【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

36 / 55
邂逅(かいこう)編、開始します。



第三十四話 “姫”との邂逅(かいこう)

――第二水雷戦隊――

 

 かつて“帝国海軍”で最精鋭と呼ばれた水雷戦特化の部隊。

 

 軽巡洋艦「神通」「能代」等が指揮する精鋭の駆逐隊により編成された水雷戦隊は、彼女らが艦娘となった今生においても“最強”の名を冠するに相応しい部隊である。

 

 通称は“華の二水戦”。

 

 

 

*

 

 

 

 ――冷たい雨と風がごおごおと吹き荒ぶ激しい嵐の中、五隻の艦娘によって構成された水雷戦隊は一路北方を目指し進んでいた。

 

 旗艦である川内型軽巡洋艦二番艦「神通」に率いられているのは、朝潮型駆逐艦十番艦「(かすみ)」以下四隻の「第十八駆逐隊」。

 彼女等こそ国防海軍の誇る最精鋭部隊、“第二水雷戦隊”である。

 

「――敵艦隊、発見。距離二千……このまま向かった場合、同航戦で交戦になります」

 

 (かすみ)は本来であれば駆逐艦が装備できない大型の対水上電探――“32号対水上電探改”を搭載している。それは霞の第二改装“乙型”の固有能力であった。最新型電探(レーダー)による優れた索敵能力は、激しい風雨により索敵機が飛ばせないこの状況では大いに役立っていた。

 霞の報告を受け、戦隊の旗艦として先頭に立つ神通は額の鉢金(はちがね)を堅く結びなおすと、駆逐隊の面々に命令を下す。

 

「陣形は単縦陣を維持。戦速上げ……突撃準備っ!」

 

 第十八駆逐隊――朝潮型駆逐艦「(かすみ)」「(あられ)」と陽炎型駆逐艦「陽炎」「不知火」は神通の命令を受け、各々兵装を構える。悪天候ではあるが、彼女等は何れも“二水戦”の精兵。慌てる事も乱れる事も無く来るべき戦いに備えた。

 

 間もなくして、神通は前方の風雨の中に敵影を発見する。敵影は六隻。敵も駆逐級を主力とした水雷戦隊であるが、その()()は――

 

「――突撃します!!」

 

 神通のその号令とほぼ同時に、荒波の向こうで待ち構える“姫”の眼が一際赤く輝いた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 ――そんな激戦から明けて翌日のことである。

 

 “姫”の艦隊と一戦交えた神通と第十八駆逐隊は、第七近海監視所(ナナカン)を訪れていた。

 

「……だいぶやられました」

 

 第七近海監視所(ナナカン)の執務室でそう静かに語るのは、第七近海監視所(ナナカン)入渠施設(ドック)で修理を終えたばかりの神通である。彼女の腕と右足には包帯が巻かれており、昨夜の戦いの激しさを萩野に想像させた。

 「どうぞ」と萩野が神通に淹れ立てのコーヒーを差し出すと、神通はありがたそうにそれを頂戴した。

 

「それで、敵の旗艦がまだ見つかっていないと言うのは、本当ですか?」

「はい。能代さん率いる別働隊が捜索を行っていますが……行方が全く分からなくなっています」

「そうですか。嵐にまぎれたとはいえ、敵もなかなかやりますね」

「……私たち二水戦は“水雷戦隊最強”などと呼ばれていますが、私たちは敵艦隊への切り込み突撃に特化した部隊――それ以外の任務……海上護衛や敵艦隊の追跡については不得手ですからね」

 

 そう自嘲する神通の顔には大分疲れが見えた。南方海域からこの本土の海域までの追跡任務により、かなり損耗している事は萩野にも推測できる。

 

「そうなんですか」

「……と言っても、言い訳にしかなりませんけどね」

 

