【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

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第十三話 憲兵さんが来た理由

――海防艦――

 

 そもそも海防艦とは、旧式となり第一線で運用するには厳しくなった軍艦を、沿岸警備や近海哨戒用として転用したのが始まりである。海域の監視や不審船の取り締まり、そして近隣国家に睨みを利かせるだけあれば、旧式軍艦であってもその役目は果たせるためだ。

 “占守(しむしゅ)型海防艦”はそういう意味では、本来の海防艦とは成り立ちが異なり、一から建造された艦である。その船体は駆逐艦に比べて一回り小さく、魚雷も搭載しないため戦闘力は彼女らには及ばない。

 

 さて、史実における占守型海防艦が建造された目的は、駆逐艦に代わる北方海域における警備任務のためであり、では彼女らが竣工する前にその仕事を担っていたのは――

 

 

 

 

「――くしゅん」

「あら、お姉様? 風邪でしょうか」

「うーん、誰かが私の噂をしているような……」

「?」

 

 

 

 

「――まあ、君もよく知っている、“神風型駆逐艦”の神風だったと言うわけだな」

 

 執務室にて、神風姉妹と占守姉妹の前世における()()を語る若宮憲兵大尉。萩野はその彼女の対面のソファーに座り、話を聞いている。

 なお憲兵の尉官は捜査権の関係から他の軍の佐官と同階級の立場にあり、萩野が海軍少佐だからといって傲慢な態度をとることはできない……まあ、とる意味も無いのだが。

 若宮の座るソファーの横には、短い黒髪の少女憲兵がちょこんと座り、その背には占守と国後、および一名の憲兵が規律正しく整列していた。残りの憲兵は源次郎と共に工廠や港の見回りに行ったようだ。

 

「海防艦……つまりは、その()たちは神風たちの後輩って事ですかね?」

「うーむ……一応占守型は“軍艦”という括りであるから、軍艦扱いでない駆逐艦より偉い立場らしいがな。……まあ今生ではどうなのかは知らんが」

 

 そこまで話した後、若宮はごくりと目の前に置かれたコーヒーを飲み干す。なおそのコーヒーは、萩野に頼んで淹れてもらったものである。

 ふう、と紅で彩られた艶めかしい唇がカップから離れる。「美人は何をさせても様になるな」と萩野はその様子を見ながら思った。艶のある黒い長髪、鷹の目の様な鋭さがある美しい黒い瞳。街中に出れば多くの男性を振り向かせるであろう整った顔立ち。その凛とした姿はまさに女性憲兵に相応しい出で立ちであるが、運命が違えば彼女はモデルや映画俳優としての道もあっただろう。

 

「で、君たちとしてはどうなのかね?」

 

 と、若宮は後ろで待機している占守と国後に話しかける。占守はうんうん唸りつつ、少し考えた後口を開いた。

 

「うーん、“軍艦”ねえ……まあ昔はともかく、今は別に気にしないっす」

「そうね、私も()()気にしてないわ。それに、神風さんには()()()()()()()()()()……」

「……そういうことだそうだ」

「はあ、そうっすか」

「あー! それ占守のまねっこっす!」

「えー、そんなことないっすー」

「あーまたー!?」

「……なにやってんだか、もう」

 

 占守と萩野の気の抜けたやり取りに、呆れた顔を見せる国後。

 一番艦という事もあり占守の方が姉ではあるが、精神年齢なら若干国後の方が上ではないか…というのが二隻を見比べた萩野の考察であるが。

 それはそれとして、本題に入るべく萩野は姿勢を正し若宮に向き直った。

 

 

 

「……さて、ここには“監察”の為にいらっしゃったという事でよろしいですか? 確か記録では、第七監視所(ナナカン)設立以来ここに監察課が来られた事は無いのですが」

 

 萩野は頭の中で過去の記録を再び辿る。総司令部からは問題ある提督の“流刑地”扱いにあるこの僻地。それは軍内でも密かに知れ渡っているため、監察課がわざわざ来る事も無かったはずなのだ。

