【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~ 作:山の漁り火
※ この話は29話の後に書いた話ですが、時系列に合わせる為24話の後に移動しました。
「――なんじゃこりゃー!?」
時は12月24日、クリスマス・イブ。
西方で2000年前に活躍したとある聖人の生誕を祝う日であり、極東の国ではそれにかこつけて家族で鶏肉やケーキを食べたり、恋人といちゃいちゃ過ごしたりする日ではあるが……ここ南方海域の基地にある艦娘寮では、とある緑髪の駆逐艦娘が驚愕の声を上げていた。
「どうしたんですか、長月? ってこれは……」
「どうしたの、長月ちゃん……あらあら、可愛い『服』ね」
突然の大声に驚いて様子を見に来た三日月と由良であったが……すぐに微笑ましい顔になる。
南方での長期遠征任務中に、長月たちの母港である『
長月はその中から取り出した“服”を手に持ってぷるぷると震えていた。
「あいつめ……」
なよっとした顔なじみの
しかも只のサンタ服ではない。睦月型駆逐艦娘の制服をアレンジし、クリスマスカラーである赤の線がスカートと上着に強調され裾に刺繍された、一味変わったサンタ服である。
ついでに言えば赤いマント付きである。
まさか私にこれを着ろというのか。長月は唸った。南方への長期遠征任務中で三週間以上
――しかも服のサイズは長月にピッタリである。なんてやつだ。
何時の間に私の服の寸法を調べ上げたのか、あの
「……って、私たちが建造された時の目録に大体の寸法は載ってるから、調べようと思えば簡単に調べられるんだけどね」
「そういう所が長月は少し抜けてるんですよねー……」
と、由良と三日月は長月の独り相撲を後ろでしばし見守っていたのだった。
*****
「はい、これにて撮影完了よ」
「……むう」
「可愛いですよ、長月!」
当初はそのまま
「ふう、疲れたぞ……」
衣装合わせが終われば何処からかカメラを借りてきた三日月による写真撮影会である。大きな袋を持たされて色んなポーズを取らされ、長月はすっかり疲れて果ててしまった。なおその写真を何処に送るのかは長月も聞かなかった。それを聞いたところでどうにもならない事は分かっていたからだ。
さて、撮影会も終わったので服を着替えようとした長月であったが、由良はそれを制止してとある提案をする。
「せっかくだから、クリスマスプレゼントでも配ってみたらどうかしら?」
「プレゼントか?」
サンタクロースと言えば、誰もが寝静まったクリスマスの深夜にプレゼントを配るのが仕事であるという。如何なる困難な状況――たとえ猛吹雪や戦争に巻き込まれようとも、たった一晩で世界中の子供にプレゼントを配り終える――“
と、以前暇つぶしがてらに観たB級映画『戦場のサンタクロース――血まみれの最前線――』を長月は思い返していたが、そんな事は由良も三日月も知る由は無い。
「しかし、この基地には皆
と、長月は素朴な疑問を発する。
本土ならともかく、本土から遠く離れたここには子どもなどいない。
基地が出来る前は民間人が暮らしていたそうだが、基地完成後に全島避難が決まり今では軍人しかいないのだ。
「いい大人だって、プレゼントは欲しいものよ。ほら」
そう言って由良は長月らに外を見るように促す。長月と三日月が二階の窓から外を見ると、
「……これ、どうぞ」
と、サンタ服に身を包んだ朝潮型駆逐艦「
「まさか、あの“第二水雷戦隊”の精鋭がプレゼント配りとは……」
“第二水雷戦隊”と言えば、軽巡洋艦「神通」が率いる敵陣切り込み部隊であり――第二改装を行った駆逐艦娘の選抜部隊“特編駆逐隊”に勝るとも劣らない、最精鋭の水雷屋たちだ。その部隊の一隻がプレゼント配りに興じていることに長月は驚きを隠せなかった。
