【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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 凪の日々の三話目となります。
 今回は本編序盤から出ている艦娘のお話と、()()()()()のお話。



第二十四話 ロッカン ~国防海軍 第六近海監視所~

 第六近海監視所(ロッカン)は、南方に近い本土に設置された監視所の一つである。

 

 その設立は神護(じんご)鎮守府と同時期であり、対深海棲艦の最前線であったそれを、補給や索敵などで影で支えた監視所であった。

 42年12月に神護(じんご)鎮守府が第七近海監視所(ナナカン)として再出発した頃には、本土に設置され南方への主要航路を押さえる第六近海監視所(ロッカン)と、主要航路から外れた小島にある第七近海監視所(ナナカン)の立場は逆転していた。

 今となっては上層部には第六近海監視所(ロッカン)の方が重要視され、第七近海監視所(ナナカン)第六近海監視所(ロッカン)との統廃合の動きもあったそうだが、その話はいつの間にか立ち消えになっている。

 

 ……と言っても、“鎮守府”よりは重要度の低い“監視所”扱いである。

 その規模もたかが知れており、所属する艦娘は長良型軽巡洋艦「由良」を旗艦とした一個水雷戦隊であった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「――こんな所にいたんですか、探しましたよ」

「なんだ、君か」

 

 監視所近くの海が見える丘の上。快晴の空には海鳥が羽ばたき気持ちよさそうに飛んでいく。

 その丘の上で海を眺めながら座っていた少女――睦月型駆逐艦「長月」に話しかけたのは、憲兵姿の男であった。

 

「あまり遠くに行かれると、皆が心配するんですから。監視所の近くにいて下さい」

「ふん……。別にここはそれ程遠くでも無いと思うのだがな」

「以前『コーヒーが飲みたい』と言って、第七近海監視所(ナナカン)までこっそり出かけたのは、誰でしたっけ?」

「むむむ……」

 

 憲兵の返しの一言に思わず唸ってしまう長月。

 彼は第六近海監視所(ロッカン)に常駐する憲兵であり、長月とは第六近海監視所(ロッカン)配属の頃からの付き合いだ。

 随分となよっとした頼りなさそうな男であり、初めて出会った時の長月の第一印象は「こんな男、憲兵としてやっていけるのか?」であったが、それからずっと特に問題も無く第六近海監視所(ロッカン)の常駐憲兵を立派に続けている。

 そんなわけで、武人肌な長月としてもこの憲兵には一目置いているのであった。

 

 

 

「……ところで、私をわざわざ探しに来たのは何だ? 重要な話か?」

「ああ、そうでした。由良さんが明日の件で打ち合わせがしたいと」

「明日の件……。ああ、『市民防災避難訓練』の話か」

 

 それを聞くと長月はひょいと立ち上がり、憲兵とともに丘を下りるべく歩みを進める。

 

「まあ、遠征でお疲れかと思いますが……よろしくお願いします」

「その訓練だが……我々が講師や監督役として出る必要は無いと思うのだがねえ」

「“上”の方針ですから」

総司令部(うえ)、か」

 

 市民防災避難訓練。第六近海監視所(ロッカン)の所在する町で開かれる、深海棲艦の襲来や災害に備え避難誘導や応急手当を学ぶ訓練である。出店も出るため一種のお祭りでもあるが、その訓練に講師として呼ばれているのが第六近海監視所(ロッカン)のメンバーであった。

 

 艦娘は“建造”後に行われる基礎訓練のカリキュラムにて、応急手当や防災の基本的な知識については学んでいる。海での戦いでは民間人や軍人の支援部隊が戦闘に巻き込まれる事もあり、その際に必要な処置が出来なくてはいざという時に困るからだ。一隻の“(ふね)”であった頃とは違う、“艦娘”ならではの必要な講習であった。

 

 とはいえ、当初は長月たちに訓練への参加要請は無かった。その方針が変わり彼女らに急遽参加要請が来たのが一昨日のこと。ちょうど南方への長期遠征から帰還したその日であった。

 おかげで長月たちの貴重な四日間の休暇のうち、一日がそれで潰れる事になったのだが……。

 

「まあ、要は市民への海軍の宣伝……国民へのアピールですよね。最近明るいニュースは少ないですし」

「そうだな……はぁ」

 

 そう語る彼に長月は溜め息とともに賛同の声を上げた。

 

 

 

 夏から秋にかけての深海棲艦との戦いを一言で表すと“停滞”である。

 

 敵潜水艦部隊――“群狼部隊”による南方航路への襲撃。はっきりとしない深海棲艦主力部隊の動向。増える海軍と艦娘の損害。

 不用意な情報の拡散は不安を煽るだけの為、国民に全ての実態が知らされることは無いが、情報は何処から漏れるかなど分からないものだ。

 酒場での噂話から主婦の井戸端会議に至るまで、そういった“不安の声”は少しずつ増えつつあるのを長月も感じていた。

 

「そういえば、海軍の広報誌……『海さくら』の取材も来るそうですよ」

「ほう、あの海さくらがね。こんな場所にも取材に来るとは、余程明るいニュースに飢えているというわけかな」

「あの“第六駆逐隊(ろっく)”も急遽来る事になったそうですからね」

「え、なにそれきいてないぞ」

 

 不意に告げられた憲兵のその言葉に長月は目を丸くした。

 

 “第六駆逐隊(ろっく)”は総司令部付きの「広報部隊」だ。

 吹雪型駆逐艦「暁」を筆頭とした四隻の少女たち。観艦式といった海軍主催の行事やお祭りには彼女たちが必ずと言って良いほど参加し、場を盛り上げるのに一役買っている。公式にファンクラブも結成され、(健全な)総天然色写真(ブロマイド)も売れに売れ、国防海軍の財政を支える“稼ぎ頭”の筆頭とも噂される駆逐隊だ。……あくまで噂だが。