 

「ふむ、その通りだな。我々もより主要な鎮守府を見て回る事が多い」

「では何故?」

「まあ、目的はいくつかある。そうだな……()()を出しなさい」

 

 そう言って若宮は隣の少女に指図して、ある書類を机の上に置かせた。

 

「まずは、この“面白い”報告書を書いた人物を見てみたかった」

「面白い……?」

 

 にやりと笑って、若宮はその書類……()()()のタイトルを萩野に見せつけるように、ひらりと持ちあげる。

 

「あ、それは……まさか」

 

 それを見て、思わず萩野の顔が歪んだ。その報告書の筆跡、提出した日時、そして何よりその報告書のタイトルが……

 

「『漁火島周辺海域における深海棲艦掃討後の産業復興と今後の展望』か。なかなか面白いものを書くじゃないか、なあ?」

 

――彼が少し前に「どうせ誰も見ないさ」と半分()()()()で提出した、あの報告書だったからだ。

 

 

 

「いやはや、じっくり読ませてもらったよ」

「それは……どうも」

 

 にやりと笑いながら報告書をめくる若宮に対し、萩野はただ頭を垂れる事しかできない。

 

「これが目に入ったのは偶然だ。監察課ではこういった報告書を抜き打ちで監査する事があってな。今回読んだこれも、なかなか味のある報告書だった」

「はは……そんな事をしているとは、初耳ですね」

「まあ公にはしていないからな、半分は私の趣味でもある。……うーむ、ここに書いてある神風と春風の料理を食べてみたかったのだが……彼女たちはまだ遠征中か。残念だ」

「二隻とも午後には戻りますので、夕飯であればご馳走できますが」

「うーむ、誠に残念だが我々にも次の監察の予定が入っている。夕方にはここを失礼するよ。料理は次の機会にしよう」

 

 心底残念そうな顔をする若宮だったが、次の話題へと話を移す。

 

「――さて、ぶしつけな質問だが、君は部下である神風や春風を()しているかね?」

 

 ここで“愛”の言葉に国後の眉がぴくりと動いたが、気づいたのは占守だけだった。

 

「“愛”……ですか? まあ部下としてという意味ならそうだと思いますが……」

「そうともさ。部下である神風や春風と心を通わせていなければ、こんな日記のような報告書は書けんだろう? 下らんと一蹴するのは簡単だが、こういう報告書は個人的には好きだ」

「日記ですか……あながち間違っちゃいないというかその通りなんですがね」

「正直でよろしい。兎に角だ、君は部下を愛しているし、慕われてもいるんだろう」

「いやあ……」

 

 まあ褒められて悪い気はしない……が、萩野はその若宮の言葉の節々に(とげ)があるようにも感じた。

 

「……ただしその愛が歪んでいないか、という事を監察するのが我々の仕事でね」

 

 そう言うと若宮は空っぽのコーヒーカップを持ち上げ、細い指で軽くつつっと愛おしそうに撫でる。

 

「知っているだろう、“海軍丙三十九号事件”」

「ええ。有名な事件ですしね、知っていますよ。今では特別士官学校で教官が真っ先に教えるそうですから」

 

 ――“海軍丙三十九号事件”。ある鎮守府の提督がある艦娘を愛するあまり、妻や子供も捨てて鎮守府から一緒に逃走を謀ろうとした事件だ。その逃走劇から数日後にその提督と艦娘は捕らえられ、提督は憲兵隊に拘束のち収監、艦娘は訓戒ののち原隊に復帰。被害は逃走時に建造物の小破程度でおさまったのだが……。

 

「――軍の公式発表は無いが、まあ教官が教訓として教えるくらいだ。『公然の秘密』という事件だな」

 

 艦娘がこの世界に現れてから、短くも無い時間が過ぎた。艦娘はいずれも見た目麗しい少女や女性揃い。提督にも艦娘にも感情があり、そして提督が艦娘に愛情や憎しみ、或いは単なる劣情を抱く事があっても仕方がないことである。

