【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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ここ一週間忙しくて投稿が遅れました。秋刀魚もまだ四匹……。

凪の日々の二話目となります。
今回は登場したけれど、まだあまり掘り下げていないあのコンビのお話。



第二十三話 若宮憲兵大尉の朝は早い。

「うう……冷えるなあ……」

 

 時刻は朝の5時(マルゴーマルマル)。国家憲兵隊の朝は早い。

 いかにも眠そうな顔をして、寝巻き姿の少女――艦娘“まるゆ二十三号”はベッドから起き上がった。

 時候は霜月(しもつき)の半ばであり、冬の足音が聞こえてくる季節。

 蛇口から流れ出る冷たい水に震えながら、顔を洗って速やかに身支度を整えた“秘書官”まるゆは、昨晩彼女の上司が床に入った寝室――ではなく、鎮守府の外へと出た。

 門番をしていた衛兵に聞くと、先程その上司が軍服姿で門の外へと出て行ったという。案の定であった。

 

()()やらかしてますね、あの人……」

 

 どこか達観したまるゆがふうと吐いた溜め息は、白く染まっていた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 まるゆの上司である「国家憲兵隊・鎮守府監察課」の若宮椿(つばき)憲兵大尉が鎮守府へ帰還したのは、それから一時間後のことである。……両手に年若い“提督見習い”の男共を引き摺って。

 

「いやあ、朝の散歩中に()()見かけました。全く、若い奴らのしつけがなってませんな」

 

 若宮が皮肉交じりに獲物(提督見習い)を引き渡すと、その鎮守府を統括する中佐は申し訳なさそうにぺこぺこと頭を下げた。

 

 彼女に引き摺られてきた二人は、素行不良で有名な民間出身の提督であった。

 艦娘を率いる提督を養成する「特別士官学校」は、「妖精が見える」という提督の才能を持った海軍以外の軍人や民間人を、老若男女問わず一年余りで提督に仕上げるという施設であったが、その設立が性急過ぎたため、提督の人格や道徳については余り考慮されないまま育成されるという大きな欠点を抱えていた。

 

 この二人も元は名の知れた不良であり、「特別士官学校」では大人しくしていたものの、提督見習いとしてこの内地の鎮守府に配属されてからは、上司の目を盗んでは夜の街に繰り出したり、軍の備品を壊したり、女性関係のトラブルで喧嘩騒ぎを起こしたり、とやりたい放題の数ヶ月であったらしい。

 上司も上司でその気の弱さゆえに出世コースから外れた中佐であり、あまりその二人に強く言うことはない。おまけに二人の親はそれぞれ資産家の議員と大商店の社長というのだから、彼らに口を出す者は殆どいなかった。

 

 

 

 そこを横合いからぶん殴ったのが、我らが若宮憲兵大尉である。

 

 昨晩も繁華街で飲み明かした不良提督二人。鎮守府へと向かう朝帰りの彼らを待ち受けていたのは、腕組みをする“謎の憲兵”であった。

 「何だあ、テメエ……」と彼らが凄んだその数分後には、顔をボッコボコに伸された彼らを意気揚々と引きずる妙齢の女性憲兵が、ちょうど朝の新聞配達をしていた民間人によって目撃されている。

 

「やはり実戦は身が引き締まるな。少々物足りなかったが、ははは!」

 

 と爽やかな笑顔で語るのは若宮大尉であり、それを聞いて呆れた顔となるのは彼女の秘書官のまるゆであった。

 

 

 

 ……それから数時間後。

 

「不意討ちなんてノーカンだノーカン!! 俺らと改めて勝負しやがれ!!」

 

 と、粋がる不良提督共の挑戦を

 

「いいだろう」

 

 と二つ返事で了承した若宮は、今度は鎮守府内の武道場で彼らをボッコボコにした。

 しかもわざわざ鎮守府内の兵士や工員、事務員に至るまで()()()として集めてである。

 鎮守府の衆人監視の下、完膚無きまでに叩き潰された彼らはその後すっかり大人しくなってしまったという。

 

(たぶん、あれも『作戦』だったんでしょうね……)

 

 朝に「少々物足りない」などという挑発的な言葉を()()()()()()()()()()()()()のは、皆の前で彼らの自尊心(プライド)を叩き潰すための“撒き餌”だったのだ……とまるゆは上司の行動を振り返り、またしても深い溜め息を吐く。

 

(そう言えば、占守(しむしゅ)さんと国後さんを“釣り餌”にした事もありましたっけ……)

 

