しかしこのふたりはこのおはなしには特に関係のないひとたちです。川から流れてきた桃を見つけて食べて若返った二人は久しぶりに燃え盛るような夜を送ったりもしましたが、今回のお話とは特に関係がありません。
むかし、むかしあるところにヴァル太郎という若者がいました。
ヴァル太郎はスラム(おかねのないまずしい人達が一杯住んでいるところです)出身の孤児で、実は桃から生まれただとか実はどこかの国の王子様だとか実は伝説の勇者の生まれ変わりだとか、そういった特別な出自は一切ありませんでした。
しかし、だからといって彼が特別な人ではなかったかと言うと、そうではありません。まず目が違います、圧倒的な覇気を有している(すごいやる気があるということです)事がわかるその眼光は一目で
ヴァル太郎は曲がったことが大嫌いな若者でした。立派な人、喧嘩には弱くても皆の事を思いやれる優しい人、そんな人達が悪い人達に虐げられる(いじめられることです)事が許せなかったのです。そう、だからこそ
ヴァル太郎は激怒した。必ずやかの邪知暴虐なる王を討たねばならないと。
ヴァル太郎には愛がわからない、ヴァル太郎はスラムの出身である。だが幼い頃から邪悪に対しては人一倍敏感であった。ヴァル太郎には政治がわからなかった、だがわからないからと言ってわからないままにしておいていいはずが無い、そう考えたヴァル太郎は政治について学びました。悪いから間違っているからと言って王を暗殺したとしても国は良くならない、むしろ愚王といえど王は王、指導者の喪失による混乱が起こる事はヴァル太郎は予期していたのです。そうして多くの同志を得たヴァル太郎はほとんど完璧な形で玉座の簒奪を行い、血統ではなく実力により指導者が選ばれる公正な社会への改革を行い、自らもまた王ではなく総統の地位へと就くのであった。
そうして総統となり、「改革者ヴァル太郎」「鋼の英雄ヴァル太郎」と民衆の歓呼の声(みんながすごーいと褒めたり、ありがとうと感謝している事です)を受け、総統となったヴァル太郎の下に鬼が島の鬼が彼の愛する人々を苦しめているという話が聞こえてきました。ヴァル太郎は決心しました。「涙を笑顔に変えるのだ」そう宣言して鬼が島の鬼退治へと赴く事を親友であるアル三郎へと伝えたのです。
ヴァル太郎ならばそうするとアル三郎はわかっていたのでしょう、驚いた様子も無く笑顔で頷きました。「こっちにはお前がいるんだ、負けるはずがあるかよ」そんな目の前の親友を何よりも信じている言葉を告げて、これまでもずっとそうだったようにヴァル太郎がただ一言「行くぞ」と自分へと告げてくれる事を信じて……
「いいや、アル。お前は俺のいない間留守を頼む」
しかしアル三郎に告げられたのはそんな言葉でした。何度目になるかも忘れた取っ組み合いの喧嘩の果てに結局アル三郎はヴァル太郎の意志が固いことを悟り、断念しました。アル三郎だけではありません、アオイというヴァル太郎自慢の副官(軍隊で偉い人のお仕事を傍でお手伝いをする役目の人です)アオイ等も協力を申し出ましたが、ヴァル太郎の意志は固く、結局ヴァル太郎は協力を申し出る彼らには自分の留守を任せて一人で旅立ちました。途中ギル兵衛という盟友(同じ目標に向かって一緒に頑張ろうと約束したともだちのことです)の中に不穏なものを感じ取ったヴァル太郎は彼と死闘を繰り広げましたが、当然のように勝利を収めました(詳細を知りたい人はシルヴァリオ トリニティ 初回限定特典アペンド 審判者よ、天霆の火に下るべしを18歳以上になってからやりましょう!)。
そうして鬼が島を目指し始めたヴァル太郎ですが、途中でガニュ太という青年が
「ヴァル太郎閣下、どうか私に御身の傍に仕える事を、旅の共になるという栄誉をお与え下さい。少しでも貴方のお力になりたいのです」
