【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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第二十話 決着

――潜水カ級――

 

 深海棲艦の“潜水艦”の中では下位種に位置する艦。それ程知能は高くないとされているが、そのステルス性能は高く、航路に潜み人類の船や艦娘に熾烈な攻撃を仕掛けることで知られている。

 40年代初頭のシーレーン壊滅時においては、当時の敵機動部隊の要であったヲ級等と並ぶ深海棲艦の脅威の一つとして下位種でありながら大いに恐れられたが、艦娘側の対潜兵器の開発や戦術の確立と共に、大した脅威ではないと見なされるようになる。

 

 ――それもソ級やヨ級を旗艦とした「群狼部隊」の登場までであるが。

 

 

 

 

 

「――よし、行こうか」

 

 萩野は国後の提案を受け、救援の旗を揚げる大岩へ向かう事を決断した。

 萩野自身も向かうべきか一旦去るべきか迷っていたのである、それが吉に出るか凶に出るかはともかくとして、国後が意見してくれたのは正直ありがたかった。

 

「ところで艤装は大丈夫っすか、クナ?」

「うん、衝撃で破損しちゃった所もあるけど……。航行には問題ないわよ、姉さん」

「それならいいっすけど……無茶は駄目っすよ?」

 

 先ほどカ級から受けた攻撃の損傷を心配する占守に対し、何も問題ないと答える国後。

 そんな二隻と萩野の乗る“らいちょう”は、神風たちの交戦区域からなるべく離れるように大岩へと向かった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 一方、神風と春風の二隻は奇襲を仕掛けてきた敵潜水艦との交戦を開始していた。

 

 神風は三式水中探信儀(アクティブソナー)及び九四式爆雷投射機、春風は九三式水中聴音機(パッシブソナー)及び九四式爆雷投射機を装備している。源次郎の予想したとおり、三式爆雷投射機は残念ながら倉庫に無かったものの、三式水中探信儀については中古品と新品がそれぞれ一つずつ見つかった。

 四隻の話し合いの末、三式水中探信儀は小隊長である神風と占守が持つことになったのだった。

 

 敵潜水艦撃破の為に現在神風と春風が取っている戦術は「ハンター・キラー戦術」である。これは専ら敵の捜索を行う“ハンター”と、敵に攻撃を行う“キラー”が組んで行われる。

 かつて神風たちが戦ったあの大国が確立した対潜戦術であり、今では国防海軍の基本的な戦術の一つだ。

 

「前方11時方向、距離……二百! 春風、爆雷投下よろしくっ」

「了解しました」

 

 “ハンター”である神風が前路を三式水中探信儀(アクティブソナー)により敵の位置を探知。それに追随する“キラー”である春風は、神風の指示により、艤装に装着された投射機と軌条で九五式爆雷を粛々と投下していく。この戦術は各艦の息のあった連携が肝なのだ。

 その連携については、長年第七近海監視所(ナナカン)で過ごしてきた同型艦の二隻だけあって息もぴったりであり何も心配は無い。

 

「まったく、あの時にこの戦法を知っていたらね……っと!!」

 

 神風はかつて自分が経験した苦難――敵潜水艦との一騎討ち――を思い出し、苦笑しながら呟いた。あの頃は動向が掴めない水面下の敵を殊更に恐れていたし、その敵に多くの仲間たちが為すすべも無く沈められていった。

 船団を護衛し潜水艦を駆逐するのが駆逐艦の本来の役目なのに、逆に絶好の“獲物”として潜水艦に狩られていたのだ。全く持って笑い話にもならない。

 

(……でも。()()()()

 

 かつて自分たちを苦しめたあの国の対潜戦術は、この三ヶ月でじっくりと学んだ。悔しいが極めて優れた戦術であった。

 三式水中探信儀(アクティブソナー)の有効性も十分に理解し、習熟訓練に力を入れた結果神風の実力は本人が思うより確実に上がっている。

 

