【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

37 / 55
第三十五話 臨時編成部隊

――第二改装――

 

 第二改装。通称「改二」。

 それは、強大な人類の敵“深海棲艦”と戦う艦娘に“新たなる力”を与える手段である。

 

 第二改装を受ける前、対象の艦娘には必ず“(きざ)し”が観測される。指揮官である提督がその兆しを確認する事で、総司令部の命令によりその艦娘は工廠にて“第二改装処置”を施される。

 改装により艦娘の性能は大幅に底上げされ、中には特殊な能力を備える娘もいる。

 

 “重雷装艦”としての性能が極まった、北上と大井姉妹。

 “前世”での活躍が形を成したかのように大幅に火力を増強された夕立に、“前世”での無念を晴らすかのようにどんな状況でも戦える万能型(オールラウンダー)と化した時雨。

 特殊な例では、駆逐艦でありながら大型電探(レーダー)を搭載可能な霞乙型など。

 

 さて、肝心なのはその“兆し”の発現するきっかけである。

 ある(もの)は戦いの中で目覚め、ある(もの)は遠征中に発現した。変わった例では、一晩寝て起きたら発現していた……という物もある。

 

 ――第二改装の“素質”自体は、誰にでもあるとされている。それがいつ目覚めるか、早いか遅いかの違いだけなのだ。

 

 

 

 

 

 

「……出ていって。お願い」

 

 そう言って顔を逸らした姉の一言に、妹は何も言えずドックを出て行くしかなかった。

 

(かすみ)……ねえさん。ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

 時刻はお昼を回り、13時(ヒトサンマルマル)

 第七近海監視所(ナナカン)の敷地内に設けられた演習場に軽い発砲音が響く。それは火薬を減らした模擬弾による射撃の音である。

 そこで一隻(ひとり)の艦娘が、黙々と射撃訓練に(いそ)しんでいた。

 

 彼女の名は、朝潮型駆逐艦九番艦「(あられ)」。

 

 先の第二水雷戦隊による“駆逐古姫追撃戦”において、彼女だけがほぼ無傷であった。

 ひたすらストイックに訓練を行う様は、いくら彼女が幼い容姿であっても近寄りがたい、ぴりぴりとした雰囲気であった。

 

「流石は『華の二水戦』ね」

「ん……」

 

 不意に話し掛けられた霰が後ろを振り向くと、そこには神風型駆逐艦「神風」と「春風」がいた。二隻(ふたり)とも無表情の霰に対し、にこやかに笑いかけていた。

 

「百発百中じゃない。すごいわね」

 

 そう言って神風が指を差した海上の的は、全て一撃で中心を撃ち抜かれている。

 それは霰が右腕に装備する“12.7cm連装砲”による射撃の成果であった。神風も日々欠かさず射撃訓練を行ってはいるが、毎度こうも上手く当たるかと言えばそうはいかない。具体的に言えば、十発撃って七、八発当たる程度である。

 最前線で戦う二水戦に所属する駆逐艦娘。その腕を間近で見る事ができ、神風は感心していたのだ。

 

「すごく……なんて、ないです。これは模擬弾、だし」

 

 霰は頭に被る帽子で目線を隠しうつむく。突然褒められて恥ずかしいという訳ではなく、彼女の表情は暗い。

 

「でも、すごいわよ。そうだ、霰さん。私たちと一緒に……」

「……実戦で役立たなきゃ、意味、なんてない」

 

 そうぽつりと呟いて、霰は逃げるようにその場を去っていった。

 

「はあ……これは、()()ね」

「そうですね。二隻(ふたり)とも、ですが」

 

 走り去る霰の後ろ姿を見ながら、心配そうに神風と春風は呟く。

 朝潮型の姉妹である(かすみ)(あられ)。“あの戦い”の時に何があったのか。

 ちょうど入渠施設(ドック)にいる十八駆の面会に行ったばかりでもあり、神風と春風は二隻の様子がおかしい事を気にしていた。陽炎と不知火はどちらも気さくであり会話が弾んだが、霞は神風と春風の顔をまともに見る事も無く、自分から話そうとはしなかったのだ。

 やがて工廠の角を曲がって姿を消した霰を見送り、二隻は微妙な表情を浮かべながら顔を見合わせる。

 