 

「……彼女たちが来るなら、私たちは参加しなくてもいいんじゃないか?」

 

 人気アイドルが来るならば、結局自分たちは裏方扱いではないか……と長月は少しすねた顔をする。

 

「そんな事無いですよ、長月さんも町では結構人気があるんです。その武人肌で冷静沈着な性格が好まれるんでしょうね」

「そ、そうなのか……恥ずかしいな」

「そして私も、そんな長月さんが『大好きですし』」

「な、バカなこと言うんじゃないっ!?」

 

 唐突な憲兵の告白に、顔を赤らめて思わず叫んでしまう長月。

 その様子をくすくすと笑う憲兵に、長月は彼にからかわれた事に気づく。

 

「全く……君といると調子が狂うな」

「私は長月さんといると楽しいですよ」

「……むう」

 

 一人と一隻が歩いていると、間もなく町並みが見えてきた。

 その町外れには一軒の喫茶店があり、店からコーヒーの良い香りが漂ってくるのに気づいた長月はふと思い出す。

 

「そういえば……あの第七近海監視所(ナナカン)の提督は元気かな」

「提督……と言うと、萩野少佐のことですか?」

 

 コーヒーと第七近海監視所(ナナカン)から、萩野を連想した憲兵であったが。

 

「いや……。その前に第七近海監視所(ナナカン)にいた“お爺ちゃん”のことさ」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 本土の首都から少し離れた、静かな農村の外れにその“病院”はあった。

 

 その一角にある病室のベッドの上で外を眺めているのは、白髪頭の老人。空を自由に飛ぶ鳥の姿や色とりどりの花々をにこやかに見つめるその姿は、言われなければ“元軍人”であるとは気づかないほどに穏やかな様である。

 

 

 

 老人は、叩き上げの国防海軍士官であった。

 

 士官として多くの船に乗り、多くの戦果を挙げた彼は軍内でも一目置かれる存在だった。

 幾多の戦いで失った物も多いが、得た物も多い。それが彼の人生である。

 

 士官学校の教官を経て、だいぶ年を取った彼の最後の経歴は「艦娘を率いる提督」であった。

 深海棲艦に対抗する存在である艦娘を率いる資格――「妖精と意思相通が図れる」という資質を持ち合わせていた彼は、軍への最後の奉公として“提督”になった。

 

 緒戦では当時は数少ない提督として活躍をしていたものの、既に彼は老体である。長引く戦いで身体が弱った上に持病が悪化し始めていたこともあり、彼は上層部に自らが一線を退くことを願い出た。

 

 そんな彼に、最後に与えられた赴任地が――「提督の墓場」と称された、“第七近海監視所(ナナカン)”であった。

 

 老人がその僻地に配属されたのは、彼自身の意思である。上層部にも一目置かれる彼が最後の願いとばかりに頼み込んだ事で、その希望はあっさりと受理された。

 ちょうど三代目の司令官が“任務”に堪えきれず辞めたばかりであり、彼は四代目の司令官として、駆逐艦神風と春風の姉妹に歓迎された。

 

 本土からコーヒー豆と器材を持ち込み、趣味のコーヒーを楽しみながら余生を過ごす。

 一方で第七近海監視所(ナナカン)の待遇――当時は彼女たちの遠征の成果すら軽視されていた――も改善しつつ、積もり積もった“任務”である「鎮守府時代の資料整理」も行っていく。

 

 そんな彼の人生計画は、持病の突然の悪化によりあっさり崩れてしまった。

 

 僅か二ヶ月余りで第七近海監視所(ナナカン)司令退任を余儀なくされた老人は、充分な治療を受けられる本土の病院へと移され、海軍時代を懐かしみながら静かに余生を送っている。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 コンコン、と老人の病室の扉が叩かれる。

 

 それに気づいた老人が「どうぞ」と答えると、入ってきたのは軍服――憲兵服姿の妙齢の女性と、それに付き従う小さな憲兵姿の少女だった。

 意外な客の来訪に老人は首を傾げる。この場所を知っているのは、家族と海軍の上層部、後は知人と僅か数人だけのはずである。

 

「はじめまして。私は、若宮椿(つばき)憲兵大尉と言います」

 

 憲兵は老人にそう名乗った。“若宮”の名を聞いて、老人にも思い当たることがあった。――曰く、彼女は「鎮守府監察課」の“爆弾”であると。

 二人は老人の戦歴や世間話をしばしの間語り合った後、若宮は“本題”を切り出した。

 

「さて、私がここにお伺いした理由は……あなたの“後任”となった男の事を聞く為です」

 

 それを聞いて老人の白い眉がぴくりと動く。穏やかな老人の雰囲気は一瞬で消え、彼はじろりと強く若宮を睨み付けた。

 歴戦の軍人特有の、ぴりりとした圧が副官である少女の顔に汗を浮かばせる。

 それに対して一切怯む様子も無く、若宮はただ黙って老人を見つめる。

 

 

 

「……何を聞きたいのかね」

 

 しばしの静寂の後、観念したかのように老人は一言若宮にそう告げた。

 若宮はその様子に微笑みを浮かべ、静かに話を切り出す。

 

「――ありがとうございます。それでは……あなたの士官学校時代の教え子であり、“第七近海監視所(ナナカン)”の後任に納まった彼――」

 

 

 

 ――“萩野宗一海軍少佐”の事をお聞きしたい。

 

 




 さて、ここまで第七近海監視所(ナナカン)の物語にお付き合い頂きましてありがとうございます。

 次回投稿より三章である「嵐の日々」を開始します。開始まで少々お待ちください。

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