【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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 更新遅れてすみません。みんな師走が悪いんや……。



第二十九話 敵機襲来

――こんにちは! あら……はじめて見る顔ね。あたらしいていとくさん?

 

 

――「ハギノソウイチ」さん。わあ、すてきなお名前ね。

 

――わたしの名前は、“―――”。―――として生まれたの。

 

――でもね、わたしは昔のことはぜんぜんおぼえていないのよ。なぜかしら?

 

 

――かわいいでしょ? この子は“シデンカイシ(紫電改四)”って名前なの。

 

 

 

 

――やだよ、こわいよ。たすけて。

 

 

 

 

――いかないで、ハギノ少佐。ひとりはさみしいよ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「……夢か」

 

 萩野が目を覚ますと、目の前には不安そうに彼を見つめている枕を抱えた妖精がいた。

 

(そっか、執務中だったな)

 

 昨晩も夜遅くまで起きていたせいもあってか、机に突っ伏してうたた寝をしてしまったようだ。しかも“まくら”さんが言うことには、どうやら自分はうなされていたらしい。

 

「……まいったね」

 

 ぽりぽりと頭を掻き、机の上に置かれた冷めたコーヒーをぐいっと呷る。眠気覚ましと濃い目に淹れたコーヒーの渋みが萩野の顔を少し歪ませ、脳を覚醒させていく。

 机の横に積み上げてある資料を掴むと、萩野はそれを開いた。それはこの監視所がかつて神護(じんご)鎮守府と呼ばれていた頃の戦闘詳報と、交戦した深海棲艦の記録だ。

 

 ――実のところ第七近海監視所の任務である“鎮守府時代の資料整理”は大方終わっている。

 本土に提出する報告書はまだ書いている途中であるし、細かい物はまだ残っていたりするのだがそれも急ぐ事ではない。

 

 今は、萩野の()()()()()()()を調べている。

 

「……あいつら、無事に目的地へ着いたかな」

 

 萩野はふと窓の外の青空を見上げる。空の向こうでは彼の部下たちが護衛任務を遂行中である。あの戦いの後、彼女らが南方へ遠征する機会は増えた。だがそれは後方の中継地点だったり基地までだったりする事が多く、確か前線である「南方第二鎮守府」まで行くのは彼女らにとって初めてのことであったはずだ。

 空は雲一つ無い青空が広がっていたが、萩野はそれを見て一抹の不安を覚える。

 

 

 彼が神風たちの現況を知るのは、それから一時間後のことである。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 大和艦隊と対峙したレ級たちは、実に楽しそうに嗤っていた。

 

 生まれたばかりの癖に、不快な念波を飛ばして偉そうに命令を下すいけ好かない“×××”の指揮下に入る事を嫌った彼女らは、自らの戦隊を率いて西方海域を離脱。海軍の警戒網を掻い潜り南方海域へと進出していた。

 その道中で艦娘の哨戒部隊や国防海軍の護衛艦や巡視艇に出くわさなかったのは、彼女らにとって恐らく僥倖(ぎょうこう)であったと言える。

 

 “×××”の下を出奔(しゅっぽん)してからは、南方海域で五月蝿い偵察機(ハエ)を数機撃墜したくらいだ。深海棲艦の中でも凶暴かつとりわけ知能の高いレ級の()()()がそれで満たされるわけは無く。

 

 ようやく出会えた初めての()()が艦娘最強と称される“大和型”を含む連合艦隊である事に、二隻は心から歓喜していた。

 

「「――キャハァ!!」」

 

 二隻が同時に両手を空に掲げると、それと連動するかのように巨大な尾部が立ち上がる。尾部の巨大な口が空に向けてあんぐりと大きく開き、そこから次々と艦載機が発進していく。

 

「ふん……来たか」

「――敵艦載機、レ級より発進を確認。タイプは……旧型“戦闘爆撃機”!」

 

 戦艦レ級より発進した、“旧型”と呼ばれる深海棲艦の艦載機が迫る。その数はまるで(いなご)の如く、空が黒く染まっていく。

 

「うげっ……何よあの数」

 

 その様を見て、あからさまに嫌悪感を顔に出した国後は思わず呟く。それに同意するように占守がぶんぶんと首を振った。

 

「ざっと100機……いえ、200機以上はいるでしょうか」

 

 敵数の目算を終えた春風が静かに呟く。旧型は新型とされる“球体型”の艦載機に比べて性能は劣るが、古来より数は暴力(ちから)である。

 この数に群がられれば艦隊が食い尽くされてしまう事は、火を見るよりも明らかであった。

 

「相変わらず、ふざけた数の艦載機を運用しおって……こちらの一航戦が羨ましがるぞ」

「そうね。妖精さん、三式弾装填お願いね」

 

