【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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夏イベ攻略完了したため更新再開です。
狭霧探しがまだ残ってますが…



第十九話 奇襲攻撃

――漁船改造型巡視艇「らいちょう」――

 

 第七近海監視所(ナナカン)が保有する巡視艇。その名の通り20トン級の中古漁船を改造して巡視艇へと仕立て上げた船である。神護(じんご)鎮守府時代に配属されていた巡視艇の多くは他所(よそ)の鎮守府かまたは“海の底”に送られてしまった為、この「らいちょう」が唯一保有する船となった。

 

 元は沖合での漁業目的の船であり、源次郎と妖精さんの改造により遠洋での航海にも対応。乗組員は指揮として萩野少佐、操舵や艦娘への整備及び補給要員として妖精さんが数人乗り込む。

 なお固定武装は無く戦闘力は皆無に等しい。深海棲艦とまともにかち合えば一撃で沈む運命である――

 

 

 

 

 

 ――“らいちょう”は萩野の指揮と妖精さんたちの操縦の下、軽快に水上を進む。萩野着任時から1,2回ほど巡回に出た後は碌に使用していなかったが、源次郎と妖精さんの1日掛けた整備のおかげもあってか、その機動に問題は感じられなかった。むしろ機動性が上がっている感すらある。

 なお源次郎は今回は留守番である。「土産買ってこいよ」と冗談交じりで言ってはいたが、暇が出来たら魚釣りでもして、その戦果を土産にしても良いかもしれないと萩野は思った。

 

 さて、南方への航路であるB航路とC航路の巡回任務を無事に終え、第七近海監視所(ナナカン)艦隊は一路“第三十六演習海域”へと向かっている。遠洋にしては波は比較的穏やかであり、周辺には神風ら含む五隻以外の船影は、萩野の乗り込む“らいちょう”からは視認できない。空には何羽かの海鳥が列を成し、気持ちよさそうに飛んでいた。

 

「第三十六演習海域……さながら“()てられた演習海域”か」

 

 そんな穏やかな光景を見ながら、ふと萩野は呟く。今から向かう“第三十六演習海域”は、第七近海監視所(ナナカン)と同じ――41年初頭に演習海域として登録され、演習に使用されていた。そして42年夏の南方進出作戦成功後は、その役目はほぼ終え半ば放棄された海域なのである。

 神風たちがよく使う“第十八演習海域”も似た様な物であるが、第六近海監視所(ロッカン)第七近海監視所(ナナカン)には盛んに訓練と演習に使用されており、まだ救いがある。“第三十六演習海域”は本土からも南方鎮守府からも遠いという微妙な位置にあり、ほぼ使用されなくなってしまったのであった。

 

 それでも第三十六演習海域が未だに書類上は“演習海域”であるのは、間違いなく国防海軍(うえ)の意向であろう。

 40年代と共に始まった深海棲艦の攻勢。そして41年初頭に起こった「第三次近海防衛戦」――国防海軍が艦娘(かんむす)と初の邂逅を果たした記念すべき戦いである――の後、“艦娘の訓練および演習”という名目を掲げ、本土周辺の多くの海域が“演習海域”として登録され、国防海軍の管理下に置かれている。南方進出作戦成功後は、更に多くの演習海域が追加登録され、海軍の“実効支配”海域と化している。

 それから数年経った現在では、国防海軍に百近い演習海域が登録されているものの、その内稼動しているものは半数に満たないとされていた。

 

「……まああれだよな。この戦争が終わったらどうなるんだろうな」

 

 現在、艦娘をまともに運用可能な国は我が国のみ。他国は損害と犠牲を前提に細々とシーレーンを維持するか、我が国と同盟を結びシーレーンの護衛を依頼しているかのどちらかである。

 遥か東で大陸を席捲するあの超大国は、大洋に陣取る“中枢棲姫”率いる大艦隊の圧倒的戦力と、運河を占領する“運河棲姫”を前に、シーレーンを最低限維持するだけで後はひたすら篭城戦(ひきこもり)であると聞く。

 大国の足枷であるエネルギー問題については、かつて行われた技術提携において、我が国で研究されていたオイルシェールの技術を渡したところ、僅か数年で自給自足の体制を確立してしまった。この調子ではあと四半世紀は引き篭もったままだろう。余計なちょっかいを出して被害を増やすくらいなら、引き篭もっていた方が(政府)(国民)も助かるのである。

 