 かつてある鎮守府で風紀を乱す提督の尻尾を掴む為に、若宮は当時の部下であった占守(しむしゅ)と国後を囮にした事があった。当然二人の安全を確保した上での事だし、二人とも乗り気であったのは確かだが……。

 以前からこういう無茶をする人だったな、とまるゆは改めて思った。

 

 

 

 

 

 若宮椿憲兵大尉は、国家憲兵隊の所謂(いわゆる)「爆弾」であった。

 

 気に入らないことがあれば上司であっても噛み付くし、不正を見つければ多少の規則違反を無視して断罪する。おかげで彼女の上司である監察課課長の執務机には、胃薬の常備が欠かせない。

 とはいえ、それで各地の鎮守府や基地を巡回する「鎮守府監察課」が職務である「鎮守府の風紀是正」を遂行できているのも事実であり、上層部には煙たがる者もいるが、拍手で歓迎する者も確実にいるのである。

 

 そして若宮は部下からの受けが良い。元々美人でありかつ料理の腕前もプロ級と評され、彼女が趣味で料理を作って振舞えば、食堂に部下の長蛇の列ができる。護身術や捕縛術も極めており、かつて彼女に直接教えを受けた占守(しむしゅ)と国後は、あの身体で大の大人を相手できる腕前だったりする。

 そんなわけで「鎮守府監察課」の若宮大尉が率いる実働部隊は最新型巡視船“りんどう”を駆使し、若宮大尉に忠実に従う鬼の憲兵隊なのであった。

 

 そして、それを毎回フォローするのが副官のまるゆだったり上司だったりするのだが。

 

 

 

 ――まあ、その強引さがあったから「私は救われた」んですけど。

 

 今回の若宮大尉の後始末の為の書類を作成しながら、まるゆは回想する。

 かつて若宮と出会った()()()のことを。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 通算二十三隻目のまるゆである彼女が“建造”され、基礎訓練を終えたのは42年の後半。

 彼女が配属されたのは南方と本土を繋ぐ要衝に作られたある鎮守府であった。

 そこに所属する新人提督の指揮下に入り、彼女は職務に励む事になる――

 

 

 

 時は国防海軍が総力を挙げた「南方進出作戦」が終わり、南方に“第一鎮守府”が設立した頃である。

 続々と南方へと向かう華やかな艦娘と、国防海軍の勇壮な支援部隊。国を苦しめてきた深海棲艦への反攻作戦の本格化と海軍の快進撃は、新聞やラジオのニュースで毎日のように取り上げられ盛り上がり、次第に熱を増していく。

 やがて新人提督もその熱に浮かされてしまったのは、半ば必然であったと言える。

 

 自らも()()()()()戦功を上げ、やがて前線へと転属して艦隊を率い、全提督の憧れである元帥――あの南方を制した男、“三笠元帥”を目指すのだと。

 

 

 

 しかし彼に与えられたのは脆弱なまるゆと数隻の駆逐艦によって編成された輸送部隊。元々彼は提督の才能はあっても、指揮能力といったそれ以外の才能についてはせいぜい中の下。人事部としては妥当な措置であった。

 それでも彼はその部隊で“戦功”を上げる事に躍起になってしまった。

 

 休暇すら満足を与えずに、過酷な任務で戦果を稼がせる程度ならば、まだ良かった。

 思うように戦果を挙げられないまるゆたちに辛く当たるだけならば救いがあった。

 

 最終的に彼はその脆弱な部隊で、輸送任務中に偶然発見した戦艦含む深海棲艦の打撃戦隊に挑ませるという、()()()()()を強要したのだから。

 

 

 ――結果は見るも無残であった。

 

 

 同じくその深海戦隊撃滅目的で急行していた別部隊の到着が間に合わなければ、まるゆは今頃海の底であっただろう。

 

 しかしまるゆの不幸はそこで終わらなかった。

 

 その新人提督の上司である鎮守府司令は、自らの監督不行届きという事実を隠蔽すべく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。新人提督がその司令の甥であったのが災いした。

 

 まるゆは独房に監禁され、書類焼却や口裏合わせで証拠隠滅が図られようとしていた時――

 

 

 

 若宮大尉が全てをぶち壊した。

 

 

 

 その鎮守府の怪しげな行動を嗅ぎ付けた若宮は、令状等のあらゆる手続きをすっ飛ばし、信頼する部下と共に鎮守府へと乗り込んだ。隊が乗り込んだ時には証拠隠滅の最終段階に入っており、少しでも遅れればまるゆもどうなっていたかは分からない。

 結果的には監察課の大手柄であったが、上司である監察課課長は胃痛で一週間ほど病院通いする羽目になった。

 

