【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~   作:山の漁り火

10 / 55
第九話 漁火(いさりび)島の夏

――漁火(いさりび)島――

 

 漁火(いさりび)島は、本土近海に浮かぶ小島。島の大きさは徒歩で2時間もあれば一周でき、漁業と農業を主な産業とする。島の人口は300人程だが、深海棲艦との戦いの為、神護(じんご)鎮守府があった頃は民間人の全島避難が行われていた。

 第七近海監視所(ナナカン)設立前後に大部分の住民が戻り、戦闘で荒れた田畑や漁場の復興に追われているが、基本的にはのんびりした時間が流れる島である。

 

 

 

「……あっついわね……」

「夏ですからね。予報によれば、今日も真夏日だそうですよ」

「えー……本当に……?」

 

 時刻は14時(ヒトヨンマルマル)

 茹だるような暑さの田舎道を、()()()姿の神風と春風が歩いていた。舗装されていないその土の道を歩く者は他におらず、二隻は汗を拭いながら目的地へと向かっていた。

 

「艤装を付ければだいぶマシになるんだけど……」

「艤装には気温の調節機能がありますからね」

「ま、(ふね)陸上(おか)で艤装付けてどうすんのって話ではあるんだけどねぇ……」

 

 春風の言う通り、艤装には艦娘の生命維持の為、暑さ寒さを緩和する機能が備わっている。薄着または厚着の服を着た艦娘があらゆる環境下で、同じ服を着て過ごせるのはそれのおかげだ。

 

「そういえば……この前総司令部から、私たち宛てに水着が支給されてませんでしたっけ?」

「うーん……いくら暑いからって、あの水着を普段着には出来ないわね」

「イムヤさんたちは普段からあの水着ですけど」

「うん、あの()たちは……あの方が仕事しやすそうだからじゃない?」

 

 普段から海に潜る為、水着の方が活動しやすいとされる潜水艦娘。総司令部から神風姉妹に支給された水着は、そんな潜水艦娘と同じ形式の“提督指定印”の紺色の水着であった。

 ちなみにせっかくの夏ということで、好きな水着を独自に購入して着る艦娘は結構いるし、その数は毎年増えていたりする。

 

「レーベさんとマックスさんの水着は……なんだかこう、凄いですよね」

「……ちょっとあれを着るのは私は遠慮しておくわ。あそこまで大胆にはなれないもん……」

 

 以前国防海軍広報誌の付録の“総天然色写真(オールカラーピンナップ)”に載っていた、その布地が少ない白い水着姿を思い出し、神風は少し遠い目になる。それに自分にはあれはちょっと似合いそうに無いな、と神風は逡巡した。

 

「イタリアさんもそうですが、海外出身の艦娘(かた)って大胆ですよね。殿方へのアピールにはもってこいという事でしょうか」

「アピールって、誰によ……」

「それは当然()()()()にですね。……お姉様でしたら、()()()ですね」

「な、なんでそこで司令官の名前が出てくるのよ!」

「さあ、何ででしょうね。ふふ」

 

 春風の発言に焦り顔を赤くする神風。さもからかいがいがあるかのように春風は笑った。

 二隻はそんな何でもない話をしながら、暑い日差しの中を目的地へ進んだ。そしてそれから数分後――

 

「……あ、あそこで手を振っていますね」

「本当だ……おーい、しれいかーん、源さーん!!」

 

 春風が右手で指し示した先には、丘の上の畑で手を振る萩野と源次郎と妖精さんたち、そして数名の島の住人がいた。神風と春風は手を振って返し、急いで萩野の下に向かったのだった――

 

 

 

「――というわけで、今回のお仕事は()()です」

「これ……()()残ってたんだ」

「以前念入りにお掃除したはずなんですけどね……」

 

 萩野と神風たちの目線の先にあったのは、かつての戦いで深海棲艦の残した嬉しくない置き土産……“不発弾”である。

 

 以前この島に神護(じんご)鎮守府が置かれていた頃――毎日のように行われていた敵艦載機の空襲と、時には戦艦部隊の艦砲射撃を受けていた為、その不発弾が島の各地に埋もれているのだ。その多くは鎮守府の移設作業の際に処分されたし、不発弾が集中していたのは敵の主要目標にされていた港湾や海軍の施設だったため、農村部や田畑には少ないのだが――それでもこの様にたまに見つかることがある。

 

「では早速ですが、爆発物の処理を始めます。皆さん、危険なので下がってください――」

 

 

 さて、深海棲艦の使う砲弾と爆弾には不思議な特徴がある。

 それは「深海棲艦から放たれてしばらく経つと、そのサイズが大きくなる」事と、「放たれた直後の威力は凄まじいが、不発弾となった後は威力が落ちる」事だ。

 深海棲艦の艦載機が海軍に恐れられるのは、この上記の特徴が大きく影響している。見た目は小さい爆弾や魚雷が、船の装甲や隔壁にダメージを与え粉砕してくるのだから堪らない。数少なくない護衛艦や輸送船がその被害を受け、一時は船の周りにネットを張り爆弾を防ごうとした事もあったが、上手くいかず頓挫したという話もある。

 

 閑話休題。そんなわけで今回島の住人の一人である辰さん(73)のきゅうり畑の外れに埋まっていた、深海棲艦の艦載機が投下したと思われる爆弾も、大きさはサッカーボールより少し大きい程度であるが、実はその威力はそれほどでもない。とはいえうっかり爆発させてしまえば怪我や命の危険があるため、処理のため神風たちが呼ばれたのだ。

 

「艤装装着っと……やっぱり陸上(おか)で装備するのは違和感あるわね」

「そうですねー……ちょっと動きづらいです」

 

