【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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1月中に更新する予定がだいぶ遅れました。



第三十一話 海戦(いくさ)の終着点

――国防海軍“三笠晴彦(みかさはるひこ)元帥”――

 

 40年代初頭、深海棲艦の出現と突如の侵攻により始まった「対深海戦争」。

 

 その転換点(ターニングポイント)となった「南方進出作戦」は、当時の国防海軍と艦娘の全力を投入した一大決戦であった。結果として作戦は成功し、我ら人類の反撃の糸口となったのだ。

 

 その作戦を指揮していた総司令官こそ、今や国防海軍の“英雄”と称される三笠晴彦海軍元帥その人である。

 

 艦娘を率いる“提督”の中でも、戦争序盤にその才能を見出された所謂(いわゆる)“エリート”の一人であり、幾多の海戦を指揮したその戦歴と実力は国内外から高く評価されている。

 国防海軍において彼に肩を並べる者はおらず、総司令部からの信頼も厚い。

 彼の戦績に匹敵する提督と言えば、今は病気療養のため引退した“老将”の異名で知られる男くらいであろう。

 

 元帥は現在も南方海域を担当する最高司令官として、本土から遠く離れた“南方第一鎮守府”にて艦隊を指揮する立場にある。

 

(国防海軍発行広報誌「海さくら」より抜粋)

 

 

 

 

 

「――それで、支援部隊は?」

「はっ。動ける艦娘(もの)を急遽選抜し、臨時編成部隊として先程出撃させた所です」

 

 時は15時(ヒトゴーマルマル)、場所は南方海域の海軍の要衝“南方第二鎮守府”の一角。

 右手で自前の黒縁眼鏡を弄る青年が、後ろに立つ第二鎮守府を統括している提督と話をしていた。

 落ち着き払ったその青年士官――胸に輝く階級章は、彼の階級が“大佐”である事を示している――に対し、彼より年上であり階級も上であるはずの提督は、先程から緊張気味であった。

 彼がこの鎮守府のトップに就任してまだ数ヶ月と言うこともあるだろうが、一番の要因は目の前の大佐の“役職”であろう。何と言っても彼はあの“南方進出作戦”の英雄“三笠元帥”の副官を務めている男なのだから。

 

「……そうですか。ならば良いのです」

 

 そんな提督の緊張を知ってか知らずか、「薩摩(さつま)海軍大佐」は窓の外を眺めながらそっけなく返事を返した。

 提督は彼の背後でほっと胸を撫で下ろす。

 

「ところで、彼女等の救援は間に合いますかね」

「ぎりぎり、といった所でしょうか。既に雲龍が先遣隊を向かわせたようですが……」

 

 大和の最初の報告から既に1時間余りが過ぎている。艦娘と深海棲艦の戦闘は早ければ数十分で蹴りが付く。しかも相手はその凶暴性で知られるレ級だ。

 敵艦隊に目視で捕捉された時点で、撤退は困難を極める。

 

此方(こちら)も何隻かは犠牲を覚悟した方が良いだろうな)

 

 大和と武蔵が沈むことは無いだろうが、護衛部隊として編成された艦娘たち――特にあの“第七近海監視所(ナナカン)”所属の旧型駆逐艦と海防艦では、レ級に対抗するのは難しいだろう。

 

(彼女達を調査に向かわせたのは南方鎮守府(われわれ)だ)

 

 ちょうど動かせる艦隊が出払っており、近くにいた大和たちを向かわせたのだが、彼女らには荷が重すぎたかもしれない。

 

(思うところはあるが……まあ沈む時は我々でなく()()()()()()()を呪って欲しいものだがな)

 

 薩摩大佐は無表情で雲一つ無い空を見上げる。

 

 その思考は無情であった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「敵潜航艇捕捉……10時方向です!」

「分かったわ、爆雷投下開始っ!!」

 

 国後の指示を受け、神風の爆雷が軌条から次々に投下される。

 その数十秒後ぼんっ、と海面が膨らみ爆発の衝撃が神風たちに伝わる。爆雷の爆発深度は普段より浅くしているためだ。

 

「次っ……8時方向! 撃ちます!!」

 

 そう叫ぶと国後は三式爆雷投射機を構え、己の爆雷を発射する。

 

「爆雷、投下! いけっ!」

 

 国後に続いて、神風も爆雷を投下。海面下での爆発は止まることなく敵潜航艇を狙い撃つ。

 先ほど爆雷を投下した海面に、ぷかりと小さな瓦礫が散らばっているのに国後は気づく。それを見て、それは敵潜航艇の船体の一部(なきがら)であると国後は推測した。

 

(これで一隻は確実に沈めた……はず。残るは二隻? 三隻?)

