【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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これにて護衛任務編終了。



第三十二話 護衛任務の終わり そして――

「失礼しちゃうわ、ふん」

 

 時刻は23時半(フタサンサンマル)。神風に磯風、そして浜風は深夜の鎮守府の暗い廊下を歩いていた。

 三隻の間に漂う空気は明らかに悪い。その理由は主に神風であった。黄色いリボンをふりふりと揺らしながら、神風は頬を膨らませ怒りを覚えながら歩いている。

 

「確かに、あの態度は無いと思うがな……」

「大佐殿は随分とご機嫌が悪そうでした。何か(かん)(さわ)る事でもあったのでしょうか」

 

 と、そんな神風の後ろ姿を見ながら、磯風と浜風はひそひそと語り合う。

 彼女たち三隻は鎮守府司令部への戦果報告の帰りであり、神風の機嫌が悪いのも()()が理由であった。

 

 

 

 

 

 

「――よくもまあ、全隻(ぜんいん)生き残ったものだな」

 

 執務室の壁に掲げられた時計の短針は、文字盤の“11”の数字の位置を指した所であった。南の島の夜はすっかり更けている。

 

 執務室ではここ“南方第二鎮守府”の司令官である少将と、“南方第一鎮守府”からやって来たという薩摩大佐が、彼女等が報告に来るのを首を長くして待っていた。

 激闘であったレ級率いる艦隊との遭遇戦。支援艦隊との合流後も、応急処置や敵艦の調査の為、すぐに鎮守府へ向かうという事が出来なかった。

 “南方第二鎮守府”到着後も様々な事後処理があり……ここに報告に来るのが随分と遅くなったのは事実である。

 

 ……事実ではあったが、余りにも不躾なその大佐の一言に、神風は内心不機嫌になっていた(ムカッときていた)

 ただし流石の南方鎮守府のエリートと言うべきか仕事は早い。磯風が報告書を提出するとすぐさまそれを精査し、それに関する質問を二、三度交わしただけで一連の報告は終了した。

 

 

 

 問題だったのは、彼女達が執務室を後にしようとしていた時に言われた一言である。

 

「そうだ、神風。君たちの親愛なる()()についてだが、一つ忠告しておいてやろう」

 

 振り向いた神風に薩摩大佐は黒縁眼鏡を左手の指で弄りながら、彼女に冷たく告げる。

 

「『――――』とな」

 

 

 

 

 

 

「『あの男に入れ込み過ぎない方が良い』だって! 何よそれ!?」

 

 その己の隠した本心を見透かした様な一言に、神風は怒っていたのだ。流石に彼女が大佐に対し怒りを露わにする事は無かったが、執務室を出てからはずっとこの調子だ。

 

「――まあ大佐(うえ)の言う事は気にするな。そんな事より、春風の容態を早く見に行こうじゃないか」

「そうですね、そろそろ意識が戻っているはずです」

 

 このまま不機嫌でいられては堪らない、と磯風と浜風は神風の怒りを収めるべく話題を変える。

 

「……そうね。大丈夫かな、春風」

 

 大破した春風は鎮守府に到着後すぐに治療用の入渠ドックへと搬送されたが、そのまま意識を失った。ドック担当の妖精さんによれば極度の疲労が原因という事だが、今は念の為占守姉妹とあきつ丸が付き添っている。

 妹の事が心配になった神風は怒りの矛先を収め、入渠ドックへの道のりを足早に進んだ。

 そして入渠ドックでは武蔵が約束した通り大和が用意した大量のラムネがあり、それに彼女達は舌鼓を打つことになる。

 

 

 

 

 

 

「――それで、浜風はどう思う?」

「どう、と言うと? 薩摩大佐が神風に言った事ですか?」

「ああ、そうだ。『萩野少佐に入れ込みすぎるな』とは……」

「そのままの意味ではないですか? 『上司に過剰な恋愛感情を抱くな』とか。よくある話ですからね」

 

 第二鎮守府の端にある艦娘寮。第十七駆逐隊の寝室にて、磯風と浜風は先程のやり取りについて改めて振り返っていた。春風のいる入渠ドックには第七近海監視所(ナナカン)の面々がおり、春風の容態を見守るとして残った彼女等と先程別れて戻ってきたところだ。

 