 そんなわけで、深海棲艦が跋扈する現在は他国も演習海域や基地については(うるさ)く言う事は無い……が、この戦争が終わればそれもどうなってしまうのだろうか。

 戦後の国防海軍の行く末に思いを馳せ、巡視艇の甲板の上で萩野は一人ごちるのだった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「……さて、この辺りのはずだけどな」

 

 第三十六演習海域のある地点に達した事を海図から確認した萩野は、双眼鏡で周囲を見渡す。事前に聞いていた情報では、海域の中心に小さな“岩”があるとの事。大きさは満潮時で海抜4m程の、珊瑚礁でできた岩であり、控えめに言っても島とは言えないサイズではあるが、そこに観測器具や訓練記録が納められた小さな小屋が設置されているらしい。

 

「――なんだろうな、この空気……」

 

 と、双眼鏡で辺りを見渡す萩野は、ふと周囲の()()()()を感じ取る。先ほどまで空を飛んでいた筈の海鳥の一羽すら見えないこの状況、幾らなんでも海域が()()()()()のだ。

 

「――神風、占守。対潜警戒態勢をとれ」

「了解。ここは輪形陣で進むわよ」

 

 同じく戦場特有のぴりぴりとした空気を感じ取った神風の指揮の下、四隻は“らいちょう”を中心として“輪形陣”の陣形を取る。前方を神風が、左舷を占守が後方を国後、右舷を春風が見張る態勢だ。

 

「“まくら”さん……対潜警戒航行を。()()()

 

 萩野に“まくら”と呼ばれた妖精さんは、黙ってこくりと頷き――いつも(まくら)を抱えて寝ていた操舵士の妖精さん(本人曰く「やる事が無いから寝ていた」そうである)である――蛇行による対潜回避運動を開始。“らいちょう”は慎重に海域へと進む。その周囲を九三式水中聴音機(パッシブソナー)を起動させた四隻が囲う。

 目を凝らせば、船の前方にはようやく目標となる“小さな岩陰”が見えており、その上に小屋らしきものが確認できるようになったのだが、最早それどころではない。

 

 それから一呼吸を置いた後、神風ははっと気づく――波間に突如白く細い波――幾重もの“雷跡”がこちらに向かって走ってくることを。

 

「司令官っ!! 1時方向から魚雷!!」

 

 神風が叫ぶが早いか、残る三隻は戦闘態勢に入る。

 

「面舵いっぱーいっ! 速度も上げろっ!!」

 

 萩野の指示の下、速度を上げかつ右舷に回頭した“らいちょう”。三本の魚雷は船首を掠めそのままあらぬ方向へと飛んでいき、辛うじて初撃を避ける事に成功する。

 

「妖精さん、三式水中探信儀(アクティブソナー)起動っす! クナ、九三式水中聴音機(パッシブ)は任せるっす!」

「あ、うん! ええっと……」

 

 占守の指示を受け、国後が水中探査を開始するが……“予期せぬ初戦”という国後の焦りがその判断を遅らせた。

 

「きゃあぁぁ!!」

 

 直後に20時方向から水しぶきが上がり、国後が叫び声を上げる。彼女の姿は水しぶきに隠れて見えなくなってしまった。

 

「クナッ!! くそっ、時間差攻撃かっ!!」

「クナー!!」

 

 萩野と占守の顔が青ざめる。いくら艦娘と言えども、まともに魚雷を受ければ轟沈しかねないのだ。ましてや小さな船体の海防艦であり――萩野の脳裏に最悪の状況がよぎる。

 少しして水しぶきが収まり船影が見えた。

 

「だ、だいじょうぶ……あたし、沈むつもり、ないから……」

 

 爆発の衝撃を受け、ふら付きながらも国後は無事であった。魚雷の信管の爆発が早かったのか、運良く爆発の直撃は逃れたものの、艤装の一部が損傷。艤装の上では妖精さんがてんやわんやと動き回り損傷の確認を始めている。

 

「……よくもクナをっ! 食らえっす!!」

 

 妹の無事を確認した国後は、海面をきっと睨み、三式水中探信儀(アクティブソナー)の反応とひらめきから敵位置を分析――支給されたばかりの二式爆雷を手に掴み、()()()()()()()()()()()

 

「とりゃああああ!! “先制対潜爆雷”!!」

 

 占守の掛け声と共に放たれた爆雷は、綺麗な放物線を描いて宙を舞い、そして吸い込まれるように狙った地点へと――

 

 

 

 ――国後に魚雷攻撃を行ったのは、先日輸送船を沈め、更に対潜哨戒部隊と戦闘を行った後ここに逃れていた“群狼部隊”の一隻「カ級Flagship」であった。部隊の旗艦であるソ級の指示の下、時間差で攻撃を仕掛けたのだがその攻撃は半ば不発に終わってしまったようだ。