 第十八駆逐隊の被害は、大破1に中破2。砲雷撃戦で陽炎と不知火が中破し、追撃戦で突出してしまった(あられ)を庇い、(かすみ)が大破してしまった。

 その代償に対し、得た戦果は敵旗艦以外の僚艦全滅であり、本来であれば十分な戦果ではあるのだが……。

 

 肝心の旗艦である“姫”級を取り逃してしまったのは、大きな痛手であった。

 

 

 

*

 

 

 

 季節は本格的な夏の始まりを告げる6月の終わり。昨日の嵐の影響で、本日の漁火島は朝からどんよりとした灰色の雲の下にある。時刻は10時(ヒトマルマルマル)

 そんな漁火島の一角にある第七近海監視所(ナナカン)……の一角にある工廠の外にて。

 

「それで、(あられ)さん以外の十八駆の三隻(さんにん)は、未だにドックの中……ってわけっすね」

 

 夜半の嵐で流れ着いたゴミやがらくたの片づけをしながら、海防艦占守(しむしゅ)はそんな事を呟いた。

 

「まあ、そういう事ね。源さんの話だと、かなり手酷くやられてるみたい」

 

 それに答えるのは妹の国後であり、彼女はちらりと工廠横の入渠施設(ドック)に目を向ける。ここが鎮守府だった頃、多くの艦娘を一度に補修する為に整備されたドックは、ここが監視所となってからは所属する艦娘が減った事もありその機能は十全に生かされないままであった。

 そんなわけで、第七近海監視所(ナナカン)としては恐らく初めてのドックのフル稼働である。軽傷であった神通は一足先にドックから出て萩野の元に向かっていたが、残る駆逐隊(メンバー)は中破と大破であり、当分は出てこれないであろう。

 

「“高速修復材(バケツ)”があればすぐに修復できるんだけど……」

「そんな高級品、こんな僻地に回ってこないっす。そもそも最前線の鎮守府ですら枯渇気味って聞いたっす」

「そうらしいわね」

「困ったもんしゅね、はあ」

 

 艦娘の回復力と艤装の応急修理を早める効果のある“高速修復材”。

 主材料に本土では採掘困難なレアメタルを使用したそれは、深海棲艦の大攻勢に対する防衛戦――通称“南方防衛戦線”において大量に消費され、現在は各地で不足していた。

 

 なお、海軍の奮闘虚しく防衛線は日に日に後退を続けている。南方海域の基地の幾つかは既に落とされ、昨年取り戻したはずの西方海域に至ってはほぼ失陥という憂き目に遭っている。

 主要な艦娘と海軍の支援部隊は、南方の一大拠点である“南方第二鎮守府”に撤退を始めていた。そこに第一戦隊をはじめとする主力部隊を集結させ、敵の大艦隊を迎え撃つ算段なのではと思われる。

 その為か、お隣の第六近海監視所(ロッカン)の艦隊も、前線支援の為長期遠征中だ。

 

 神通が旗艦を務める第二水雷戦隊も、本来であれば前線で来るべき戦いの為に備えているはずだったのだが……。“姫”率いる艦隊が海軍の哨戒網を突破し、本土に向かっているとなればそれを見逃す事はできない。敵の構成は駆逐艦を中心とした高速戦隊――戦艦や重巡洋艦を中心とした艦隊では追いつくことすら困難であり、よって手の空いていた神通たち第二水雷戦隊が追跡の任に就くことになったのだ。

 

「……“姫”って強いんすねえ」

「そりゃまあ、深海棲艦の最上位種って話だし?」

「今は水鬼とか小鬼とかいてよくわかんないっす」

 

 “鬼”級や“姫”級は火力と防御力に優れた深海棲艦の最上位種であり、主力艦隊の旗艦を務めるだけの知能と性能を持つ。国防海軍でそれに正面から対抗できるのは、第一戦隊や特編駆逐隊といった主力級の艦娘のみ。

 

「たぶん、神通さんは一刻も早く“姫”を追撃したいんじゃないっすかね」

「そうね。“姫”を野放しにはしておけないもん」

 

