【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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終章「巡る日々」を開始します。


終章 巡る日々
第四十二話 仁号(じんごう)作戦――極秘救出作戦


――遊撃部隊――

 

 艦娘七隻で構成される特殊編成の部隊。

 通常艦隊である六隻の編成に比べると長時間任務に適し、連合艦隊である十二隻の編成と比べると隠密性の高い編成である。

 運用としては艦隊単独での突入作戦などに用いられるが、滅多に編成されることはなく、主に大規模作戦のサポート等に編成されるのが常である。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 ――軽巡洋艦を旗艦とした、軽巡一隻、駆逐六隻で構成された“遊撃部隊”は警戒陣形を成して静かに、深く静かに西方海域へと侵入していた。

 

「第三警戒線――クリア。航空隊による陽動が上手くいったみたいね」

 

 ふう、と溜め息交じりで安心した様子で話すのは、この遊撃部隊の長である長良型軽巡洋艦「由良」。

 

「これで一番の難所は越えたな。まだ油断は出来ないが……」

 

 そう返すのは、駆逐艦「磯風」。彼女は部隊の副隊長を務めている。

 

「まあまあ。少しくらいは気を抜いてもいいんじゃないのかい?」

 

 磯風に続いて発言したのは、彼女の姉妹艦である「谷風」。

 

「いや、ここは敵の勢力圏だ。油断は即この部隊の壊滅に繋がる。彼女達を助け出すまで、一切気は抜けないだろう」

 

 更に続けて真剣に語るのは、由良と同じ第六近海監視所(ロッカン)に所属する睦月型駆逐艦「長月」であった。

 

「ながつきぃー。気を張りすぎてたらこの任務持たないよっと。もう少し気楽に行こうよ、気楽にさー」

 

 それに更に続けたのは、睦月型駆逐艦の皐月。長月の姉であり、長月の元同僚。“第二改装”により南方の戦場へと転属していたが、この度遊撃部隊のメンバーに抜擢されていた。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 他にこの部隊には、長月の僚艦である「三日月」、谷風・磯風の僚艦である「浜風」が所属していた。

 長良型・陽炎型・睦月型とバラエティー豊かな……かなり変則的な組み合わせで編成された七隻の遊撃部隊。

 

 彼女等の目的は、先日行方不明になった伊号潜水艦「伊19(イク)」と「伊26(ニム)」の捜索と救出である。

 

 彼女達は西方海域奥地へと潜入し、“超弩級戦艦水鬼”率いる大艦隊を発見――その情報を最寄の基地へと伝えた。

 通信妨害(ジャミング)により無線通信が不可能である事を知った彼女達は、己を囮に偵察機を逃がす手段を取った。おかげで情報はいち早く基地へと届けられた。

 ……残念ながらその基地は壊滅してしまったが、艦娘は全隻(ぜんいん)、部隊の半数以上は無傷で撤退する事が出来た。貴重な“切り札”をすり減らす事は無かったのである。

 

 だが、その直後に連絡が途絶え消息不明となった二隻(ふたり)の生存は、絶望的であるとされ半ば諦められていた。

 

 ……消息不明になってから約1ヶ月半。微弱な電波が西方海域より流れているのを確認。

 その電波が伊号からの秘匿救援信号(SOS)である事を知った上層部は、彼女達を救援すべくか会議を行った。

 いくら彼女達が生存しているからと言って、その救出の為に戦力を損耗しては本末転倒である。

 だが彼女達はいち早く危機を伝えた功労ある(ふね)。潜水艦娘は換えの利かない貴重な戦力でもある。会議は長引き、救出の賛成派反対派の間で意見が交わされ――

 最終的には、ある一人の潜水艦を愛する提督の情熱によって、彼女達の救援作戦が決まった。

 

 その作戦とは、航空隊による陽動作戦と遊撃部隊による前線への侵入作戦であった。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 旗艦には、ちょうど第二改装を終えたばかりの由良が抜擢された。

 由良の第二改装は様々な戦況に対応可能な万能(オールマイティ)よりの性能であり、この任務に最適であると太鼓判を押されたのだ。

 必然的に、その僚艦には由良の所属する第六近海監視所(ロッカン)の同僚が選ばれることになった。つまりは長月と三日月――そして元同僚である皐月。

 それに加えて、南方戦線で部隊の再編中であった磯風と浜風。潜水艦による攻撃を受けての大破から復帰したばかりの谷風が加わることになり、こうして臨時の「第十七遊撃部隊」は編成されたのだ。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 七月七日――奇しくも七夕である日の正午。空母艦娘たちの放った航空隊による攻勢から作戦は開始された。

