【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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第三十八話 混迷を増す戦場

 ――旗風(はたかぜ)

 

 その時、私の脳裏に浮かんだのは、神風型駆逐艦五番艦の名前。

 

 私の可愛い、かつて共に戦った()の名前。

 

 私と離れた後、私を置いて沈んでいった彼女の名前。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「――魚雷発射用意……てえっ!!」

 

 神風の号令と共に、彼女の構える魚雷発射管より53cm魚雷が放たれる。

 改修により強化された魚雷は、荒れた海面の下を走りぬけ古姫へと迫った。

 

「クゥ……!! ネエサマ……ナゼ」

 

 姫はその魚雷攻撃を回避する。その顔に狂気と、疑問の表情を浮かべながら。

 ――何故こんなに愛しく思っているのに、攻撃するのかとでも言うように。

 

「あなたは……旗風なのね」

 

 春風も戸惑いながらも神風を援護する。

 神風の後ろに着き、神風と簡易的な単縦陣を構成した彼女は、古姫と対峙すべく12cm単装砲を構えなおした。

 数週間前に大本営から届いた、“公開文書”を思い出しながら。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 ――深海棲艦は、かつての艦の記憶を持つ。

 

 これは数年の研究結果のうち、海軍上層部により当初は秘匿され、最近になって漸く公開の許可を受けた情報の一つである。

 

 だからこそ深海棲艦は人類を恨み、艦娘を憎む。

 己が暗い海の底へと沈む切欠(きっかけ)を作り出した彼らと彼女等を。

 

 しかしその一方で、彼女達は救いを求めている。

 冷たい海の底で、縛られた自分達をこそ救って欲しいと。

 

 ――だからこそ、深海棲艦は沈めなければならない。いや、()()()()()()()()()()のだ。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

『――敵が全速で此方に接近。数は駆逐級が2』

 

 ……と、二隻の戦いを見守っていた神通からの短距離通信が神風に伝えられる。

 数と方向からして、能代達の追跡から逃れたか、そもそも戦闘に参加していなかった古姫の僚艦であろう。

 数では此方が有利とはいえ、挟み撃ちにされるのは拙い。

 

『私が対処します。駆逐級であれば私だけで十分でしょう。霰さんは――』

 

 神風と春風が姫との戦いに入ってしまった時点で、当初の作戦は既に崩れている。

 神通は霰に命令を下す。

 

『――神風・春風を援護。姫の撃破をお願いします』

「――了解」

 

 

 

 

*

 

 

 

 ガシャリ、と妖精の手により右腕の連装砲に砲弾が装てんされたのを確認し、霰は戦場へと突き進む。

 それと同時に彼女はあの夜を――あの戦いの夜の(かすみ)の言葉と行動を思い出していた。

 

 ――ああもう! 霰、下がりなさい!!

 

 ――まったく……私がいないと駄目なんだから……。

 

 激しい風雨の中、戦闘も激しさを増していた。

 この時点で第一小隊の陽炎と不知火はダメージにより戦闘を離脱。一方の敵艦隊も残り三隻に減っていた。

 艦隊戦では、まず戦える敵の数減らすことが何よりも重要である。

 そんな中で、敵の砲撃が集中したのは機関部を破損し速力が落ちていた霞であった。

 

「あ……危ない…っ!」

 

 ――あの時、霰は霞を守ろうと前に出たのだ。

 姉である彼女を守ろうと……。

 

 ――霰にはコンプレックスがあった。

 朝潮型駆逐艦の姉妹が次々に第二改装を迎えているのに、自らが兆しが見えながらも未だに第二改装を受けていない事をである。

 僚艦であり姉である霞は真っ先に大改装を受けた武勲艦。霞には一目置いている一方で、霰は何故自分が第二改装を受けられないのか自問自答する日々が続いていた。

 霰が霞の前に出たのもそれが理由だったのかもしれない。戦力としては劣る自分が盾になれば、力に優れる霞さえ守れれば反撃のチャンスも生まれるのでは無いかと……。

 

 だが、霞はそんな霰を撥ね退け、逆に自らが霰の盾になった――

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 戦闘に介入した霰の12.7cm連装砲による砲撃が、姫へと突き刺さる。

 

「……手伝ってくれる? (あられ)さん」

「“妹”を救うんだよね……うん。任せて」


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