【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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三週間ぶりくらいの投稿です。



第二十六話 執務室にて

――????――

 

 ()()は、幾千幾万に積み上げられた()()の上で目覚めた。

 

「………ココハ?」

 

 時は真夜中。夜空には厚い雲が掛かり月も星の光も届かない()()は、辺り一面暗闇に包まれている。

 

「……ウウ」

 

 彼女は頭の中に籠った黒い霧を晴らすかのように、ぶんぶんと勢いよく己の頭を振る。

 

「………」

 

 果たしてここは何処なのか。そして自分は何者なのか分からぬまま、彼女はただ押し黙って周囲を眺める。

 暫く経つとぼやけていた目も、意識もはっきりとしてきた――その直後。

 “何かの意思”が突然彼女の頭の中に流れ込んでくる。

 

「ウ………」

 

 彼女は思わず身を屈める。流れ込んでくる情報の奔流で頭はくらくらになるが、彼女は必死に耐えた――やがて。

 

「ソウカ、ワタシハ……」

 

 禍々しき()()を纏い、目を見開いた彼女は知る。

 

 

 ――()()が、彼女らの敵に「西方海域」と称される海域――その奥地にある小さな孤島であり。

 

 ――自らの足元と周囲に積み上げられた“瓦礫”は、嘗ての海戦で息絶えた“同胞”の“亡骸と艤装”であり。

 

 ――そして、己が同胞の中でも“×××”と呼ばれる最上位個体であることを。

 

 

 やがて、彼女の周囲に同胞(はらから)である深海棲艦が近づいてくる。彼女が誕生してから落ち着くまで、海上で遠巻きに見ていたのだ。

 

 駆逐級、巡洋級、空母級、戦艦級――その艦種は多種多様であったが、その大多数が艤装や船体(からだ)の何処かしらを損傷していた。それは嘗ての海戦とその掃討戦で受けた傷であり、この孤島に逃れた後も資材不足により損傷を癒しきれぬ者たちであった。

 傷ついた(ふね)たちはじっと彼女を見る。まるで己を導く神を見つけたかのように。

 

 

 

 こうして彼女は自らが生まれた理由――()()()()()を悟った。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「……ちょっと司令官に近づき過ぎじゃないですかね、あきつ丸さん?」

 

 椅子に座る萩野に寄り添うあきつ丸に注意した神風の顔は、端から見ればぴくぴくと少しばかり引きつっていた。

 

「ほら、司令官も嫌がってるみたいだし……」

「えー、ほんとでありますかぁー?」

 

 と言って、萩野の横に付き腕を絡めるあきつ丸。ぎゅっとその豊かな胸部を押し付ける様を見て、神風はますます険しい顔になる。

 当事者の萩野の表情は一見すると変わらないようであったが、少し顔が赤くなっており

 

「――いや、うん男としては嫌じゃないけど」

 

 などと少し本音が漏れたりもしたが、

 

「……司令官?」

 

 神風の鋭い声にすぐに我に返る。

 

「ああ、うんやめてくれないかな。仕事中だしさ」

「はいはい。分かったでありますよ、提督殿」

 

 そう萩野にやんわりと断られたあきつ丸は手を放した。

 

(全く……あきつ丸さんも大した()()っすよね)

 

 そんな一人と二隻のやり取りを、蚊帳の外の占守は半ば呆れながら眺めていた。

 

 占守も神風が萩野に惹かれているのは以前から知っているが、そこに割り込んできたのがあきつ丸である。あきつ丸が萩野に何かというと絡む様子と、その様を見て神風が焦る様を占守はここ数ヶ月で幾度となく見せられてきた。

 まあ神風が惹かれていると言っても、萩野と神風の仲が上司と部下という関係から発展する様子は無かったので、あきつ丸が萩野を誘惑しても別に問題は無い。無理やり一線を越えなければ総司令部も憲兵もお目こぼしである。

 

(……ま、勝手にやってくれっす)