 

「まああれだ、個人の妄想なり趣味には私も口を出す気はない。海軍からして、広報誌で総天然色水着写真(グラビア)を載せるくらいだからな。……それに、それを言い出したら私も恐らく前科持ちになってしまう、ははは」

「………」

「……別に笑っても良いのだがな」

「はは…は」

「ははは…っす」

「は、はあ……」

 

 若宮の静かな気迫に押され、仕方なく萩野は愛想笑いをした。若宮の後ろに整列する占守と国後も思わず苦笑いだ。

 

「……まあ、人の思いという物は早々変えられんよ。何かを好きになること、愛すること……それが例え偏愛と呼ばれる物であっても、それを誰にも否定することなど出来ない」

「そうですね……」

「ただそれは、周囲に()()があるならば話は別だ」

 

 ――実害。要するに艦娘を愛するあまり――その逆も然りで起こる事件や(いさか)い。つまりは“海軍丙三十九号事件”のような事件だ。

 

「特に士官学校を卒業し立ての新人提督が起こす事件が多くてな……。悲しいことだが、憲兵隊(われわれ)が仕事に困らない程度には」

「色々あるんですね。この第七近海監視所(へきち)では知り得ないような事件も多いんでしょうね」

「ああ……色々あるんだよ、なあ“まるゆ”」

 

 と、若宮は隣に座る少女の頭を撫でる。

 

「あうう……そんなに撫でないでくださーい……」

 

 少女は口では嫌がっている様でありつつも、撫でられるのを本気で嫌がっているようには萩野には見えない。

 

(そうか、その()……通りでどこかで見た事があると思ったら……)

 

 ここで萩野はようやく思い至った。この娘が艦娘――“まるゆ”であることに。

 

 “まるゆ”は艦娘の中でも特殊な立ち位置にあり、同じ名前の姉妹が大勢……現在は約四十隻いる。さらに言えば、彼女は陸軍出身の艦娘という出自があり、彼女の姉妹は国防海軍だけでなく国防陸軍にも何隻か所属しているのだ。ただ憲兵隊に所属していたとは聞いたことがないが……と萩野は首をひねった。

 

「彼女――“まるゆ二十三号”君も、とある鎮守府に赴任していたのを、私が上に頼んで“保護”することになってな。今では私の秘書官として働いて貰っているが……」

 

 若宮もそれ以上の詳しい経緯は語らない。脆弱な「まるゆ」という艦娘が、どうして鎮守府から憲兵隊に異動……彼女が上に頼んでまでわざわざ“保護”したのかという経緯については、恐らく何か根深い事情があったという事だろう。萩野もそれについては敢えて追及はしないことにした。

 

 

 

「さて……」

 

 と、若宮はまるゆを撫でるのをやめ、萩野をじっと見つめた。その鋭い眼光に萩野は思わず背筋を正してしまう。

 

「……こうして君と面談させてもらったが、()()()()()()人格的な問題はなさそうだ。安心して艦娘を任せられる人間だな。占守と国後も昨日島で君の噂を聞いて回ったそうだが、悪い噂は聞いていないそうだ」

「そうっすねー。萩野司令は『人の良い提督さん』とはみんな言ってたけど、特に悪い噂は聞かなかったっす」

「……あたしもです」

 

 他にどんな噂があったかは気になるものの、とりあえず憲兵のお眼鏡には叶ったようで、萩野はほっとして息を吐いた。

 

「そうですか、それは良かった。ありがとうございます」

「ああそれと……もし仮に艦娘との仲が恋愛にでもなった場合、健全なお付き合いをしてくれたまえ。軍規に反しないのであれば、艦娘とのケッコンも許可されているからな」

「ははは……まあそれは心の隅に置いておきましょう」

 

 若宮の唐突な発言に、萩野は愛想笑いと当たり障りの無い返事をするしかなかった。

 




明日も19時投稿です。

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