【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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久々(半年ぶりくらい)の投稿になります。
お待たせしてすみません…



第三十六話 水雷戦隊出撃せよ

――三式指揮連絡機――

 

 かつての“帝国陸軍”にて、弾着観測や偵察を主任務として運用された軽飛行機。飛行速度は遅いが、偵察能力は良好とされる。

 その利便性から陸軍の揚陸艦である“あきつ丸”でも運用されることになり、航空爆雷を搭載する事で対潜能力を付与されたマルチロール機である。

 

 

 

*

 

 

 

 港の一面に白い朝もやがかかる、朝の6時(マルロクマルマル)

 まだ少し肌寒い港の上空を飛ぶのは、独特なシルエットを持つ“三式指揮連絡機”の編隊。

 

「――お疲れ様であります。島周辺海域の異常は無し……と。いつも通りでありますな」

 

 報告を受けたあきつ丸はそう呟いて、彼女の元へと降下する連絡機を回収していく。

 

 あきつ丸による漁火(いさりび)島周辺の定時哨戒は、彼女にとって最近の朝の日課となっている。

 彼女の保有する“三式指揮連絡機”は対潜哨戒にも使用可能であるが、そちらでは(もっぱ)ら“カ号観測機”を使うことが多い。そんなわけで余り出番の無い三式連絡機の妖精(パイロット)たちは不満を抱えており、その解消の為にあきつ丸が思いついた事であったが。

 最近何かと忙しい神風たちには、近海警備に割く労力が減ったという恩恵もあり、おおむね好評であった。

 

「今日も天気が悪くなりそうでありますなあ……」

 

 そう言ってあきつ丸は西の空を見上げ顔をしかめた。昨日の午後はまだ晴れ間も覗いていた空に、再び分厚い黒い雲が迫ろうとしている。

 「嫌な天気であります」とあきつ丸が一人ごちていると。

 

(はかど)るわね」

 

 連絡機を回収し終えたあきつ丸がその声に気づいて振り向くと、そこには長髪を大きなリボンで留めた、顔馴染みの少女がいた。

 

「……おお、神風どのではありませんか。昨日は訓練お疲れ様です。しっかり寝たでありますか?」

「まあまあね。ふぁあ……」

「もしかして、夜更かししたでありますか?」

「……ふぁ。神通さんに色々と聞いたのよ。(あられ)さんの件でね」

「ほほう……」

 

 小さなあくびを繰り返す神風は、若干まだ寝ぼけている頭で昨夜の出来事を思い返していた。

 

 

 

*

 

 

 

 第七近海監視所(ナナカン)は元鎮守府だけあって、その建物は大きい。

 特に艦娘が寝泊りする為の宿舎は、かつて三十(にん)以上……実に四艦隊と予備の艦娘が常駐していただけのことはある。今となっては無駄に広いデッドスペースと化しているが。

 海防艦姉妹とあきつ丸が加わった今でもその殆どは空き室であり、神通と十八駆が宿泊する場所は余裕で確保できたのだった。

 とは言え、十八駆は今も入渠施設(ドック)にして回復中であり、実際に寝泊りするのは神通と(あられ)だけなのであるが。

 

 その夜半のことである。

 

「……あら、神風さん。どうしたんですか、こんな時間に?」

 

 寝巻き姿の神通は、部屋にやってきた神風にそう問い掛けた。

 

「や、夜分遅くにすみません、神通さん」

「いえ。私に何か用でも?」

「は、はい。今日の訓練について、幾つか確認したいことが……」

 

 若干緊張気味の神風を目の前にして、少し悩んだ様子の神通は壁の時計をちらりと見る。

 

「そろそろ消灯時間ですが……三十分ほど余裕は有りますね。分かりました、どうぞ此方(こちら)に」

 

 射撃訓練に艦隊機動訓練、そして実戦を想定した紅白戦。

 日が沈んでも行われた今日の訓練は、訓練に慣れている十八駆にとっても()()()()きつい内容であったはずだが、神風はそれにへこたれた様子は無い。

 それにわざわざ自分を慕って来てくれたのだ、神通も悪い気はしない。彼女が神風を部屋に入るように促すと

 

「ありがとうございますっ!!」

 

 神風が喜びの声を上げた。

 

 

 

*

 

 

 