「……さて、誘おうと思った霰さんは行っちゃったけど。私たちも射撃訓練、する?」

「そうですね。もしかしたら、私たちに『出撃』があるかもしれませんし」

 

 

 

 

 

 

「――戦闘詳報、しっかりと拝見させて頂きました」

 

 執務室で小一時間程かけて分厚い資料を読んでいた神通は、目の前に座る萩野に話しかけた。

 

 彼女が見ていたのは第七近海監視所(ナナカン)の過去の戦闘詳報――つまりは過去の演習等も含めた神風たちの戦いの記録である。

 

 最前線からは遠い僻地かつ建造時期も着任も遅い彼女達の錬度については、正直なところ神通はあまり期待はしていなかったが――ここ一年に満たぬ間に彼女達が“濃い”経験を積んでいる事に神通は驚いていた。

 初戦の海上護衛任務では、共同戦果ながら駆逐艦を二隻撃沈している。“第三十六演習海域遭遇戦”では、シーレーンを荒らしていた群狼部隊を壊滅に追い込む。

 その後の彼女達の挙げた戦果は主に対潜哨戒によるものであったが、南方海域への護衛任務においては、はぐれの駆逐級との戦闘も何度か経験している。

 つい先日はあの大和と武蔵の護衛任務に参加し、戦艦レ級率いる艦隊との遭遇戦でも無事生還しているのだ。

 

(それに……神風さんは……)

 

 そして、何より神風は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。レ級の“特殊潜航艇”の掃討戦では、曲芸じみた挙動を披露した……との眉唾な記録もあるが、それでも被弾がほぼ無いのはなかなかの物だ。

 

 これならば、と神通は己の直感を信じて萩野に進言する。

 

「結論から言えば、私は一刻も早く“姫”級の追撃の為出撃したい。従って、神風さんと春風さんを『第十八駆逐隊』へ臨時編入させて頂きたく思います」

 

 神通の要請を受けて、萩野の顔は曇る。神通は艦娘であり、提督である萩野少佐に対して強制力のある命令を発する事は出来ない。神通の要請も萩野が首を縦に振らなければそれまでだ。

 とは言え正式な命令が総司令部から下れば、萩野もそうせざるを得ないのであるが……。

 少し逡巡した後、萩野は口を開いた。

 

「……危険性は?」

 

 いくら戦力不足とはいえ無謀な戦いには参加させられない、との思いから萩野は尋ねる。

 

「“姫”級と相対する以上、当然ながら高いです」

 

 それに対し神通は正直に答える。

 

「……ただし、神風さんと春風さんには第二小隊として、第一小隊である我々――私と霰さんの支援に徹して貰う方針です」

「なるほど」

「決して二隻に無茶はさせません。ですので、どうか」

 

 そう言って神通は頭を下げたのを見て、萩野は再び目を瞑り思案する。

 同じ二水戦である能代の率いる別働隊が動いているのであれば、それに任せれば良いのだろうが……神通はそれでは不安なのだろう。なにせまだ姫は見つかっていないのだから。

 決して能代を信頼していない訳ではなく、念には念を入れてという思いもあるだろう。

 可愛がっている部下である十八駆をぼろぼろにされて、ただ座して待ってはいられない思いもあるだろう。海軍でも二水戦は生粋の武闘派で知られており、それを率いる彼女は一見大和撫子(おとなしそう)に見えても、“鬼の神通”なのである。

 心情的には、神通が今すぐにでも出撃したいと言う思いは萩野にも理解できる。

 

(それに、あいつ等にこれを断った事がばれたら……)

 

 萩野はあいつ等――すなわち今は訓練を行っているであろう神風たちを思い浮かべる。

 神通に懇願されたのを萩野が「神風らの安全を理由に断った」と神風が知れば、恐らく今の彼女は良い思いはしない。

 彼女達もここ一年で幾つもの経験を積んでいる。工廠の主である源次郎にはかつて「無謀な戦いはさせてくれるな」と言われたが、彼女達は深海棲艦と戦う為に生まれた艦娘である。

 戦いは避けられないし、彼女達もやがて来る平和のためにそれを望むのだ。

 

(断ったら、神風に怒られるよなあ……)

 

