銀色に憑依した黒の皇子の話(仮)   作:甲斐太郎

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車窓から見える雪が舞う雪原を眺めながら俺ことライヴェルト・ローウェンクルスと父親であるルドルフは絶望の淵に立つかのように頭を抱えていた。

 

こんな機会はないからとルドルフの主動で観光地をぶらりと回りながら帰路についていた俺たちが故郷まで行く列車に乗った後、その電話は鳴った。

 

初めは穏やかな表情で会話していたルドルフであったが、相手が漏らした一言で顔面蒼白になった。力なく電話を切った彼が俺に向かって告げた言葉がこれだ。

 

「ルティアがライヴェルトのために料理を作って待っている」

 

ライヴェルトの記憶を見た時にもあった“紫色の蒸気を漂わせる物体X”が載った皿をにこやかな笑みを浮かべて差し出すローウェンクルス家の長女ルティア・ローウェンクルスの姿。

 

ライヴェルトの記憶は物体Xを口に入れた瞬間に途切れブラックアウトしていた。

 

故に味や触感などの感想はない。覚えてないのであるが、父親であるルドルフの言葉を聞いてライヴェルトの身体は尋常ではない震えを発し始めた。

 

記憶を消去し、肉体にトラウマを残すレベルの料理が待っている。その事実が俺とルドルフの心をただただ抉り続けるのであった。

 

 

 

深い溜息を吐きながら駅のプラットホームに降り立った俺と父親の元に駆け寄ってくるひとつの影。気配に気付いた俺が顔をそちらに向けると同時に正面からぎゅっと抱き締められる。

 

無言の抱擁に困惑する俺を余所にルドルフは特にアクションを起すことをしないでいる。その事実から俺を抱擁している人物が身内であることが窺えるのだが、何故無言なのか。

 

そこでふと、ライヴェルトの記憶にあった母が子供に対し不器用な接し方しか出来ない女性であったことを思い返す。俺は壊れ物を扱うように大事なものを抱えるような力具合の女性の背に手を回して抱き返す。そして、言葉を紡いだ。

 

「ただいま、お母さん。ぐえっ!?」

 

思わずカエルが潰されたような酷い声が漏れた。

 

俺の予想であれば互いに涙を流す母子の感動の再会になると思ったのだが、息子の言葉に感動した母はあろう事か今まで壊れ物を壊さないようにそっと抱き締めていた手に尋常じゃない力を入れやがった。抱き締められた瞬間、身体の至るところの骨が軋んだ音が頭の中で響き渡ると同時に俺は意識をあっさりと手放した。

 

 

 

目を覚ますとどこかの一室のベッドに寝かされていた。横になったまま周囲を見渡すとここがライヴェルトの部屋であることが分かった。

 

身体をゆっくりと起こす。痛みを感じてそっと服を捲ると両腕の同じ高さのところに発赤が見られた。こんな痕が残るくらいの力を入れやがった存在が母親って、どれだけ彼女は不器用なんだと頭を抱えていると風を切るような音が聞こえた。

 

ベッドから降りて窓の近くに移動し外を見ると、黒い髪の女性が庭で剣を持って素振りしていた。

 

旧姓の名前は藤堂咲楽、今の名前はサクラ・ローウェンクルス。

 

ライヴェルトと兄姉も含め3児の母親である。一心不乱に素振りをする姿はまさに武士そのもの。

 

どうして、彼女がこのローウェンクルス家に嫁いだのかは不明であるが、昼間のこともあるので顔を見せに行くかと振り返る。すると部屋の一角に木刀が立て掛けられていた。それを手に取り、軽く素振りをする。

 

以前も思ったが、ライヴェルトの肉体はスザクに匹敵する強さを秘めていそうだと、俺はほくそ笑みながら部屋から出る。階段を降りて、自分の靴をしっかりと履いた俺が邸から出て庭に向かうと母親は素振りを止めて待っていった。

 

しかし言葉を交わす前に、すっと木刀を俺へと向けてくる母親。

 

俺は心の中で不器用とは“聞いて”いたがあまりにも酷すぎるだろ、と悪態を吐きながらも持ってきた木刀を構えた。母親の視線に『掛かって来い』という意思が篭められていたようにも見えたため、『遠慮なく』と言わんばかりに向かっていった。

 

 

 

 

「夜中に稽古とか、何をしているんだい?ライ」

 

