【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~ 作:山の漁り火
――国防海軍広報誌『海さくら』――
戦争というものは、兎にも角にも
終わりの見えない深海棲艦との戦況において、戦争に対する国民の理解を得て国税の負担を許容してもらうには、広報活動は必要不可欠である。
そんな広報活動の一環として、我らが国防海軍が発行する広報誌、それが“海さくら”だ。
年間12回発行の月刊誌。充実した海軍の情報や、鎮守府に勤める提督と艦娘へのインタビュー記事。特別付録として、艦娘の
お求めはお近くの書店か、国防海軍鎮守府まで。
「流しそうめん食べたい」
「……はい?」
時刻は
「ええっと……本日のお昼ご飯は、今お姉様がカレーを作っていらっしゃいますが」
「あー、今日は金曜かー。そっかー」
「えっと、お昼はそうめんの方がよろしかったでしょうか? と言ってもそうめんは確か……」
「いや、そういうわけじゃないんだ。ほら、この広報誌を見ててさ」
「どれどれ……?」
そう言って萩野が春風に見せたのは、国防海軍が発行している広報誌“海さくら”の最新号であった。
萩野が開いたページには、現在国防海軍の“広報部隊”を務める“
「へえ……首都に住む子どもたちを集めて、総司令部前の広場で“流しそうめん大会”ですか」
「お上も丸くなったよなー。軍部主催の流しそうめんなんて……」
「あら、わざわざ南方からあの“第一戦隊”も来たそうですね。ほら、ここに長門さんと陸奥さんが写っていますよ」
「マジかよ……いくら“大規模作戦”が一区切りついたばかりとは言え、最前線から戻って来るとは無茶するなあ……」
――萩野が言うように、今夏行われた“東方海域泊地攻略作戦”は前段および後段作戦を終え、現在の戦況は敵残存勢力の掃討戦に移っている。
よって、中堅提督が率いる部隊の練度上げも兼ね、攻略の主軸を担った主力部隊は彼らと交代し、後方へと移動して続々と休暇に入っているのだ。第一戦隊はそんな主力部隊の花形であり、今回の作戦でも大いに活躍したのであるが……「そのバイタリティには恐れ入る」と萩野は感心した。
まあ艦娘の総大将である長門ならば「それくらいでへばる様では連合艦隊旗艦の名がすたる」とでも言いそうだが。
「いいなあ、涼しそうで……」
「そうですねえ」
漁火島は暑さのピークが過ぎたとはいえ、まだまだ夏の盛りである。蝉も朝方日中夕方とミンミン、ジージーと
「……やるか、流しそうめん!」
思い立ったが吉日とばかりに、椅子からガタリと萩野が立ち上がる。
「源さんの家族も呼んで、あと島の住人もできるだけ集めて。皆で流しそうめん大会! どうかな、春風?」
「確かに、それは楽しそうですね。住人の皆様も喜んで参加してくださるに違いありません」
そんな萩野の思いつきに春風は賛同するが、懸念が一つ……というか
「でも司令官様、現在
「うん、問題はそれな。さあて、どうすっかねえ……」
予想以上に暑い日々が続いたため、少し前に
島の住人に話せば、もしかしたら余っているそうめんがあるかも……それでは軍による物資の“徴発”である。即時却下。
「うーん、じゃあ駄目で元々、
「……お隣さん?」
「――やあ、神風に春風! この長月が
「こら、長月ちゃん。どうも、お久しぶりです。護衛任務以来ね」
「あ、あの、お久しぶりです」
「長月ー! 由良さん! 三日月も!」
別に萩野が
(それって割に合っているのでしょうか?)と他人事ながら春風は思ったが、口には出さなかった。
「やあ、いらっしゃい。待ってたよ」
そう言って、白い士官服を着て笑顔で迎えるのは萩野である。その姿を見た長月はてくてくと萩野の元に向かい、挨拶をする。
「あなたが神風たちの新しい司令官か。長月だ、これから宜しく頼む」
「ああ、こちらこそよろしく。長月」
「で、では早速だが……」
「あーはいはい。コーヒーだったね。冷たいので良いかい?」
「無論だ!」
「コーヒー味のアイスキャンディーもあるけど?」
「そっちもいただこう!」
遠征時に春風から萩野が趣味でコーヒーを淹れるというのを聞いて以来、そのコーヒーを飲むのをずっと心待ちにしていたらしく、長月は嬉しそうに萩野に付いて執務室へと向かった。そんな長月の様子を見て由良は楽しそうに微笑む。
