【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~ 作:山の漁り火
第十二話 憲兵と見知らぬ少女と波乱の訪れ
――国家憲兵隊――
“国家憲兵隊”とは、陸軍・海軍と並ぶ国防三軍の一つ。
元は陸軍の一部門であったが、任務の増加により陸軍・海軍から独立した組織となった。二軍に対する警察権を有し、軍内部の秩序維持や艦娘を率いる提督の風紀是正に努める。また長引く“深海棲艦”との戦争を不満に感じる国民を監視しており、不穏分子の摘発を行っている。
憲兵は大きく分けて鎮守府や基地に常駐する憲兵と、各地を巡察・捜査する本部勤めの憲兵がいる。
巡察任務への対応のため独自に巡視船等も保有するが、機甲戦力はほぼ有しておらず深海棲艦と対峙する戦力としては心もとない。
「……さて、ここの監査もこれで終了だ。次の監察先はいよいよ君たちの……ん? どこに行った?」
――ここは憲兵隊が保有する巡視船の船上。巡視船はある鎮守府の監察を終え、次の目的地へ向かう予定である。ところが、船の主である憲兵隊長がそれを知らせに来た時には、部屋に待機して居たはずの
「た、隊長ー…。彼女達の艤装がありませーん。もしかしたら、もう先に島へ向かったのでは……?」
と、おずおずとその憲兵隊長に話しかけたのは、いかにも気弱そうな憲兵服を着た少女である。彼女はその憲兵隊長の部下であり、現在は憲兵隊長の秘書の任を担っていた。
「ふうむ……参ったな。この船を出たとすれば……昨日の深夜というところか」
憲兵隊長は部屋を一瞥し、机の上に置いてあった書類を見つける。それは事前に彼女たちに渡してあった、巡視船の目的地である監視所の主――“萩野宗一少佐”の資料であった。その書類には「あたらしい上司っす!」などと赤ペンで落書きがされている――
「――やはり、
「あ、あのー……。我々も島に急いだ方が良いのでは?」
「そうだな。船長に島到着を急ぐように伝えてくれ」
そして船は出港する。――本土から離れた僻地“
「平和だなあ……」
波が寄せる音だけが響く海岸にて釣り糸を垂らし、だらだらと過ごす士官服を着た若者の名は、萩野宗一少佐。この
今日の分の仕事は午前の内に片付け、今の時刻は
「しっかし眠いな……ふああ……」
暦は9月に入り、既に秋の気配が近づきつつある。暑い日もあるが基本的には過ごしやすくなったこの季節。うたたねするには良い日柄だ。
「………すやぁ。」
うっかり寝ても釣り針に何か掛かれば、傍らの妖精さんが教えてくれる。こみ上げる眠気を抑え切れず、萩野はうとうととし始めた――
「――釣れるっすか?」
後ろからの謎の人物の呼びかけに、萩野は目を覚ました。
腕の時計を見ると、時刻は
眠い目を擦りながら後ろを振り向くと、そこには一人の少女がこちらを興味深そうに覗き込んでいる。髪の色は薄いベージュ色、目は澄んだ緑色――外国人の血が入った娘だろうか? その背は神風や春風よりも小さく、彼女たちより幼く見える。
(見かけない
と萩野は思った。漁火島の人口は300人程度であるため、子どもの人数もたかが知れている。萩野が記憶の棚をひっくり返すが、こんな子はいなかったはずである。
「えーっと……ここに引っ越してきた子かい?」
萩野は少女に尋ねた。住人の引越しについては萩野は聞いていないが、別に島の管理を行っているわけではない自分が優先して把握する事では無いので、単に知らないだけかもしれないのだ。
「んとですね……。そうっす。ここに引っ越してきたっす」
「なるほど。そうだ、名前を聞いてもいいかい?」
「えっと……しむ……シム子っす!」
――シム子? 志夢子?
