青春とは嘘であり、悪である。
昨今の若者は青春の二文字を免罪符にして
あらゆる失敗を犯しては
それもまた良しと肯定する。
その失敗の本当の意味に気がつかぬまま
嘘と欺瞞に塗れた学生生活を謳歌するのだ。
彼らに取って友人とは
互いに理解しようともせず
自分と言う鉛筆で描いた青春を彩るための絵具に過ぎない。
だからこそ私は絵具を使わず
私の青春はモノクロで彩る。
結論を言おう
青春を楽しむ愚か者ども
砕け散れ
「駒鳥、このふざけた作文はなんだ?」
放課後の職員室で私の渾身の作文を読み上げた平塚先生は額に青筋を浮かべていた。
ふむ、どこか可笑しな表現でもあっただろうか。個人的には青春を一つのキャンバスに例えたのは上手かったと思うのだが。
「私が出した課題の内容を言ってみろ」
「高校生活を振り返って、ですね」
「これは高校生活を振り返っているのか?」
「振り返った結果がそれだったんですが」
はぁ、と一つ溜め息。
溜め息を吐くと幸せが逃げますよ。と言いたい所だったが私はまだ死にたくないので口にはしない。
「まだ死んだ魚のような目をしていないだけマシなのだろうな」
「そんな目してる人間いるんですか?DHA豊富で賢そうですね」
「その返しまで同じとは、恐れ入ったよ」
話の筋が見えないが、もしかして私このまま怒られずに帰れる?
待っててね愛しいオフトゥンちゃん!今すぐ会いに行くから!
と、最愛のオフトゥンに会いたくて会いたくて震えていると平塚先生は吸っていたタバコの火を消して立ち上がる。
「付いてきたまえ。君を今からある場所に案内しよう」
「今から部活なんですけど」
「その部活動の顧問が言うのだ。異論反論講義質問口答えは認めんぞ」
デスヨネー。小鞠知ってる。こう言う時の平塚先生に逆らった生徒の末路知ってるよ。
て言うかその部活動に入ってるもう一人のあの男には言わなくていいのかな?
なんて思っていると先生は白衣を翻して職員室を去って行った。
カバンを手にとって先生の後をついて行く。
途中で外履きに履き替えて校門で待っていろと言われたので、言われた通り校門で待機していると3分ほど遅れて平塚先生がやって来た。
どうやら私に案内すると言うのは校外にあるらしい。
「君はアルバイトはやっているかね?」
「やってないですけど」
「その経験は?」
「1年の頃に一度だけ。一週間で辞めましたけどね」
三日目以降、先輩方よりも仕事が出来るようになってしまい、五日目に新人いびりなるものの被害に被ったのでその先輩を論破してしまい居心地が悪くなったの速攻で辞めてやった。
「ふむ、そうか。経験があるのなら越したことは無いが、あそこはそんな物関係ないからな」
「いや、割とマジで話の筋が見えないんですけど」
「今はそれでいいよ」
そう言う先生の笑顔は、まるで少年のようだった。
アラフォーになってもその笑顔を浮かべられるのは同じ女性として尊敬していいのかどうか微妙な所である。
「おい、今何を考えた?」
「やだナー、先生はとても素敵だって考えてただけですヨー」
若干棒読みになってる気もしたが問題ないだろう。
「まぁ良い。今のところは不問に処すとしよう。それより、目的の場所に着いたぞ」
平塚先生の目線に合わせるように自分の目線もそちらにやる。
『喫茶 fairy tale』と可愛いシールがいっぱい貼ってある看板に書かれていた。
学校からの距離的には凡そ徒歩五分と言ったところか。大通りから脇道に逸れたあまり目立たない場所にその喫茶店はあった。
「邪魔するぞ」
カランコロン、と音を立てて扉を開く。
平塚先生の後に続いて私も店内へと入り、ザッと見渡す。
なんてことは無い、良くあるこじんまりとした普通の喫茶店だ。