「ううむ、果たしてあれはそういう意味だろうか……」

 

 質素な二段ベッドの下で、寝巻き姿の磯風は腕を組み思案する。

 

「そんな事より、そろそろ寝た方が良いのでは? 明日は谷風と合流するのですから」

「それは……そうだが、な」

 

 第七近海監視所(ナナカン)の面々に比べて損耗の少なかった磯風と浜風は、明日の朝――5月10日にはここを出立し、別の基地にいる谷風と合流予定である。

 浜風はふわあと大きな欠伸をして布団を被る。間もなくして彼女の小さな寝息が磯風の耳にも届いた。

 やれやれと磯風も布団に入り横になるが、それでも彼女の頭の中にはある疑問――神風たちの上官についての疑問が渦巻いていた。

 

 

(占守曰く、萩野少佐は元々南方の鎮守府にいたと聞く。彼女の()()()が教えてくれたそうだが……そこで彼は「元帥付きの仕事」を任されていた、それが一年程前の話らしい)

 

(三笠元帥は、第一鎮守府の司令官だ。そして我々「第十七駆逐隊」は、当時は南方第一鎮守府勤めであったはずだ)

 

(だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 “提督”は海軍軍人の総数に対し、人数の割合が圧倒的に少ない。一般の軍人ならいざ知らず、同じ鎮守府に勤めていれば艦娘として顔を合わす機会があり、その顔や名前は覚えているはずなのだ。

 

「……では、()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

――国家憲兵隊本部「鎮守府監察課」――

 

「……ふむ。やはりあの“老将”の語った通りだったな」

 

 そう一言呟いた若宮憲兵大尉は、副官によって注がれたばかりのコーヒーを一口啜る。

 彼女の副官であるまるゆは書類を抱えていた。国防海軍のここ一年以内の「人事異動履歴」の資料である。

 

「はい。海軍病院から退院後、萩野少佐は本部にてリハビリを兼ねて勤務――ところが暫くして市民相手に“傷害事件”を起こしたとして、処罰を受けています」

 

 軍人が一般市民に暴力を振るったとなれば、それは十分に処罰の対象となる。ましてやそれが提督となれば問題だ。

 

「そしてそれが“重大事件”として扱われ、彼は提督不適合者として“第七近海監視所(ナナカン)”に送られた……」

「ああ、しかもそれを強く主張したのが当時“第七近海監視所(ナナカン)”の司令を辞める事になっていたあの老人。萩野少佐は彼の()()()()()()()()()()だ」

 

 そこまで話した後、若宮は天井を見て深い溜め息をついた。若宮がまるゆを連れて“老将”と呼ばれたその男のいる病院に会いに行ったのはつい先日の事であった。

 彼は萩野少佐が彼の教え子であり、萩野を“第七近海監視所(ナナカン)”送りにした張本人である事も認めたが、それ以上詳しい事は話そうとしなかった。

 

(私の見立てが間違っていたのだろうか……?)

 

 彼女の萩野少佐に対する印象は『裏があるが艦娘には優しい提督』である。

 彼が“傷害事件”などという短絡的な行動に出た理由とは何だったのか。事件を担当したのは首都を管轄(なわばり)とする「国家憲兵隊・首都憲兵隊」であり、若宮大尉とは別部署である。

 

(事件について、一度調べてみる必要があるな)

 

 と、若宮は何か使える伝手(つて)が無かったかと手帳をぱらぱらと捲るが――

 

“ジリリリリリリリッ!!”

 

 けたたましく鳴り響く電話のベルの音が、彼女の思考を中断させる。こんな夜更けに何事だと若干不機嫌になりながら若宮は受話器を取った。

 

「はい、此方(こちら)は鎮守府監察課。何か事件でも……何ですと?」

 

 通話の途中で若宮の顔色が俄かに真剣味を帯びたのが、まるゆにも分かった。

 

 ――いや、それだけでは無い。夜も大分更けて、先程まで静かだったはずの憲兵隊本部。

 その建物の各所で次々と灯りが(とも)り、忙しく軍靴の足音が響き次第に騒がしくなりつつある。

 そして若宮大尉の会話の主は、若宮大尉の代わりに南方海域を査察中の上司であった。

 

 

