ようこそ、喫茶『fairy tale』へ。   作:れーるがん

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しかし二階堂海斗は冷めている。

特別棟の四階。その一番奥。誰も近寄らないような閑散とした一画に、私の所属する奉仕部の部室がある。

春の暖かな日差しの中でもこの周囲が些か冷えてるように感じるのは、ここに人の通りが全くと言っていい程に無いからなのか、はたまた部室の主が持ち得る特有の雰囲気によるものなのか。

何にせよ、私は一年の冬からここに通うようになってからと言うものの、一度たりと部室に一番乗りだった事がない。

今日も今日とて例外ではないみたいで、扉に掛けた手は軽やかに動く。

 

部室の中では一人の少年が斜陽の中で本を読んでいた。

昨日会ったあのお二人と言い、どうして本を読むと言う行為だけでこうもサマになるのだろうか。

 

「こんにちは駒鳥。昨日は部活をサボって平塚先生と喫茶店に行ってたんだって?間食はあまりオススメ出来ないぜ。どれだけ食ったってお前のその貧相な体が豊かになることは無いんだからよ」

「こんにちは二階堂君。サボりじゃなくて立派な部活動だと平塚先生から聞いてないのカナ?それと昨日は紅茶しか飲んでないから。別にケーキとかの類は食べてない」

 

売り言葉に買い言葉。いつも通りのやり取りをして自分の定位置、彼の対角上にある一番扉側の椅子に腰を下ろす。

 

二年F組 二階堂海斗。奉仕部の部長にして学年主席。運動も出来て更にイケメンと来た。もう非の打ち所がない、漫画から飛び出して来たかと思うほどの才能溢れる人物。ただし、その才能はコミュニケーション能力までカバー出来なかったようで、二言目にはもう罵倒が飛び出してくる『氷の王様』。

先程のやり取りなんて日常茶飯事。入部当初こそ心が折れそうになっていたが、今となっては慣れたもの。いや、慣れたらダメでしょ私。もしかして確実に二階堂君に調教されて来てる?

 

一方の私はこのクソ野郎のせいで学年次席に甘んじてしまっている、どこにでもいる地味な少女。しかも身長140センチ台のチンチクリン。コミュ障故に必然的にぼっちだし。

 

「平塚先生から伝言。今日は駒鳥と一緒にその喫茶店に行け、だそうだ」

「知ってる。昨日その喫茶店で言われたから」

「一応聞いておくが、なんで喫茶店?なんか特別な所でもあったか?」

「特別っちゃ特別なんじゃない?まぁ行ってみたら分かるよ」

 

私が知ってて二階堂君が知らないと言うのに軽く優越感。うっはー、人間ちっちゃいな私。

 

「駒鳥みたいな奴の相手をさせられる店員さんも可哀想だよな」

「その言葉、そっくりそのままお返ししてやるぞ二階堂海斗。あなたみたいな人格に難のある奴も中々いないよ」

「人格に難があるのはそっちだろ。何かにつけて二言目には働きたくない。挙句己の弱さを肯定して今の自分に満足し、変わろうともしない。お前のそれは変わらないと社会的にマズイレベルだって前に説明したよな?」

 

ハッ、とこちらを心底バカにしたかのような笑みを浮かべやがる。この男、本当に天罰とか下らないかな。女子に向かってここまで正々堂々と毒舌の限りを尽くせるのもある意味才能かもしれないけど。

 

「まあいい。さっさとその喫茶店とやらに行こうぜ。あんまり長居してて平塚先生に怒られるのも癪だし」

「御尤もだわ」

 

読んでいた文庫本を閉じてカバンに仕舞う二階堂君を扉の前で待つ。

そう言えば彼は今なんの本を読んでるのだろう。この前は人間失格とか読んでたけど。

私も読書は好きだ。ぼっち故に一人でも時間を潰せる趣味を探していたら自然と読書が趣味になってしまった。

二階堂君と互いに読んでいた本の感想を言い合うのは割りかし嫌いではない。自分の見聞を広めることも出来るし、誰かに感想を聞いてほしいと言う欲求も自分の中にあったりするから。

しかし、そこからラブコメ展開に発展するわけもなく、感想を言い合うと言ってもそこには罵倒が添えられるし、酷い時は互いに読んだ本の悪口を只管言い合うだけ、なんて時もある。

 

「何してんだチビ鳥。早くいくぞ」

「チビって言うな」

 

うん、やっぱりこいつ嫌いだわ。こいつとラブコメとか死んでもごめん。

 

 

 

 

 

 

昨日の放課後、平塚先生に案内された道をそのままなぞるようにして道を歩く。

学校の前の大通りを駅方面へ向かって歩き、二つ目の角を曲がって細道へと入る。そこを暫く真っ直ぐ歩くと、昨日も見たあのシールいっぱいの看板が見えてきた。

 

