【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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第十八話 遠征出発!

――潜水ソ級――

 

 深海棲艦の「潜水艦」通常種の中でも最上位に位置する潜水ソ級は、深海に潜む狩人(ハンター)であり、前線の兵站を支える輸送船団にとっては脅威の存在である。

 通常の潜水艦に比べれば圧倒的に小さな体躯である彼女を、現在の国防海軍標準のソナーが発見する事は困難であり、艦娘とその艤装妖精のみが運用可能な特殊なソナーが登場するまで多くの船が彼女らの餌食となった。

 

 深海棲艦に対抗する存在である艦娘の出現後も“潜伏”という彼女らの強みは変わらない。現在では航路での通商破壊戦の他、大規模作戦では最前線に潜伏し、艦隊決戦前に国防海軍の戦力を削る「漸減作戦部隊」として、提督を大いに悩ませる存在であった――

 

 

 

 

 

 薄暗い海の中を、深海棲艦「潜水ソ級」率いる潜水部隊――“群狼部隊”は進む。部隊の編成はソ級含め四隻。カ級三隻が彼女の僚艦である。黄色の光を放つ眼を持つ彼女達は、国防海軍に“Flagship”と称される上位種であった。

 

 ソ級の狙いは、彼女らの目前を横切る敵の輸送船団である。大型の輸送船が二隻。それを四隻の駆逐艦娘及び支援部隊の一隻の護衛艦が護衛している。

 時刻は日が沈む夕暮れの18時(イチハチマルマル)過ぎ。敵はまだ此方に気付いていないと確信したソ級は、カ級一隻と連携し魚雷を発射。それは雷跡からすぐに敵に察知され、敵は回避運動に移る。かくして全ての魚雷は避けられた――と思いきや。

 ドゴン、という音と共にソ級のいる()()()の輸送船の船体横に水しぶきが上がる。炎上した輸送船は舵取りを失い、隣の輸送船と衝突した後に沈み始める。残る二隻のカ級が反対側に回り込み、時間差で魚雷を発射していたのだ。続けざまにソ級が放った魚雷は、今度は支援部隊の護衛艦の船首に炸裂。その船体が大きく傾く様に乗員が大慌てで対応する様が見える。

 

 これで目的は果たしたとソ級は満足そうな顔を見せた。行き掛けの駄賃とばかりに、迎撃に来た駆逐艦娘に魚雷を発射し見事直撃させる。その艦娘の艤装は大きく破損し、彼女は動けなくなってしまった。

 ここは近づいて確実に(とど)めを刺しておきたいところだが、残りの駆逐艦も慌ててこちらに向かっている。ここはさっさと逃げるべきだと判断し、僚艦に撤退命令を出した後、自らも撤退を開始した。

 

 やがて彼女等を狙って降り注ぐ爆雷の雨を避け、暗い海の底に再び狩人(ハンター)は潜る。次なる獲物を求めて。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「――南方の戦線に向かっていた輸送船団。二隻のうち一隻が沈没、もう一隻は小破もしばらく戦線離脱っすか……」

 

 時刻は10時(ヒトマルマルマル)。晴れ渡る空の下、漁火島の近海にて海防艦の二隻は今朝配達されたばかりの新聞を読んでいた。

 

「護衛に付いていた四隻の駆逐艦のうち『谷風』さんが大破、長期入渠へ……。支援部隊の護衛船も船首に被害を受け修理、かあ……」

「残る浦風以下駆逐隊は奮戦の末、()()()()()()()()()()()()()()()……ふーん……」

「たぶんそこは“誇張”してると思うわ、姉さん。やられっぱなしの記事じゃ海軍の面目丸つぶれだもん」

「そうっすよねえ……」

 

 

 まあ、全てが嘘ではないかもしれない。

 大量の爆雷による飽和攻撃を与えた後、敵艦の反応が無い。

 対峙した艦娘は、提督に「敵艦は消息不明」と報告。

 それを提督が良い方に拡大解釈して「敵艦は撃沈」と報告。

 それを総司令部や新聞社が「海軍の奮戦により敵艦全滅」と更に話を盛る。

 

 ――嗚呼、これぞ大本営発表である。

 とはいえこんなものは古来よりどんな国でも行われているだろうが……

 

 

「はあ。若宮さんの予想はやっぱり的を射ていたっす」

「そうね……これから一体どうなるのかな、姉さん」

 

