【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

4 / 55
第三話 戦闘訓練

――艦娘(かんむす)――

 

 40年代初頭の“深海棲艦(しんかいせいかん)”出現及びその侵攻から、しばらくして現れた人類の希望。

 見た目は艦砲や魚雷発射管などの軍艦を模した艤装を装備する少女または女性の姿であるが、深海棲艦に対しては凄まじき戦闘力を誇り、深海棲艦により完全な海域封鎖状態に陥り、経済破綻寸前にまで追い込まれたこの国の海域奪回を成功させた国防海軍の“切り札”。

 

 その正体はかつて沈んだ軍艦の生まれ変わりとも呼ばれているが、詳細は不明(トップシークレット)

 

 

 

――本日の天候は快晴。波穏やか也。

 

 二隻の駆逐艦――“艦娘”によって構成された、単縦陣の駆逐戦隊――規模としては小隊ながら――が青い海原を行く。

 

 狙いは、前方の標的。

 イ級やロ級といった深海棲艦を模したそれらに狙いを定め、肉薄するべく最大戦速(トップスピード)で疾走する二隻。

 

「撃ち方、はじめっ!!」

 

 神風の掛け声と共に、彼女が手に構えた艦砲である“12cm単装砲”が火を噴き、イ級を模した標的を吹き飛ばす。

 

「次っ……私が行きます!」

 

続けて神風の後方に付いていた妹の春風が、同じく艦砲で標的を狙い撃つ。

 

「よしっ! ……続けて雷撃戦用意――」

 

 残る標的に更に接近した二隻は“53cm連装魚雷”発射管を展開し、狙いを定めるべく構える。

 

()ぇっ!!」

 

 神風の号令と共に、敵艦隊の旗艦を想定した大型の標的――ル級を模した標的に向けて、二隻の計4発の魚雷が発射され、間もなく標的に炸裂。

 二隻の駆逐戦隊が離脱した後、その標的は海の底へ消えていった――

 

 

 ここは第十八演習海域。近海に存在する演習場の中でも第七近海監視所(ナナカン)に最も近い距離にある演習場だ。

 広範囲にわたって浅瀬や岩場が広がり、小柄な駆逐艦や軽巡洋艦が訓練するのにはもってこいの場所である。

 かつて第七近海監視所(ナナカン)神護(じんご)鎮守府と呼ばれていた頃は、数多くの駆逐隊がここで訓練を行い、深海棲艦との戦いに備え錬度を上げていたが――それも今は昔。

 閑散とした演習場には、現在神風型駆逐艦一番艦の神風と、同じく三番艦の春風しかいない。

 

 

 全ての標的を破壊し終えた二隻は、いったん休憩する事にして人心地付く。

 休憩と聞いて、ひょっこりと妖精さんが艤装から顔を出し、すかさず艤装の整備点検を開始する。

 ……何故か枕を抱えている妖精さんもいるが、細かい事は気にしてはいけない。

 

「それにしても……せっかくの戦闘訓練なのに、肝心の演習相手がいないのは寂しいわね」

「仕方ないですよ、お姉様。」

 

 辺りを見回してふと呟いた神風に、点検の為に展開していた魚雷発射管を収納しつつ、近づいてくる妹の春風。魚雷発射管を担当の妖精さんたちが整備しているが、異常は無いようだ。

 

「演習予定の“第六近海監視所(ロッカン)”の駆逐隊に、急な出撃命令が出てしまったんですから」

 

「確か護衛任務だっけ? 久々に長月や三日月に会えると思ったんだけどねー……」

 

 と、神風は心底残念そうな顔をした。

 

 第六近海監視所(ロッカン)第七近海監視所(ナナカン)にとって、最も近くにある“ご近所様”だ。彼女らにとって次級の駆逐艦でもある長月や三日月といった昔からの顔なじみも多い。とはいえ彼女らが“艦娘”である以上、用も無いのにふらっと遊びに行くわけにもいかず、会う機会はたまに行われる合同演習に限られるのだった。

 

「皐月さんは、第二改装を受けてすぐ前線の鎮守府に異動になってしまいましたし……」

「そっか、そういえば羽黒さんと同じ鎮守府に行ったんだっけ……今度手紙出そうかな」

「私もそうしますね、ふふ」

 

 その後、艦隊運動の基本である陣形の変更訓練――と言っても、二隻で出来るのは単縦陣と斜陣、対潜水艦用の単横陣もどきくらいであるが――を行った後、二隻はナナカンへの帰路に着いた。

 

 

「……で、司令官は?ちゃんと仕事していたかしら?」

「失敬な。仕事していたに決まっているだろう、えへん」

 

 二隻が執務室にて帰還の報告を行うと、萩野提督は早速ねぎらいとばかりにコーヒーを二隻に差し出す。

 

「お疲れ様です、司令官様。…あら、今日のコーヒーは豆が違いますね」

「ん、やっぱ分かる?」

「本当だ…いつものよりちょっと甘みが強いかも?どうしたんですこれ?」

「前任提督の置き土産が見つかってね。保存状態も悪くなかったし、試しに焙煎して挽いてみた」

「へえ…」

 

 萩野提督は料理はからっきし(米くらいは炊けるが)だが、コーヒーについてはちょっとうるさい。

 本土にいた頃は焙煎まではやっていなかったようだが、前任提督が置いていった小型の焙煎機を見つけて以来、時たま焙煎からミル挽きまでこなし、神風と春風にコーヒーをふるまうようになった。

 戦闘訓練で疲れた神風と春風の身体に、コーヒーの香りと旨味が沁み渡る。

 

「――結局それってサボってたってことよね、司令官?」

「ハハハ…なんのことやら」

 

 コーヒーの二口目を飲み終えた神風の鋭い指摘に、さっと目を逸らす萩野。図星のようであるが、まあ萩野のことなので最低限今日の業務を終わらせてからサボっていたのであろう事は推測できる。

 

「あ、そんなことより…さっき本土から手紙の配達があって、南方の羽黒さんから神風と春風宛に手紙が来てたぞ。これ」

 

 そう言って、話を逸らすように神風に手紙を渡す萩野。

 

「ええっ…! それは早く言いなさいよっ! あーもう返事書かなきゃー!」

「ふふ、早速書かないといけませんね」

「えーっと……羽黒さんも皐月も元気でやってるみたい。そっか、また近いうちに大規模作戦があるんだ……」

「最前線はお忙しそうですね」

「そうだなあ……」

「………」

 

 

 そんなこんなで今日も第七近海監視所(ナナカン)は何事もなく一日が過ぎて行く。

 この平和な海域で、彼女らの戦闘訓練の結果は果たして実を結ぶことがあるのか――それはまた別の話である。

 




現状「イ級すら確認されない海域」だからね、しかたないね
最前線はドンパチ忙しいですが

ところで春風さんは艦砲持ってないけど、傘で砲撃してるんですかね

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。