【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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連続投稿最終日です。



第十四話 一花咲かせたいっす!

――西方海域泊地攻略作戦――

 

 今夏に国防海軍主導で行われた大規模作戦。西方海域を牛耳る深海棲艦の泊地を攻略すべく、第一戦隊・第一航空戦隊を始めとする主力部隊とそれを支援する部隊が集結。

 

 前段作戦の主戦力の陽動には失敗し、結果艦隊同士の総力戦となるも“第二改装”を施された艦娘を中心とする挺身部隊の活躍も有り敵主力艦隊を撃破。泊地の占領も成功裏に終わるが、深海棲艦が貯めこんでいたはずの資材の殆どは既に持ち出されており、資材の入手を期待していた提督は肩すかしを食う事になった。

 

 後にこの戦いは“国防海軍苦難の布石”とも呼ばれる。

 

 

 

 

「――ところで、彼女たちも別の鎮守府からの異動で憲兵隊に……?」

 

 と、ここで萩野は若宮の背に並ぶ海防艦の二隻をちらりと見た。まるゆの配属された経緯を聞き、彼女らの経緯についても気になったのだ。が、それを若宮は首を振って否定した。

 

「いや、彼女らは鎮守府に所属していない。“建造”されてからすぐに我々“憲兵隊預かり”となった」

「なるほど……。それにしても新艦種なのに“海防艦”建造については碌に話題になっていませんね」

 

 萩野の記憶では、第七近海監視所(ナナカン)に着任してごたごたしていた頃――半年ほど前に海防艦の話題を聞いただけで、それ以来碌に話は聞いていない。軍関係の通知書にも毎月発行される海軍広報誌“海さくら”にも簡単な紹介記事は載っていたとは思うが、写真等は載っていなかったはずである。

 

「ふむ。話題にならなかった理由か……おそらく彼女たちの建造と同時期に、火力に優れる海外艦娘が建造されて、そちらに話題を持っていかれてしまったからだな」

「そういえばそうでしたね。鎮守府同士であの娘たちの争奪戦が繰り広げられたとか何とか」

「ああ。君も知っての通り、今の海軍は『火力偏重主義』のきらいがあるからな」

「あー……」

 

 “火力偏重主義”。42年夏の“南方進出作戦”の成功以来、深海棲艦に対し勝利を重ねている海軍が陥りつつある“病”である。

 艦娘出現の直後、つまりは第七近海監視所(ナナカン)神護(じんご)鎮守府と呼ばれていた頃は、提督も艦娘の数もまだ十分では無かったし、敵の攻勢を防ぎ反撃に転じるのに様々な戦術を用いていた。それがやがて作戦が成功し深海棲艦に対して勝利を重ねるようになると、上層部は次第に火力を重視――要するに単純な力押しによる戦術を重視し始めたのだ。

 火力の足りない旧式の神風型が僻地に追いやられたのも、それが一因であるが……

 

 

 

「つまりは、“いらない子”扱いされたってわけです」

 

 先ほどから黙って話を聞いていた国後が口を開き、自嘲の言葉を吐く。

 

 国防海軍が本土工廠で行う艦娘の“建造”とは、一種の()()である。通常の護衛艦一隻を造れるだけの資材を投入して、何が建造されるかは分からないとされている。ある程度それを操る事も可能とも噂されるが、詳細は上層部の機密事項(トップシークレット)とされていた。とにかく新規に建造された艦については、提督の注目の的となるのだが――

 

「そうっすね。“建造”後のお披露目の時の『こいつらどうやって使うんだ』ってみんなの目は今でも覚えてるっす」

「まあ、私たちでは前線に出たところで、敵駆逐艦と撃ちあえるかどうかも怪しいのは確かですけど」

 

 二隻とも小さな身体(せんたい)と艤装である。海上護衛ならまだしも本格的な戦闘は難しいと判断され、最前線の提督には興味すら持たれなかったらしい。ならば後方での任務といきたいところだが、駆逐艦に任務を任せている鎮守府や、後方の警備なら軍人の支援部隊で何とかなってしまう鎮守府が多く、やはり積極的に彼女らに興味を抱く者はいなかった。

 

「――で、最終的に彼女らに劣情を抱きかねん不届き者の弩級変態提督に捕まる前に、我々憲兵隊が彼女らを引き取ったというわけだ」

「提督に対する言い草ひどすぎませんそれ?」

「ははは、すまん。この手の仕事をしているとどうしてもね」

 

 と、若宮はからからと笑った。

 

 

 

「さて、話がだいぶ長引いてしまったが、そろそろ本題に入ろうか。実は君に彼女たちを任せたい」

「……やっぱりそういう話ですか」

 

