【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~ 作:山の漁り火
――国防海軍「駆逐隊」――
国防海軍における、艦娘駆逐隊の編成基準は、大きく分けて以下の三つとなる。
まずは“前世”における駆逐隊編成に従った駆逐隊。
例えば「雪風」を擁する“第十六駆逐隊”や、広報部隊である“
彼女らの編成は前世で培った連携を重視しており、最前線から後方支援任務まで活躍の場は広い。
次に、“第二改装”を行った駆逐艦娘を中心に選抜し編成された“特編駆逐隊”。
火力や回避力に優れる艦を中心としたこの部隊は、大規模作戦における護衛部隊・水雷戦隊の要である。
駆逐艦の中でも火力の鬼と称される「夕立」とオールラウンダーの「時雨」が所属する第一特編駆逐隊が有名であり、大規模作戦時の切り込み隊として名を馳せる。
最後は、上記の二つを満たさない混成部隊――言い方は悪いが“端切れ”を集めた駆逐隊である。
今生では
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「――とまあ、つまり私たちはひとつ目の“前世編成”というやつでな。前世からの腐れ縁“第十七駆逐隊”というわけだ」
「四隻共に建造時期が殆ど一緒でしたからね。提督同士で話し合って私たちを駆逐隊として纏めてくれたのは助かりました」
「へー……」
南方の最前線にある鎮守府へと向かう航海は順調に進んでいる。
ハプニングと言えば、出港前の別れ際に武蔵が萩野を再び締め落としかけた事と、二日前に近海で敵の潜水艦と遭遇した位だ。敵は単艦であり、こちらを密かに追跡するような素振りであったが、
そんなわけで、本日は朝から艦隊に若干緩やかな空気が流れている。かといって警戒は怠ってはおらず、上記のような世間話に花を咲かせてもバチは当たらないであろう。
「同僚かぁ……私も第一駆逐隊の仲間に逢いたいな」
と、磯風の話を聞いた神風は寂しそうに呟いた。
「そうか、神風型で着任しているのは、まだあなたと春風だけだったか」
「ええ。春風とも別の駆逐隊だったしね。可愛い妹であることは変わらないけど」
陽炎型駆逐艦の艦娘は既にその多くが建造され就役しているのに対し、神風型の艦娘はまだ神風と春風のみである。建造には運が絡むとは言え未だに二隻しか姉妹がいない事に神風は一抹の寂しさを覚える。
「……まあ、いつか神風も仲間に会えるさ」
「ええ、きっとね」
まだ見ぬ仲間を思ってか、空を見上げる神風を磯風は励ますように言い、神風もそれに同意した。
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さて、ここで今任務での艦隊編成について簡単に述べておこう。
主力部隊――形式上は“水上打撃部隊”には、大和を旗艦として武蔵とあきつ丸の三隻編成。
そして護衛部隊は磯風を旗艦とした浜風、神風、春風、占守、国後による駆逐艦・海防艦の六隻編成。本来の編成規則であれば軽巡洋艦が旗艦を務めるのであるが、手の空いている軽巡級の艦娘はおらず特別措置であった。
なお海軍軍人による支援部隊は随伴せず、武蔵に二度も締め落とされかけた萩野少佐は居残りである。今は
また、あきつ丸はいつものカ号観測機の替わりに「隠し玉」を装備したため、カ号による対潜哨戒は行えない。従って占守と国後も神風たちと肩を並べて対潜哨戒である。その為かいつも以上に哨戒任務に張り切る海防艦姉妹であった。
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「――何っすか、武蔵さん? 急に呼び出したりして」
その後の航海も特に何事もなく、予定通り南方海域の航路上にある小島の基地に半舷上陸となったその日の夜半の事であった。
基地と言っても仮設でありまともな建物は無い。プレハブの物資集積用倉庫と基地管理を行う妖精さんや艦娘が寝泊りするだけのテントがあるだけだ。
そんな小さな基地の一角に呼び出された占守は、焚き火を囲む大和と武蔵の姉妹を一瞥した後、空いている場所にちょこんと座った。
パチパチと燃える焚き火を三隻はしばし眺めた後、武蔵は話を切り出す。
「――うむ。実はな、君に聞きたいことがあったのだ。君たちの上官である、あの萩野提督の事について」
自らの上官の名を聞き、占守の顔に疑問符が浮かぶ。そんな彼女を威圧しないよう武蔵は優しく語りかける。
「なあに、簡単なことさ。以前に君たちが行った“第三十六演習海域遭遇戦”――そこで萩野提督が大怪我を負った。その応急処置を真っ先に行ったのが君だと聞いてね」
