銀色に憑依した黒の皇子の話(仮)   作:甲斐太郎

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ボワルセル士官学校を卒業し軍人として世界を飛び回っているはずの『ドロテア・エルンスト』と『ノネット・エニアグラム』の両名が俺の前で自己紹介をしている。

 

俺が予想をしていた通り、コーネリア・リ・ブリタニア皇女殿下から異母姉妹であるルルーシェを刺客から守った少年と会う予定であることを聞きだし、迎えに行くのを申し出て来たらしい。ならどうして突然殴りかかってきたんだと問えば、

 

「決まっている。力量を確かめたかったのさ!」

 

快活な笑みを浮かべながら俺に向かってサムズアップするノネットを余所に、褐色肌で艶やかな黒髪を揺らすドロテアが不憫なものを見るように慎ましく呟く。

 

「ノネットがすまない。ローウェンクルス」

 

「いえ、エルンストさんが気にされることではないです」

 

大きな声で笑うノネットを見ながら俺は打ち所が悪かったのではないかと心配するのだが、ドロテアの様子を見る限りいつもこんな感じらしい。その後、ノネットが運転する車の後部座席で右に左にと激しく揺さぶられながら連れて行かれたのは、以前KMFシミュレーターでやんちゃしてしまったボワルセル仕官学校であった。

 

ここに来ることはもうないだろうなと思っていた場所に連れて来られたこともあって、感慨深くキョロキョロと見渡していると前を歩いていたドロテアに手を差し出された。俺は自分に向かって差し出された手をじっと見る。

 

「うん?どうしたんだ」

 

気付けばノネットは俺たちに構わず先に進んでおり、近くにいるのはドロテアだけだ。彼女なりの親切心からの行為なのだろうが、20歳近くの女性と手を繋ぐ12歳男子の図は大丈夫なのか葛藤した後、差し出された手を取った。後々でこのことをいじられるのは年上のドロテアだろうと踏んで。下手をしたら俺にも飛び火するかもしれないが、その場合のスケープゴートは目の前のいると楽観視し、手を繋ぎ並んで進む。通されたのは、件のKMFシミュレーターが置かれた区画であった。

 

そこには俺が知るよりも随分と若いというか幼い印象を受けるコーネリア皇女殿下と傍らに控えるように立つギルフォード卿がすでに待っていた。先にコーネリアたちの元に辿りついていたノネットが喜色満面の笑みを浮かべて手を振っている。手を繋ぎ並んで歩いてきたドロテアは深々と溜息を吐くと頭を横に振りながら近づいていく。

 

俺はそんな彼女の後を追うように歩き、当然の様にコーネリアの前で跪き、深呼吸をひとつした後にはっきりとした口調で告げる。

 

「コーネリア・リ・ブリタニア皇女殿下、初めてお目にかかります。伯爵の位を賜っておりますルドルフ・ローウェンクルスの三子、ライヴェルトと申します。以後、宜しくお願い申し上げます」

 

そもそもコーネリアに会うためにやってきた訳ではないので、特別な口上など全く考えていない。とりあえず生前に聞いたことのある当たり障りの無い口上を用いた。跪いているので、コーネリアがどんな表情を浮かべているのか窺い知れないが、叱責の声が上がらなかったということは、これはこれで正解であったのだろう。

 

「顔を上げろ、ローウェンクルス。士官学校に在籍している今の私は他の者たちと何ら変わらん。此度、貴様を呼び出したのは私の騎士であるギルフォードだ。エニアグラム卿とエルンスト卿のことは気にするな。2人の手綱は私が責任を持って握っておく」

 

「そ……そんな姫さま、ご無体な!少年のKMF操縦技術は今までの常識を覆すって、姫さまが自慢するから無理やり休みを勝ち取って帰国したんだぞ!これで少年と戦り合えなかったら、意味がないじゃないか!」

 