 深海棲艦の先遣隊への集中攻撃が行われ、それに対応すべく深海本隊が動き出す。

 陽動は成功し、敵の警戒線にわずかながらぽっかりと()が空いた。

 

 同日の夜半、最前線の港から出発した第十七遊撃部隊は、その穴に静かに滑り込んで――作戦の第一段階は成功した。

 

 “仁号(じんごう)作戦”――伊号潜水艦救出作戦はこうして始まったのだ。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 今回の作戦の為に、由良に装備された“FuMOレーダー”は、対地対空の探索の両方をこなせる高性能レーダーである。

 偵察機――“零式水上偵察機11型乙”による長距離偵察とも合わせて、由良はフル稼働させて周囲の探索を行っていた。

 

「この辺りの筈なんだけど――」

 

 最後に微弱な電波が発信された海域はほぼ割り出されており、遊撃部隊は現在その周辺海域を探索中であった。部隊は小隊に分かれて探索を開始しているが、まだ有効な情報は取得できていないのが実情である。

 

「どうしますか? 一度集合を掛けますか?」

「……そうね。三日月、長月と磯風に連絡を入れて。皆の状況を聞いてからまた考えましょう」

 

 西方海域に侵入してからは岩場や島影に隠れつつ進行はしているが、敵の哨戒網に引っ掛かる可能性は大きい。探索範囲を広げれば広げるほどにそのリスクが大きくなる。

 間もなくして、磯風隊が由良の元に戻ってきた。だが、長月と皐月の長月隊はなかなか戻らない。

 敵に見付かったのでは無いかと、由良たちは気が気ではない。何の成果も得られずに敵に見付かった時点で本作戦は“失敗”。由良たちは急ぎ西方海域を離脱し、航空隊の再びの陽動作戦により警戒線を突破する手筈とはなっている。

 

 由良と磯風の合流から一時間――(ようや)くの事で長月隊が帰還する。

 ほっと胸をなでおろす由良たちだったが、長月の顔は優れなかった。

 

「これを見てくれ。先ほど岩陰で発見したものだ」

 

 長月が手に持っていたのは、艦娘艤装の破片であった。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「――では、これで撤退すると?」

 

 ――西方海域の孤島。パチパチと静かに焚火が燃えるそのキャンプ地で、長月はそう疑問を発した。

 

「ああそうだ。艤装の一部を発見した以上、大本営への()()()()()()()と言える。冷たいようだが、ここで撤退をすべきだろう」

 

 磯風はそう淡々と述べた。

 

「だが、彼女らが生存していないとは言い切れない。探索はまだ続行すべきでは――」

「では、何か確証があると? 救難信号については、一週間前に途切れたままだ」

「それは――」

 

 長月は言葉に詰まる。長月が発見したのは艤装の破片のみであり、それだけでは生存を保障するものでも無いし、逆もしかりである。

 

「んー、谷風さんとしてはもう少し探索を続けたいかなーって思うけど」

「しかし、これ以上海域に長居するのは危険と言えます」

 

 続けて発言したのは谷風と浜風。

 谷風はどちらかと言えば捜索続行、浜風は捜索中止派のようだ。

 

「撤退かぁ……でもなあ。せっかく伊19(イク)さんの艤装も見つけたんだし、もう少し粘ろうよ」

「そうは言うがな、皐月。南方鎮守府の計画している深海棲艦との一大決戦まで時間が無い。我々の戦力も当てにされていない…と言うことは無いだろう。やはり決戦前に戻るのが良いのではないか?」

 

 仁号作戦は急遽計画されただけの事はあり、元々かなり無茶のある作戦である。

 由良や磯風たちとて、作戦が計画される前はその一大決戦に備える形で南方第二鎮守府に配属されていたのを、この作戦の為に抽出されたのだ。

 また、作戦を計画した本部には「くれぐれも無茶はするな」と言明されていた。従って、この場で撤退を決断したとしても、別に問題は無いのである。

 

「……だが、私は彼女達を助けたい」

 

 回収した艤装の破片を握り締め、長月はぽつりと語る。

 

「彼女達は被害を少なくする事に尽力した功労者(ふね)だ。その功労者が近くで助けを求めているかもしれないのにそれを捨てて、司令部におめおめと戻るなんて……私は嫌だ」

「長月……」

「すまない、これは私の我がままだ。……全ての判断は、由良隊長に任せる」

 

 

 

 ――こうしてひとしきり意見が出揃った後、それまで発言しなかった由良が口を開く。

 

「どちらの意見もよく分かったわ」

 

 部隊の旗艦(たいちょう)を務める者としての結論は――

 

「捜索は明日の夕方まで続行。夕方までに何の成果も上がらなかった場合、撤退の決断をします」

 