 そして何より、第六近海監視所(ロッカン)と共同で行われた海上護衛任務――あの遭遇戦が神風を大きく成長させる切っ掛けになっていた。

 この船体(からだ)になってから初めての実戦。深海棲艦の中では最弱と呼ばれるイ級にすら苦戦した自分自身を省みた。無論、海戦の規模で言えば戦闘詳報の記録にも載らないほど小規模な遭遇戦ではあったが、神風にとって初陣であり懸命に戦った戦である事実は変わらない。

 

 ……まあ要するにその戦いで吹っ切れたのである。

 

 

 

 

「おっと! 危ないわねっ……見つけたっ!!」

 

 潜んでいた敵潜水艦から放たれた魚雷――その僅かな雷跡から判断し即座に回避した後、遂に神風は敵の影を視認し捕捉した。

 

 ――ソ級Flagship。

 

 頭部に装着された長身砲と光る目玉らしき艤装、その下で妖しく輝く黄色の眼はじっと神風を睨んでいたが、神風に見つかるとすぐさま海面下へと姿を消した。

 自らの位置を知られるのを引き換えに、神風に最接近して魚雷を放っていたのだ。その必殺の攻撃も神風に呆気なく回避されてしまったのだが。

 

「位置は2時方向、距離百! 行くわよ、春風っ!!」

 

 春風に爆雷投下の指示を出す神風は、自らが装備する投射機の狙いを同じ地点に定める。二隻の同時攻撃により敵潜水艦を仕留める算段である。

 

「――これで、とどめです!!」

「行くわよっ!!」

 

 神風と春風の九四式爆雷投射機から次々と放たれる十数発の爆雷は、神風の指し示した位置へと正確に沈んでいった。

 

 

 

 

 ソ級は落胆と苦悩の渦の中にいた。

 敵のいる海面近くまで上がるリスクを抱えて放った決死の魚雷攻撃はあっさりと回避されてしまった。せめてこちらを索敵している一隻は撃沈できると踏んでいたのに。

 神風と春風の放った爆雷が、ソ級の周囲を覆う。最早彼女に逃げ道は無くソ級は自らの運命を受け入れなかればならない事を知る。

 

 ――ああ、敗北する時はこんなあっさりと敗北してしまうのか。明らかに弱そうな鼠を食ってやろうと思ったら、鼠に喉元を食い千切られた、そんな気分であった。同時に攻撃を仕掛けた僚艦のカ級からは連絡が途絶えている。信じがたいが恐らくはあの敵の反撃の爆雷で撃沈されたのだろう。

 その時点で戦えるのがソ級一隻になってしまった以上、“群狼”でも何でも無い“手負いの犬”に成り下がってしまったのだと彼女は悟った。

 

 そして一定の深度に達した爆雷の信管が一斉に作動し、彼女の苦悩の終わりの時が来る。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 時を同じくして、第二小隊(占守と国後)と“らいちょう”は大岩へと到着した。

 

「……これは酷いな」

 

 萩野の予想通り、それは漁船であった。船体は前部が大岩にぶつかり船尾が海面下へと沈んでいる。風雨に晒されてぼろぼろの船体から、この難破船がどんな航海を辿ってきたかがありありと想像できた。

 

「さっきまでいた人影がいないっすね……」

「そうだな……。よし、大岩の周囲を探ろう。占守は右から、クナは左から回ってくれ」

「司令はどうするっすか?」

「俺はあの船に横付けしてみる。中に生存者がいるかもしれないしな」

「了解っす」

「了解しました」

 

 萩野の命令に従い占守と国後は二手に分かれて捜索を開始する。海抜4m程の大岩である、二隻で掛かれば周囲を探索するのはあっという間に終わる。

 

 

 

「あれ、何か動いたような……」

 

 と、大岩の頂に掲げられた旗の下の岩の影で、何かが動いているのを確認した国後。彼女は大岩に近づいて上を見上げると――

 

「……そんな……」

 

 国後の目が驚愕と絶望に染まる。

 