手前側にテーブル席が7つほど並べられており、奥にカウンター席、その奥に厨房が広がっている。
喫茶店に似つかわしく無いアルコール類の瓶と、少しばかり多いだろうと思われる本の量に目を瞑ればそこは普通の喫茶店。
だから、そこが異質な空間に思えたのは、二人の男女がいたからだろう。
女性は椅子に腰掛けて本を読んでいた。
男性は慣れた手つきでコーヒーを挽いていた。
その行為自体が何か特別なものと言うわけではない。
だと言うのに、まるで世界が終わった後でもこの二人はここでそうしているのかと錯覚する程に、それは絵画じみていた。
思わず精神と身体の時間が止まってしまったのでは無いのかと思うほどに、見惚れてしまっていた。
「いらっしゃいませ、って平塚先生ですか」
男性が顔を上げて平塚先生に声を掛ける。
それに釣られて女性も本に栞を挟んで立ち上がった。
て言うかこの人凄い美人だ。こんな美人さんのいる喫茶店を知らなかったとか、ぼっち故の情報収集力の無さをこれほど悔やんだことはない。
「比企谷、客に向かってその態度はどうかと思うぞ?」
「逆に先生は俺に他人行儀な敬語で話して欲しいんですかね」
「それはそれでむず痒くなるな」
ハハハ!と豪快に笑い飛ばす平塚先生。
相変わらず男らしい笑い方だ。女の人なのにね。
なんて思ってると、コホン、と横から咳払いする音が。
「取り敢えずこちらに掛けてください。御注文は何になさいますか?」
「うむ、紅茶を二つ貰おうか」
畏まりました、と言って美人さんがカウンターの向こう側へと移動する。
私も促された通り平塚先生の隣のカウンター席に腰掛ける。
「あの、そろそろここに連れて来た目的を教えて欲しいんですけど」
「ふむ、そうだな。君にはここでその腐った性根の更生を命じる」
「は?」
「おい比企谷。ここはアルバイトの募集はしていたか?」
比企谷、と呼ばれた男性はメンドくさそうな顔をしながら、自分で淹れたコーヒーを飲んでいた。そのコップを机の上に置いて答える。
「してませんよ。一回募集はしたんですけどね。殆どが雪乃目当ての野郎どもだったんで諦めました。え、なに?もしかしてその子を置いてくれとか?」
「その通りだ。勿論異議はないよな?」
「いや、店長に聞いてみないと......」
パキポキと拳を鳴らす平塚先生に、逃げ腰になりながらも、隣で紅茶を淹れている美人さんに顔を向ける比企谷さん。どうやら彼女が店長らしい。その店長さんがどうぞ、と言って紅茶を出してくれる。茶葉がどうとかはよく知らないが、とても良い香りだ。
「どう言った意図があるかは知りませんが、総武高校はアルバイト禁止なのでは?」
「アルバイトでは無いさ。部活動だよ」
え、総武ってバイト禁止だったの?なのにこの教師、さっきバイトの経験がどうとか聞いて来たの?それって教師としてどうなの?
「ある程度察しは付きますが、その部活動と言うのは?」
「それは本人から聞きたまえ。このプリントを見てもらえば私の意図もわかるだろう。では私は先に失礼するよ」
紅茶を一気に飲み干し、二杯分の代金を机の上に置いて平塚先生は立ち上がった。もう少し味わいながら飲めないのこの人。そこが結婚出来ない理由の一つでもあるんだろうなぁ。
「あぁそうだ駒鳥。二階堂の奴には私から言っておくから、明日からは二人でここに来たまえ」
「ええー、二人で来て周りに勘違いとかされたら嫌じゃないですかー」
「君もあいつもそのような知り合いはいないだろうが」
最後に結構酷い事を言い残して、平塚先生は本当に出て行ってしまった。
カウンターの向こうでは、はぁ、と呆れたように溜息を吐く店長さんが。一方で比企谷さんはククッと喉を鳴らして笑っている。
え、そんなにそのプリント面白いこと書いてあるの?私も見てみたい!