 

 悔しさを感じながらも、カ級は次の魚雷攻撃の準備に入る。

 しかし、この時点でカ級は()()していた。小型船と駆逐艦二隻。そして見た事が無い駆逐艦より小柄の謎の艦娘。前回戦った対潜哨戒部隊よりも明らかに脆弱そうな部隊を。

 

 そして、魚雷の装填を終えたカ級は気づく。こちらの頭上に()()()()()()()()()()()数発の爆雷の存在に。

 

 気づいた時にはもう遅い。

 

 カ級は深海棲艦の中では下位種にあたり、それ程知能は高くないが――それでも数秒後の自分の運命が“轟沈”であることは想像出来てしまった――

 

 

 

 

 

 どん、という爆発音と共に海面が盛り上がるのを確認した萩野は、四隻に命令を下す。

 爆雷の爆発音でソナーがしばらく使えなくなったため、今の萩野に敵潜水艦がどうなったのかを知る由は無い。まさか今の一撃で沈むとは萩野には思えなかったが、とにかくここに留まっていては危険だ。

 ――少なくとも二隻。可能性は低いが、今の占守の攻撃で敵が沈んだとしても前方に潜む一隻はまだ健在であろう。

 

「このまま右へ転進し、海域を離脱する! 神風、前方から攻撃を仕掛けてきた敵は――」

「任せなさい! 私と春風(第一小隊)が何とかするわ! 司令官は占守と国後(第二小隊)と一緒にこのまま離脱して!!」

 

 神風は気丈に声を張る。神風にとっても対潜戦闘は初めてのはずであるが、萩野と後輩と心配させないためなのか、その声からは一切の不安を感じさせない。

 

「――よし、任せた。頼むぞ、神風」

 

 萩野は意を決し敵潜水艦掃討の命を下す。

 

「了解!! 行くわよ、神風!」

「ええ、参りましょう」

 

 にこりと微笑で返した春風と共に、神風は対潜戦闘を開始した。敵の正体は未だ不明なり。

 

 

 

 

「さて、俺たちはさっさと離脱だ。」

「司令っ! ……あの大岩の横に何か見えるわ!?」

 

 二隻の戦闘の邪魔になると、海域を一旦離脱しようとした“らいちょう”だったが、国後の言葉を受けて萩野が双眼鏡を掲げて目を凝らすと、大岩に小型船らしき船影が見えた。大きさは恐らく“らいちょう”より一回り小さい15トン級。その船体は半ば海面下に沈み、大きく傷ついているように見える。

 

「漁船……?」

 

 双眼鏡を覗きこみながら、萩野はいぶかしむ。

 

(遭難……? この方面での遭難は聞いていないが、他国の船か?)

 

 海に出れば深海棲艦の襲撃を受けるこのご時勢である。遭難する漁船は少なくないし、遭難した際は港から遭難届が出され、すぐさま海軍による捜索が行われることになっている。

 “らいちょう”に備え付けられた無線機には何の応答も無い。もし漁船に人が残っているのであれば、何らかの反応があっても良いはずだが……。

 

「あ! あれ……岩の上に“人影”が見えるっす!!」

 

 占守の言うとおり、岩場の上で何かがうごめいている。

 

「人影……? 何か“旗”を掲げている?」

 

 謎の人影が掲げる赤と白で彩られたぼろぼろの旗は、国際救難信号の旗であった――それは主に無線機が何らかの事情で使用できない時等に掲げられる事になっている。

 

「救援……? 無線機が故障しているのか……? だったら」

 

 ――どうする。と萩野は考える。

 

 こちらに気付いて旗を揚げたのであれば、急ぎ救援する必要があるのかもしれない。島ならばともかく、あんな岩の上では仮に魚雷が誤爆でもすれば酷い事になる。

 現在神風と春風の第一小隊が敵潜水艦と交戦中。後方から襲撃してきた艦は、先ほどの占守の爆雷攻撃から反応を見せない――希望的観測だが、撃沈もしくは痛打を与えた可能性は無い事も無い。

 このまま離脱か、それとも大岩に向かい漁船の生存者らしき人影を確認、場合によっては救助するか。萩野は提督としての決断に迫られる。

 

 ――そして、そんな萩野が判断を決める一言が出たのは、それから数秒後のこと。

 

「――行こう、司令」

 

 それは国後の覚悟の一言だった。

 

 


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