 

 

 

 

「――間に合ったな。大丈夫か、まるゆ」

 

 国家憲兵隊の一団を引き連れ、地下の独房へとやって来た若宮は、まるゆに優しくそう告げた。

 

 その時見せた若宮の笑顔を、その時抱きしめてくれた若宮の体温を、まるゆは生涯忘れることは無いだろう。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「……というわけですので、こちらが今回の始末書及び手続書類です。確認をお願いします」

 

 時刻は20時半(フタマルサンマル)。場所は鎮守府内に若宮の執務用としてあてがわれた部屋。

 本日最後の業務としてまるゆが若宮に提出したのは、勝手な行動を取った事に対する始末書と、武道場での出来事を()()()()()()()()()()()()()()()()()にするための手続き書類、その他諸々の()()()の書類である。

 これで監察課と若宮大尉の体面は保たれる。

 後はあの不良提督共の親が怒鳴り込んでくる可能性だが、そこは彼女に忠実な部下が証拠固めを行っている最中だ、明日には親たちがぐうの音も出ないほどの証拠や証言が出揃うだろう。

 

「うむ……。いやあ、今回も多いなあ」

「一読していただきましたら、こちらに署名をお願いします。後はこちらでやっておきますので」

「う、うむ。やるか」

 

 まるゆも憲兵隊(ここ)に来て既に一年以上の歳月が過ぎている。若宮を影で支え、てきぱきと仕事をこなしていく様はまさに優秀な秘書官であった。

 若宮大尉はこう見えて書類仕事は大の苦手だ。まるゆに書記としての才能を見出した若宮は、彼女に全て任せるようになった。

 

「――では任せよう。何と言っても、君を信頼しているからな」

 

 ことあるごとに彼女に話す若宮のその言葉にまるゆは救われる。

 あの鎮守府にいた頃、まるゆにとって何が辛かったと言えば「提督に裏切られた」事である。

 

 過酷な任務など“前世”の時点で幾らでもこなしている、ブラックもクソも無い。辛い任務は耐えれば良いだけだ、陸軍舐めんなである。辛く当たられるのも自分の性能を自覚しているからこそ、ある程度は納得していた。

 

 ――しかし、提督は最後の最後で彼女を裏切って逃げようとしたのだ。それが何よりも許せなかったし、辛かったし悲しかった。

 

 

 

「……まるゆ、君は“海軍”に戻りたいと思ったことはないかね?」

 

 書類を確認している若宮は、ふと目の前にいるまるゆにそう尋ねた。

 まるゆは彼女から過去に幾度となく同じ質問をされている。そしてまるゆもいつもの様に同じ回答を返す。

 

「いえ、私は隊長の“秘書官”ですので。()()()()()()()()()ずっとおそばにいたいです」

「……そうか」

 

 二人の会話はそれで終わり、再び静けさが執務室を包む。

 

 ――若宮大尉があの時まるゆを憲兵隊に引き取ったのは、本来は“一時的な措置”だった。

 以前に行く当ての無い占守と国後を憲兵隊で引き取った時も、若宮は

 

「才能が生かせる場所を見つけるまでの間、憲兵隊で彼女たちの身柄を預かろう」

 

 という考えであり、後日彼女たちは艦娘として“第七近海監視所(ナナカン)”に配属されることを選んだ。

 彼女たち以外にも艦娘が諸事情により一時的に憲兵隊預かりとなる事例は、非公式に数件あったのだが、彼女たちも後日海軍に復帰している。

 

 まるゆ二十三号だけが、ずっと国家憲兵隊(ここ)にいる。

 それは、信頼してくれる上司と巡り合えたから。

 その上司は色々と無茶振りをするし暴走もするしで、頭を悩ませる事もあるが彼女の今の日々は充実している。

 

 ――女傑の憲兵大尉とそれに振り回される秘書官の日々はこれからも続いていくだろう。彼女たちが向かう鎮守府に波乱を巻き起こしながら。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「ふう、これでようやく終わったぞ――」

「お疲れ様でした。ところで隊長、隊長の実家から“お見合い写真”が届いておりまして……」

「――よしっ、私は寝るぞまるゆ!! 後は任せたっ!!」

「ええ? あー……」

 

 一仕事を終えた若宮は、まるゆの労いの言葉の後に告げられた一言を完全に無視し、そそくさと部屋から出て行ったのであった。

 

(……ま、明後日にでも改めて船上で見て貰いますか)

 

 こういう時だけ話を聞かない上司の行動に、本日何度目になるか分からない溜め息をつき、まるゆは今日の業務を終えるのであった。

 


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