 溜め息をつく占守の横で、国後はそう不安を口にした。

 占守と国後が第七近海監視所(ナナカン)に着任してから、ここ一ヵ月余りで若宮憲兵大尉が危惧した通りの事態が進んでいる。深海棲艦が温存していたと思われる潜水艦――カ級・ヨ級・ソ級による無差別攻撃だ。輸送船の被害に慌てた総司令部は、軽巡洋艦五十鈴を旗艦とする掃討部隊を編成したらしいが、敵は神出鬼没でありそれがどこまで有効かは分からない。

 更に南方の最前線ではより強力な潜水艦の“姫”の目撃情報もあるようで――南方ではその事実確認と対処に追われる日々であるらしい。

 

 そんな激しい潜水艦の攻勢に対し、深海棲艦の主力部隊の動きは不明瞭である。

 本来であれば、前線基地所属の駆逐隊による強行偵察なり、航空戦隊による索敵が逐次行われているのであるが、敵の群狼作戦でただでさえ損耗した駆逐隊が対潜哨戒任務に割かれている事と、鎮守府が資材節約の為索敵機を飛ばすのを控えているのだった。これも敵の“時間稼ぎ”の罠に見事に嵌っていると言える。

 

「うーん……ま、深く考えても今のうちらじゃどーしよーもないっしゅね。今は訓練を積むだけっす」

 

 と、深く考えるのが嫌になったのか占守は背伸びをしてそう呟く。実際のところ彼女たちに今出来ることは少ない。

 

「そうね。でもそろそろ“実戦形式”の訓練がしたいなあ……」

「そうっすねえ」

 

 現状の訓練に関するちょっとした愚痴をこぼした国後に占守が同意する。

 こうして小休止を終えた二隻はいつものように訓練を再開した。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 ――所変わって、ここは第七近海監視所(ナナカン)の執務室。

 

「ふーむ……」

 

 萩野が唸りながら見ているのは、神風たちのここ一ヶ月余りの訓練成果の報告書であった。

 

「四隻共に、対潜戦の訓練は順調みたいだね」

「はい、司令官様。訓練用の模擬爆雷による投下訓練は、第一小隊第二小隊共に最終段階です。九三式と三式ソナーの運用も順調に習熟が進んでいます」

 

 春風からも直に良い報告を聞き、萩野は上機嫌であった。対潜戦訓練は四隻揃って今まで余り経験していなかったはずだが、なかなか習熟は早い。このまま順調に訓練が進めば“付け焼刃”とも呼ばれなくなるだろう。

 

「いい感じだね」

「はい。ですが贅沢を言うのでしたら、そろそろ“模擬爆雷で無い訓練”を行いたい所なのですが」

「うーん、“実戦形式”か……問題は“訓練場所”だよねえ」

 

 萩野はその春風の要望を聞いて悩む。

 模擬爆雷は実際には爆発はせず、内蔵された無線機により爆発判定をシミュレートする代物だ。

 実のところは本物の爆雷――在庫の“九五式爆雷”と、このたび本土から支給された“二式爆雷”を用いた訓練を行いたいのだが、現在は漁場近くで爆雷を使用するのは漁場が荒れるとして御法度とされており、漁火島近辺では使用不可能である。

 それでもやはり実物の爆雷で訓練を行った方が良いだろうと思い、萩野は海図を広げた。

 

「第十八演習海域は、浅瀬と岩場が多すぎるからな。爆雷投下の訓練には向いていない……とすると」

 

 萩野が海図としばし睨めっこをして、ある一点を指差す。

 

「ここなんかどうだろう……? “第三十六演習海域”と言うらしいんだが」

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「遠征? 遂に実戦っすか?」

 

 時刻は15時(ヒトサンマルマル)。待ちに待った“遠征”任務と聞いて、占守がその目を輝かせた。

 

「まあ、正確には実戦を兼ねた訓練みたいなもんだな」

 

 と、萩野は執務室のテーブルの上に海図を広げた。それを執務室に集まった四隻――すなわち神風・春風・占守・国後が覗き込む。

 

「今回の遠征は“長距離哨戒任務”だ。第六近海監視所(ロッカン)が最近忙しくて滞ってた任務の一つでね……」

 

 そう言うと、萩野はつつっと指で海図の上をなぞっていく。萩野の指は南方へと向かう幾つかの航路――深海棲艦の待ち伏せリスクを減らすべく、本土から南方へ向かう航路は複数存在する――のうちの二本を指し示す。