 相反する二つの意見の折衷(せっちゅう)案と呼べる物となった。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「うーん……成果は無い、か……」

 

 捜索範囲を広げるべく、昨日と同じく小隊に分かれて捜索を行っていた皐月が海上を走りながら呟く。

 時刻は翌日の12時(ヒトフタマルマル)を過ぎていた。

 捜索終了は18時(ヒトロクマルマル)。それを過ぎれば撤退が決まっている。

 

「何とか手がかりを……っと?」

 

 ……と、皐月は何か水平線上にきらりと光る物を見た。

 

「どうした、皐月?」

「! あれを見てっ……!」

 

 水平線上に光がピカッ、ピカッと何度が光る。

 おそらくは鏡か金属の反射と思われるその光は確かにモールス信号……救難(SOS)のサインを示していた。

 

「こちら皐月、10時の方向に光を視認! とりあえず全員しゅーごー!!」

 

 そう言って全員を集めようとする皐月。

 しかしちょうどその時――

 

『――深海棲艦“軽巡級”及び“駆逐級”発見!』

「見つかった…っ!?」

 

 ついに遊撃部隊が深海棲艦に発見されたのだ。

 

『向こうもこちらを視認したのか、方向転換! この場を離れようとしています!』

 

 哨戒部隊と思われるその深海棲艦の部隊は逃亡しようとしていた。

 もし彼らを逃がしてしまえば、こちらの居場所が知られここからの離脱が困難になってしまう。

 

「偵察機――電波妨害(ジャミング)開始! 長月隊はこのまま直進! 磯風隊は回りこんで!!」

 

 由良が着々と命令を下す。まずは偵察機がチャフを敵の上空に撒いて通信を妨害する。敵の友軍への連絡を行わせない為だ。

 続いて長月隊が単縦陣を組み、哨戒部隊を撃滅すべく動き出す。

 更には別方向から磯風率いる磯風隊が横っ腹から突撃を敢行した。

 敵艦隊の総数は全部で五隻。数で言えばほぼ同等。

 

「砲雷撃戦、開始!!」

 

 長月が号令を発すると、長月隊三隻による砲撃が開始された。

 それとほぼ同時に、磯風隊による砲撃も始まる。

 

 深海棲艦艦隊は明らかに動揺していた。上空に撒かれたチャフにより通信は出来ず、正面と側面から敵の容赦ない攻撃が浴びせられるのだ。

 ちょうどクロスレンジとなった砲撃により、一隻、また一隻と深海棲艦は脱落していく。

 

「「魚雷発射用意……てえ!!」」

 

 長月と磯風のその号令はほぼ同時であった。最後に残っていた軽巡級に雷撃が集中し、戦闘はあっけなく終わった。

 艦娘の損害は無し。完全勝利を収めた。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「あれ……これはもしかして天からのお迎えなの?」

 

 岩場の影に隠れていた伊19(イク)の意識は朦朧としていた。

 無理も無い。物資が完全に途絶え、補給も得られぬ中での決死の逃避行。敵に見つからぬよう神経をすり減らしながら、この2ヶ月近くを必死で生き抜いてきたのだから。

 その傍らには妹の伊26(ニム)が同じように意識をほぼ失った状態でイクに寄り添っていた。

 手に持つのは艤装の一部である金属の破片。由良の偵察機が飛んでいるのに気付き、敵に見付かる可能性もあったが一縷の望みをかけて救難信号(SOS)を送っていたのだった。

 伊19(イク)伊26(ニム)も衰弱はしているが、船体(からだ)に異常は無く、十分な補給が得られれば動けるようにはなるだろう、と由良は見立てを行った。

 

「良かったな、長月。君の判断が正しかった…私が間違っていたようだ」

 

 磯風はぽん、と長月の肩を叩いた。

 褒められたのが恥ずかしくなったのか、長月の顔が少し赤くなる。 

 

「さ、さあ。出番だぞ」

 

 長月と三日月の艤装からよじよじと現れたのは、“応急修理要員”の妖精たち。この時の為に装備が減ることも考慮して詰め込んで来た者たちだ。

 

「改良型タービンと缶も持ってきた。これを二つ装備できれば相乗効果で我々と同様の移動速度で移動可能だ」

「後は補給ね、燃料は分けてあげる。これで司令部に帰れるわ。二隻(ふたり)とも」

 

 そう長月と由良が告げた時、伊19(イク)伊26(ニム)は安堵したのか、ほっとした顔で涙を流していた。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 由良以下総勢七隻の遊撃部隊は、こうして二隻を無事に救出し西方海域からの離脱し国防海軍基地への帰途へと付く。

 

 これは決戦前夜の、小さな作戦の成功の物語――

 


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