「ならばギルフォードがローウェンクルスを連れて来るまでここで大人しくしていれば良かったではないですか。警邏担当の者へ少年に殴りかかる女を目撃したという通報が寄せられているのです。エニアグラム卿、自重されよ」

 

「ぬあーっ!結局は私が投げられたのだから問題なかろうてぇー……」

 

コーネリアに首根っこを掴まれたエニアグラム卿が駄々を捏ねつつ区画の外へと引き摺られていった。残されたのは俺とギルフォードとドロテアである。随分と俺の知る人物像とかけ離れているなと遠い目をしていると、ギルフォードが声を掛けて来た。

 

「久しいな、ライヴェルトくん。色々と話をしたいところだが、ここを貸しきっていられる時間も僅かだ。詳しいことは槍を交えながら話そう」

 

俺はギルフォードが差し出した手を握り立ち上がると、すでに用意してあるKMFシミュレーターの筐体に向かって歩く。先日の見学の時の様に長い時間は使うことが出来なかったが、実力のある搭乗者の駆るKMFとの戦いはどんな情報よりも得難い経験となった。

 

 

 

 

「どうです、ローウェンクルスの動きは?」

 

「正直な話、化け物だな。ギル坊の動きを完全に読んで対処している。……今の動きもそうだ。上腕部の挙動やランドスピナーの回転数などを把握して、ギル坊がランスではなくアサルトライフルを掃射すると読んでの回避行動。動きを完全に読まれたことで生じてしまったギル坊の僅か1秒にも満たない混乱に乗じて懐に飛び込む判断の早さ。はははっ、これでまだ士官学校にも通っていないなど、誰が信じるだろうか」

 

同じモニターを見ているエニアグラム卿から是非にも戦ってみたいという欲求を篭めた視線が注がれてくるのを肌で感じる。見れば監視モニター越しにエルンスト卿もまたギラギラとした好戦的な視線を私へと向けているのが分かった。

 

残念だが、私の騎士であるギルフォードでは太刀打ち不可能の領域にローウェンクルスは弱冠12歳で踏み込んでいることになる。

 

「姫さま、どうして私やドロテアが戦ってはダメなのだ?姫さまの騎士を貶すわけではないが、良い戦いのデータが取れること間違いなしだぞ!」

 

「エニアグラム卿、察してもらいたい。ここは学校であり、いくら私が皇族で権限を持っていようとも長々と占領する訳にはいかないのです。況してや相手は伯爵家の子供とはいえ一般人。軍の施設で戦わせるわけにもいきません」

 

「ぐぬぬぬ……。これではお預けを喰らっている犬のようではないか」

 

歯軋りをしながら悔しそうにシミュレーターを躍動させるローウェンクルスを見つめるエニアグラム卿とエルンスト卿に悪いことをしたなと私は視線を逸らす。そして外で見ている者たちの気持ちなど露も考えずに戦い続ける2機のKMFの動きを眺める。

 

実力差のある相手との戦いで確かにギルフォードも動きが洗練されていくのだが、更に上を行く成長を見せるのがローウェンクルスである。

 

ランダムの軌道で掃射されるアサルトライフルの弾を紙一重で避けながら近づく技能、相手の攻撃を往なし急所に攻撃を叩き込む正確さ、先の先を読むもはや未来予知の能力でもあるのではないかと言いたくなるほどの予見。

 

これではもはやギルフォードとローウェンクルスの『戦い』ではなく、教諭による生徒への『教導』にしか見えない。

 

「ルルーシェのお気に入りでなければ迷わず親衛隊候補の筆頭に名前を挙げたものを……残念だ」

 

可愛い異母姉妹の機嫌を損ねたくはないし、時折ギルフォードの相手をしてもらうに留めた方が良いはずだ。

 

エニアグラム卿やエルンスト卿はいずれ彼と公式の場で刃を交える機会も訪れるだろう。その時まで我慢してもらう他無い。

 