 

 特殊潜航艇には()()が存在する――と言うよりその兵器の特性上仕方が無いのだが――それは“継戦能力”である。

 

 例えば艦娘が運用する特殊潜航艇「甲標的」に積める魚雷は、僅かに二発のみ。

 そして母艦である水上機母艦や専用装備を持つ巡洋艦無くしては、遠洋ではまともに運用出来ない兵器だ。

 いくら前世のそれより性能が上がっているとしても、小さな船体である以上継戦能力については向上の余地が殆ど無いのである。

 

(深海棲艦の特殊潜航艇にしても、魚雷搭載数や航行能力はこちらと変わらないはず――)

 

 魚雷を撃ち尽くせば、敵には他の攻撃手段がほぼ無くなる。先程春風に放たれた雷撃の後、敵からの攻撃が一切無い事が何よりの証拠だ。そしてレ級という母艦を必要とする以上、航行能力についても甲標的と比べてそれ程優れてはいないだろう。

 だからこそ、敵は一撃必殺を狙ってくる。

 

(……と言っても、このままじゃ埒が明かないわね)

 

 神風たちの背後では大和と武蔵がレ級二隻と戦闘中であり、またその傍らでは磯風と浜風が敵機の迎撃を行っている。このまま睨みあいを続けても良いが、敵に目標を変えられてはたまらない。

 

(仕方ない。ぶっつけ本番だけど、やってみるしか無いか)

 

 敵潜航艇との決着を早々に付けるべく、神風は覚悟を決める。

 

「……クナ、私が()になる。敵が私に雷撃を仕掛けた所を狙いなさい」

「えっ……囮って、その」

「大丈夫よ、たぶん何とかなる。攻撃は任せたわ」

「りょ、了解です」

 

 国後にそう伝えた後、神風は海面を勢い良く走り出す。

 海面下に潜む敵に「さあ狙ってくれ」と言うが如く、緩急を付けて海上を蛇行する神風。まさに疑似餌(ルアー)の様に。

 

(さて、上手く釣れるかしら……)

 

 そんな事を考えながら、神風は海面を緩やかに航行する。

 彼女の懸念通りあからさまな釣りに引っかかる保証など無い……が。

 敵潜航艇にも余裕など無かったのか、神風を中心として三方向から水面近くに現れた潜航艇は、三方から必殺の魚雷を放ったのだ。

 

「神風さん、危ないっ!!」

 

 三方向五射線の雷撃。前方と後方から集中する魚雷に、神風には逃げる場所など無い――はずであった。

 

 

 

「甘いわね」

 

 そう一言ぽつりと呟いて、神風は機関(タービン)の出力を上げ、波に乗り()()()()

 

 ふわりと艤装ごと宙に跳ねた神風の下を、小さな魚雷が通過しあるいは衝突する。

 

「……は?」

 

 空に跳ね上がる神風を見た国後はただ唖然としていた。三次元機動――前世の(ふね)の頃では到底出来ない、艦娘(かんむす)ならではの挙動。

 一応、艤装の機関(タービン)の出力と艦娘の膂力(りょりょく)を“上方向”に向ければ「艦娘は跳躍する」ことが出来るのは、本土の研究施設にて実証されてはいる。

 

 ――ただしその評価はあくまで“曲芸”の域であり……実戦でそれを試した例は海軍の記録上には殆ど無い。

 

「――クナ、今よ!」

「え、あ……爆雷発射!!」

 

 上空の神風の声に我に返った国後は、雷撃が行われた二地点に狙いを定め、手持ちの爆雷の全てを投射。

 続けざまに、神風は手に持った爆雷を残ったもう一点にばらまき、海へと着水する。

 

 十数秒後、二隻の周囲に一際大きな爆発が起こり――敵特殊潜航艇はそれ以降姿を見せることは無かった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「――はあっ!!」

 

 大和型の恵まれた船体(にくたい)から放たれる拳は、それだけで凶器と言える。……それも当たればの話であるが。

 戦艦でありながら、レ級の動きは神出鬼没かつ素早い。戦闘開始から既に十数発放たれた武蔵の拳は、今回もレ級に直撃する事は無かったが、僅かにレ級の頬をかすり彼女を転倒させた。

 

「至近弾だが……ようやく当たったか」

 

 海面を転がり倒れこむレ級を見ながら、ふうと深く溜め息を吐き満身創痍の武蔵は呟いた。

 戦端を開いてから読み辛いレ級の動きに翻弄され、武蔵は数多くの傷を受けてしまった。致命傷は無いものの、艤装に備え付けられた機銃の幾つかはオシャカにされている。

 

「ケヒッ……」

 

 むくりと立ち上がったレ級は口元の青い血を拭い、にやあと笑った後で再び武蔵に挑みかかる。

 

「まだ来るか!!」

 

 武蔵が迎撃すべく拳を構える一方で、彼女の嗅覚(レーダー)は強く訴える。レ級の気の昂ぶり――この戦いを心底から楽しんでいる事を。

 

「キャハハハハッ!!」

 

 相当に損耗が激しいのか、レ級も息切れしている節が見えるがその顔からは笑顔が消えない。まるで目の前の玩具(おもちゃ)に夢中になっている幼子(おさなご)のようだ。

 

(まるで『この後はどうとでもなれ』という調子だな)

 