「何故にシール......?」

 

そこは私も疑問に思ったけど敢えて突っ込まなかった所だ。確実に店内の雰囲気とはマッチングしないやたらとデコデコしたシール達だが、不思議とそこに違和感は感じない。

首を傾げてシールの存在について何やら考えてる二階堂君に一瞥してから、喫茶店の入り口を開く。

 

「あら、こんにちは」

「こんにちは店長さん」

 

迎えてくれたのは雪乃さん。紅茶を飲みながら本を読んでいた。その顔は優しい微笑みを浮かべている。やっぱり凄い美人だ。

 

「ふふ、雪乃でいいわよ。その子が昨日言ってた部長かしら?」

「奉仕部部長の二階堂海斗です」

「......二階堂?」

 

その苗字を聞いた途端、雪乃さんが少し考える素ぶりを見せた。もしかして知り合いとかだろうか。

 

「僕の苗字がどうかしました?」

「いえ、ごめんなさい。昔、同じ名前の会社とうちの実家とで縁があったのよ。気にしないでいいわ。

私は比企谷雪乃。奉仕部の元部長で、今はここの店長、と言うことになってるわ」

 

雪乃さんの実家、と言うと比企谷家では無く、雪乃さんの旧姓の方の家となるわけだ。ちょっと気になったりもするけど、私が無遠慮に詮索するのも失礼だろう。

そう言えばと思い、たった今気がついた事を雪乃さんに聞いてみる。

 

「あの、比企谷さんは?」

「比企谷くんなら寝てるわ。このお店、不定期で夜にバーもしているから。今日が丁度その日なの」

「それでお酒の類が多いんですね」

 

それなら納得。

比企谷さんは今のうちに仮眠を取ってるってとこかな。

まさか高校生のうちからお酒の扱いとか学ばされるのかとも思ってたけど、逆に平塚先生がそんなところに私達を預けるとも思わない。

 

「それで、俺たちは何をすれば?」

 

二階堂君が早速本題に入ろうとする。

が、雪乃さんの反応は芳しく無く、どこか怪訝そうな目で彼を見ていた。

 

「なにか?」

「......いえ、何でもないわ。取り敢えずあなた達には店の制服に着替えてもらおうかしら。はいこれ。二階に上がってすぐの所に部屋が二つあるから、そこでそれぞれ別れて着替えて頂戴。奥の部屋で比企谷くんが寝てるから静かにね」

 

ビニールに入ったままの制服を受け取り、厨房の奥から階段を上がって言われた部屋で着替える。

制服は特にこれといった特徴のないウェイターの服だ。サイズもぴったり。何故ぴったりなのかは分からないけど。私、服のサイズとか教えてなかった筈なんだけどなぁ。

 

「着替えてきたみたいね。さて、では早速業務の説明からかしら」

 

下のキッチンに降りると、既に着替え終わって先に降りていたらしい二階堂君と本を読んでいた雪乃さんが。

それにしてもこのイケメン、ウェイター姿も似合うとかなんかムカつくな。

 

「二人とも、奉仕部の理念は言えるかしら?」

「理念?」

 

なにそれそんなのあったの?小鞠初耳。そもそも奉仕部としての活動って今まで部室で本読んでただけなんだけど。

 

「飢えたものに魚を与えるのではなく、魚の採り方を教える。依頼者の自助努力、成長を促すのであって直接的な干渉はしない」

「変な理念ね」

 

思ったことをそのまま口に出した。

 

「それを考えたのは私なのだけれど」

「ご、ごめんなさい......」

 

おぅふ......。まさか雪乃さんの考えた理念だったとは。と言うことはこの人が奉仕部の創設者?

 

「俺は変だと思わん。寧ろ完全に他人に任せようとしてくる輩の依頼なんぞ聞いてられるかってんだ。悩みは自分で解決するべきであり、それを他人に押し付けようとするなんて巫山戯るのも大概にしろって話だね」

「よくわかってるじゃない。とまぁ、奉仕部と言うのはそう言うものよ。もしかして駒鳥さんはまだ依頼に携わったことはないのかしら?」

「そいつは未だに部室で文字列しか読んでいないような奴ですよ」

「失礼な。私クラスの読書家ともなれば行間までしっかり読んでるわよ。て言うか今の私に対する質問だったのになんで二階堂君が答えるのカナ?」

 

そんな私たちのいつも通り過ぎるやり取りを見て、雪乃さんがふふ、と小さく笑った。

 

「なんだか懐かしいやり取りを見せられてる気分だわ」

「比企谷さんとのですか?」

「ええ。あの人はいつも私の皮肉に斜め下な返し方をして来たものよ」

 

そういって笑う雪乃さんの表情は穏やかだ。

この人の学生時代か......。なんか気になるな。今度平塚先生に聞いてみようかな。

 

「話を戻すわね。うちの喫茶店は基本的にその奉仕部とやる事は変わりないわ。お客様の悩みを聞いて、その解決方法を提示する。紅茶やお菓子はそのついでみたいなものよ」

 

おいそれでいいのか喫茶店経営者。

 

「つーか、そんな簡単に自分の悩みを話すような客っているんすか?」

「客ではなくお客様よ、二階堂くん。分かったわね?」

「......うっす」

 

やーい怒られてやんのー!ざまぁみろー!