「深海棲艦の大艦隊が――西方海域より、侵攻を開始?」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

――その数日前、西方海域“最深部”――

 

「……(まず)い事になったの」

 

 巡潜乙型三番艦「伊19」、通称イク。国防海軍に所属する数少ない潜水艦娘である彼女は、目の前に広がる光景から思わず目を逸らし、天を仰いだ。

 

「イク……どうしよう。これって、これって……」

 

 イクの僚艦であり彼女の妹である巡潜乙型七番艦「伊26」、通称ニムはその顔からすっかり血の気が引き、泣きそうになっている。

 ニムはこの春に進水したばかりで“今世”では殆ど実戦経験が無いのだから、怯えて当然であった。

 

「落ち着くのね、ニム。深呼吸、深呼吸……」

「う、うん。すー、はー、すー……」

 

 イクが妹の気を落ち着かせるべく深呼吸を促すと、漸く落ち着きを取り戻した。それを確認したイクは改めて視線を“目標”へと戻す。

 

 イク達の視線の先には――数十隻、いや優に百隻を超える深海棲艦の“大艦隊”が集結しつつあった。

 下位種である駆逐級に巡洋級。

 彼女らを率いる戦艦級と空母級。

 そして最上位種である“鬼級”から“姫級”までもが。

 

 余程の統率が取れているのか、深海棲艦は粛々と陣形を組む。

 そんな大艦隊が、今にも侵攻を開始しようとしているのだ。

 

 

 

 

 

 

「……ふう、こんな大艦隊相手には、考えたところでどうしようも無いのね。ニム、『偵察機』を出して」

「あ、うん……」

 

 イクに促されてニムは水上偵察機を取り出す。ここ半年以上の間十分な偵察任務が行われなかった、西方海域奥地への強行偵察任務。それに際し彼女等の提督が()()という時の為に持たせた装備だ。

 

(そのいざ、という時が来てしまったのね)

 

 イクは目の前で不安そうな様子のニムを見る。今から彼女と共に死地へ飛びこまなければならない事をイクは内心で謝罪する。

 

「無線は敵の電波妨害(ジャミング)で使えない。かと言ってイクたちでは基地への帰投が間に合わない……」

「うん……」

 

 潜水艦は海中を移動するため、総じて船速が遅いのだ。ニムはゆっくりと頷く。

 

「だからこの子を『最寄の基地に急いで帰投させる』。でも、そのまま出発させたら敵にあっという間に捕捉される」

「うん……」

「だから、イクたちで敵艦隊をかく乱して、偵察機を海域からこっそり逃がすのね」

「そ、それしかないの……?」

 

 ニムの言葉にイクはふうと一度溜め息をついた後、達観したように言った。

 

「覚悟を決めるのね、ニム。……これは海軍、いえ人類存亡の危機よ」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 ――45年5月16日。西方海域奥地を偵察中の伊19(イク)及び伊26(ニム)が消息を絶つ。

 

 

 翌17日。西方海域最前線の海軍基地が、深海棲艦の大艦隊による侵攻を受け壊滅。伊26艦載機による報告を受けた基地司令官が、撤退と迎撃準備を進めていた最中での襲撃であった。

 

 

 更に翌18日。南方海域にも大艦隊が出現。南方第二鎮守府に向けて侵攻を開始。

 

 

 こうして世界は一瞬のうちに混沌に包まれた。

 

 

 

 

 

 

「敵機動部隊、第九補給基地を襲撃! 基地に甚大な被害有り!」

「羽黒隷下(れいか)の第十二哨戒部隊が、敵先鋒と交戦。こちらの損害軽微なれど――」

「ええい、伊19(イク)との連絡はまだ取れんのかっ!?」

 

 ――時は過ぎ5月20日。

 

 なおも混乱が続く“南方第一鎮守府”にて、南方及び西方海域の国防海軍を指揮する“三笠海軍元帥”は、提督とその他の軍人により騒然とする会議室にて、ただ一人押し黙って報告を聞いていた。

 大艦隊の出現から四日経った今も、情報が錯綜している状態である。南方の(おさ)である自分が動揺を見せれば、軍の士気に影響しかねない事を彼は重々承知していた。

 