 レ級の怒涛の攻撃をいなしながら武蔵は思う。今目の前にいるレ級はこの戦いに勝つにせよ負けるにせよ、この戦いの後の事など考えていない。

 そもそも彼女等は西方海域からこの南方海域に至るまで、一切補給をしていないはずである。彼女らを支援する艦隊の影も無く、つまりは単独で……おそらくは独断でここまでやってきたのだ。

 

 仮にここで大和や武蔵を潰しても、ここが国防海軍の領域である以上彼女等には既に先は無い。本来戦艦レ級は深海棲艦では知能の高い“上位種”である。過去出現した別個体のレ級にしても、ここまで無謀では無かったはずなのだ。

 

(一体何がレ級にそうさせたのか……分からんが、そろそろケリを付けたい所ではあるな)

 

 そんな疑問を抱きながら、武蔵は彼女の後方の様子を伺う。

 武蔵の背後では、姉である大和がもう一隻のレ級と死闘を繰り広げているのだ。

 

 

 

「ヒャヒャヒャハッ!!」

「くっ……」

 

 両腕を振り回しながら、鋭い爪で大和に痛撃を加えていくレ級。

 鉄傘を構え、ひたすら防戦一方の大和であったが……僅かに生まれたレ級の慢心を大和は見逃さない。

 

「ヒャヒャヒャヒャ……アヒャッ……!?」

「――()()()()()

 

 一方的な攻勢に出ていたはずのレ級の船体(からだ)が、突然ぐらりと揺れる。

 レ級の左半身に大和の高く掲げられた右脚が直撃していた。防戦一方に見せかけて、傘で自らの下半身の死角を作った大和は、逆転の蹴りを繰り出す隙を狙っていたのだ。

 

「ヒッ……!?」

「喰らいなさい」 

 

 蹴りの一撃で体勢を崩したレ級が我に返った時――大和は至近距離から“主砲”を放った。

 

「撃てぇっ!!」

 

“ズドオオオオオオオオッ!!!”

 

「……容赦無いな、我が姉は」

 

 大和の砲から放たれたのは“三式弾”。榴弾はレ級の艤装を粉砕し、船体(からだ)は焼夷弾の効果で一瞬の内に炎に包まれる。

 

「アギャアアアッ!!!」

 

 炎の熱さにレ級はのたうち回ってはいるが、既に勝敗は決したと言って等しい。

 

「――さて、こちらも終わり(フィニッシュ)だ」

「ギッ……!?」

 

 同胞が燃え尽きていく姿に思わず気を取られたレ級に、武蔵はこの闘いの終局を宣告する。

 

「ふんっ……!!」

 

 レ級が咄嗟に防御の構えを取るが……武蔵の全体重を乗せた(しゅほう)の一撃は、そんな防御など物ともせず、容赦なくレ級の腹部を撃ち抜く。

 

「ゲフッ……!」

 

 その拳はレ級に当たった“最初の直撃弾”にして“最後の直撃弾”となる。

 まるで飛び石の様に海面を吹き飛んでいったレ級は、やがて海面へと着水したが、その艤装と船体(からだ)を粉砕され動けなくなっていた。

 そこに満身創痍の武蔵がゆっくりと近づいてくる。

 

 

「――介錯してやろう」

 

「……キヒッ。『タノシカッタヨ』」

 

 

 武蔵が主砲を倒れたレ級に向けると、瀕死の彼女は実に楽しそうに笑った。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 介錯したレ級の船体(からだ)が水底へ沈んでいくのを確認し、武蔵は周囲を仰ぎ見た。

 

 ――敵艦隊は既に全滅。レ級と共に突っ込んできた駆逐級は、どうやら磯風と浜風で対処したらしい。

 

 残すは上空の敵――レ級が放った航空隊だ。既に彼らに帰る場所は無く、死兵となる恐れもあったが――

 

“ズガガガガガガッ!!”

 

 何処からともなく現れた“零戦52型”の放つ銃弾が、最期の攻撃を仕掛けようとしていた深海戦爆の装甲を撃ち抜く。

 

「これは……」

 

 零戦は一機では無かった。南東方向から隊を組んで現れた謎の戦闘機隊は、残る敵航空隊を次々に殲滅していく。

 

「今更か……だが、助かった」

「ええ、我が烈風隊も満身創痍でありましたからなあ」

 

 疲れた様子を隠せていないあきつ丸が武蔵に語りかける。彼女も烈風隊の指揮管制も行わなければならなかったのだから、その疲労は余りある。

 その傍らには、くたびれた様子の占守と肩を担がれた重傷の春風がいた。三隻とも決して無傷とは言えず、艤装は少なからず損傷していた。

 

 上空に現れた戦闘機の部隊はどうやら鎮守府の寄越した支援部隊――航空母艦「雲龍」の放った先遣隊らしい。

 間もなくして、戦闘機隊が現れた方向から何隻かの船影が近づいてくるのが武蔵にも見えた。

 

 

「……これで決着、でありますな」

「そうだな」

 

 

 ――支援部隊と合流した大和艦隊が南方第二鎮守府へと到着したのは、それから数時間後の事であった。

 




とりあえず一段落。
次回は後始末と新たなる展開へ。

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