 

「基本的には比企谷くんがお店に出てる日に来てもらえればいいわ。奉仕部の部室を訪ねる人もいるだろうし」

「いやいや、あんな辺鄙な場所まで来る人中々いないですって。雪乃さんの時はどうだったかは知りませんけど、私、12月に入ってからあの辺り通る人一人も見かけてませんよ?」

 

もしかしたら見かけてるかもしれないけど興味なさすぎて忘れてるだけ。部室に依頼者が来た事ないのは事実だし。そもそも、高校生と言う思春期真っ只中で色々と複雑な時期のリア充共が赤の他人に悩みを告白する、なんてそうありえる事じゃない。

それはつまり己のコンプレックスを晒すと言う事であり、そんなことをするのならウェイウェイソイヤソイヤとパーリーピーポーしてるんじゃなかろうか。

 

「まぁ、うちに来ていたら嫌でも依頼に携わる事になるわ。結構相談して来る人、いるのよ?」

 

少し自慢げに胸を張る雪乃さんが可愛い。張る胸がないなんて事は言わない。だって私も大して変わらないし。

いや、私の場合はまだまだこれからだから!雪乃さんと違って身体的成長には期待が持てるから!だから悲しくなんかないもん!

 

「駒鳥さん?何か不愉快な視線を感じるのだけれど、気のせいかしら?」

「き、気のせいじゃないですカナハハハー」

 

怖い!怖いよ!顔自体は凄い優しい笑みなのに冷気を纏わせた声を出すのは凄い怖い。て言うか器用ですね雪乃さん。私のお隣に立ってる『氷の王様』も同じこと出来そうだなー。

 

「おい駒鳥、年上に対する礼儀ぐらい弁えとけよ。そんなんじゃ社会に出て働くようになってから後悔するぜ?あの時俺に礼儀と言うものを教えてもらうように泣いて乞えば良かったってな」

「私は社会に出て働く気なんて無いからその心配は杞憂に終わるわよ。て言うか何良い子ちゃんぶってるの?年上に対する礼義の以前に二階堂君は女性の扱い方を学ぶべきだよ」

「おいおい、僕くらい紳士な男はこの世に存在しないぞ?」

「おう私の顔を見て言えや」

「何故俺がお前なんかを女性扱いしないかんのだよ。もっと女性的な魅力を醸し出してから言いやがれ」

「はい、喧嘩はそこまで」

 

パンパンと雪乃さんの手を叩く音で互いに引き下がる。まぁあのまま続けていてもいつも通り不毛な言い争いと言う結果に終わるのは目に見えているし。

 

「一応今も業務時間内なのだから、そこを忘れないように。では早速だけれど、二人にはホールをメインにしてもらうわね。私と比企谷くんでキッチンを回すから」

「そう言えば雪乃さん」

「なにかしら?」

「なんで比企谷さんの事名前で呼ばないんですか?」

 

今日来てからずっと気になってたのだが、雪乃さんは比企谷さんの事を苗字で呼ぶ。

自分も比企谷だし結婚しているのだから普通は名前で呼ぶものじゃなかろうか。

 

「あぁ、それなら簡単よ。彼が言ってくれたの。私から『比企谷くん』と呼ばれるのが好きなんだって」

「へ、へぇ......」

 

そう語る雪乃さんがあまりに幸せそうな顔をするので思わず頬が引きつった。となりの二階堂君も似たような表情だ。

 

「ほら、私たちの話はもう良いでしょう。そろそろお客様が来る頃だわ。ホールに出てなさい」

 

キッチンから追い出されるようにして二人でホールに出る。注文の取り方とかレジの打ち方とかまだ聞いてないんですけど。でもキッチンも広いわけではないのでホールの方から中にいる雪乃さんがしっかり見えるし、なにかあれば直ぐに呼べば良いだろう。

 

「て言うか、こんな辺鄙な場所にある喫茶店とか中々お客さんも来ないんじゃない?」

「おい駒鳥、お前結構失礼な事言ってんの気づいてるか?」

「だって働きたくないし」

 

小鞠は専業主婦希望だから社会勉強なんて必要ないの!一学期にあるって言う職場見学も自宅希望するもんね!

なんて心の中で将来の夢を声高に叫んでいたわけだが、現実はそんなに甘くないようで。

カランコロンと、扉の開く音がした。

 




二階堂くんの一人称がバラバラなのは仕様ですよ。

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