「あらあら、あんなにはしゃいじゃって……珍しいわね。ねえ三日月ちゃん?」
「ええ、長月も楽しそうで何よりです」
同じく微笑みながら頷くのは、長月の妹である睦月型駆逐艦十番艦「三日月」。前回の海上護衛では別任務のため遠征に参加はしなかったが、長月と同じ
なお、
閑話休題。そんなわけで現在
「さあて、そうめんを茹でる準備よ! 三日月、手伝って!」
「は、はい。お任せください!」
神風は三日月を誘い、そうめんを抱えて威勢良く台所へと向かった。大型の鍋で水を沸かし一気に茹で上げる算段である。
一方で、茹で上がったそうめんを流す竹については、
「……おっし、こんなもんだろ。次行くぞ次」
と、源次郎と妖精さん少々で協力しながら設置を行っていた。
「……あの、由良も何かお手伝いすることはありますか?」
と、一人手持ち無沙汰な由良が、少し申し訳なさそうに源次郎に話す。三日月も長月も居なくなってしまい、話し相手もやることも無くなってしまったのだ。
「いや、こっちは取りあえず大丈夫だな……。由良さんや、あんたはお客さんなんだし、ゆっくりしててくれよ」
「いえ、三日月ちゃんも働いてますし……なんでもやりますよ、任せてください」
「そうさな……じゃあ机と椅子の準備でもしてくれるか? あと司令官も呼んできてくれ。手順の確認をしたいってな」
「はい!」
――こうして祭りの準備は着々と進む。
さて、時刻は
「では流しまーす、行くわよー」
と、神風の合図でそうめんが竹に流し込まれ、するりと滑っていく。
それをひょいと萩野が掬い、一口ちゅるりと食すと
「……うん、やっぱりうまいな」
と、素直な感想が出た。井戸水で程よく冷やされ、めんつゆの塩気を帯びたそうめんが喉をひんやりと冷やしながら、さらりと胃へと駆け抜けていく様は、今の時期でないと味わえない格別なものであることは間違いないのだ。
そんな萩野に続いて源次郎や島の住人、ゲストである
「うーん、美味しい! やっぱりこの時期のそうめんは最高ね」
「はい、由良さん。さっぱりしていて美味しいです」
「そうですね。お姉様、そろそろ交代しましょう。」
「あら、そう? じゃあよろしく頼むわね」
そうめんを流す担当だった神風と長月が春風と三日月に交代。神風と長月は艦娘専用に備え付けられた竹に付き、そうめんを食し始めた……最初のうちは、だが。
――ヒョイ、パク。ヒョイパク。ヒョイパク。
長月の箸が素早く動き、流れてくるそうめんを即座にかすめ取っていく。一方で、神風の口にはほとんど入らなくなっていく。
「………速い」
その様に茫然としながら立ちつくす神風に、長月がさも自慢気な顔をする。
「ふふふ、これぞ長月流
「し…白鷺!?」
「長月……私それ初耳です」
長月の発言にそうめんを流す三日月も思わずツッコミを入れた。
――ヒョイパク、ヒョイパク、ヒョイパク。
長月の箸はまるで水鳥の
しれっとした様子でもぐもぐとそうめんを食す長月に、思わずうなる神風。
「んぬぬぬ……」
「どうした、神風? 急がないと私が全て食してしまうぞ」
「……だったらちょっとは遠慮しなさいよ」
「ふっ、これは一種の“真剣勝負”なのだよ。喰うか喰わざるか。
「ぬぬぬぬぬ……」
「おっと次が流れてきたぞ。頂くか」
「させないわっ!」
春風によって新たなそうめんが流され、箸による“戦”が再開される。
神風ももう油断はしない。箸を細やかに動かし、そうめんをかすめ取る。
「てやっ! そりゃ! てやー!!」
「――奥義“白鷺”! “
二隻の争いは次第に激しさを増す。その様子に島の住人も思わず箸を止め観戦し始める程である。
「一体、これは何の勝負なのかしら……?」
「えーっと司令官さん? 長月と神風さん、止めなくていいんですか……?」
「はは、楽しそうで何よりだねえ……さあて、どうすっか……」
傍観者となった萩野と由良以下の艦娘一同は、二隻の戦いをただ見守るしかなかった――
――そして幾度かの戦いを経て、神風と長月は。
「はあはあ……。このままじゃ埒が明かないわ……。こうなったら舞台を改めて、“真剣勝負”よっ!!」
「いいだろう、受けて立つ!!」
――どうしてそうなった。という一同の心の声を余所に。
――割とどうでもいい戦いが、今始まる。