「いたたた……」

 

銀色の長い髪を首の後ろ辺りで括った青年が溜息を吐きながら傷の手当をしてくれている。

 

彼の名はレイリード・ローウェンクルス。

 

ライヴェルトの兄であり、ローウェンクルス伯爵家の長男ですでに父親であるルドルフの政務の手伝いをしている幾分か歳の離れた兄である。

 

ルドルフと同様で剣よりもペンで戦う文官気質であるが、邸に引き篭もって仕事をするのではなく、領地を歩き回って実際に起きている問題に目を向けるアグレッシブさを持っている。

 

ちなみに俺とルドルフが帝都に行っている間に婚約の話が舞い込んできたらしく、何も無ければ来年には義理の姉が出来る予定である。

 

「母さんも懲りないな、昼間は抱き締めて気絶させたライを夜中にまた気を失うまで稽古するなんてさ。どうして丁度いい配分が出来ないかな」

 

そう悪態を吐く兄であるが、表情は非常に穏やかだ。自分の母親であるのに、やんちゃな子供を見るような懐の大きさが垣間見えている。軽く腫れ上がっていた箇所の治療を終えた兄はフッと笑うとクシャクシャと俺の頭を乱雑に撫でて告げた。

 

「言い忘れていたよ。おかえり、ライヴェルト。テロの現場に居合わせて怪我をしたと聞いた時は生きた心地がしなかった。無事に帰ってきてくれて嬉しいよ」

 

「ありがとう、レイ兄さん。ただいま」

 

「今日はもう遅いから土産話は明日聞くよ。じゃあ、おやすみ」

 

レイリードはそう言うと立ち上がり軽く手を振って部屋から出て行った。

 

弟の身を心配する兄という姿を見て、偽りの兄弟を演じてやることしか出来なかった少年のことを思い出す。俺を庇って己の力を使い、心の臓を停めた『ルルーシュ・ランペルージ』の弟の儚い笑みを浮かべている姿を。

 

「どうせやるなら徹底的に、だな」

 

俺は兄に治療してもらうのに脱いでいた上着を羽織ってベッドに横になる。そして、瞼を閉じて思案する。

 

ライヴェルトと交わした契約では、彼の大切なものを守るということだ。ルルーシェのこともそうだし、家族やローウェンクルス伯爵家の領民もその対象になる。

 

それに加えて、生前の世界で失う羽目になった俺にとっての大切なものも守りたい。先ほど思い浮かべたロロもそうだし、この世界では関わることがなさそうなシャーリーやユーフェミアだってそうだ。

 

「その為には、『アーカーシャの剣』の破壊は絶対だ。明日が来ない未来など論外。『ギアス饗団』も邪魔でしかない。『フレイヤ』も開発されるべきではないが、技術の革新については俺ではどうしようもないから兵器に転用される前に止める方向か」

 

フレイヤに関してはニーナ・アインシュタインの頭脳とユーフェミアに対する執着心があった故に生まれた産物だから、ユーフェミアを救うように動けば問題はないだろう。

 

いや、どんなイレギュラーが起こるか分からないから、世界情勢を知れる立場もしくは組織が必要だな。世界各地に諜報員を派遣し、逐一で情報を得て最善の一手を模索する。情報を得るにはその者にとって有益な情報もしくは報酬を用意する手間が必要になる。何のリスクもなしに情報を得る方法……。

 

「となると、マオとか逸材じゃないだろうか」

 

人の心を読み取るギアスを持っていた彼はルルーシュとして対峙した時は殺すしか方法がなかったが、ギアスを無効化するライヴェルトであれば話をするくらいは出来るかもしれない。

 

あれこれ考えたが、今はまだ何の力も持たない子供の戯言でしかない。

 

だが、ライヴェルトの肉体とルルーシュとして生きた20年の記憶と知識があれば、前の世界の時とは別の結末を迎えられるのではないかと本気で思う。

 

俺はベッドに寝転がったまま天井に向かってグッと握り締めた拳を伸ばす。

 

「ライヴェルト、天国から見ていろ。俺は必ずお前との契約を果たしてみせる」

 

宣言の直後、拳に何かが当たった気がしたが俺は気にせずに瞼を閉じて眠りに就く。

 

今はとにかく身体を休め、肉体を万全にする必要がある。

 

動くと決めた以上、立ち止まっている暇はないのだから。

 


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