 むっとした神風の顔が思い浮かび、俄かに苦笑した萩野はふうと深く溜め息をつき、未だに頭を下げ続ける神通を見つめた。

 

「――分かりました。私としても神風と春風の臨時編入には賛成します。一応神風と春風の了承も受けてからですが」

「では……!」

「ただし」

「?」

 

 返事を聞いて顔を上げた神通に、萩野は改めて念を押す。

 

「ただ、一つだけ。命は大切にしてください」

「はい。神風さんと春風さんには無茶はさせません」

「いえ、神風と春風はそうですが……()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一瞬呆気にとられた様子の神通だったが、

 

「――当然です。お任せください」

 

 すぐに優しい微笑みを萩野に返した。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「――改めて、自己紹介ね。第七近海監視所所属。神風型駆逐艦『神風』よ。よろしく!」

「同じく、神風型駆逐艦『春風』です。よろしくお願いしますね、霰さん」

 

 臨時編成部隊が組まれる事が正式に決定したのはそれから約一時間後の14時(ヒトヨンマルマル)

 神風も春風も、既に何かを察していたのか二つ返事で了承した。

 神風は「最前線で戦う二水戦と一緒に戦えるなんて、夢みたい!」などと大いに乗り気だった程である。

 

 そんなわけで、正式な顔合わせと訓練の為に第七近海監視所(ナナカン)のメンバーが演習場に集められたのだ。

 霰の表情は先程と変わらず優れぬままであるが、傍らの神通に「ほら、挨拶をしなさい」と促されると

 

「第十八駆逐隊所属。朝潮型駆逐艦『霰』……よろしく、です」

 

 そうぽつりと返事をした。

 

「……さて、挨拶も済んだ事ですし」

 

 ぽん、と手を叩いたのはにこやかに笑う神通である。

 

「神風さんに春風さん。仮ではありますが、あなた達はこれから二水戦の第十八駆逐隊です。作戦は“姫”級の追跡――危険な任務になります」

「はい」

「萩野司令からあなた達をお預かりする以上、無闇に危険に晒したくはありませんが……あくまでそれは“基本が出来る”前提の上での事」

「……はい。分かっております」

 

 ここで言う“基本が出来る”とは、「二水戦の戦術と艦隊機動を頭に叩き込む」という事。

 出撃は明日。今から二水戦の戦術や連携について即席ではあるが訓練を行うのだ。

 

「早速ですが射撃訓練と艦隊機動の訓練に移ります。時間もありませんので……()()()()()()()()()()()?」

「……は、はい」

 

 穏やかな表情で神通がこれからの訓練予定を述べると、神風の笑顔が若干ゆがんだ。

 

「まずは射撃訓練からですね。百発百中とは言いませんが……」

「言いません、が?」

「百発中、九十九発当てるつもりでお願いしますね」

「………え?」

「大丈夫です、やれば出来ますので。と言いますか、()()()()()()()()()()()

「……はい」

「その後は霰さんとの模擬戦を兼ねた連携の訓練。そして艦隊機動訓練を日が暮れるまで行います。ほぼ休み無しで行きますが、よろしいですね?」

 

 

 ――実戦で無茶はさせないとは言ったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 額に鉢金を巻き戦装束に身を包む神通の笑顔は、いかにもそう言いたげであった。優しく微笑んでいても、その笑顔の裏には覇気(オーラ)が立ち込めているのだ。

 

(ああ、これが海軍で恐れられる“鬼の神通(スパルタン)”ってわけね……)

 

 助けを求める様に神風が萩野の顔を見るが、萩野は「すまん、がんばれ」と言う顔で神風に軽く会釈をした。

 その横では占守や国後が心配そうな顔をしているし、源次郎も苦笑いである。あきつ丸に至っては笑って「まあ、健闘を祈るであります」とばかりにひらひらと手を振っている。

 

(確かに、二水戦と戦えるのは本望だけどぉお…!?)

 

 神風の内なる声は誰にも届かなかったが、彼女が何を考えているのかは誰にでも分かった。

 

 訓練の時間はわずかに半日。

 

 ――後に神風が「艦生(じんせい)で最も長い半日だった」と語る特訓が始まった。

 




大和撫子(おにきょうかん)、神通さんいいよね……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。