【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

12 / 55
第十一話 決戦! 神風と長月!

――そうめん――

 

 素麺(そうめん)とは、小麦を主原料とした麺類の一つ。主に夏場に冷やしたものが食されるが、温めて食される事もありその場合は“にゅうめん”とも呼ばれる。

 食欲が落ちる傾向にある暑い夏において、清涼感あるそうめんはこの季節における家庭の食卓の代名詞である。

 

 

 

 神風と長月。二隻がその勝敗を決める競技とは、「流しそうめん海上競走」であった。

 

 ルールは簡単。二隻は艤装を装備して海上を疾走。折り返し地点を経由しゴールである砂浜へと向かう。ゴールに置いてある器に入ったそうめんを早く食べ終えた方が勝ち。一体なぜ海上を走る必要があるのか、そもそもそうめんが流れていないではないか、完全にそうめんがおまけじゃねえか、という真っ当なツッコミは一陣の風に巻かれ消えて行った。

 

「あらあらー、神風ちゃんも長月ちゃんもやる気まんまんねー」

 

 設けられた仮初めの観客席でざわつく島の住人の中で、そう興味深そうに見物するのは第七近海監視所(ナナカン)艤装工廠責任者、大山源次郎の妻である大山朝美(あさみ)。今は源次郎との二人暮らしであり、身体が弱く普段はあまり表に出ることもなく家で過ごしているのだが、今日はせっかく呼ばれたということで久々の外出である。

 

「おう朝美。まあこんな滅茶苦茶な祭りだがいいのか?」

「神風ちゃんが楽しそうならそれで良いと思うわ」

「甘いなあお前……」

「あなたもね、ふふ」

「……ちぇっ」

 

 仲の良さそうな源次郎と朝美の老夫妻を横目に、今回の“審判長”にさせられた萩野は、二隻に改めてルールを確認する。

 

「……んじゃ、お互い過激な行為はしないように。わざと怪我をさせたりとかね」

「分かったわ。正々堂々ね」

「いいだろう」

 

 神風と長月の二隻の目が燃え上がる。別に互いに憎しみ合っているわけでもないし、これで二隻の関係がこじれるような事態では無いだろう、と萩野は思う。今回は少々長月の食い意地が張っていた事と、神風がムキになってしまったのが要因である。つまりは全て夏のせいだ。

 

(ま、たまにはこういうのも良いんじゃないかね)

 

 萩野が見る限り、神風が春風にこういった絡みをすることはまず無い。そもそも春風がそういうタイプでは無いし、一緒にはしゃげるような相手がいなかったのは確かであり。漁火島にも子どもがいるが、神風には仕事もあるのでそこまで深い付き合いというわけでもない。

 

 仕事仲間で一緒にはしゃげる存在である長月と張り合うその姿に、萩野は神風の新たな一面を見付けて嬉しくなる。

 

 

 

「――それじゃ、『流しそうめん海上競走』始めるぞー!」

 

 スタート地点となる海岸にはいつの間にか観客が増え、そこかしこでどちらが勝つか話している人もおり、

 

「――よし、じゃあ俺は長月ちゃんに100!」

「俺は神風ちゃんに200だ!」

「おお、それならワシは……」

 

 ……と、賭け事らしき声も聞こえてくるのだが。

 (ま、大目に見るかな……)と萩野はそれを聞かなかった事にする。

 

 

 

 艤装を装着した二隻は、海上へと移動。スタート位置へと付く。スタートの合図を任されたのは由良だ。

 

「じゃあ、どちらも無理はしないようにね。では、位置について……」

 

 二隻の艤装の機関(タービン)が出力を次第に上げていき――

 

「よーい、ドン!!」

 

 ――由良の合図とともに、二隻の駆逐艦が“出撃”。戦いの火蓋は切って落とされた。

 

「おお流石に速いな! どっちも頑張れよー!!」

「すげー!! はえー!!」

「がんばれー!! 神風―!!」

「こっちは飯の種賭けてんだ、きばれ長月ー!!」

 

 盛り上がる観客の声援を背に、二隻は折り返し地点である沿岸の岩場の“大岩”へと向かう。そこを一回りして、こちらの砂浜へと戻って来るのだ。

 

 

 

 ――さて、「睦月型駆逐艦」は「神風型駆逐艦」の“次級”として建造された艦である。すなわち、単純な艤装の性能では長月の方が有利と言える。では当然その“速力”も上回るかと言えば……それは()()()であるのだ。

 

(くっ……やはり速力では同等……。いや、若干……僅かではあるが()()()()()()()!?)

 

 長月の見立て通り、神風の速力は長月を少しだけ上回る。その分持久力――航続距離については長月に負けるのであるが――今回の競技は短距離であり、その差は影響しない。さらに言えば、この漁火島の沿岸は彼女の勝手知ったる“自分の庭”なのだ。

 神風は潮流を読み、すいすいと海面に飛び出る岩を避けて“大岩”へと向かっていく。神風と長月の差は、少しずつではあるが広がるばかりだ。

 

「――だが、ここで『はいそうですか』と、負けるわけにはいかん!!」

 

 長月の叫びと共に、彼女の機関(タービン)が唸りを上げる。機関を担当する妖精さんが彼女の思いに答えたのだ。

 実戦の経験で言えば、今生では圧倒的に神風を上回る長月。その実戦経験を元にした直感により、長月は岩場の複雑な潮流を読み切り……やがて、神風も気づいていなかった大岩への“最短ルート”を導き出す。

 

「そこだっ!!」

 