彼のお供に加わりたいと言って来ました。ヴァル太郎は当然ながら断りました。何故ならばヴァル太郎はこの国に住まう全ての民の幸せを願っているからです。加えて力の差の問題もありました。ヴァル太郎には負ける気は一切ありません、彼の愛する民を虐げる鬼達に対して然るべき報いをくれてやるつもりでした。しかし、だからといって彼は彼の国の兵隊さん達を倒したという鬼の事を決して侮っていませんでした。だからこそ、戦うことはそこまで得意ではないアル三郎やアオイには留守を任せて、自分一人で戦いへと赴くことにしたのです。自分は一人で十分だから家族や大切な存在の傍にいてやれと、身も蓋も無い言い方をしてしまえば足手まといにしかならないのだと、ガニュ太を諭します。しかし、ガニュ太の意志は固くどうしてもお供にして欲しいと譲りません。そんなガニュ太の頑固さに流石のヴァル太郎もついには折れ……
「わかった。ならば仔細教授しよう」
普通のお話でしたらここでなんだかんだと主人公が折れるところですが、ヴァル太郎はそんな『普通』だとかといった言葉から最も遠い男です。頑固さや根気強さと言った分野でこの男の右に出るものはいません。数日間にも及ぶ熱心な「ガニュ太が同行するとどれだけの人間が悲しむか及び自分の勝率が下がることになるのか」という講義を勝手についてきていたガニュ太に対して旅の傍らで行ないました。容赦など欠片も無い怒涛の正論の嵐にガニュ太はようやく己の過ちを悟ります。そうして、ヴァル太郎と別れて婚約者の下に戻ろうとガニュ太が決心したまさにその時に
「天昇せよ、我が守護星――鋼の恒星を掲げるがため 」
巨大な氷塊がヴァル太郎達を襲いました。攻撃を察知したヴァル太郎はとっさにガニュ太を庇いながら回避しようとしましたが
「天昇せよ、我が守護星――鋼の恒星を掲げるがため」
もう一体漆黒の瘴気を纏った別の鬼がヴァル太郎達に襲い掛かってきました。ヴァル太郎はこれも察知して持っていた刀で迎撃しますが、哀れ無力なガニュ太はその戦いの余波だけで致命傷(もう助からない、深い傷のことです)を負ってしまいました……結局ヴァル太郎のいう事は全て正論でした。ガニュ太は何一つとしてヴァル太郎の手助けになるような事無く、それどころか足手纏いだった彼をとっさに庇ったせいでヴァル太郎は負わなくても良かったはずの傷を負ってしまいました……
「無様だなヴァル太郎。そのような偽善にかまけた結果傷を負うとは。いや所詮は卑賤な出、仲良く屑同士で傷の舐めあいといったところか」
「残念ながらそいつは資格なしだ、我らが主と戦える相手は真の勇者のみだ。そこらの木端では土俵にすら上がれない。だからこそ、なあ見せてくれよヴァル太郎さん、あんたの持つ輝きを。そこで転がっている凡百とは違うってところを見せてくれよ」
二体の鬼がそんな風に嘲りの言葉をかけてきます。ガニュ太はもはや何も言い返せません、結局ヴァル太郎の言ったとおりに足手纏いになるだけで終わって、このまま死ぬ事になってしまう己の情けなさにただ涙を流せばかりです……
「黙れ、貴様らにこの男を侮辱する資格などない」
そんな中、ヴァル太郎から烈火のような憤怒の言葉が放たれました。そうヴァル太郎は激怒していました。彼は彼の国に住まう民を愛し、守りたいと願い総統となりました。ガニュ太にかけた厳しい言葉の数々も、彼を自分の戦いに巻き込みたくは無いからこそでした。だからこそ、ヴァル太郎は激怒していました。そんなガニュ太の命を奪った挙句嘲笑った鬼達を、そして何よりも結局巻き込んで死なせてしまった自分自身は救いようの無い塵屑だと断じて……
「忘れているのなら、思い出させてやろう。貴様達を殺すのが、俺の役目だという事を」