 半ば予想していたことではあったが……と、萩野は軽く溜息をついた。

 

「ふふ、流石に分かるかね」

「ええ、まあ。というかその当の()()()()()()が『この島に引っ越してきた』とか言ってましたし。要望というより確定事項なんですよね、それ」

「うむ、そう言う事だ。海軍からは辞令を出して貰うように要望もしてある」

「はい。一週間後には総司令部から正式な辞令が届くと思われますので、よろしくお願いします」

 

 と、若宮の話を補足して、まるゆはぺこりと頭を下げる。

 どうやら話は既に萩野自身がどうこうできる範囲を越えているようだ。萩野は再び溜息を付く。

 

「分かりました。ならば引き受けましょう。……ところで、ここに彼女らを着任させる理由を伺っても?」

「……ふむ、良いだろう」

 

 そう言って、若宮は執務室の窓際へと歩き外の景色を眺めた。窓の外には穏やかな海原の風景が広がっている。

 

「今夏の大規模作戦の詳細は知っているね?」

「ええ、これでも海軍軍人の端くれですし。」

「ふむ、それもそうだったな。……今回の作戦で、深海棲艦は西方海域を抑えていた最大規模の泊地を失った」

「泊地の資材は奪取できなかったものの残存勢力は掃討され、順調に行けば制海権の完全掌握も近いそうですね」

「その通りだ。……と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 と、不穏な事を言う若宮。萩野は眉をひそめて問いただす。

 

「……では、まだ()()()()()()()()()()があると?」

「仕事柄な。そういった情報は嫌でも耳に入ってしまうのだよ」

 

 若宮はそう言うと思わず苦笑いをした。

 

 

 

 

「――さて、ここで問題だ。このままでは西方海域は我々の物だ。だがそれを指を咥えて待つほど深海棲艦も愚かでは無い。『こちらの侵攻を遅らせたい』彼らは、我々に何をすると思う?」

「何をするか、ですか?」

「ただし正面切って迎え撃つという選択肢は無い。ただでさえ戦力が削られているのだからな」

 

 萩野は考える。勢いづいた敵の攻勢を劣勢な側がまともに受けるのは悪手。ならばどうするか……。

 少しの沈黙の後、萩野は答える。

 

「私なら……まずは敵の主力部隊との交戦は避けて、敵の“補給路”を潰しますね……まさか」

「その通り。『通商破壊戦』だよ。それも潜水艦を用いた、な」

 

 

 

 

 悩ましげな顔をして、若宮は語る。

 

「実は、暫く前から深海棲艦の潜水艦は殆ど見かけなくなっていたらしいのだ」

「見かけなくなっていた? 今回の作戦でもですか?」

「そうだ。彼奴(きゃつ)らめ、本能でこうなる事を読んでいたのかもしれない。西方海域泊地が我々の手で落とされることをな」

「つまり、深海棲艦(やつら)が潜水艦を温存したのは……泊地陥落後の潜水艦によるゲリラ戦の為だと?」

「そうとしか言いようがない事例も起き始めている。先月だけで前線の輸送船団が敵潜水艦に襲われる事件が先々月からの二倍のペースで増加中らしいのだ」

「二倍……異常では有りますね。うーむ…」

 

 萩野は呻った。現在国防海軍は深海棲艦に対して勝利を重ねており、戦線が広がり続けている。その代償として戦力が分散し、海上輸送とその護衛が(おろそ)かになりつつあるのは確かであり……そのアキレス腱を突かれた場合、今まで積み重ねた勝利の盤面はあっという間に敗北へと塗り替えられる可能性は高い。

 

 海洋国家におけるシーレーン……海上輸送路はまさに国家という巨大な生き物を生かす為の“動脈”である。航空機による輸送は所詮輸送量(ペイロード)もたかが知れているため、船による物資の大量輸送は今でも重要だ。

 前線に向かう軍需品を積んだ輸送船が攻撃を受けて沈没すれば、前線の鎮守府は干上がるしそこを深海棲艦の機動部隊に突かれて陥落の危険すらある。また今は前線のみであるが、深海棲艦(やつら)の戦略目標が後方に変わり無差別攻撃を受ければ――萩野は艦娘出現前に起こったこの国の“危機”を思い返して身震いした。

 

 

 

 

 神風に春風、占守に国後。

 

 深海棲艦の機動部隊に正面切ってぶつかれば、あっと言う間に溶けてしまう程に脆弱な部隊であるが、彼女たちが才能を十分に生かせる可能性があるのが――“対潜哨戒部隊”である。

 