ずいぶん変わった名前を付けるのだな、と萩野は思った。一体親はどこにいるのだろうか。
「親御さんはどうしたんだい? 一人でここに来たの?」
「じょうか……お母さん? はたぶんまだ船の上っしゅ。しむ…シム子は妹と先にこの島に来たっす」
「そらまたすごい。妹と二人で子どもだけで来れたんだ、えらいぞ」
「えへへー……っす」
ずいぶんと放任主義の親御さんなんだな、と思ったが口には出さなかった。
「おー、お魚さんが泳いでるっす……すいすいーっす」
シム子はバケツを覗き込み、興味深そうに釣果である一匹の魚を見る。
「この魚はアジだね。刺身でも焼いても美味しいぞ」
「おー……」
「釣り、興味あるのかい?」
泳ぐ魚をじっと見つめるシム子に対し、萩野は尋ねた。興味があるのなら、もしかしたら釣り仲間が増えるかもしれないという打算も込めて。
「うーん……魚釣りかあ……。どっちかと言えば、漁船を“監視”する方が好きっす?」
「監視?」
「あ、でも……“ヘンタイさん”を釣るのは得意っす。シム子がちょっとウィンクするだけで、鎮守府のヘンタイさんはイチコロってじょうか…お母さんは褒めてくれたっしゅ! えへん!」
――ヘンタイ? 変鯛……いやこの場合は文脈からどう考えても“変態”だろう。
鎮守府の“変態”さんを釣る? 色々と複雑な家庭環境のようだ……。ていうか母親は何を教えてるんだよ! と、自信満々そうなシム子の様子に、萩野は内心で頭を抱えた。
「……さて、そろそろ行くっす」
砂埃で汚れた白のタイツをぽんぽんと払い、シム子は立ち上がった。
「どっか行くのか?」
「そうっす、これからこの島で暮らすんだから、島をもっとよく見てみたいっす。だから今から島を歩いて回るっす」
「歩いてか……だいたい大人の足で二時間くらいだけど、気を付けなよ」
「大丈夫っす! じゃあ
そう言って、シム子は「しむしゅしゅしゅしゅー!」と言いながら島の田舎道を駆け、遠ざかっていった――元気はつらつな娘だな、と萩野は思った。
と、ここで萩野はふと気付く。
「……ん、そういや俺の名前が
「――釣れますか?」
後ろからの謎の人物の呼びかけに、再び萩野ははっと目を覚ました。
腕の時計を見ると、時刻は
「えっと、君は……」
「あたしは……クナって呼んでください」
――クナか。シム子に比べれば普通の名前である。萩野はそう思いながら、先ほどのシム子の話を思い出す。そういえば、
「もしかして、君がシム子の妹さん?」
「……は? シム子……しむ…ああ、そういうことね。そうですね。シム子はあたしの不肖の姉です」
彼女は何故か最初はそれに戸惑っていたが、すぐに彼女であると思い至ったようだ。
(しかし……正直似ていない姉妹だな)
萩野は先ほどのシム子の顔立ちを思い出しクナとの違いを見比べたが、やっぱり口には出さなかった。「ヘンタイさんを釣る」というシム子の謎の発言もあった、もしかしたらかなり複雑な家庭の事情があるのかもしれないのだから。
「アジにカワハギにクロダイ……色んな魚が釣れるんですね」
クナと名乗る少女は萩野の横にちょこんと座り、傍らのバケツを覗き込みながら呟いた。シム子が去ってから半刻ほど経って当たりが連発し、今日は大漁である。
「他にはスズキやイシダイもよく釣れるかな。今日は残念ながら釣れなかったけど」
「……
「秋刀魚はちょっと釣ったこと無いなあ」
「そうですか……」
と、クナは少し残念そうな顔をした。まあ秋刀魚はこの辺りでは獲れないので仕方が無い。
「今日は晩御飯に困ることは無さそうですね」
「うーん、今日は大漁だけど……調理できるのがいないからなあ。俺も魚は捌けないし」
「え、神風さんは……?」
「ああ、明日まで出張でね。今晩はいないんだ」
「……そうですか……はぁ」
と、クナは凄く露骨に残念そうな顔をした。その表情は、秋刀魚が獲れないと分かった時より残念そうである。
(うーん、余所の鎮守府で訓練してた頃の、神風の知り合いか何かかな?)
神風は“建造”されてから北方での訓練期間を除いてこの
「あ、そうだ……しむ…シム子姉さんってどこに行きました? さっき島に着いた時に
はっと思い出したのか、クナは萩野に尋ねる。
「ああ、そういや……島を歩いて回ってみるって言ってたな。確か一時間ちょっと前の事だから……島を半周くらいしたかもしれない」
「えっ!? 姉さんめえ……。分かりました、私も追いかけます!!」
「お、おう……」
シム子の勝手な行動に腹を立てたのか、勢いよく立ちあがるクナ。
「どうせならシム子と逆方向に回った方が出会えるかもね。まあ気を付けなよ」
「そうですね、ありがとうございます。では
そう言って、クナはシム子が向かった道とは逆の道を駆けていった。……流石に「クナクナクナー!」とは言わなかったが。
クナの走り去る後姿を見ながら、萩野はやはりふと気付く。
「……そういや俺ってあの子に
萩野が首を捻る横で、妖精さんが何かを言いたそうにしていた――が、今さらの説明をめんどくさがったのか、やれやれとばかりに萩野の服の中へ引っ込んでいった――
――時刻は
今晩は神風も春風もいないため、監視所は萩野少佐唯一人だ。萩野以外の人間の人員である大山源次郎は、先ほど奥さんの待つ家に帰ってしまったし他にいるのは
そんな萩野が一日の業務終了前の一仕事という事で、監視所の巡回を行っていたが……
「……えーっと、これはどういうことなんだろう……? いや、まさかなあ……」
萩野は目の前に映る光景に思わず声を上げ、頭を抱えた。
「すぴー、すぴーっしゅ、すぴーっす……」
「えへへ……神風さぁん……すう…」
萩野が午後に海岸で出会った謎の少女たちが――神風と春風の部屋の布団の上で気持ちよさそうに寝ていたからだ――
――国家憲兵隊「鎮守府監察課」。
各地の鎮守府や監視所を
「しかし、今までにこの島に“監察課”が来たことは無かったんだけど……」
過去の記録である日誌を思い返すが、この
「おう、あれが憲兵さんの巡視船か。いい船に乗ってなさんな」
そう言って感心の声を上げたのは、
さて、そんな最新型巡視船から萩野と源次郎の前に現れたのは、憲兵服に身を包んだ長い黒髪の妙齢の
「やあ、色々とうちの
「い、いえ……」
憲兵隊長は萩野に簡単に謝罪をすると、早速とばかりに自己紹介を始める。
「さて、私の名は
若宮がそう言って
「はいっ!
「同じく
――こうして、
語尾で誰なのかバレバレというオチ
明日も19時更新です