 武蔵が敵の戦力の様を見て思わずぼやき、大和が砲撃担当の妖精に語り掛ける傍らで、艦載機発進用装備である走馬灯を構えるあきつ丸が彼女に尋ねる。

 

「大和殿。我が“烈風隊”でまずは一当てしましょうか? 多少は数を減らせます」

「いえ、あの数に突っ込んでは烈風隊も全滅よ。それならば……」

「そうだな。まずは我々に任せてもらおう。烈風隊の出番はそれからだ」

「……了解であります。差し出がましい真似を致しました」

 

 そう言ってあきつ丸は一歩下がり、いつでも発艦できる準備を整える。

 

(……それにしても、この数には流石に駆逐艦たちも怯えるか)

 

 磯風の指揮の下、急いで配置につく護衛部隊の面々を眺めて武蔵は思う。武蔵はその嗅覚で、護衛部隊の“怯え”と“焦り”の匂いを感じ取っていた。 本格的な空襲戦は経験していないという第七近海監視所(ナナカン)の艦娘たち――特に小柄な海防艦姉妹は怯えを隠す事が出来ていないし、歴戦の磯風や浜風ですらその顔には余裕が感じられず、動きがぎこちない。

 

(当たり前か。あの数ではな)

 

 200機を超える艦載機を運用可能な艦隊など、深海棲艦の勢力にもそうはいない。

 標準の空母機動部隊に匹敵……もしくはそれを上回る数だ。単純に考えれば戦艦レ級一隻で100機もの艦載機を運用可能と言う時点で実に馬鹿げている。「レ級は“一個艦隊”の戦力が具現化された艦である」という仮説も実しやかに囁かれるわけだ。

 

「この戦いが無事に終わったら……そうだな。私が何でも奢ってやろう」

 

 このままでは不味いと思った武蔵は、護衛部隊の面々を和ませようとする。

 

「――なんでもっすか? じゃあ占守は大和さん印のラムネがいいっす!!」

「ラムネか。いいだろう」

「やったっす! こないだ飲ませて貰ったラムネが絶品だったっす!」

 

 武蔵の言葉にまず目を輝かせて反応したのは占守だった。それに釣られたのか、磯風や浜風も少し顔を緩める。

 

「そうだな、私も2本ほど予約させてもらおう」

「……私は3本で」

「あ、あたしは1本……2本!」

「ふふ、では私とお姉様は――」

 

 求められたのが姉のラムネであったことに武蔵は少し複雑な気分になるが、

 

「……ふむ、まあいいか」

 

 彼女らの怯えと焦りの匂いが薄まり、彼女らの肩の力が抜けた事を察してすぐに気を取り直す。

 

「ではこの戦いが終わったら、みんなで美味しいラムネで乾杯しましょう。忙しくなるわね、ふふ」

 

 そう言って優しい笑顔を見せる姉の横に武蔵は並び、巨大な主砲を構える。目標は、敵編隊の中心部。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「いいか、撃ち漏らしは君達に任せる。しっかりと耳を塞いでいたまえ」

 

 射撃体勢に入った大和と武蔵は、迫る敵編隊に狙いを定め――

 

「“三式弾”、撃てええええっ!!」

 

 大和の号令と共に、大和と武蔵の誇る最強の砲――“46cm三連装砲”が火を吹いた。

 その直後には凄まじい轟音と衝撃が周囲を襲う。

 

「ひいいいっす……!」

「ふ、ふえ……!?」

 

 占守がその轟音に身じろぎし思わず国後に抱きついた。抱きつかれた妹も轟音と衝撃で動けないままだ。

 46cm三連装砲から放たれた三式弾――対空榴散焼夷弾は、艦隊に迫る深海棲艦航空隊の前方で炸裂。三式弾に内蔵された数百個の榴弾が、艦載機を容赦なく襲った。

 “前世”では航空機相手に実は効果が薄かったとされる三式弾だが、今生では改良されておりその性能は遥かに向上している。

 ある機体は榴弾の直撃を受けて爆散し、また別の機体は炎上し機関部から煙を上げふらふらと墜落していく。

 こうして多くの敵機が為すすべなく撃墜されたものの、それでも六割余りが直撃を逃れ大和艦隊へと向かう。

 

 

 

「――烈風隊、発進であります!!」

 

 大和と武蔵の砲撃終了を見計らい、すかさずあきつ丸が走馬灯を起動。「隠し玉」である艦上戦闘機“烈風”を次々と発進させる。

 制空戦フェーズ2、戦闘機による迎撃が始まる。

 

「突撃でありますっ!!」

 