 西方海域には現在多数の基地があるが、それを統括する鎮守府が存在しない。

 正確には昨年の秋には設立する予定であったのだが、敵の通商破壊作戦によりその予定は大きく狂わされ、準備は遅れに遅れていた。輸送船の被害を受けて総司令部が及び腰であったせいだ。

 その為、本来は南方海域の平定に注力すべきであった南方鎮守府司令部と三笠元帥が、西方海域にも目を配らなければならない状況が半年以上続いていた。

 

 その結果が()()である。

 

 こんな事態を招いた一因である総司令部に、無線で皮肉の一言でも伝えたいところであったが、元帥はそれを心の奥底にしまい、ある報告を待っていた。

 

「失礼します!!」

 

 と、間もなくして息を切らせて彼の参謀の一人が部屋に入ってくる。彼が持ってきたのは、待ち望んだ“敵中枢艦隊の情報”であった。

 前線の艦娘と支援部隊が危険を冒して手に入れた、有益な情報である。しかしそれは決して明るい情報ではない。

 

 敵戦力とそれを率いる“深海棲艦”の詳細が明らかになるにつれ、元帥と参謀陣の顔が次第に険しい顔となっていくのが、何よりの証拠であった。

 

「敵主戦力は、既に二百隻を超えています。そして敵の総旗艦は――“新型”深海棲艦です。目撃情報から予測される(タイプ)は――」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 轟々と炎上する国防海軍の基地。その様を自らが率いる大艦隊を背に一隻の深海棲艦が眺めていた。

 

 無感動な様子で赤く燃え盛る基地を見つめる彼女は、黒い長髪のドレス姿の美女であった。

 

 しかしその額には巨大な赤黒い角が生えている。眼は(あか)く光り、その肌は病的な程に白い。

 そして、その背には黒い鎖を巻きつけた禍々しい巨大な艤装を背負い――()()()()()()()()()()()()漆黒の三連装の巨砲が備え付けられている。

 

 しかしながらその妖しげでグロテスクな姿は、人によっては魅力的にも映るであろう。

 魅入られた者に明るい未来は待っていない事は、その手に抱く者をずたずたに引き裂くであろう凶悪な“爪”を見ればすぐに分かる事だが……。

 

 

 

 彼女は深海棲艦の最上位種である鬼級、姫級すら凌ぐ個体――“水鬼(すいき)”級であった。

 

 “水鬼”とは、古来より航海中に現れるとされる伝説上の怪物であり、船幽霊(ふなゆうれい)とも呼ばれる。

 一説には過去に沈んだ数百隻もの船の怨念が凝縮して生まれたのが水鬼だとされており――同胞(はらから)の瓦礫の中で生まれた彼女にとっては、何よりも相応しい呼び名である。

 (タイプ)としては以前に出現し国防海軍の主力艦隊と激闘を繰り広げた“戦艦水鬼”に近いが、彼女はそれを上回る性能の持ち主であった。

 

 

 

 ――超弩級戦艦水鬼(ちょうどきゅうせんかんすいき)

 

 

 

 やがて、彼女は国防海軍によってその名で呼称される事になる。

 

 

 

 

 

 

 数時間後、基地に敵の動く影が既に無い事を確認し終えると、水鬼の指揮により深海棲艦の大艦隊は、次なる基地への進撃を開始する。

 既に彼女の艦隊の手により、幾つもの基地や泊地が破壊され、蹂躙されていた。

 

 その様はまるで竜巻か嵐の如く――“災害”である。

 

 そこには何の感情も無く、意思も無い。ただ人類の形跡を破壊する為に、大艦隊は西方海域を侵攻する。

 

 冷徹な深海棲艦の大艦隊と、それを率いる水鬼。彼女等の最終目的とは一体――

 

 

 

 

 

「――アイニイクワ。()()()()()()()……」

 

 

 

 

 

「……イマ、ナニカオッシャリマシタカ? スイキサマ」

 

 随伴していた空母棲鬼が、水鬼のほんの小さな呟きに疑問を発したが

 

「……イエ、ナニモ」

 

 

 ――己自身も()()()()()()()()()()()()()()()()水鬼は、それに否定の言葉を返した。

 




とりあえず冬イベントが始まる前までに投稿したかった部分まで何とか投稿できました。
なお三章「嵐の日々」はもう少しだけ続くんじゃ

事態が急変しつつありますが、次回は閑話にする予定。

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