そう烈火の如き怒りを鬼達にたたきつけた後に、倒れ付していたガニュ太にそっと目で詫びながら
「すまん、そして誓おう。お前の死は無駄にしない。帝国の民の命を弄んだその罪、魂魄にまで刻み込んでくれる」
そう告げた後にヴァル太郎は弾かれたように光る剣を携えて二体の鬼へと襲い掛かりました。そうしてガニュ太のその勇姿を目に焼き付けて、歓喜の涙を流しながら
(僕は誰よりも何よりも貴方に会えて良かった……)
故郷へと残した大切な婚約者の事を今際の際に一切考える事無く、ヴァル太郎を讃えて歓喜の涙を流しながら、ガニュ太という青年はねむりについたのでした……
さて二体の鬼とヴァル太郎の戦いですがその詳細はもはや語るまでもありません。本来であれば人間は鬼には普通勝てません。しかし、そんな事を言い出したらそもそもスラム出身の人間が総統にまで登り詰めることだって普通は不可能です。何度も言いますがヴァル太郎に対してそういった普通という言葉を当てはめるのはとことんまで無意味です。ヴァル太郎はそうなるのが必然かのように、二体の鬼を相手に勝利しました(詳細が知りたい方はシルヴァリオ ヴェンデッタ-Verse of Orpheus-の英雄譚をプレイしましょう!)。自らが巻き込み死なせてしまったガニュ太に必ず報いると誓い、その死を決意という炎に対する薪へと変えて……
そうして二体の鬼を破り、ガニュ太を死なせてしまった(実際は彼の自業自得なのですがヴァル太郎は何もかもを自分で背負うとする背負いたがりなのでそう思っています)ヴァル太郎は彼の死に報いるべくより一層その覚悟の炎を燃やします。「涙を笑顔に変えるのだ」一度も泣いたことが無いヴァル太郎は何時もと変わらずにそんな風に宣言して……
そんな風に旅を続けていたヴァル太郎ですが、府羅賀と言う街で強欲竜団という名の山賊団が彼の愛する民を虐げていることを知ります。彼の愛する民達の安寧が脅かされていることを知ったヴァル太郎はまた何時ものように激怒します。彼は自分がその山賊団を討伐するから安心するようにと伝えて、街の人達の歓呼の声を受けながら山賊たちの根城を襲撃します。そこらの山賊如きがヴァル太郎の相手になるはずもありません、ヴァル太郎が順当に、かつてと同じように山賊団を殲滅していきました。そうしてアジトの一番奥で首領であるダインスレイフと対面した瞬間、ダインスレイフはまるで十年以上もの間待ち焦がれた想い人と巡り会えたような歓喜の表情を浮かべて……
「ああ……また会えた……ようやく……ようやく来てくれたんだな!」
そんな歓喜の声を挙げながらヴァル太郎へと襲い掛かってきました。
「遅いじゃねぇか……ずっと……ずっと待っていたんだぜお前の事を……!総統になんかなっちまって俺をほったらかしにするんじゃねぇよ、なぁ英雄!今度こそ最後まで、共に殺し殺され合おう。そうさ、邪悪な竜を討伐するのがおまえの宿命なんだからッ!」
「さあ、見てくれ俺を――光を砕く滅亡剣を。貴様のために本気で生きた証をすべて、今こそ余さず受け止めてくれェッ!」」
鬼如きなどに渡すものか、この光輝く人の至宝たる英雄は己のものなのだと強欲竜は高らかに宣言します。訝しがるヴァル太郎にダインスレイフは語ります。自分はかつてヴァル太郎が壊滅させたとある山賊の一員だったと。その時の自分は単なる小悪党で、歯牙にもかけられずヴァル太郎に切り伏せられ、たまたま運よく生き延びたのだと。そう語ってきたダインスレイフにヴァル太郎は問いかけます、つまりは仲間を殺されたことに対する復讐なのかと。