 あきつ丸の搭載する烈風は計24機。まともに白兵戦(ドッグファイト)をすれば、逆に群れに潰されるのは必至である。

 しかし勇猛果敢な烈風隊は突貫する。端から撃ち合いは想定していない、群れに突っ込んで一斉射を行い高速で離脱。

 ヒット&アウェイ戦法を取る烈風隊は、体勢を崩した敵機を一機、また一機と撃墜していく……だが。

 

「……焼け石に水、でありますか」

 

 烈風に乗る操縦士妖精の報告を聞き、あきつ丸は悔しそうな顔をする。ヒット&アウェイ戦法による烈風隊の被害は軽微だが、敵に与えた損害も思ったほどでは無く、編隊の大部分は乱れることなくこちらに向かっている。大和と武蔵の戦果と合わせても、未だに敵の総数は優に百を上回っていた。

 敵編隊が艦隊の上空へと迫り、制空戦はフェーズ3に移行。艦娘による防空戦闘が開始される。

 

「護衛部隊、対空射撃用意っ!! 陣形を乱すな!」

「了解です、磯風。――今度は、護り抜きます」

「よし、神風たちも宜しく頼むぞ!」

「任せてっ!!」

 

 駆逐艦と海防艦による護衛部隊は、大和・武蔵・あきつ丸の主力部隊の周囲に展開する陣形を取る。“第三警戒航行序列”と呼称される、対空戦闘重視の輪形陣である。

 

「敵機捕捉。主砲位置修正……よし」

 

 磯風と浜風は最新式の“10cm連装高角砲”と“13号対空電探改”を装備していた。高角砲は秋月型も使用する高射装置との高度な連携を前提とした改良型だ。

 高射装置の内部では艤装妖精が敵機の捕捉と距離計算を行い、その情報を主砲を担当する妖精と艦娘に伝えられ、誤差を修正。高角砲の射撃準備が完了する。

 そうこうしている内に、いよいよ敵編隊が艦隊への攻撃準備を開始する。主砲の有効射程内に入ったことを確認した磯風は、大きく息を吸い込んだ後、

 

「目標、前方敵機編隊――各艦、撃てぇ!!」

 

 と大声で命令を発した。その号令と共に、護衛部隊による敵編隊への一斉射撃が開始される。

 高角砲から発射された高射砲弾は、編隊に吸い込まれる様に飛び込んで爆発。炸裂した散弾が敵機を襲い、数機が直撃を受けて爆発する。

 

「敵機、撃墜確認! これなら行けます!」

「油断するな! 敵はまだ来るぞ!!」

 

 10cm連装高角砲を装備する対空戦仕様の磯風と浜風に対し、神風たちの主砲は対空戦闘に向かない12cm単装砲であったが、それでも磯風らの手助けにはなる。狙いを定め、炸裂弾を撃っていく。

 

「えーいっ!!」

 

 その内の一発が偶然にも敵機を直撃。機体は一瞬で爆発炎上し墜落していった。

 

「や、やったっ!」

 

 神風は喜びの声を上げるが、当然ながら敵の攻撃がそれで止むわけもない。またすぐに別の艦載機が群がり、神風に向けて爆弾が次々と投下されていく。

 

「ああっ!!」

 

 神風の周囲に水しぶきが上がるも何とか直撃は避けている――が、彼女の顔に余裕は無い。

 神風が辺りを見渡せば、護衛部隊の誰もが必死に奮戦していた。全艦共に機関の出力を全開に上げ、敵の攻撃を回避し続ける。

 そして連合艦隊の中央では、大和と武蔵が護衛部隊の防衛網を掻い潜った敵機を機銃で討ち払っている。

 

「喰らいなさいっ!!」

 

 爆撃を行うべく急降下してきた敵機編隊は、大和の艤装に大量に備え付けられた機銃の掃射を受け、装甲を粉々に打ち砕かれそのまま次々に海中へと没する。

 それでも何機かは爆弾投下を成功させ、大和と武蔵に対して着実に損耗させていくのであった。二隻共に未だ直撃弾が無いのが不幸中の幸いと言えた。

 

「司令官……」

 

 上空からの止まぬ敵部隊の猛攻に、神風は思わず己の司令官の顔を思い出し呟いた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 レ級は嗤っていた。

 

 大和と武蔵(メインディッシュ)を後でじっくりと味わうべく、まずは周囲の護衛部隊(オードブル)を片付けようと発進させた戦闘爆撃機部隊。

 あっさりと護衛部隊を排除できるかと思ったが、予想以上の抵抗を見せている。あれだけの猛攻で未だに大破している艦は一隻も無いのだ。

 

「……キヒッ」

 

 レ級の一隻は再び(あざけ)る様に嗤う。これは「思った以上に楽しめそうだ」と。

 そのレ級の尾部より()()が放たれ、次々に()()()()()()()()()

 

 

 ――さあ、第二ラウンドの始まりだ。

 

 


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