【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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第四十一話 さらば第一駆逐隊

 ――()()()()()()野風(のかぜ)」。

 

 神風型駆逐艦の前級である「峯風型駆逐艦」の十三番艦。

 姉妹の沼風(ぬまかぜ)波風(なみかぜ)――そして、神風と共に「第一駆逐隊」を編成し、()()()()を戦った。

 沼風と波風が撃沈または離脱する中で、神風にとって()()()()()であったのが野風。

 

 彼女は北号作戦の支援の為に神風と共に出撃し、敵潜水艦の餌食となった。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「……ゴメンネ。アナタヲ、ヒトリニシテシマッテ――」

「………」

「――クラク、ツメタイウミ。アナタノコトヲ…ワタシ“ノカゼ”ハ、ワスレタコトハナカッタワ」

 

 神風は野風を名乗るその古姫の独白をずっと黙って眺めていた。

 手には12cm単装砲を携えたまま――

 

(……落ち着いて。あれはあくまで“姫”。いくら野風の記憶を持っていても、油断は出来ないわ)

 

「アア、アナタニアエルヒノコトヲ、ココロマチニシテイタノ!!」

 

 そんな神風の様子など気にする様子も無く、古姫は話し続ける。その赤い目には確かな狂気を宿らせながら。

 

「……ダカラ。ワタシトイッショニ、()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ――やはり。その思考は“狂気”に呑まれていた。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「キシャアアアアアアッ!!!」

 

 奇声を上げて神風に襲い掛かる古姫。

 神風は躊躇わず構えていた12cm単装砲の引き金を引いた。

 

(今の彼女はあくまで古姫よ……!)

 

 神風は自分自身に言い聞かせる。

 春風がそうしたように、神風も彼女を自らの手で沈める……鎮めなければならないのだ。

 

「それが……第一駆逐隊の、仲間としての責任っ!!」

 

 神風が放った砲弾は古姫の脇を掠め、後方の壁に激突し爆音を上げた。

 

(ここは地下……狭い場所で榴弾なんて使えないわね)

 

 次弾として徹甲弾を装填し、再び神風は駆逐古姫に向けて構えた。

 しかし、その発射を易々と許すような古姫では無い。

 

「キャハア!!」

 

 姫級の優れた腕力から放たれる一撃。鋭い爪が神風が咄嗟に盾にした12cm単装砲に食い込む。

 

「白兵戦ってわけね……やってやるわよっ!!」

「ヒヒャアアアア!!」

「そらぁっ!!」

 

 魚雷を撃ちつくした魚雷発射管を剣に、単装砲を盾に。

 

 ――ガキンッ、ガキッ! ガキィーンッ!!

 

 互いの間に鋭い剣戟が繰り広げられ、互いの命を削りあう。

 十数回の打ち合いの後、一旦距離を置いた両者だったが……

 

「ハア……タノシイワネエ、カミカゼ」

「はあ、はあ……何よ、一体――」

「アナタトノ、イノチノウバイアイガ…コンナニタノシイダナンテオモワナカッタワ」

「………」

 

 古姫……“野風”を名乗る彼女の思考は壊れていた。

 己をただ破壊衝動に委ね、他者を葬らんとするその破滅的な思考は深海棲艦特有のものであった。

 しばしの間相対する両者に静寂の時が流れるが……

 

「デモ、ソロソロシュコウヲカエタイトオモウノォ……」

 

 と、古姫はくるりと神風に背を向け――

 

「アナタノ、タイセツナソンザイハア……ヤッパリコレカシラア?」

 

 ――意識を朦朧とさせて倒れこむ萩野少佐に向けて、己の鋭い爪を振りかぶった。

 深海棲艦の一撃を食らえば、ただの人間には待つ運命は“死”だ。

 

「や、やめてえ!!」

 

 焦る神風は、超人的な速度で古姫と萩野の間に滑り込み――萩野に向けられたその爪を受けた。

 

 ――ズバァッ!!