そんな長月に見られている事などつゆ知らず、霰は「これ、あげます」と次々にプレゼントを配っていく。
「はうっ、可愛い……」
「おう……ありがとよ」
と、そのいたいけな姿に心がきゅんとしてしまう軍人がいるかと思えば、
「霰ちゃん可愛いねえ。ああ、うちの子を思い出すなあ……」
「お前んとこの娘、もう6歳だっけ? 可愛い盛りだな」
「そうさ。あー、正月は帰りたかったなあ」
「俺たちは正月当番で帰省できないもんなあ……とほほ」
――霰の姿を見て、郷愁にかられる子持ちの軍人も何人かいたりする。その様は実にせつない。
「普段お世話になっている軍人さんへの慰安任務ね。みんなプレゼントを貰って嬉しそう」
「むむむ……」
「だから、長月ちゃんも……ね?」
優しく微笑む由良に諭された長月は、こうして
*****
「我こそは睦月型駆逐艦長月っ!! 不埒者共、大人しく私の
――どうしてこうなった。
由良と三日月は頭を抱えていた。
事の起こりは、その日の夜に長月サンタが大きな袋を抱え、いざプレゼント配りだ! と張り切っていた時である。
目標は宴会で盛り上がる男率10割の軍人寮。そこに乱入しクリスマスの仮装をした他の艦娘たちと共に、クリスマスプレゼントを配るのが目的であった……のだが。
突如基地中の警報が鳴り響き、それを聞き付けた人々により辺りが騒然となる。
「これは、一体……?」
「……こっちだっ!」
何かを悟ったのか、大きな袋を抱えたまま長月サンタは走り出す。その目的地は己の艤装が整備されていた工廠であった。
「――よし。長月、出撃する!」
工廠の妖精さんを急かして艤装を装着すると、追いかけて来た由良と三日月を置き去りにして長月は海上へと出た。
「見つけたぞ」
暗い冬の海の上で、長月は“敵”を見つけ出す――それは年末年始における帰省により、警備の人員不足であった基地の物資を狙った海賊――いや、
彼らは手薄な警備の隙を突き、基地内の倉庫に潜入。物資を盗み出して船に積み込み、気付かれぬ内にさっさと逃げ出そうとしていた。警報が鳴り響いたのは彼らが倉庫を脱出した時であり、長月がいち早く海上に出ていなければ、まんまと逃げられてしまった可能性もあっただろう。
(いくら警備が手薄とはいえ、艦娘のいる基地を襲撃とは……勇気があるのか、それともただの無謀か)
と、艦娘が近付いてくるのを見て慌てふためく船上の海賊たちを見て長月は思う。
「ふう。人相手に砲を向けたくは無いのだが……仕方ないな」
長月は軽く溜め息をつき、普段は深海棲艦相手に使用している愛用の12cm単装砲に対人用の“弱装弾”を装填。
急いで逃げ出そうとする海賊船に猛然と襲いかかった。
――そしてその顛末は冒頭に至る。
由良と三日月がやってきた時には、海賊船の機関部と舵は破壊され身動きが取れない状態にされており、船の甲板上で脅える海賊共に砲を向ける長月の姿があった。
海賊たちの銃撃を全て避けて正確に船の主要部分を撃ち抜き、海賊に犠牲もなく船をあっという間に無力化してしまった長月は、流石の
「やっぱり私には戦場が似合うのだなあ」
「「……はあ」」
折角の新品のサンタ服とマントは戦闘で煤けていた。その姿は奇しくも長月が観たB級映画のラストシーン――地獄の戦場で生き残った後、すぐさま子ども達の元へと向かおうとする主人公、機関銃を担いだサンタクロースに何処か被っており――
清清しい表情を浮かべる長月に、由良と三日月は何も言えずに溜め息をついたのだった。
*****
そんなわけで長月のクリスマスは終わった。
なお後日に長月の大立ち回りが次月発行の海軍広報誌『海さくら』に記事として写真付きで載せられ、彼女は『戦場のサンタクロース』と呼ばれるようになった……というのは別の話である。
睦月型の姉や妹たちに上手く言いくるめられて着せられた感のある長月サンタコス(個人の感想です)
大変に良いと思います