山賊という存在はヴァル太郎にとって愛する民を虐げる許し難い存在です。しかし、悪党にだって時として悪党なりの仲間意識や絆と言われるものが存在することをヴァル太郎は知っていました。だからこそ、もしもダインスレイフがそういった理由でヴァル太郎を討とうとしているのであれば、それは正面から受け止めた上で超えねばならぬ想いだとヴァル太郎は考えましたが……
「復讐?おいおい、何を言っているんだよ我が麗しの英雄。俺はお前に感謝こそすれ、恨みなんて毛ほども抱いちゃいないさ。あん時お前に切り殺された奴らは俺も含めてどいつもこいつも塵屑の集まりさ、英雄の宿敵の竜なんて大役はとてもじゃないが務まらない端役が関の山のな!」
「だからこそ、そんなお前にとって敵とすらみなされない塵同然だった自分を変えたくて俺は……俺はここまで来た!なあどうだよ、我が麗しの英雄よ、今のお前にはちゃんと俺が打倒すべき竜に見えているか?怒りを燃やして殺さんとする悪党に見えているか!?なあ、どうなんだよ英雄!!!」
血走った眼で喜悦に満ちた表情と声でそんな事を言ってくるダインスレイフにヴァル太郎は嘆息します。度し難い、と。誰かのためという想いが欠片も無くあるのはどこまでも己というダインスレイフの様に一瞬哀れさを感じます。しかし、そう思ったのは一瞬だけヴァル太郎はどこまでも身勝手な理由によって虐げられた無辜の民の嘆きを想い、怒りを燃やします。自らの意志と力によってそこまでの境地に至ったことには敬意を払おう、だが殺す。いいや、だからこそ殺す、と。ヴァル太郎にとっては自分の意志で多くの民を虐げるこの悪党を見逃す理由は一切ありませんでした、自分がかつて仕留めそこなったせいでこのような巨悪を生んでしまった事に激しい怒りを燃やします。
そんなヴァル太郎が紛れも無い本気の怒りを自分に対して向けてくれていることにダインスレイフは歓喜の涙を流します。そうだこの時はずっと自分を待っていたんだ、こうして自分を変えてくれた英雄が怒りを燃やして自分を打倒すべき悪なのだと見てくれていることが嬉しくてたまりません。それだけでこれまでの日々が報われるような錯覚さえしました。
それは、ある意味では好きな女の子の気を引きたくて意地悪をしてしまう男の子に近いものだったかもしれません。男子の皆さんはダインスレイフ君のようにならないように注意しましょう!意地悪をされて喜ぶ人はいませんし、意地悪をしてきた相手を好きになるような事も普通はありません!
二人の戦いは激戦となりました。単純な技量や強さという点ではヴァル太郎の方がまだ上でした。しかし、ダインスレイフはずっとヴァル太郎と戦うときを夢見て準備してきました。かつて見たヴァル太郎の一太刀をその目に焼き付けてずっとそれに対抗するための努力を重ねてきて、文字通りもうこの戦いで命が全て燃え尽きても良い、いや燃やし尽くしたいのだと言わんばかりに身体への負荷など一切考えずに覚醒を続けていきます。
一方のヴァル太郎はダインスレイフを、あくまで鬼退治の途中でたまたま巡り会った打倒せねばならない敵という認識でした。当然情報収集を怠ってはいなかったものの、それでもダインスレイフの詳細な戦い方など知っている人物などいるはずもなく、戦いのシュミレートなど一切出来ていませんでした。
実力ではヴァル太郎が、事前準備ではダインスレイフがそれぞれ上を行っており両者の戦いは均衡状態へと陥りました。そうして数時間にも及ぶその激闘の勝敗を別けたのは……
「ガハッ……届かなかったか……」
無念さを漂わせながらさりとて後悔は一切無いと言わんばかりの表情で致命傷を負ったダインスレイフが喜悦とも苦悶とも取れる声を挙げます
「なあ我が麗しの英雄よ……冥土の土産に教えてくれないか……一体俺には何が足りなかった……やはり本気さか……俺なりに全力だったつもりだが、それでもやはりお前には及んでいなかったと、そういう事なのか……」