 

「うっ……」

 

 古姫の残酷な一撃。

 神風の着物と袴が爪の斬撃で千切れ飛び、はらりと素肌に赤い筋を作る。

 痛みで単装砲も取り落としてしまった彼女に、微笑を(たた)える古姫が迫る。

 

「イイワヨオ……アナタガオノゾミナラ、フタリデイッショニ…イカセテアゲルカラァ」

「ふざけない……でよっ!!」

 

 一歩一歩二人に近付いてくる古姫。彼女は舌なめずりをしてその爪を振りかぶるが――

 

「これでも……喰らえっ!!」

 

 神風が後方に落としていた12cm単装砲。それを構え、砲口を古姫に向けていたのは意識を取り戻した萩野であった。

 

 ――ドゥンッ!!

 

 油断していた古姫に向けて、徹甲弾が放たれる。

 

「ぐわぁっ……!!」

 

 その発射の衝撃は人間の腕に耐えられるものではない。ベキリ、と嫌な音を立てて萩野の腕がへし折れる。

 更には狙いも定まらず、弾は古姫の横を掠めて後ろのシェルターの隔壁にぶつかった。

 ――しかし、その奇襲の一撃は古姫を動揺させ行動を止めるのには十分であった。

 

「司令官っ!! ……()()を返してっ!!」

 

 神風は後ろを振り向くとすぐさま萩野の手から12cm単装砲を取り、彼女は気を取られて動けない古姫に向けて砲を構える。

 

「次弾装填……撃てええええっ!!」

「ギッ……!?」

 

 次の瞬間、古姫の土手っ腹に向けて徹甲弾が撃ち込まれ――

 

「――アギャアアアアアアッ!!!」

 

 古姫は衝撃で数メートル吹き飛んで壁に叩き付けられ、倒れた。

 その胸には、致命傷となる大きな穴が空いていた――

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「――ナンダカ、ワルイユメヲ、ミテイタミタイ……」

 

 神風の渾身の一撃で遂に倒れた古姫は、憑き物が落ちたかのように、静かにそう呟いた。

 

「野風……」

 

 神風は息も絶え絶えな古姫を優しく抱え上げる。かつての同僚を己が止めを刺したのだ。

 その思いは如何ばかりであろうか……。

 

「……ごめんね」

 

 神風から漏れた静かな一言。それはかつての初出撃の際、自らの手でイ級を沈めた際の言葉でもあった。

 

「……ウン。コッチコソ。メイワクカケテ、ゴメンネ……」

 

 野風はそう言って目を瞑った。苦しそうに何度か息を吐き出した後、全身から力が抜けそれきり動かなくなった。

 神風は、やがて春風が駆け付けるまで――その場でずっと黙って野風の亡骸を抱えていた。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 ――それから一週間後。

 

 駆逐古姫の亡骸は、能代率いる第二水雷戦隊の第二部隊と、翌日に総司令部からやってきた“回収部隊”の手により、本部へと運ばれていった。

 修復を終えた神通と霰たちは、今回の報告の為に漁火島を立ち去った。

 

 そして、破壊された第七近海監視所(ナナカン)の建物の残骸を片付けるべく、負傷した萩野に代わり源次郎の指揮の下で、島の住人総出で動き始めた頃。

 

 第七近海監視所(ナナカン)の元に――いや、全国防海軍の支部の元に()()が伝えられる。

 それは――

 

 

 

 

「なんてこった……戦況は絶望的じゃないか」

 

 

 

 

 ――南方における深海棲艦の大艦隊との会戦。その()()の報であった――




 第三章「嵐の日々」はこれにて終了です。
 事情で一年近く停滞してしまい申し訳ありません。

 さて、ここまで第七近海監視所(ナナカン)の物語にお付き合い頂きましてありがとうございます。
 次話より最終章「巡る日々」を開始します。
 いよいよ萩野少佐の隠していた謎が明かされます。

 次話投稿は来週木曜の予定です。

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