を呼んでいるぞ」

 

 薩摩から告げられた言葉に、萩野はしばし天井を見上げた後、ぽつりと呟いた。

 

 

 

 

「……そうか。帰ってきたんだな――」

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 ――海軍と深海棲艦との一大決戦が行われた“第一次南洋海戦”から10日後。

 

 

 ――この日、萩野少佐は漁火(いさりび)島から――第七近海監視所(ナナカン)から薩摩と共に姿を消した。

 

 ――動揺するあきつ丸に、「後はよろしく頼む」と一言だけ残して。

 


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