 

 色恋沙汰には興味が無いとばかりに、占守は戸棚を漁りその奥から菓子の詰まった袋を取り出す。

 貯めこんでいたお菓子の“へそくり”の袋から取り出した豆菓子をもしゃもしゃと頬張りながら、占守は未だに火花を散らす二隻の様子をぼけっと眺める……が、それは執務室の扉がノックされた事で終わりを迎えた。

 

 

 

「――失礼します、司令官様。あきつ丸さん、おじ様……源次郎様がカ号の整備について聞きたいことがあると」

 

 コンコンと扉がノックされ、部屋に入ってきたのは神風の妹である春風であった。

 

「おっと、そうでありますか。それではお先に失礼させていただきます!」

 

 あきつ丸はすぐさま萩野から離れ、春風と共に執務室を出て行った。

 

「元気あるよな、あきつ丸って」

「むむむ……」

「……はあっす」

 

 ――呑気、焦り、傍観。

 

 部屋を出て行ったあきつ丸を見送る一人と二隻の反応は三者三様であった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「――どういうつもりなのですか、あきつ丸さん?」

 

 執務室から出て扉を閉じたあきつ丸に対し、背中から静かに問いかけたのは春風であった。

 その瞳は冷徹に彼女を睨む。あきつ丸は軽く溜め息を付いた後、

 

「どういうつもりも何も……提督殿に()()()()()()だけでありますが」

「粉って……」

 

 春風は呆れた顔をするが、あきつ丸は平然と会話を続ける。

 

「春風どのは、考えた事が無いのですか?」

「……何をですか?」

「この戦争が終わった後の事であります」

 

 そう言ってあきつ丸は窓の外を見た。

 

「我々は“(ふね)”であります。深海棲艦との戦争が終われば、我々はどうなると思いますか」

「それは……平和になった後も海の警備は必要ですし、このまま軍に残る艦娘(もの)が多いのでは」

「確かに何隻かは残るでしょうな。ですが、“軍縮”は必然で有りましょう。いざという時の戦力だけ残して“解体”……まあ海軍を除籍されて、我々は()()()()になるのでありましょうな」

 

 軍縮問題。艦娘が“(ふね)”の転生体として生み出された以上、戦争が終わり平和になった時点で避けては通れない問題である。まあ嘗ての様に巨大な軍艦を保有するよりは民衆の反発は少ないだろうが、それでも兵器である彼女らの居場所はやがて無くなっていくだろう――戦争の終わりがいつになるかは別の話としてだ。

 あきつ丸は一呼吸置いた後、じっと彼女を睨む春風ににこりと笑いかけて話を続ける。

 

「そんな状況に備えて――『戦後を共に過ごしてくれる者を探す』というのは、そんなに悪いことでありますか?」

「……それで、お姉様を差し置いて司令官様に手を付けると?」

「おお、こわいこわい。無理やり押し倒すなど、『国家憲兵隊』がすっ飛んでくるでありますよ」

 

 あきつ丸は大げさにぶんぶんと首を振った。

 提督と艦娘の恋愛はケッコン制度もあり半ば許されているが、過度な関係――いわゆる“大人の関係”は憲兵隊案件である。

 過去に妻子持ちの提督が艦娘と逃亡した事件――“海軍丙三十九号事件”の事もあり、今の軍はそういった事には過敏である。

 

 提督と艦娘の恋愛は、あくまで表向きには()()()()()()なのだ。

 

 あきつ丸だって萩野に過剰に迫れば、憲兵に捕まりかねない。例えば若宮憲兵大尉あたりは喜び勇んでやって来るだろう。そんな事は彼女も分かっているのである。

 

「だから、言っているではありませんか。私は『粉をかけている』だけであります。まあ萩野殿も神風どのに気持ちは多分にあるようですからな、元々風向きは悪いのでありますが」

「だからって――」

 