ふとモニターを見れば、筐体から出てタオルで汗を拭きながら談話するギルフォードとローウェンクルスの姿が映っていた。

 

 

 

 

ボワルセル士官学校のシャワールームを借りて汗を流した俺とギルフォード卿が出て行った先には、地団駄を踏むノネットと公園で見かけた時よりもさらにくたびれた様子のドロテアが待っていた。

 

コーネリアの姿はなく、首を傾げているとノネットとドロテアから連絡先の交換を要求された。どうやら彼女たちは近日中にも戦地に戻らなければならないらしく、今度会う時には必ず自分たちとも戦ってくれと言い残し去って行った。

 

「エニアグラム卿とエルンスト卿はこの士官学校において優秀な成績を残して卒業されている。現在赴いている任地においても多大な功績を残されていて、ナイトオブラウンズへの招聘もありえるのではないかと噂されている人物なんだ」

 

「ナイトオブラウンズって、皇帝陛下直属の帝国最強騎士のことですよね。ヴァルトシュタイン卿のような」

 

「そうか、ライヴェルトくんはあの方と面識があるのか。君も帝国最強に憧れるかい?」

 

「いえ、僕が騎士として忠誠を誓おうと思っているのは皇帝陛下ではないので招聘されてもその話は蹴ると思います」

 

「……そ、そうか。強いな、ライヴェルトくんは。……色々な意味で」

 

冷や汗をハンカチで拭きながら視線を逸らしたギルフォードの横顔を眺めながら、俺は貴方も似たようなものでしょ、とツッコミそうになったがグッと堪える。

 

スザクはユーフェミアの選任騎士になった後、彼女の死後に皇帝へゼロの身柄を引き渡すことでナイトオブラウンズに入り、最終的には俺の騎士にもなったのだが、ブリタニアでは基本的に誰かの騎士になった場合は、一生その人物の騎士でしか“いられない”。死後に乗り換えるなど以ての外だ。スザクは知らないことだが、主人を乗り換えてラウンズ入りした彼を随分と貴族たちは揶揄していたらしい。

 

ちなみにナイトオブラウンズも皇帝と運命を共にする立場にある。

 

ルルーシェには俺の時と同様の苦しみを背負わせる予定はないので、Cの世界にある『アーカーシャの剣』さえ消滅させてしまえば後顧の憂いはなくなるし、すでに世俗を捨てつつあるシャルル・ジ・ブリタニアも大人しく政権を息子たちに譲り渡し隠居することだろう。そうなってしまえば、彼のナイトオブラウンズはまとめて職を失うことになる。そういったリスクが伴うのである、ラウンズ入りするということは。

 

「ギルフォード卿」

 

「うん、どうしたのかね?」

 

「今度、戦う時は1対1の決闘ではなく、CPUを率いた指揮官同士の戦いをしましょう。ギルフォード卿は視野も広く、状況判断も的確。きっと味のある戦いになると思うんです」

 

「はははっ、それは買いかぶりだよ。ライヴェルトくん。……いや、君との戦いで私は自身が気付かずに眠らせていた力をいくつも引き出してもらった。君がそう言うのであれば、指揮官としての資質が私にはあるのだろう。分かった、個人の腕を磨くだけに留まらず、指揮官として部下たちを率いられるように努力しよう」

 

ギルフォードはそう言うと俺の正面に立ち手を差し伸べる。

 

「そして、いつかそれぞれの部隊を率いて再戦を!」

 

俺はその手をしっかりと握り返し、挑戦的な笑みを浮かべて彼に返事をする。

 

「ええ。楽しみにしています。今日の様にボコボコにしますけどね」

 

「……次はそう簡単にはいかせないさ」

 

俺とギルフォードは顔を見合わせると笑い合う。ひとしきり笑った後、彼に最寄の駅まで送ってもらい、宿泊先であるホテルへと足を向けたのだった。

 


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