「知れたこと。貴様はここで終わっても良いと想っていた、だが俺は違う。俺には報いねばならぬ多くの民がいる、故にこんなところで終わるわけにはいかなかった。それだけの事だ」
ヴァル太郎には
「は……ははは、なるほど。そりゃそうだ」
なんとしてでも勝たないとならないと想っていたヴァル太郎とヴァル太郎に討たれて終わってもいいと思っていたダインスレイフ。どっちが勝つことに対して本気だったのかなど明白だと気が付いて
「ああ、これでもまだ届かなかったか……次こそは……」
必ずや英雄を討つにより相応しい魔剣へとなって見せようと未来を求め続けながら満足気に狂える強欲竜は息絶えるのでした……
かくして数々の激闘を潜り抜けたヴァル太郎はついに鬼が島へと乗り込みます。激闘を潜り抜けたことですでに己が命を長く無い事を悟りながらも、ヴァル太郎は気合と根性で普通であるのならば動くことも出来ない激痛にも平然と耐えながら鬼の首魁(リーダーのことです)カグツチの元へとたどり着くのでした。
「待っていたぞ、ヴァル太郎」
その言葉を聞き、カグツチの姿を目にした瞬間にヴァル太郎は心します。この敵は今までの相手とは比べ物にならない難敵なのだと。まず目が違います、どこまでも我欲に流されるだけであったり、あるいは抗おうとする気概を持っていなかった彼が今まで破ってきた鬼達とは明らかに違うのです。目の前の難敵はただ我欲のままに人を喰らおうとする怪物などでは断じてなく、彼の信望する意志の輝きを有する存在だったのです。
「いやはや、本当によくぞたどり着いたものだと感心しているのだよ。我らは神よりこの世界を制圧するべく遣わされた使途、貴様らの呼び名では鬼、と言うのだったかな?文字通り一人ひとりが一騎当千、本来であれば脆弱なる人の身であればどう足掻いても一体とて勝てるはずがないのだよ。それがどうだ、蓋を開けてみればこの有様。まさか己以外の全ての使途がたった一人の男に討ち果たされるなど、流石の己も予期していなかったよ」
そこには嘲りや侮るの色は一切ありません、純粋なヴァル太郎に対する敬意が込められていました。
「まさしくお前こそが史上最強の人類種、原初の魔星たる己と唯一肩を並べられる存在と認めよう。だからこそ、その命無為に散せるのはあまりに惜しい。どうかなヴァル太郎、その命己の偉大なる主である天におわす神へと捧げる気はないかな?さすれば、その身体もたちどころに治すことを約束しよう」
心の底からヴァル太郎を惜しみ、友誼さえも感じ取れるようなその好意に溢れた誘いに対してヴァル太郎は……
「論ずるにも値しない。この身を全て民と国のためにある。俺がこの心臓を捧げると誓ったのは我が祖国とそこに住まう民のみ。貴様の語る神などではない」
烈火のごとき戦意を叩きつけながらもヴァル太郎のカグツチに対する想いにもまた侮蔑の気持ちは一切ありませんでした。むしろ自分と同じく誰かのためにその命を捧げることを誓った者としてある種の共感めいたものさえ浮かんでいたのです
「そうか残念だ、だがここで頷くような男であればそもそもここまで至れていないのもまた事実。ならばヴァル太郎、己は貴様を超えていこう。せめてもの敬意として真っ先に貴様の国を制圧してな」
「抜かせ、そんな未来は永劫訪れると想うな。貴様こそ覚悟しておくのだな、神の持つ技術、実に興味深い。貴様を破ったその暁には必ずや貴様の言う神の国を制圧してその技術を全て奪ってやろう」
そうして似たもの同士の二人は戦意と敬意をぶつけ合いながら臨戦態勢へと移り
「勝つのは、己だ」
「勝つのは、俺だ」
共に誰かのためにその勝利を捧げんと激突するのでした。