「つまり……彼女たちをここに派遣するのは、対潜哨戒として活躍させる為ですか」

 

 占守型海防艦は大半の性能が駆逐艦に劣るが、唯一駆逐艦と同格、もしくはそれ以上とされる物として「対潜装備の充実」があった。こと対潜水艦における戦闘については並みの駆逐艦より優れるのだ――残念ながら“前世”ではそれを生かす機会はなかなか訪れなかったが。

 

「まあ元々性能では侮られている娘たちだ。前線が欲しているのは火力だからな……そのうち改まるかもしれんが、今の前線に配備したとしても良い事はあるまい」

「確かに、今の前線の『火力偏重主義』であれば、補助艦についてはあまり優遇されない傾向にありますからね」

「だからこそ、()()に彼女らを出向させる。憲兵隊では護身術は学べても、海戦の技術は学びようが無いからな。そうだな、“第二小隊”扱いにでもしておいてくれ」

 

 つまりはこの僻地(ナナカン)ならば邪険にされる事なく、海防艦が艦娘として運用して貰えると彼女に判断されたという事だろう。

 とは言え果たしてそれで良いのだろうかと、萩野は念を押す意味で尋ねる。

 

「……よろしいのですか? 別に今まで通り彼女たちには憲兵隊員として活動しても問題ないのでは?」

「うむ、それはだな……」

「イヤっす!!」

 

 そんな二人の会話を遮ったのは、占守であった。

 

「占守たちは、艦娘っす! 深海棲艦と戦うために生まれてきたっす!」

 

 占守の顔が歪み、悲しそうな顔になる。

 

「それなのに海軍の偉い人は、誰もうちらに期待してくれなかったっす。どの鎮守府でも引き取り手がいなかったっす」

「占守……」

「上官に拾って貰えたのは、本当に感謝しか無いっしゅ。憲兵隊の仕事にも不満は無いっす……ご飯も美味しいし、上官は厳しいけど優しいお母さ……お姉さんみたいっす」

 

 「お母さん」と言おうとした様だが若宮に睨まれたのか、「お姉さん」とわざわざ言い直した占守。それに続けて国後も訴える。

 

「そうですね。あたしも若宮隊長に拾われたからこそ、今のあたしがあると思っています。憲兵隊の事も好きです――でもですね、姉さんもあたしも、“艦娘”なんです」

 

 萩野は改めて占守と国後の目を見た。二隻の目は決意の意思で溢れている。

 

「つまりっす! うちらも艦娘として一花咲かせたいっす!!」

 

 萩野の目をぐっと見つめ、力強く占守はそう言った。

 

 

 

 

「――報告するっす。第一の任務『寝室用の部屋選び』任務完了っす!」

「ああ、お疲れさん。では第二の任務『部屋の掃除と荷物の片付け』に入ってくれたまえ」

「了解っす!!」

 

 最盛期で30隻以上が在籍した元鎮守府だけあって、空の部屋だけは無駄に余っている。着任した海防艦二隻に萩野がまず与えた任務は、彼女らが寝る場所の確保であった。

 

 若宮率いる憲兵隊はつい先ほど立ち去ったばかりである。まるで嵐のようだったと萩野は思い返す。その嵐の残した“置き土産”はある意味で大きく、ある意味で小さいものではあったが。

 

「……これから忙しくなりそうだな」

 

 どたばたと勢いよく監視所屋外へ飛び出していく占守と国後を執務室から眺めながら、萩野はそんな独り言を言った。

 若宮憲兵大尉の懸念通りであれば、恐らく数か月後――早くて1ヵ月後には、海軍がその()()()()()()()()に追い込まれているだろう。今は出撃命令そのものが碌に無いが、近いうちに第七近海監視所(ナナカン)にも出撃命令が来るかもしれない。

 そんなろくでもない状況で戦わせる前に、彼女たちをなるべく鍛えよう――というのが萩野の今の思いだ。

 神風達が帰投次第、艦隊の再編成と今後の訓練予定の見直し――場合によっては自らが一緒に出動することもあるだろう。やる事は山積みである。

 

 

「まあ、いっちょ頑張るかね。“あの()”を起こさない為にも、さ」

 

 

 萩野は窓から見える青い空の雲を見上げながら、決意を籠めて呟いた。

 

 

 

 ――第七近海監視所(ナナカン)の波乱の日々はすぐそこに来ている。

 

 




というわけで第七近海監視所(ナナカン)に海防艦占守と国後の加入です。

駆逐2に海防2……ゲームでは1-5攻略には持って来いの艦隊ですね
(ボス固定編成では無い事から目を逸らしながら)

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