「お前、中々良いこと書くな。こう言う考えは嫌いじゃないぜ」
「は、はぁ」
あー、そっかー、私の作文だったかー。
なんてもん置いて帰ってんだあの教師。
「取り敢えず、自己紹介して貰っても良いかしら?」
「えっと、二年J組駒鳥小鞠です」
「所属してる部活動は?」
「奉仕部、です」
普通の人なら「奉仕部?なにそれウケる」みたいな反応をするのだが、どうやらこの二人は違ったようで、比企谷さんは相変わらずニヤリと笑ってるし、店長さんは得心がいったとばかりに頷いている。
「なら私達の後輩と言うことね。私は元奉仕部部長の比企谷雪乃です。そこのは元奉仕部の備品の」
「ちょっと?俺ってまだ備品扱いなの?そろそろ平部員に昇進出来ないもんですかね」
「元備品の比企谷八幡よ」
「結局備品なのかよ......」
同じ比企谷の性という事は夫婦なのだろうか。そして今の会話でこのお二人のパワーバランスがはっきり理解出来てしまった。
「ようこそ『喫茶 fairy tale』へ。歓迎するわ。やる事は奉仕部と大して変わりないから安心してもらってもいいわよ」
「ま、奉仕部の喫茶店バージョンってとこだな。所で、平塚先生の言葉から察するにもう一人部員がいるのか?」
「ええまあ。女性に向かって情け容赦なく罵倒の限りを尽くすクソみたいな男子生徒が部長やってます」
いや本当、ちょっとテストの順位が私より上だっただけでめっちゃ勝ち誇ったかのような笑みを見せてくるし、私の他人よりも本当に少しだけ貧相な体を容赦なくネタにしてくるし、なんなんですかねあの部長は。
「奉仕部の部長には平部員に罵倒しなきゃならんルールでもあるのかよ」
「そんなルールは無いわよ。あれは罵倒して欲しそうにこちらを見るあなたが悪いの。決して私が悪いわけでは無いわ」
どうやら雪乃さんもかなりの毒舌家のようですね。そして比企谷さんは学生時代それにウンザリしながらも「まぁ、こんな青春も悪く無いな」みたいに思ってたんですかね。
うわぁそれはそれでリア充だなぁ。
「明日からはその子と一緒に来るのね?」
「平塚先生のご命令ですから、嫌々ながらも一緒に来ないとダメでしょうね」
「駒鳥も苦労してるんだな」
はぁ、と溜息が比企谷さんと被って出た。
お二人が何歳なのかは分からないが、比企谷さんが数年もの間雪乃さんの罵倒を受け続けてきた苦労を考えると、涙がちょちょぎれる。
「では今日のところは一先ず帰宅してもらって構わないわ。ご両親に説明しなければならないだろうし、こちらも明日までに制服を二つ用意しておくから」
「あ、分かりました。紅茶、ご馳走様でした。凄い美味しかったです」
「そう?ありがとう」
そう言って笑った雪乃さんの顔は控え目に言って女神だった。
「ま、精々明日からの雪乃のスパルタを楽しみにしとけ」
そう言ってククッと笑った比企谷さんの顔は控え目に言って悪魔だった。
ふえぇ......。早速明日が怖くなってきたよぉ。
「比企谷くん、後で少しお話があります」
「いや今はお前も比企谷」
「いいから」
「アッハイ」
こちらに飛び火して来る前に退散してしまおう。また明日、と聞こえてるかどうか分からないくらいの声量で挨拶を言い残して店を出る。
さて帰ろうかと踏み出した足を止めて、振り返ってこの喫茶店を見上げた。
なんの変哲も無い普通の喫茶店だ。
でも、きっと。このお店で私の求めてるものが見れるかもしれない。
『本物』なんて言う形にすらならない、