戦いは熾烈を極めました、力であれば圧倒的にカグツチがヴァル太郎を上回っています。普通であればヴァル太郎に勝ち目など一切ありません。しかし、しつこいようですがヴァル太郎に対しては普通などという言葉は一切当てになりません。ヴァル太郎は力ではカグツチに劣るものの、幾多の戦いを乗り越えてきた彼の技量は練達という言葉さえが生ぬるい領域にありました。加えてヴァル太郎は決して生まれつきの強者などではありませんでした。むしろその逆、どこまでも才に恵まれない彼は常に彼よりも強大な存在と戦い、何度も泥に塗れました。それでもまだだ!と決して諦めず、その意志の力で勝利をもぎ取ってきたのです。だからこそ今回の戦いでもヴァル太郎は必ずや勝利を……
「まだだ!」
これまではそうでした。しかし今度の敵は今までと違いました。誰かのためにとその命をささげようとしていることも、決して諦めないその不屈の意志も何から何までヴァル太郎と対等だったのです。だからこそ二人の戦いは完全な均衡状態へと陥りました。ダインスレイフの時とは違い、カグツチもまたヴァル太郎と同じく
「否、否だ──こんなところで終われはしない! 涙を明日へ変えるためにッ」
「ああ、まだだ! 立ち上がれ、我が身体よ。見ろ、奴が待っている……あの素晴らしき英雄が、己を討つべく待っているのだ!」
それでもまだだ、まだだと両者は共に吼えます。あの素晴らしき宿敵にこそ自分は
その瞬間に二人の体が共鳴を起こしたかのように輝きだします、そうして二人は空に浮かぶ新しい星となりました。ついに二人の怪物は物理的限界すら超越したのです。
「勝つのは、己だーーーーーーー!!!!」
カグツチのその言葉と共に放たれた一撃でヴァル太郎の守ろうとした国が吹き飛びます。そんな国さえも吹き飛ぶような一撃を
「勝つのは、俺だ!!!!!!!」
その言葉と共に放たれたヴァル太郎の一撃が今度は天に浮かぶカグツチの国を両断します。そんな世界さえも両断するような一撃を
「ヴァル太郎オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」
「カグツチイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!」
そうして決して止まる事も、諦めることもなく、ついには物理的な限界すらも超越した二柱の神は世界を砕きながら果てること無き死闘を演じ続けるのでした……
かつて、旧い宇宙には二柱の主神が存在しました。
彼らは共に善神であり、愛すべき民のためならいかなる苦難も恐れません。
だからこそ、戦いは定められていたのでしょう。地に恵みをもたらす大いなる光の源……その所有権を巡り、彼らは雄雄しく矛を交えだしたのです。
それは星を、銀河を、宇宙を巻き込むたった二人の大戦争。“聖戦”と呼ばれる神々の争いは浄も不浄も等しく飲み込み、太古の秩序は欠片も残らず焼き尽くされてしまいました。おしまい。
「ねえ、おかあさん」
なあに?
「じゃあどうして、いまもぼくたちは生きてるの?」
それはね、最後にその神様たちが次の太陽になったからよ。
互いを討った二つの神は、互いを取り込み一つとなった。大いなる光そのものと化した彼らは、今私たちが生きているこの世界を優しく照らし続けているの。
これは、そんな原初の御伽噺。
新たな宇宙の、新たな星に、あらゆる民族で語り継がれる遥かな星の英雄譚
「どうだ、ミツバ!我が麗しの英雄を主人公とするのならこんな話こそが相応しい!!!」
「………(あの英雄様だとありえないって言い切れないのが怖いわね本当に)」
ヴァルゼライド総統閣下マジで御伽噺の主人公。
作中での時折入った難しそうな言葉に対する注釈とかおじさんをこき下ろしている部分はミツバのババアがおじさんの原稿を編集する際に入れました。