「――そう言えば、あなたも昔は“第二水雷戦隊”に所属していたそうですね。“前世”の話ですが」

「は、はい。あの頃の私は“一号ちゃん”なんて呼ばれてて。当時は北上さんが旗艦で、第一駆逐隊のみんなで……」

 

 短いながらも充実した“反省会”と“勉強会”を終えた二隻による雑談は、“軽巡洋艦”と“駆逐艦”と言うこともあってか、かつて彼女たちが所属した“水雷戦隊”についての話題に移っていた。

 

「北上さん、ですか。今は確か南方の最前線にいるはず――」

 

 神通の脳裏に飄々とした顔の北上が思い浮かぶ。北上が二水戦を率いていたのは、まだ()()()の前の、戦間期の時代の話である。

 

 当時は最新鋭だった球磨型巡洋艦も旧型となり、長良型を経てあの戦いで二水戦を率いたのは、最新鋭艦であった川内型巡洋艦。つまりは神通とその姉妹であった。

 既に旧型となっていた北上とその妹の大井――今生では“妹”と言うよりも“親友”であるが――は、超長距離魚雷戦の実証試験艦(テストベッド)として、馬鹿みたいな量の魚雷発射管を積んだ重雷装巡洋艦に改造される。

 だが重雷装艦は実戦には有効でないとして、両隻(りょうめい)とも結局輸送艦に改装される事になる。なお大井は戦時中に沈むが、北上は戦後まで生き延び最終的に工作艦として最期を迎えるという特異な経歴の持ち主であった。

 

 ……まさかそんな彼女が今生にて“主力部隊のトップエース”などと呼ばれるとは想像出来ただろうか。

 

「あの……神通さん?」

「――あ、すみません。どうしましたか?」

 

 ……と物思いにふけっていた神通は、神風に問われてふっと我に返る。

 気付けばそろそろ消灯時刻だ。

 

「あの。もう一つだけ、神通さんにお聞きしたい事が……」

 

 言いづらそうに神風は下を向きながら呟く。まあ神通も彼女がここに来た時点である程度察してはいたが。

 

「聞きたい事は、“(あられ)さん”のことですか?」

「はい……」

 

 今日の訓練でも霰の覇気が明らかに落ちていることは神通も察していた。

 現在の二水戦は対深海棲艦の最前線で戦う部隊だ。敵部隊への切り込みや陽動作戦、今回のような遊撃戦など任務は多岐に渡る以上、部隊の損耗も激しい。

 (あられ)は強気な(かすみ)に比べて大人しい性格ではあるが、交戦によるこの程度の損害は一度や二度は経験している。

 そして神通もそれでへこたれる様な(ふね)には育てた記憶は無い。

 しかしながら、今日の霰は何かがおかしい。普段から口数はそれ程多くない()であるが、訓練中も黙々と訓練を続けており神通ともろくに会話も無かったのだ。

 

「――それで、私も何かあったのか知りたくて。明日の出撃中に、それが原因で何かあったら遅いですから……」

「……そうですね。考えるべき事を後回しにしてしまったのは私の落ち度ですね」

 

 よく考えれば、いや考えなくとも神風が心配するのももっともだ。一時的ではあるが僚艦となる者に不安要素があっては、連携にも支障を来す。

 一刻も早く追跡しなければならない、という思いが先行していた事に、神通は自分のいたらなさを痛感した。

 

「そんな事は……」

「いえ、神風さんがここに来ていなかったら、このまま何も言わずに出撃していたかもしれませんので。とは言え、私にも霰さんに何があったのかは断片的にしか分からないのですが……」

 

 神通はそう前置きした後、昨日の追撃戦で何があったのかを語った――

 

 

 

*

 

 

 

「先ほど別働隊の能代さんから連絡がありました。漁火島の南東方向にて、“駆逐古姫”を発見との事です」

 

 神通がそう告げたのは、神風たちが出撃準備を整え萩野のいる執務室に入ってきてすぐの事であった。

 時刻は7時半(マルナナマルマル)。神風と春風より先にやってきた霰も真剣な表情を浮かべている。

 

「現在追跡中ですが……どうやら僚艦を率いている模様。僚艦に妨害され、旗艦である駆逐古姫はそのまま北西方向へ逃走。つまりは、こちらに真直ぐ向かっています」

「……()()?」

 

 神通の話に霰が怪訝な顔で疑問を発する。

 

「確か、僚艦は全て、()()()()()()()()()()()……?」

「……そうですね。何処かではぐれ艦隊と合流したか、あるいは……」

 