 “超弩級戦艦水鬼”率いる深海棲艦の大攻勢が始まっている中で、“姫”級が本土近海に出現して被害が出れば、国防海軍に対する民衆の信頼は大きく揺らぐ事に成りかねない。

 第二水雷戦隊の長を務める神通は、普段は穏やかな性格である一方で“鬼の神通”とも呼ばれる厳格な艦娘でもある。それを看過出来ないであろうし、そもそも本土の総司令部から既に追撃の任が出ているかもしれない。

 

「でも、三隻(さんにん)の艤装も補修はまだ終わってないし……」

 

 艤装は現在源次郎が艤装妖精と共に修復中であるが、機関部がかなりのダメージを受けており、とりあえずの稼働状態に持っていくのにも時間がかかる。それに艦娘と艤装の修復が無事終わったとしても、艦娘の体調(コンディション)を考慮すれば、すぐに出撃は不可能だ。

 

「今の十八駆で出撃可能なのは(あられ)さんだけよ。流石に神通さんと二隻(ふたり)で出撃ってのはちょっと無謀じゃない?」

「そうっすよね……はっ、まさか」

 

 何かを思いついたのか占守の顔が焦りを含んだものに変わり、それに気づいた国後が怪訝な表情を浮かべる。

 

「どうしたのよ、姉さん?」

「まずいっすよ、クナ……もし神通さんが出撃を強行するなんて言い出したら……」

「言い出したら、何よ」

「占守たちが、駆逐隊に組み込まれる可能性が無きにしもあらずっすよ!」

 

 と、焦った様子で叫ぶ占守だったが……。

 

「いや……無いでしょ。あたしたち弱いし、遅いし……そもそも魚雷撃てないし」

 

 妹は「なんだそんな事か」としらっとした目で見る。

 

「がんばれば魚雷積めるかもしれないっす」

「いやいやいや……」

 

 占守の妄言を国後は端から否定する。

 

「そもそも、駆逐隊の補充だったら……まずは神風さんと春風さんが先に候補に挙がるでしょうが。私たちは後回しよ、後回し」

「あー……それもそうっすね」

 

 占守はその事実に気づき、落ち着きを取り戻すも……。

 

(でも、確かに神風さんたちが出撃する可能性はあるわよね……大丈夫かな)

 

 今度はその事実に気づいてしまった国後が、不安を抱える番であった。

 

 

 ――そしてそんな国後の抱えた一抹の不安は、すぐに現実のものとなる。

 

 

 

 

 

 

 そこは本土近海と南方海域の境……主要航路を外れた海域にある小さな岩礁地帯。

 

 その岩場の影で、ただ一隻残された“姫”は痛みに呻いていた。

 彼女を蝕む痛みとは、先の戦いで艤装の一部を吹き飛ばされた事だけでは無い。僚艦を全て失った心の痛みも彼女の心を苦しめ、彼女を狂気へといざなう。

 

「ユルサナイ……」

 

 赤く輝く姫の瞳は静かに怒りに燃え、敵である艦娘を恨む。

 

「ヨクモ……スベテハムダナコトナノニ……!」

 

 ――“駆逐古姫(こき)”。

 

 それが彼女の呼称であった。

 

「ユルサナイ、ユルサナイ……ユルサナイ…………デモ」

 

 と、延々と怨み言を呟く古姫であったが……ふいに赤い瞳の輝きが収まり、その顔からも狂気が消える。

 少しずつ落ち着きを取り戻し、まるで別艦(べつじん)の様になった彼女は小さく呟く。

 

「――デモ、ハヤクアイタイワァ。()()()()……」

 

 

 

 ――それは傷ついた“古き姫”と神風型駆逐艦「神風」が邂逅(かいこう)する、ちょうど二日前の出来事であった。

 




4/19 霞を九番艦から十番艦に訂正。季節のくだりを訂正。(6月→6月の終わり)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。