「うん、確かに応急処置をしたのは自分っす。クナは疲れ切って使い物にならなかったっすからねえ」
当時の事を思い出しているのか、占守はうんうんと何度も頷く。
萩野がカ級の放った魚雷の爆発の衝撃で海中に投げ出された所を船上に引き上げたのは国後であったが、それですっかり力を使い果たしていた。海中に潜る為に艤装を外したせいで通常の人間と変わらない力しか発揮できなかったからだ。
そこで占守は国後を休ませ、自身は一隻で妖精と共に萩野を手当したのだった。
「君が応急手当をしたそうだが、その時に萩野提督の身体に何か気づいた事があったならば是非教えて欲しい。例えば、
手当をしたならば直接身体を見る機会があっただろうと、武蔵は占守を呼び出したのだ。
占守は首を何度も傾げながら、当時の事を振り返る。
「そう言えば……肩に深い“傷跡”があったっすね。“爪の跡”みたいな……」
「爪の跡……?」
「そうっす。包帯に巻かれてたから、すぐに巻き直したっすけど――」
「……爪の跡、か」
「一体どうしたの、武蔵? 出港してからずっと考え事をしているみたいだけど」
占守が自らのテントへと戻った後、物思いに耽る武蔵を見て、大和は心配そうな顔をする。
「うむ、そうだな。姉さんは私の“嗅覚”の鋭さを知っているだろう?」
「ええ。その力で随分と助けられてきたものね」
艦娘の中には特定の五感に優れる者がいる。視覚、聴覚、触覚――それは軍艦の持つ「
大和も妹のその能力で敵の奇襲攻撃を察知したり、霧の濃い海域や夜戦において敵をいち早く発見したりと助けられたのは一度や二度では無い為良く知っている。
「それで、あなたが気になっているのは……あの『萩野提督の匂い』かしら? 私には全然分からないのだけれど」
そう言えば出港直前にも妹は萩野少佐を抱きしめていたわね、と大和は思い出す。今思えば、それは改めて匂いを確認していたのだと大和は気づいた。
「ああ、その通りだよ姉さん。萩野提督の身体……恐らくは占守の言っていた肩口の“爪跡”だな。そこから『我々に近しい者』の匂いが漂っていたんだ」
「近しい者……?」
「ああ、『大和』姉さんと私……『武蔵』のな。
と、武蔵の言い掛けたことを大和は即座に否定する。
「――いえ、それは無いわ。三笠元帥も言っていた。あの“
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「――“寄り道”ですか?」
それは艦隊が目的地到着まであと一日の距離となった時の事である。
南方鎮守府の司令部より新たな命令が下る。
昨日、大和たちのいる南西方向――“西方海域方面”から深海棲艦の謎の一団による侵攻が確認された。
海軍も何機か偵察機を送るも、一団の詳細は掴めないどころかいずれも消息不明となっている。
そこで、現在その消息不明となった海域に最も近い位置にある「大和艦隊」はそこへ向かい不明機の捜索を行い――場合によっては敵を撃滅せよ。
物資にはまだ余裕があった為、旗艦大和はそれを了承。艦隊は進路を変え南西へと向かう。
これにより、艦隊の目的地到着は半日遅れとなる。
*****
「――お疲れ様。よく無事に戻ってこれたわ、頑張ったわね」
ぼろぼろになった水上偵察機――“紫雲”と疲れ切った様子の飛行士妖精を手に、大和は優しく労いの言葉をかけた。
紫雲は本土の工廠が開発した最新鋭の高性能偵察機だ。そんな紫雲すら偵察して生きて還ってくるのがやっとと言う状況が、事態の深刻さを告げる。
「……ふむ、嫌な匂いだ」
そう言って武蔵は顔を
武蔵の視線の先――傷だらけの紫雲が戻って来た方角の洋上には、敵艦隊らしき幾つかの艦影が確認でき、それが次第に大きくなっていく。逃げる素振りなどなく此方に全速で向かってきているのだ。
「――敵艦隊発見ね。申し訳ないけど、
大和がそう冷静に告げる傍らで、艤装展開を行うあきつ丸の額からはたらりと一筋の汗が流れ落ちる。その顔は何かを観念したかのように引きつった笑いを浮かべていた。
「いやはや、洒落にならないでありますな……まさかあの噂の『レ級』とは、はは」
重巡洋艦リ級と数隻の駆逐級。彼女らを率いるは、少女の姿をした深海棲艦。
頭を包むフードの下からは、けらけらと無邪気に嗤う青白い顔を覗かせる。
――そして、
大和の命令により通信士妖精はすぐさま南方司令部に緊急打電を行う。
――『敵、
次回、迎撃戦開始。
今回の互いの陣容について記載しておきます。
国防海軍艦隊
主力部隊:大和(旗艦) 武蔵 あきつ丸
護衛部隊:磯風(旗艦) 浜風 神風 春風 占守 国後
深海棲艦艦隊
戦艦レ級elite二隻を主力とする一個艦隊