 神通の頭に、()()()()()がよぎるが――可能性は低いとしてその考えを排除する。

 

「今から出撃したとして、姫と邂逅するのはおそらく最速で二時間後です」

「そういうことだ。総員、出撃準備に掛かってくれ」

 

 萩野が話を締めると、皆が出撃の準備の為動き出す。……と。

 

「あと、別働隊の『朝潮』から霰に連絡だ。『霞や陽炎さんたちがやられて大変だろうけど、頑張ってね』だそうだよ」

「……はい、ありがとうございます」

 

 朝潮型の長姉である朝潮からの激励を受け、末妹の霰の顔は俄かに真剣さを増す。だが、その胸中は……。

 

 

 

*

 

 

 

「こいつが改修資材(ネジ)で改修した『53cm連装魚雷管』だ。大事に使えよ」

「わあ、ありがとう。源さん」

 

 源次郎に手渡された装備を見て、目を輝かせる神風。

 神風が愛用している“53cm連装魚雷管”にも、念願の改修が行えるようになったのだ。妖精さんによれば、神風型のもう一つの主兵装でもある“12cm単装砲”も改修及び強化ができるようになるらしいが、それはまだ資材が揃わず準備中である。

 早速魚雷管を装備して浮かれる神風を、源次郎は少し心配そうな目で見る。

 

「……いいか、無茶すんじゃねえぞ。お前等が沈んだら、俺もあいつも悲しむからな」

「分かってるわよ。ちゃんと無事に戻ってくるから心配しないで」

「頼むぜ」

 

 

 

*

 

 

 

「――旗艦神通。臨時編成『第二水雷戦隊』第一部隊、出撃します!」

 

 朝の静かな港に神通の声が響き渡り、艦娘たちが抜錨し出港していく。

 萩野提督以下、海防艦の姉妹とあきつ丸。源次郎がそれを激励と祈りと共に見送った。

 

 ――出撃するのは、臨時編成『第二水雷戦隊』。

 

 旗艦は神通、霰と共に第一小隊を構成する。

 臨時編入された神風と春風は、第二小隊として第一小隊の後へと続く。

 第二小隊(ニュービー)の役割は、第一小隊(ベテラン)の支援と決められた。

 姫と相対した場合は、神通が自ら切り込み陽動を行う。霰も同様である。

 第一小隊の二隻(ふたり)でかく乱した姫に対し、第二小隊は神通の合図で砲撃または雷撃を行い、姫を撃沈する。それが今回の「駆逐古姫殲滅戦」の骨子であった。

 

 ――残念ながら、数時間後にその目論見は叶わぬ事が明らかになるのだが。

 

 

 

*

 

 

 

 ――時刻は11時13分(ヒトヒトヒトサン)

 

 日中とはとても思えぬ程に上空を黒い雲で覆われた暗い海。激しさを増すばかりの嵐の中で、四隻の(ふね)と一隻の(ふね)が対峙していた。

 

「フフ、アイタカッタワ――カゼネェサン……フフ……」

 

 艦娘たちと対峙する一隻の艦――いや、駆逐古姫は不敵な笑みを浮かべながら、吹き荒れる風と雨にその肢体を晒していた。

 黒の着物に身を包み、その上に同じく黒い()()を纏うその姿は、それまで観測された古姫とは少し異なる姿であり――

 ……その眼は()()()()()()()()()()

 

「――()()()

 

 神通は歯噛みした。一昨日神通たちが戦ったのは、()()()の古姫。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――可能性は低いとして、頭から排除していた状況が目の前にあった。

 

 

 

 

*

 

 

 

 想定外であった二隻目の“姫”。その状況に動揺する第二水雷戦隊の面々。

 

 そんな状況下で、春風は――春風だけは()()を理解し、震えていた。

 

 

「はた……かぜ?」

 




ちょっと解説

※神風は戦前「第二水雷戦隊」に所属していた事があります。旗艦は当時はまだ新型の巡洋艦であった北上さん。
当時はまだ「第一号駆逐艦」と呼ばれていた神風は、第一駆逐隊の仲間と共に第一線を離れ北方警備が任務の主体になるまでの間、二水戦として活躍していました。

※能代の別働隊について
作中では能代の別働隊は朝潮以下四隻の「第八駆逐隊」を率いています。
なお全隻(ぜんいん)……。

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