【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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 三章である「嵐の日々」を始める前に、二・五章的な位置づけの「凪の日々」を投稿していきます。
 内容は日常よりの閑話だったり、本編で説明不足の設定語りだったり、単なる思い付きだったり。

 一回目は二章ラストで入手したあの資材について。



間章 凪の日々
第二十二話 改修してみよう!


「……で、どーすんだ、これ」

 

 時刻は14時(イチヨンマルマル)。昼下がりの第七近海監視所(ナナカン)工廠にて、工廠の工員兼責任者である大山源次郎は頭を抱えていた。

 源次郎の目の前にあるのは、先日上官である萩野少佐が勲章の代わりに貰うことになった、銀色に光るネジ状の物体……通称「改修資材」である。

 

「……おう、お前ら。こいつの使い方って分かるか?」

 

 源次郎は周囲にいた艤装整備担当の妖精さんに尋ねるが、全員がふるふると揃って首を振った。

 それも当然である。この「艦娘装備の性能を大幅に底上げする」という触れ込みの改修資材が開発されたのは、43年の1月。漁火島の神護(じんご)鎮守府が廃止され第七近海監視所(ナナカン)が設立したのが42年12月。第七近海監視所(ナナカン)になってからはそういった資材が回って来ることも無いため、源次郎含め誰も改修資材を見た事が無かったのである。

 

「いやいやいや……どうすんだよコレ」

 

 扱いに困るそれをじろりと眺めながら、源次郎は工廠に丸ごとぶん投げた萩野をちょっとだけ恨んだ。

 萩野に使い方を尋ねれば良いだけの話ではあるが、何もせずに回答を待つだけというのは源次郎の工員としてのプライドが許さない。源次郎が使い方を知っていると思って、萩野は特に何も言わずにこの資材を預けたのだろうから。単なる意固地とも言うが。

 

 

 

 

 

 まあ艦娘に関わる品が今までの常識の範囲外であることは、別に今に始まったことでは無い。

 

 通称バケツと呼ばれる「高速修復材」。傷を負った艦娘の船体(からだ)の回復を大幅に早めるという修復材については、人類の歴史上初めて現われた「五隻の艦娘」と彼女たちに随伴していた艤装妖精によってもたらされた物で、製造方法は分かっていてもその原理についてはさっぱり分かっていない。

 

 艦娘の艤装についても謎のテクノロジーの塊である。国防海軍の持つ通常兵器では攻撃の効果が薄い深海棲艦。彼女らに何故艦娘の装備が有効なのか、今も研究が続けられているが成果は芳しくないようだ。

 試験的に艦娘の装備――35.6cm連装砲や41cm連装砲を通常の護衛船に装備して運用した事もあったが、艦娘が装備して使用した時より格段に威力は落ちてしまった。

 そんなわけで今では「艦娘に宿る『(ふね)の霊魂』が、ミニチュアサイズである艤装と装備に何かしらの影響を与えることで、本来の威力を発揮できる」とかいうオカルトめいた定説に落ち着いている。

 

 そもそも艦娘も妖精も、そして“深海棲艦”すらも、その出自がよく分からない存在である――という話なのであるが。

 

 

 ――全ての始まりとなった「五隻の艦娘」以外に邂逅した艦娘は、()()()()()()()()()()()()()

 

 ――残る艦娘は全て「五隻の艦娘」によってもたらされた“建造”によって誕生したもの。

 

 ――そして艦娘一隻の建造には莫大な費用と資材が掛かる。

 

 

 源次郎が現在知りうる“艦娘”の誕生に関する情報はそれくらいである。

 まあ下である兵士や工員にはまだ知らされていなくとも、上層部は“真相”に辿り着いているのかもな……と源次郎は思っている。噂に聞く「特定の艦種の建造方法」についても上層部は秘密にしているのだから。

 まあ「敵の正体」が分からなくても、下はお上の言うとおりに銃を撃つだけなのが軍隊である。源次郎もそこは大して気にしていない。

 そんなことより、今は目の前にある「改修資材の正体」の方が余程問題なのである。

 

「とりあえず、余ってる装備を持ってきて試すかね」

 

 源次郎はぽりぽりと頭を掻きながら、興味津々の妖精さんたちを連れ添って倉庫へと向かった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 ――第七近海監視所(ナナカン)の倉庫には「なんでもあるようで」「なんにもない」。

 それが源次郎の認識であった。

 

 一見すると鎮守府時代に使用していた艦砲や機銃の“宝の山”に溢れている様に見えるが、まともに使える装備は殆ど無くガラクタ同然である。そもそも鎮守府廃止の際に、当時の最新の装備や使える装備はその殆どが持ち出され前線の南方鎮守府や、本土の工廠に送られてしまったのだから然もあらんであった。

 一応、神風たちの艦砲や魚雷発射管の調整をしたり、中破した艤装を修復したりで使える部品取りを行ってはいる。が、特に修理の必要もなく運用可能な装備を探すのは、ガラクタの山という砂漠から砂粒を探すに等しい。

 以前に神風たちの為に対潜装備を探した際に、まともに動作する爆雷投射機やソナーが隻数分見つかったのは奇跡だったのである。

 

「いつかコイツらも一度整理しなきゃいかんよなあ」

 

 そんな源次郎のぼやきは、妖精さんしか知らない。

 

 

 

 

 

 さて、しばし全員で倉庫を埃だらけになりながら漁った結果、ようやくまともな装備が見つけることが出来た。

 

「12.7cm連装砲か……」

 