 最大戦速(トップスピード)で岩場に突入する長月。一歩間違えば岩にぶつかり事故を起こしかねないが、そこは古参兵(ベテラン)の貫録と意地である。時には岩を避け、時には飛び越え、時には間をすり抜けてと岩場を突破していき――

 

「う、うそっ!?」

「これが『古参兵(ベテラン)』の力だ! 舐めるなっ!」

 

 ――折り返し地点の大岩を先に到達し折り返したのは、長月であった。

 

 

 

「おっと、神風が抜かされたか……こりゃちょっと不味いかもなあ」

「あらあら、神風ちゃん焦ってるみたいねえ」

「よく分かるな、お前……俺もこの距離じゃ、神風の顔まではよく見えねえぞ」

「まあ、半分は勘ですけどね」

 

 双眼鏡でレースの様子を見る大山夫妻の横で、春風は手を組み姉に祈りをささげる。

 

「……お姉様、頑張ってくださいっ!!」

 

 

 

「――そうよ……私は、ここで負けるわけにはいかない!!」

 

 春風の祈りが届いたか届かないかは分からないが(少なくとも声は届いていない)、神風型の意地を見せるべく神風が長月に追いすがる。

 

(ぬう……。流石にこのまま決着というわけにはいかないか……だがっ!!)

 

 後方から迫る神風のプレッシャーを感じ取り、長月が機関(タービン)を出力を更に上げ引き離しに掛かろうとするが、

 

「そうはいかないわ!!」

 

 神風も負けてはいない。必死に追いすがり長月との距離は着実に縮まっていく。このまま岩場の地帯を抜けて海原に出れば、最大戦速が僅かに勝る神風に追い抜かれる可能性は高い。

 

「このままでは……ならばっ!!」

 

 長月は意を決して()()に出た。目の前にあるのは海から突き出る大岩。そのまま避けようとすれば大幅なタイムロスになる――だがその岩壁面は頂上に向かって“なだらかな坂状”になっている――ならば。

 

(――できる! 幾多の戦いを越えた、歴戦の()()()!!)

 

 長月は意を決し、その岩に向かって直進し――

 

「とりゃああああ!!」

 

 長月が最大出力の艤装の力でその岩を滑走して駆け上がり――“跳んだ”。

 

「うおおおおおお!!」

「やりやがったっ!!」

「これで長月の勝ちだー!!」

 

 遠くで観客の歓声が聞こえ、長月は勝利を確信する――

 

「やったぞ、これで私の勝ちだ――は!?」

 

 

 

「――そうよね。この岩登りって……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 長月の動揺する顔の横には……神風の爽やかな笑顔。

 

「だって、こんなに登りやすそうな岩があるんだもん。今までは()()()()()()()()()()()けど――」

 

「なん……だと……」

 

 長月は逡巡する。今までは出来なかった? ……では何が彼女を変えた? 前回の輸送任務での遭遇戦か? 自分は彼女を侮っていたのではないか?

 そうだ、恐らく自分は実戦経験の少ない神風に油断していたのだ。私だから出来る、実戦経験の少ない彼女にはここを越えるのはきっと無理であると。

 そうだ、由良も言っていたじゃないか――前回の自分の失態は、()()()()()が招いた物だと――

 

 長月の横を、神風が飛んでいく。やがて神風は海面に着水し、再び疾走を始めた。それとほぼ同時に長月も着水――着水した時点でその距離は離れており、岩場の無い開けた場所に出た以上、あとは艦の最大戦速が物を言う。逆転は難しいだろう。

 

 長月を越えて軽やかに飛び、海上を白い波を上げて疾走する神風の後ろ姿に長月は思った。

 

 

――まさに、“風”の駆逐艦だな。

 

 

 長月はこの瞬間、敗北を確信した。

 

 

 

「……次は勝つからな、神風」

「こっちこそ。次回は紙一重じゃなく、きっちり勝たせてもらうわ」

 

 まあ「流しそうめん海上競走」などという変てこな競技が今後行われるのかは不明だが、お互いにとっては良い刺激になったらしい。

 二隻は互いの健闘を称え、握手を交わした。

 

「そうめん要素はどこ行ったのって話ですけどね……」

「まあ、いいんじゃない? 神風ちゃんも長月ちゃんも楽しめたのなら」

「私はお姉様が楽しそうで良かったです」

 

 そんな様子を見る三日月、由良、春風の反応は三者三様であった。

 

「さあて、後片付けだ。提督さん、頼むぞ」

「はいはい……祭りの後ってのは侘しいねえ」

 

 既に太陽が水平線の向こうへと沈もうとしている時間となっている。源次郎に促された萩野は、神風たちと共に流しそうめん大会の後片付けを始めた。

 

 

 

 ――こうして、神風と長月のちょっとした戦いは終わった。

 第六近海監視所(ロッカン)の艦隊も帰還し、明日からいつもの業務が始まるのだろう。第七近海監視所(ナナカン)も、しばらくの間はまたのんびりとした穏やかな日々になりそうだ。

 

 

 

 

――そして、暑い夏は間もなく終わりを告げ、“波乱”が始まる。

 




当初のプロットでは、長月の速力が神風を上回り苦戦するが、神風が地元の地の利を生かしてなんとか追いすがるという話だったものの、調べたら速力では神風と長月はほぼ同等(最大速力は若干神風が上らしい)という事実が判明。馬力自体はあまり変わっておらず、排水量は睦月型の方が大きいのでそういう事なんですよね。

―――

というわけで、ここまで第七近海監視所(ナナカン)の物語にお付き合い頂きましてありがとうございます。
次話から新章突入という事で、しばし書き溜めの期間を頂きます。軍人と艦娘の新キャラも登場予定。
艦これ夏イベント前には再開します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。