 そこに待ち構えていたのは――“カ級Flagship”であった。

 その装甲は損傷が激しく、激しい戦闘を潜り抜けた様をありありと見せ付けていた。

 カ級の眼は爛々と黄色の光を放ってはいたが、国後にはそれがどす黒い闇に包まれているかのように感じた。

 

「あ……ああ……」

 

 誰が「潜水艦が陸上に上がり、自らを救助者と見せかけ待ち構えている」などと予想できようか。

 国後は足がすくみ完全に動けなくなってしまった。

 

「ク、クナ!! 逃げるっす!!」

 

 同じくカ級と国後の置かれた状況に気付いた占守が叫ぶが、国後はカ級の眼に魅入られてしまったかの様に動けない。

 

(また、やっちゃった……)

 

 

 

 

 

 中破したカ級がそこにいたのは、旗艦であるソ級の指示であった。

 先の対潜哨戒部隊との戦いで、魚雷の発射機構を損傷してしまったカ級は雷撃が出来なくなっていた。

 

 満足に戦えない事を知ったソ級は、彼女にここで待機する事を命じた。

 ソ級たち群狼部隊がここに辿り着いた時、ちょうどお(あつら)え向きに漂流していたぼろぼろの“難破船”が大岩に着岸した所であった。

 難破船に()()()()()()()()()が、代わりに一本の旗を見つける。ソ級は以前に無防備な輸送船団を沈めた際、船が沈む直前まで船員がそれを掲げていた事を知っていた。

 ソ級はカ級に「敵が来たら合図と共にこの旗を掲げろ」と命令を下す。救援の旗を掲げ、それに釣られた敵の船を誘い込み、健在のソ級とカ級で一斉攻撃を仕掛けるというのが当初の作戦であったのだ。

 

 ――実際には、誘い込み作戦は行われず初めて見る駆逐艦と海防艦の編成に油断したソ級とカ級が攻撃を仕掛けてしまったのだが……その後の戦闘結果は読者のご存知の通りである。

 

 

 

「あああ……」

 

 手負いのカ級の眼は“復讐”に満ちていた。

 僚艦が全滅した以上、最早彼女に帰る場所は無い。ならば、ここで一隻でも道連れに仕留める。カ級は手に持った魚雷を国後に向けて振り下ろし――

 

「――くらえっ!!」

 

 バギュンと銃声が鳴り響く。その銃声とほぼ同時にカ級の眉間に“小銃の弾丸”が直撃した。

 カ級を撃ったのは“らいちょう”の甲板で銃を構える萩野だった。カ級は一瞬驚きはしたものの、すぐに冷静さを取り戻し忌々しそうな顔で萩野を睨みつけた。

 萩野が構える小銃は、固定武装の無い“らいちょう”の自衛用として積んでおいた武器の一つである。波で揺れる船の甲板で、大岩の上にいるカ級の眉間に弾丸を当てた萩野の腕前はかなりのものではあったが、護衛艦すら沈める深海棲艦に()()で挑むのは、些か無謀といわざるを得ない。不意を突かれたカ級Flagshipに直撃するという戦果は挙げたものの、()()()()()()である。

 

 ……ただし、今の状況では()()()()()()()()()()()()、それだけで十分だった。

 

「占守っ! 砲撃だ!!」

 

 小銃を構えた萩野の命令に、国後の下へ向かっていた占守が艤装(からだ)で答える。

 

「まかっせるっす……一番二番、撃てーっ!!」

 

 占守の腰部の艤装に装着された“12cm単装砲”――威力ならば神風らのそれと同等である――から放たれた砲弾は、萩野に気を取られていたカ級の顔面と腹部に直撃。

 

「グギャッ!?」

 

 砲撃をまともに食らったカ級は思わず叫び声を上げた。致命傷を受けて大岩から海へと崩れ落ちるカ級。その眼は驚愕と無念と()()に彩られており……。

 

 カ級は最期に()()()()()()()()()この状況を招いた萩野に向けて、手に持った魚雷を投げつけた。

 

「あっ……」

 

 


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