「――それに、萩野どのを想う人は、他にもいるのでは無いですかな? 例えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……なんのことでしょうか」

「はあ、しらばっくれるでありますか」

 

 わざとらしく肩をすくめるあきつ丸に、春風は微笑みで返すのみである。

 

「……私、あなたの事が少し嫌いです」

「ははは、嫌われてしまったでありますか。自分はあなたに近しい物を感じていたのでありますが」

「では、()()()()というものでしょうね」

「同族嫌悪でありますか。まあそれでも良いでありますよ。さて……」

 

 そう言ってあきつ丸は廊下を足早に歩き出す。

 

「嫌われるのは無関心より余程マシであります故に。いやはや、これからもよろしく頼むであります、春風どの」

 

 ひらひらと手を振りながら、工廠へと向かうあきつ丸。その後ろ姿を春風は神妙な顔で見送った。

 

「……私はお姉様が幸せになれるなら、それで良いのですけどね」

 

 ぽつりと、誰にも聞こえることの無い独り言を呟いて。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「……司令官、またコーヒー豆変えた?」

「お、鋭いな。今回は焙煎時間を変えてみたんだ。まあ豆は一緒だけど」

「ふうん……」

 

 そう相槌を返して神風はコーヒーを口に含む。いつもより深く煎られたコーヒーの渋味と苦味が口中を満たし、神風の遠征で疲れ切った身体を覚醒させていく。

 

 萩野と神風との間に流れる静かな時間。

 

「むにゃむにゃ……もう食べられないっすよお……」

 

 そして占守は一口だけ飲んだカップをテーブルに置いたままうたた寝を始めていた。

 

(そう言えば、こんな時間も久々……かも)

 

 仄かにカップから上がる湯気を見ながら、ふと神風は物思いにふける。

 ここ数ヶ月の神風たちは出撃と遠征の連続であった。ここに戻ってくるのも四日振りではあるが、その前に行われた遠征がそれ程間を置かずに行われた事もあり、神風がこの執務室でゆっくり過ごしているのは実に三週間ぶりの事である。

 

 ソファに座った神風がちらりと左を見ると、そこには書類の山と共に机に向かう萩野の姿があった。神風から渡された報告書をまとめ、早急に司令部に提出しなければならない為、黙々と仕事をこなしている。最近は少しでも報告が遅れれば司令部が色々と煩いのだ。

 カリカリと書類を書く音だけが執務室に響いていた。

 

(……どうしよう。話しかけ辛い)

 

 “お邪魔虫(あきつ丸)”は早々に工廠へと向かい、占守も眠りこけている。遠征での出来事や四方山話など色々話したい事はあるのだが、この仕事中の雰囲気でそんな話をするのも気が引ける。

 当初は神風が秘書艦として萩野の仕事を手伝おうともしたのだが、萩野に休んでくれとやんわりと断られてしまった。

 もどかしい思いで神風は萩野の仕事が一段落するのを待つ。

 

「――あ、そうだ。次の『命令書』が来てたんだ。神風、ちょっと来てくれないか」

「え、あっ……ひゃいっ?」

 

 先に沈黙を破ったのは萩野であった。突然話しかけられて思わず声が上ずった神風をよそに、萩野はごそごそと机の上の書類を漁って一枚の書類を取り出した。

 

「……命令書?」

「ああ。休暇を挟んで一週間後になるけど……ちょっと“厄介”でね。“超大物”の依頼さ」

「……厄介? 超大物?」

 

 首を傾げながら萩野からおもむろに手渡された命令書を読む神風。

 それを最後まで読み終えた後、顔色が俄かに変わる。

 

「これって……まさか」

「そう、その()()()さ」

 

 




 ここ数週間多忙でした。すみません。

 艦これ秋イベもあと一週間に迫ったのに資材とバケツが回復し切っていないくらいには忙しかったのです。
 心の余裕が無いと筆も進まないってのを思い知った数週間でした。

 次回は早めに投稿したいです。

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