 そう言いながら、神風と春風は事前に源次郎が持ってきていた彼女たちの艤装を装備した。なお艤装からは魚雷発射管といった爆発物は取り除かれているが、艤装さえ装備していれば二隻の腕力と防御力が上がるので、こういった力仕事には欠かせないのだ。

 まあ燃料は余分に食うし、海上に比べ動作は緩慢になるため、やたらと使うわけにはいかないが。例えばちょっとした農作業に使うとなれば、燃費を考えれば大赤字である。……過去にそんな真似をして、憲兵隊に不正が行われていないか捜査された鎮守府があったのだから、間違いない。

 

「まずは爆発対策に周りを装甲板で覆って……源さん?」

「おう、ちゃんと持ってきたぞ。こいつを使え」

「では準備が出来次第、問題が無ければここで爆破処理をしますね。司令官様。それでよろしいですか?」

「うん、わざわざここから海に持っていくのも面倒だしね。許可する」

 

 二隻のてきぱきとした手順を確認しながら、萩野は頷いた。

 ……一応彼の名誉のために言っておくが、萩野も提督として“爆発物の処理手順”は学んでいる。ここで彼が直接手を下さないのは、彼が第七近海監視所(ナナカン)の司令官として指揮する立場であるからであり、決してサボっているわけではない。

 

 

 

 さて、神風と春風は妖精さんと共同作業により、手早く爆破処理の準備を整えた。四方を爆発を防ぐための装甲板で覆い、爆弾の調査を一通り行う。遠隔起爆装置を取りつけて準備完了だ。なにせ普段から砲弾や魚雷といった、ずばり火薬そのものを使用しているのだ。こういった作業もそれなりの数をこなした今となっては手慣れたものである。

 

「準備完了っと……では爆破処理しまーす。皆さん耳を塞いで下がってくださーい」

 

 そう周りに伝えて十分な安全確認を行うと、萩野の指示を受けた後神風はすぐさま遠隔起爆装置のリモコンを使って、爆弾の爆破処理を行った。

 

 

――3、2、1、ドカン。

 

 

 こうして深海棲艦の残した厄介な置き土産がまた一つ消えた。何事も無く終わった事に、萩野も胸を撫で下ろす。田畑の持ち主である辰さんに報告を行い、次の作業は萩野も参加して爆破処理後の片付けである。

 

 

「――相変わらずあの娘たちはめんこいのう。もんぺ姿も似合っちょる」

「わしの孫もしばらく会っとらんが、背丈はもうあれぐらいになっちょるのう……ほれ、こないだ写真送ってもらったんじゃよ」

「そういやうめさんの息子さん家族は都会暮らしか、寂しいのお……」

 

 見学や暇つぶしに集まった島の住人にとっても、この手順はもはや見慣れたものなのか、住人は神風春風姉妹の姿を見ながら世間話に花を咲かせているのであった――

 

 

 

「……ふう、疲れた」

「はい、神風も春風もお疲れ様。これまだ残ってるからどうぞ」

 

 ――爆破後の片づけも終わり、一息ついて汗をかく神風と春風に、萩野が残っていた水筒の水を差し出した。

 

「司令官様、お気遣いありがとうございます」

「ありがとうございます。ではいただきまーす……」

 

 神風と春風が一口ずつ飲み干すと。

 

(……ちょっとぬるいわね)

 

 ――残念ながらだいぶ量が少なくなっていた事と夏の炎天下にあった事で、水筒の水はだいぶぬるくなってしまっていた。

 流石に神風も口には出さなかったが、彼女の表情からそれを察した萩野は、

 

「……あー、そういえば第七近海監視所(ナナカン)の冷凍庫に、試しに『アイスキャンディー』作っておいたんだったな」

 

 ……と、そんな事をぽつりと呟いた。

 すると。

 

「……あいすきゃんでー? もしかして、あのひんやりとして冷たいあの……?」

 

「お、おう……それ以外無いだろ?」

「やっぱり! わあ、この島でアイスキャンディーが食べられるなんて!」

「いや、試しに作ったやつだし……えーっと、コーヒー味だけど食べる? あんまり甘くないかもだけど……」

「食べるっ!」

 

 目の輝かせる神風の反応に、まさかこんなに食いつくとは思っておらず萩野がたじろぐ。そんな萩野に、春風がそっと耳打ちをする。

 

「――お姉様、総司令部にいた頃に食べたアイスキャンディーの味が忘れられないらしくて……。前からもう一度食べてみたいとおっしゃっていたんですよ」

「あー……初耳だなそれ」

「確かに、司令官様に話す機会はありませんでしたね」

 

 こんな小島ではアイスキャンディーを作る店や売る店など無いし、そんな話を姉妹からわざわざ聞く機会も無かった。そもそもアイスキャンディーを作るのに必要な家庭向け冷凍庫が置いてあるのは第七近海監視所(ナナカン)くらいである。

 アイスキャンディーの型は、神風と春風をサプライズで喜ばせようと、こないだ源次郎に依頼して作って貰ったばかりであり、その型で作った今回のアイスキャンディーはあくまで試作品なのであるが……。何はともあれ、神風の機嫌が良くなったのは良いことであった。

 

 

 

「ふふーん、冷たいつめたーいアイスキャンディー、るーるるるー」

 

「何故そこで歌うっ!?」

「? だって嬉しいときは歌うものでしょ?」

 

――のどかな田舎道を、二隻と二人は少し急ぎ足で帰るのだった。

 

――まだまだ暑い夏は終わらない。

 




>放たれた直後の威力は凄まじいが、不発弾となった後は威力が落ちる

なお、()()()()()()()ならその威力は落ちないという設定。
例えば深海忌雷とか。(たぶんこの物語の劇中には出ません)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。