 12.7cm連装砲。装備としては神風たち神風型駆逐艦や占守型海防艦の装備する「12cm単装砲」より高性能である艦砲ではあるが、今では威力速射性共に「平凡」の域を出ない装備である。

 なお神風たちがこちらを選ばず、性能の低い12cm単装砲を装備しているのかと言えば、それは「彼女たちにとってそちらの方が取り回しが良いから」である。“前世”の頃から使い慣れている装備の方が順応性が高いとでも言えば良いだろうか。

 

 「さて、試してみるか」と、早速その12.7cm連装砲と改修資材を弄り始める源次郎と妖精さん一同。

 

 

 とりあえず改修資材がネジ状なので、使えそうなネジ穴を探してみた……あるわけが無い。

 

 次に連装砲の上に改修資材を置いてみる……特に何も起きない。

 

 では上下逆にしてみる……やっぱり何も起きない。

 

 実は何かギミックがあるのではないか? と改修資材を改めて調べてみるも、つるりとした表面には特に何の形跡も無い。

 

 

 ――途方に暮れた源次郎が、妖精さんのアイデアで改修資材を神棚に捧げ、奇妙な踊りで祈り始めた所を、偶然通りかかった神風に白い目で見られるまでその試行錯誤は続いた。

 

 ……だいたい三時間くらい。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「……錬金術かよ」

 

 源次郎はぽかんとしながら目の前の光景を眺めていた。

 彼の目の前にあるのは金属製の“鍋”……その中で改修資材が()()()()()()()

 

「この薬品Aで融かした改修資材を、同梱されていた薬品Bと混ぜることで装備の『コーティング材』として使用できます……だって、源さん」

 

 本土から届けられた説明書を見てそう語るのは神風である。

 

「……ネジの形状にする意味あんのかこれ」

 

 源次郎はもっともな疑問を口にしたが、その疑問に答えられる者はこの場にはいなかった。

 

 

 

 あの後、「使い方なら司令官に聞いてみればいいじゃない」と神風に言われ、源次郎はあっさりそれに従った。源次郎は神風には弱いし甘いのだ。

 そして源次郎の質問に対する萩野の答えはこれである。

 

「さっぱり分からん」

 

 ……流石にこの時ばかりは源次郎も上官(萩野)をどつきたい思いに駆られた。

 代わりに神風が「何やってるのよ、司令官……」と白い目で見て萩野を責めたので、少しは気が晴れたが。

 

 つまりは噂に聞いた改修資材(ネジ)を手に入れたは良いが、使い道は工廠組が知っているだろうと思い込み本土から使い方を聞かなかったのだ。実に間が抜けている。

 いやあと頭を掻く萩野をせっついて本土の工廠へと連絡させ、“使用方法”が書かれた書類が届けられたのが今日の事である。本土工廠も貴重な資材をわざわざ要求したのだから、使い道は知っているだろうと思って書類を同梱しなかったらしい。

 

「……なるほど、こいつはすげえな」

 

 出来上がった改修資材の“コーティング材”は、銀色に輝く液体である。

 試しに12.7cm連装砲の砲身に塗ってみると、キラキラ輝いているのは初めだけで、すぐに色が変わり砲身と同色になってしまった。

 “コーティング”と言うよりは、薬剤を“浸透”させているといった表現の方が正しそうである。

 

 数十分後には綺麗にコーティングされた12.7cm連装砲が源次郎の目の前に出来上がった。細かい部分は妖精さんに手伝ってもらったが、これならば源次郎にも問題なく可能だ。

 (工員というよりも、こりゃ絵師の仕事だよな)と内心思っていたりもしたが。

 装備は一見すると大して変わっていないように見えるが、何となく伝わる“圧”が塗る前とは明らかに異なる。実にオカルトではあるが、艦娘の艤装とはそういう物なのだと納得するしかない。

 

 書類には更に詳しい使い方が書いてあった。

 ある程度はコーティングを重ねることで性能が上がるが、更に性能を上げるには装備そのものに工員が手を入れる必要があること。

 その際は他の装備などから部品取りを行う必要があること。

 装備は改修資材で改修できる物と出来ない物があること。

 

 装備そのものに手を入れるのは源次郎もこなしてきた事でもあるし、部品取りには困らないガラクタの山は倉庫に健在である。これについては問題ないと言えた。

 

 ただ一つ源次郎にとって残念だったのは

 

「……お前らの“12cm単装砲”は改修資材じゃ改修できねえみたいだ」

 

 という事実である。

 

「そっか……ちょっと残念」

 

 神風はしゅんとした顔で手に持ったコーティング材を見つめていた。

 当然ながら12cm単装砲でも今まで源次郎が行ってきたような資材を使用しない改修は可能ではある。ただし効果の高い改修資材の恩恵は受けることは出来ない。

 使い慣れた装備が対象外というのは、神風にとっては実に残念な事態であった。

 

「まあ、九三式や三式(ソナー)には改修資材を問題なく使えるらしいからな。そっちで我慢してくれや」

 

 と、源次郎は神風の頭を優しく撫でた。

 

「……うん」

「さて……ところで、()()()はどうすっかな」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 こうして、改修資材によって九三式水中聴音機(パッシブソナー)三式水中探信儀(アクティブソナー)の性能向上が行われ、新装備の入手と共に第七近海監視所(ナナカン)の戦力は大幅に底上げされることになる。

 

 その“功労者”第一号であった通称「12.7cm連装砲・星一号」は――第七近海監視所(ナナカン)工廠に据え付けられた“神棚”の上で、今は静かに眠っている。

 


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