【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~ 作:山の漁り火
第一話 萩野提督
――提督――
提督とは、人類の敵“深海棲艦”に対抗する存在“
その人員は国防海軍の士官から“提督としての能力”を持っているかを基準に選抜され、“海の
「平和だな……」
誰もいない寂れた海岸。その一角で釣り糸を垂らし、のんびりと寝ころんでいるのは白い海軍士官服に身を包んだ若者。
名を
この国が誇る海の防人――“国防海軍”の一員であり、艦娘を率いる“提督”の資格を持つ者――今はここ
「眠い……」
寝るには少々日差しが強いのだが、彼はこの監視所に赴任して早4ヶ月。この島の穏やかな環境にすっかり体が慣れた彼にとっては既に気にならない程度の日差しであり、眠気が彼の瞼を次第に閉じていく。
「………ぐぅ。」
そしてしばらくうつらうつらしていると。
――ぺちぺちと彼の頬を叩く感触に、彼は目を覚まし。
「……? ってあれ引いてる……やべっ!!」
ぴくぴくと揺れる釣竿に気付いた彼は今日の晩飯確保のため、あわてて釣竿を引き上げるのであった――
「――いや、ありがとうな。妖精さん。危うく逃がすところだった」
そう言って、彼は彼の肩に立つ小人に感謝の言葉を伝える。
ふふんと少し偉そうにふんぞり返るのは、艦娘と提督に欠かせない存在である――“艤装妖精”だ。
『“提督”は、艦娘の艤装を司る“妖精さん”を見る事ができ、彼女らと意思を交わす事ができる』
それが提督としての絶対条件であり、彼はそんな貴重な人材の一人だ。
そんな彼が島の巡察……もとい散歩や釣りに出かける際には、必ず一人は妖精さんが付いてくるのがお約束となっている。
執務室からふらっといなくなる彼を見張るために、神風が半ば義務付けたものだが……妖精さんもこの島ではあまり仕事熱心ではないので、暇な時は一人と言わず多い時は三人四人と付いてくる事もある。
その証拠に、もぞもぞと彼の服の中から眠そうに顔を出す妖精さんがもう一人。
「そんな所に隠れてたのか……もう一人付いてきたはずなのに、どこにもいないと思ったら」
どこから持ってきたのか分からない枕を抱え、まだ眠そうな顔をする妖精さん2号はもうひと眠りとばかりに提督の服の中へと引っ込んでいった。
「よく寝るなぁ……って俺が言える立場でもないんだけど」
確かに、先ほどまで仕事をサボタージュして惰眠をむさぼっていた彼が言える台詞ではない。
「……ま、一日の仕事はちゃんと終わらせてから遊んでるし! うんっ!」
「――ふーん、本日の司令官の“サボリの言い訳”はそれで良いのかしら?」
そんな彼の独り言は、本日の遠征の報告の為に彼を探しにやってきた艦娘――神風型駆逐艦一番艦「神風」にしっかり聞かれていた。
顔はにこやかだが怒りと呆れがその表情から読み取れる神風と、その隣でにこやかにほほ笑む妹の三番艦「春風」。
今日の午後から遠征に行っていたはずの彼女たち――腕時計をちらりと確認すれば、その長針と短針は“
「あ…神風…と春風。オカエリナサイ」
気まずそうに話しかける萩野だったが。
「今日の遠征は“
「……言いました」
「百歩譲って釣りはしてても良いけど……いや本当は良くないけど! ちゃんと10分前には執務室には戻っているように! 軍人の基本でしょ」
「……すみません」
「まったく、せっかく妖精さんを見張りにつけてるのにこれじゃあ……」
「……あら、今日の戦果はスズキさんですね。しかも三匹」
「そうなんだよ春風! なかなか立派なサイズだろ?」
「そうですね。……でもこの大きさだと私たちだけでは到底食べきれませんね」
「司令官のサボリ癖が妖精さんにも感染ったのかしら……」
「そうそう。二匹は今日の晩飯に使うとして、残りの一匹はどうしようかなって」
「それなら、工廠のおじ様に差し上げてはどうでしょう」
「何か新しい連絡方法を考えないと……ぶつぶつ」
「ああ、そうだな。いつもお世話になって「司令官に春風!! 私の話を聞けー!!」」
「はい」
「はい」
神風の一喝で、釣果のスズキの処遇について楽しそうに話していた萩野と春風は静まり返った。
「まったく……もう。春風もどこかマイペースな所あるわよね」
上官と妹を見比べながら、神風はやれやれと溜息をつく。
いくら前線からは遠く、深海棲艦の影すら無いこの僻地……
このままではいけないと、今日こそはっきりと、かねてよりの“思い”を伝えようとする神風だったが……
「……いやまあ、何はともあれさ」
叱られて、仕切り直した萩野は制帽を直し
「今日も無事に帰ってきてくれて良かったよ。お疲れさま、神風に春風」
そう言って、彼はいつもの笑顔で、いつものねぎらいの言葉をかけた。
「………」
「……神風?」
「……それならちゃんと執務室にいなさいよね」
しばし黙り込んでいた神風は、ふう、と息を吐きさっと踵を返す。
――いつもこうだ。もっと色々言ってやらなきゃいけないのに、いざ提督を前にして、このいつもの「ねぎらいの言葉」を掛けられるとどうにも上手く話が出来ない。
――明日こそちゃんと言わないとね。
ここに萩野が赴任してから何十度目かの決意を胸に、神風は萩野と春風を促して監視所への帰路へ着く。
「……あと今日の夕飯のおかずは、塩焼きにするからね」
「はい」
「はい」
神風はちょいときつめな性格(だけど徹しきれない)、春風はおっとりとしたマイペースな性格をイメージ。