 

「具体的には“南方B航路”と“C航路”の第六近海監視所(ロッカン)分担である海域の哨戒……そして帰りに“第三十六演習海域”へと寄る」

「第三十六演習海域? 聞いたこと無いわね」

 

 聞き慣れぬ海域の名を聞き、神風が首を傾げる。何しろ普段は近場の“第十八演習海域”しか行く機会が無いのである。

 そんな疑問符が浮かぶ顔の神風を横目に萩野は話を続けた。

 

「そりゃまあ、ここ一年間の使用実績が碌に無い海域だしな」

「司令、もしかしてこの演習海域で“対潜訓練”を行うつもりですか?」

「ああ、定期巡回も兼ねてるけどな……最近第六近海監視所(ロッカン)も忙しいらしくて、こっちが打診したら、この仕事を回してくれたってわけ」

「そう言えば、ここ一ヶ月由良さんたちはずっと南方への遠征任務だっけ……合同演習もすっかりご無沙汰よね」

 

 やはり前線での敵の“通商破壊戦”の影響は如実に出てきているのだろうと、執務室に揃った皆が思った。第六近海監視所(ロッカン)所属は軽巡由良と長月らの駆逐隊であり、こういった状況ではフットワークの軽い艦隊は馬車馬のように働かされることになるのだ。

 大規模作戦での艦隊決戦でも無い限り、戦艦や正規空母といった燃費の悪い艦はあまり積極的に動かしたくないのが、前線鎮守府の事情である。

 

「それにしても、こんな演習海域があったのね。知らなかったわ」

「まあ、ぶっちゃけ俺も良く知らないんだがな。まあ分かってるのは適度な深度があるから第十八演習海域よりは余程訓練に向いてるって事くらいか」

「ええ……そんな所大丈夫なの?」

「だから、今回は()()()()()()、神風」

 

 と、神風の疑問を払拭するが如く萩野は己が出撃する意思を語る。

 

「え、司令も出撃するんですか?」

「ああ、今は源さんに巡視艇の点検と準備をしてもらってるところだ」

「………」

 

 事前にそれを聞いていた春風を除き、三隻は少し驚いた表情を見せて無言になってしまった。なにせ第七近海監視所(ナナカン)で提督自ら遠征に付き添うことなど、今までに殆ど無かったのである。

 なお以前に第六近海監視所(ロッカン)の司令が輸送船に乗り海上護衛任務に付き添ったように、提督自ら前線に向かうことはそれ程珍しい事では無かった。その分最前線では撃沈の危険性も伴うのであるが……。

 

「……なんだよ、俺が出撃しちゃいかんのか」

 

 三隻のその反応に怪訝な表情になる萩野。

 

「えっと、いけないという訳じゃ無いっすけど……?」

「対潜訓練用の予備の爆雷が必要だろ? あの“らいちょう”になら十分な数を載せていける。あと妖精さんも何人か連れて行く予定だから、艤装の簡単な修理や調整だって出来るようにするつもりだ」

「うーん、でもねえ……」

 

 神風は港の片隅に係留されたまま、しばらく使われていないその“巡視艇”の姿を思い浮かべる。言いようが無い一抹の不安を抱えながらも、彼女は遠征の準備に入るのだった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 これは良い“隠れ家”を見つけた、とソ級は思った。

 敵の後方に食い込む領域でありながら、敵の主要航路からも外れているため哨戒機に発見される心配は少ない。どうやら“演習海域”とやらに指定されているらしいが、残されていた記録によればほぼ放棄されているに等しい。

 敵の精鋭と思われる“対潜哨戒部隊”に追われた時はどうなるかと思ったが、カ級一隻の犠牲で何とか逃げ延びることができた。

 僚艦には申し訳ない事をしたが、いずれ自分自身も果ての無い戦いの末、いつかは再び海の底へと還る身である。それが早いか遅いかの違いに過ぎない――とそのソ級は思っていた。

 

 残存戦力はソ級一隻と、中破および無傷のカ級。ここで暫しの休息後、再び敵の航路に潜伏し任務を果たすのだ――

 

 

 手傷を負った“群狼部隊”の潜伏するその海域の名は――

 




E7甲作戦絶賛攻略中のため、今週来週は投稿が遅れる予定です。
おのれ潜水新棲姫(ちびっこ)……

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